第三十六話:千島藍(後編)
「ッッッッッッッアアアッ!」
大きく叫び、千島家の門を全力の炎で破壊。すぐさま緋眼を発動させて、中へと突っ込んだ。
粉塵と炎を潜り抜けて藍はすれ違い様に何人かの首を刎ね飛ばした。そして再び炎を放ち視界をかく乱。
満身創痍のこちらが圧倒的に不利。それでも、藍は殺すと誓った。千島を、生かしておくわけにはいかない。
(殺したいか? もっと殺したいか?)
(…………)
自分の声が頭の中に響いた。瞬間的に、藍はそれを焔だと判断すると改めて呪いの恐ろしさを知る。
本当に血を媒体にして自分に移ったのだ。これは、悪鬼の力。人の悪意と言わずになんと言うのであろうか。
藍はしばらく焔の言葉を黙殺していたが、やがて焔の一言により反応せざるを得なくなった。
(もう一つ先の緋眼へ進みたいか?)
(……ああ)
(じゃあ認めろ! 俺を! 全てを! 決めろ! 決意を! 誓いを! 戦え! 俺と! 全てと!)
(全部、受け入れよう)
千島を殺せるならもうどうでもいい。この後の事等知ったことではない。殺す。絶対に殺す。
すると妙な事が起きた。ほぼ同じ速さで動いていたはずの千島達の動きが急にスローに見えた。
彼らが緋眼を解いたのか? そう思うも、相手の目は相変わらずの緋色。これが──もう一つ先の緋眼?
(終式。命名は過去の千島。終わらせる、緋眼。)
名前なんかどうでもいい。早く、もっと早く。炎が遅い、もっと早く。藍の頭の中はもはやそれだけ。
やがて、何人かの千島が撤退を始めた。それすらを見逃さない。すぐに追いかけて後ろから切り殺した。
すると自分のほぼ半身が悪鬼になっている事に気がついた。だからこそ、こんなにも高く跳べる。
──いや、もっと跳べる! そう思うと全力で跳躍。ぐんぐんと高度が上がっていき、藍は空に居た。
地上には慌てふためく千島の姿。火之迦具土神にありったけの力を込めると最大級の炎の塊を打ち出した。
ドームのような炎が千島の敷地全てを包み焼き尽くす。ある程度、炎が晴れると藍は敷地内をくまなく歩き回り、
一つ一つの死体を入念に炭にしていく。それはこんな一族は生き残る資格など無い、そんな思いからの行動。
「お前達は、最低だ」
ブツブツと呟きながら、藍は頭首の体を見つけた。軽く蹴飛ばしてみるとまだ生きているらしい。
髪を掴んで無理矢理仰向けにさせると、藍は憎悪の篭った瞳で睨みつけた。
「母上をよくも……全てはお前達が撒いた種だろうに」
「ぅ……ぁ……」
「安心しろ。お前以外全て殺した。後はお前だけだ、自分の罪を悔いながら死ね」
そう言うと藍は火之迦具土神を振って、腹部を二箇所近い距離で切り裂いた。
これなら確実に治療は出来ない。縫い合せることも出来ない。ゆったりとした死を迎える。だがそれが一番恐ろしい。
中途半端に生かされ、死ぬまでの間に地獄のような苦痛を味わう。それを薄く笑って一度振り返ると
藍は千島の敷地を抜けて歩き出した。最後にもう一度振り返ると、全壊している千島家の唯一の名残が見えた。
それは──小さな池。あの炎にも関わらず水は蒸発していない。だが、息継ぎ無しでずっと潜っているのは人間には不可能。
藍は特に気にする事無く、これからどうしようかと考えながら孤独の道を歩いた。
藍が千島を殺してから数十年が経った。その間に藍は日本中を歩き回り、色々な物を見た。
一番驚いたのが、鬼神は自分だけではないと言う事。天狗と酒呑童子と赤鬼の鬼神と出会い、戦いもした。
どれもこれもが自分と同じ程の強さ。だが藍は生き残ってきた。その課程で何度も自分を乗っ取ろうとした焔も
意識の中で戦い、ついには殺してやった。緋眼終式を手に入れたのでもはや用済みでしかない。
そして更に時が経ち、人間たちの文明が他の大陸へと自由に行き来できるようになった頃。
