第三十一話:もう孤独は嫌なんだ
携帯番号から割り出した地点に向かって蒼二と遥緋と由加は電車に乗っていた。
四人掛けのボックス席に座りながら、窓から見える風景を眺める遥緋。景色は別段綺麗なわけではない。
蒼二と由加がさっき駅弁を大量に買い、そのあまりの量に絶句し、更に車内には弁当箱が山のように積んであった。
今は全て食べ終わって、三本目のお茶を飲みながら蒼二と由加は渋い顔で地図を見ながら唸っていた。
「どうしたの?」
「いや……あいつらがとんでもねー場所に隠れやがったと思ってな」
「確かに。特区に鬼神が隠れるのは良い策だね。まず、生活には困らない」
「……特区ってなに?」
そう質問する遥緋。すると蒼二と由加は信じられない、みたいな顔をして遥緋を見た。
「お前……親父に……いや、あのアホがそんな事教えるわけないよな」
「遥緋。千島みたいな名家生まれなのに特区を知らないのは異常」
「だ……だって、教わってないもん」
「まぁ、お前や親父は基本表側だもんな。仕方ねぇ……特区ってのは言うならば"こっちの世界"の暗黒街だよ」
「式神使いとかの?」
「そうだ」
特区とは、【数の十名家】が管理する町。日本には十の街がありそれぞれの家の名前が
そのまま街の名前となっている。内情は何でも有り。凶悪な殺人犯や家を追われた者。
誰もが歓迎され、力こそが正義となっている特区は、正に裏の世界。
多少管理する家によって街の特色が違う物の、大半が力の支配するような街となっていた。
その辺を噛み砕きながら蒼二と由加で説明してやると、遥緋はまだ納得がいかないような表情で、
「でもさ……そんな街あったら普通の人が住んでて怪しいと思うじゃん」
「普通のヤツ何か住んでねぇよ。大半がどっかの家のヤツか、犯罪者か家出したヤツだ」
「ふぅん……じゃあ、八神も管理してるの?」
「当たり前だ。八神は八頭の場所を奪って、時雨が色々事業の手を広げてんじゃねーか」
「ああ、だから最近、時雨ちゃんあんなに忙しそうなんだぁ」
「昔から忙しそうだったろうが……」
「それで、命ちゃん達が居るのはどこの家の特区なの?」
「犯罪の街、二階堂特区。まさかあんな場所に居やがるとは……」
「何かごちゃごちゃしてるねぇ……ってか由加ちゃんもどっかの特区に居た事があるの?」
「私は四国にある六道特区に幽閉されてた。そこから蒼二達や神代に追いかけられながら東京まで来た」
「そうそう、ちなみに二階堂特区は死罪六神が結成された地だ。俺が加入した時は一之瀬特区に居たけどな」
「ふぅん……」
「後特区が無い地域は、五行家とか他の組合が支配してる。だが十名家の特区が一番規模が大きいんだ」
「何か複雑だねぇ……」
「なぁ、由加。これ以上無くわかりやすいと思うのは俺だけか?」
「仕方ない。遥緋は裏の汚さを知らないフツーのお子様」
「だな」
二人の半ば呆れが入った視線を受けて萎縮する遥緋。だが、また一つ自分は知れたと思い、
何となく気分は悪くない。それに、蒼二と違い遥緋はずっととある一定の範囲から出たことは無かった。
電車に乗って、違う県まで行くのは二年前に時雨と蒼威を探しに行った時以来。だからこそ、妙に楽しい。
そんな事を思いながら、今度は食後のおやつを食べ始めた二人を笑顔を浮かべながら見ていた。
二階堂特区内の一番北端。海の見える高級別荘地帯の中でも一際大きな屋敷。
西洋の城を小さくしたような外観のその別荘の中の厨房で石動大和は、スープの入った大鍋をかき混ぜていた。
近くの机の上には野菜のクズと、三台もの携帯電話が置かれていた。時折、そのうちのどれかが振動し、
調理をしながらメールを返す大和。それだけ見れば、何処にでもいる遊び人系の美少年にしか見えない。
「ふふっふっふふふっふふ〜ん」
「よぉ、相変わらず変な鼻歌歌ってるねぃ」
「何だ、空我か。運命ちゃんかと思って一瞬、口説きモードに入るトコだったよ」
「ヒャハッ、どうせ黙殺されてただろうがなぁ」
「うーるーさーいー。んで、何の用事かな? まだ晩御飯の時間じゃないよ?」
「少し真面目な話をにゃ」
「……運命ちゃんとミコちゃんの事だね?」
「どーするよ。ミコちゃんは痛い位明るく振舞ってるし、運命はそれに全く気づいてないし」
「運命ちゃんは、子供と変わらないんだよ。ずっと昔から、心が成長しないんだ。
僕達の同族の悪鬼や、父上達も運命ちゃんを怒らせて全員殺されちゃったじゃないか」
「…………」
「ああ、ごめん。僕は父上達は殺されて当然だと思ってたけど……空我は違うもんね」
「もう割り切ったよ。多分、それが運命だったんだ」
「そう……それにもう一つ、運命ちゃんの目的だよ。ミコちゃんを封じたあの日から運命ちゃんは
ミコちゃんが怖くない世界。ミコちゃんが笑える世界。それを作ろうとコアを精製、もしくは集め始めた。」