人は人同士で争いを繰り返し、戦場から生まれた膨大な悪意から様々な、これまでとは違う悪鬼も生まれていた。
それを横目に見ながら生きる藍にとって、人間は本当に地球の害虫としか思えなくなっていた頃。
「コンニチハ」
暇つぶしに山の上から飛行機が下の町を爆撃しているのを見ていた時、その男は現れた。俗に言うなら異国人。
異国人を見たのは初めてではなかった藍は、その曖昧さに流石に言葉をなくした。声からも、体からも
女性か男性か判断できない、藍の予測では"彼"は、不慣れな日本語に切り替えると笑顔で藍に話しかける。
「ワタシ、ロキが名前」
「そうか、千島藍だ」
「自分、炎の……キシン?さがしてマス。アナタモ、キシンでショ?」
「そうだが……一応、炎の式神を使えるぞ」
藍は火之迦具土神を見せてやると、ロキと名乗った少年は感嘆の声を上げた。
まるでガラクタ箱の中から宝物を見つけたような子供の表情。何となく拍子抜けしてしまう。
だが次に「自分、力見せます」と言ったロキの力を見た瞬間それは吹っ飛び、恐怖だけが残った。
見たことも無い紋様がロキから飛び出し、それに触れたものはどんなものであろうと消されてしまっている。
「コンセプト。自分の国デハ皆これ。シキガミ見るの自分ハジメテ」
「へぇ……」
「自分、アナタとフレンドしたい。アナタを"スルト"として迎えたい」
「よくわからんが……目的は何だ?」
「ンー……人類皆殺シ? ラグナロク、おこシタい」
「……ハ?」
「これ以上。日本語難しくて話せナイ。もう少し、習得シタラハナス。一緒、キテ」
一瞬呆気に取られたが、異国人についていくのも悪くないかと思う。
この国の人間はその異国人と争っているが、自分は人間とは違う。同じ鬼神なら──
と思い別段やる事も見つかっていない藍は黙ってロキと名乗った少年の後に続き、異国の地へと渡る。
そこには自分の国よりも数多くの鬼神が居た。しかも顔も言語も全く違う。世界は自分が知ってるよりもとても広い。
藍が所属した鬼神集団の名は【ラグナロク】鬼神を鬼神の手で守る組織。藍は喜んでその組織に入団。
やはりここでも自分の式神の力は絶大なようで、よくわからない物語の炎の魔神"スルト"の名を貰った。
「スルト、か……」
他の鬼神達も全員がその物語に出てくる神の名を冠していた。故に、ほとんどの人物の本名は知らない。
だが藍は──千島藍という名前を捨て去るのは何となく嫌だった。最悪の一族だが、母は千島を愛していた。
だからこそ、あのような仕打ちを受けても最後まで耐え抜いたのだと藍は思っている。故に捨て難い。
そんな事を考えているうちにラグナロクの中に不穏な空気が生まれた。それはロキとオーディンの確執。
ロキは本当に人間の事が嫌いらしく、逆にオーディンは人間を愛してしまっていた。話によると二人は兄弟らしい。
そして──ある日ロキとガルムを初めとした人間嫌いの鬼神達と人間と共に歩もうとする鬼神達の内部抗争が始まる。
「スルト、私達とクルヨネ?」
「ヘル……」
「スルトはワタシたちに必要。スルトは希望なの。スルトは絶対必要。ロキイッテタ」
「ああ……俺も、人間と共存はどうかと思う。お前たちと一緒に歩もう」
「うん!」
拙い日本語で説得するヘルの言葉を受けて、藍も戦局に参戦。そして戦いの規模はどんどん広がり
やがてアジアにも広がるようになった。そこに現れたのが九尾の狐という鬼神集団。
その中には懐かしい顔が幾人かいた、が戦場では手を抜かない。何回か殺し合い、偶に共闘し戦いは進んでいく。
そしてついに藍とオーディンの一騎打ちとなった。周囲にはほとんど誰も居ない。本当に偶然ここに出会ってしまった二人。
「スルト、キミは……どうしても立ち塞がるんだね?」
「日本語上達したな、オーディン。俺は人間が嫌いだ。お前も知っているだろう、今の愚かな戦いを。
俺達鬼神と戦うならまだ良い。だが人間は同じ人間という種族で殺しあってるじゃないか。あいつらはこの世界には不要だ」
「フフッ……それは、僕達も一緒じゃないかい?」
「そうだな。結局、この世に生きる生物は──戦わなくちゃいけない宿命なのかもな。己が望みを叶える為に」
「キミの答えはわかった。じゃあ、はじめようか」
藍とオーディンはそれから約半日程殺しあった。全てを焼き尽くす炎の式神のスルト、全てを破壊する
コンセプトのオーディン。戦いは熾烈を極め、戦った場所であるユグドラシルの大半が破壊されてしまう程。
だが緋眼を持つ藍に最後に押し切られたオーディンは、両腕を切り飛ばされて血を垂れ流しながら笑った。
「僕の負けだ。さぁスルト、僕を焼き尽くしてくれ。流石に神話通りに死ぬのは芸が無い」
「フェンリルはお前の事が好きだったからな。やはりお前は、優しいよ」
「ああ……知られたか。そう、僕は優しいんだ。そして、ロキはもっと優しい。だからこそ、許せないんだと思う」
「……?」
「ごめん、忘れてくれ。弟を頼むよ」
「任せろ」
藍は火之迦具土神を振ってオーディンを優しく包むように焼き尽くす。やはり、戦いは辛い。
長年連れ添った友を殺すという事は、千島を殺すのよりも遥に心に重く圧し掛かる。
だが、もう終わってしまった。自分達は進むしかない。そう決意すると藍はその場を後にしてロキ側本陣へと帰った。
そして数百年が経ち今に至る。今度のラグナロクは完璧な筈。前回はコアによって自分達の力を増幅させ
"枝"にそれぞれの全力の一撃を通し更にそれをガルムの"Gate"によって世界中にそれを放つつもりだった。
だが、勝利と引き換えに大半のコアはオーディン側に奪われてしまい、再び百年以上かけて前ほどのコアを集めた。
更にスコルとハティが作り直した新生のユグドラシルは前のよりも性能が格段に上がっているらしい。
「──?」
そこまで思い返して藍は立ち上がった。目の前に居るのは虚ろな表情の天美運命。
ここまで近づかれたのに気づかなかったという事は、相当自分は物思いに耽っていたのだろうと思い、反省した。
運命はどこを見ているのかわからないような瞳で、口を開くと一言。
「運命が孤独な世界なんて無くなっちゃえば良いよね……死は平等だもん。何も考えなくていいもんね」
「運命……」
「フフッ。スルト、何その顔?」
「お前に一つ言いたい事がある──昨日、俺がお前を斬った時に出てきた悪鬼の事なん……」
藍がそう言い掛けた時、突然それを遮る様にして声が響き渡った。
「アレ? スルトに運命じゃないか。ここでそろそろスコルとハティが工事するらしくてね。出て行ってくれないか?」
そこに居たのはロキ。相変わらずの表情で運命と藍を見ている。だが、何かいつもと違う感じがする。
ここ最近のロキは確かに変だった。由加を奪いに行こうとした時もずっと紋様から状況を眺め続けて、
タイミングを計ったかのように自分を行かせた。妙な事に、そこに居る悪鬼を初めに殺せという命令まで下して。
「……運命、もう一回寝る」
そういうと運命はスタスタと歩き去ってしまい、声をかけられなくなってしまった。
後に残されたロキはニコニコと邪気のない笑顔で笑いながら藍を見ている。その笑顔が嫌になった藍は
フッと溜息をつくと、
「ロキ……何を企んでやがる」
「嫌だなスルト。僕らは世界を壊すんじゃないか。忘れちゃったのかい?」
「……チッ、もういい」
ニコニコと笑うロキに背を向けるようにして藍は部屋を後にする。そして、最後まで気づかなかった。
背を向けた瞬間、ロキの顔から全ての感情が抜け落ちたのを──
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