「そうそう。だから俺らとラグナロクはまたぶつかりあったと」
「刹那達は"楽園"が目的だったけどね。まぁ、彼らはラグナロク兼九尾の狐みたいな感じだったからだけど」
「そうだなぁ……つか、俺一つ思うんだよね」
「?」
「ミコちゃんが怖くなくて、笑える世界って……俺らが会いに来る前の日々じゃないか?」
「……うん。それは僕も思ってる」
「…………どうするんだろうな、俺達」
「一つだけ、確かなのは……僕達は何があろうと、運命ちゃんに最後までついて行くって事だけだよ」
「そうだな。俺とお前は、そう約束したからな」
遠い昔の日々を思い返す空我と大和。鬼神は人間の何倍も寿命が長い。
というよりも、寿命で死んだ鬼神というものを空我と大和は見たことが無い。大半が殺されたからである。
昔はいつも死と隣りあわせだった。少しでも異形の力を使おうものなら、人間に追いかけられ、何度も殺されかけた。
その中でも異端だったのが運命という鬼神。鬼神なのに、彼女は自分のやりたい事だけをやって生きて来た。
人間に何度も襲われたが、運命はいつも全てを屠って生き延びてきた。それこそ、邪魔なものを掃うように。
その姿を時には憎み、時には羨ましくも思い紆余曲折を経て三人は仲間となったのであった。すると大和は一息つき、
「結局、全ては"運命"任せって事だな」
と言うといつも通りの笑顔を浮かべた。それに対し大和も、
「そうだよね。たとえ、別れでも絶望でも僕らは行くしかない」
「お、カッコイイ事言うねぇ」
「まぁね。……歌詞の一部なんだけど」
「うはっ、台無しやわー」
そう一頻り、二人が笑いあっているとキッチンの扉が勢いよく蹴破られ不機嫌な顔の運命が入ってきた。
何故か前髪や服の一部が水に濡れており、それを乾かすように反意思を集め指先に火を灯すと乾かしていく。
その間運命は無言。調理場に重苦しい雰囲気が流れた。すると大和は愛想笑いを作りながら、笑顔で運命に近づくと問う。
「運命ちゃん、どうしたのかなー?」
「……命とお風呂一緒に入ろうとしたら怒られた。物投げられた。水かけられた」
「あのね運命ちゃん。僕達は成長しないけど、運命ちゃんは人間、しかも今は年頃の女の子なんだよ?」
「年頃の女の子だからどうしたの?」
「……あーもう。空我、説明してあげてよ」
「説明しろ。運命は意味がわからない」
突然会話を振られて冷や汗を浮かべる空我。自分としてもどう説明して良いかわからない。
だが、ここで変に誤魔化せば運命が変な誤解をして自分達がまた酷い目に合う。
どちらにしても、精一杯答えてみるしか解決策は無い。
「ミコちゃんはつまり、レディになったんだよ。淑女ってヤツね。まぁ、裸を見られるのが嫌なのさ」
「命は運命に裸を見られるのは嫌なんだ……運命の事が嫌いなんだ……」
「そういうのじゃねーんだよな。兎に角、裸は見られたくないんだよ。恋人ぐらいじゃないかなぁ……見れるのは」
「千島蒼二……」
「あー、ミコちゃんの彼か。ありゃ、絶対見てるな。俺が会った時何かもうラブラブだっぷげぇ!」
空我の言葉が終わるか終わらないうちに、運命の蹴りが炸裂し吹っ飛ぶ空我。
当の運命は聞きたくないとばかりの両耳を手で塞ぎ、いやいやと頭を振って自分の想像を打ち消そうとする。
一人取り残された大和は、しばらく考え込んだ後少し真面目な顔をして運命へ話しかけた。
「運命ちゃんさ。僕達と一緒に居なかった時期に何かあった?」
すると運命の表情が一変し、顔が強張ると運命はそっぽを向いて何も言わなくなってしまった。
大和はその反応を見逃さない。これは、昔から運命が隠し事をする時のいつもの態度。
やはり何かあった。大和の記憶では昔の運命はここまで命に執着はしていなかったはず。
ここに来てからというもの、運命は四六時中命にべったりとくっついている。そこを不審に思っていたのだった。
「無視しないでよ。ねぇ、僕達に何を隠しているの? 運命ちゃんはこれからどうする気なの?」
「…………もうすぐ、迎えが来る。多分、スルトが来るはず」
「……ハ? 何でスルトがここにくるのさッ!?」
「運命達九尾の狐は事実上解散。刹那達も死んじゃったし残ったあいつらの消息も不明だし。
だから、運命達はラグナロクにつく。そしたら、ロキが世界を私達にくれるって。そこで命と空我と大和と運命で楽しく暮らすの」
「……何で、そんな大切な事を僕と空我に教えてくれなかったのさ」
「ロキが言うなって言ったから」
「あいつめ……運命ちゃんに変な事吹き込みやがって!」
大和の顔が怒りに染まった。筋肉が膨張し、細身だった体が膨れていく。
運命は大和の何十年振りかに見る怒りに少し反省はしたが、どうしてもここは引けない。
すると、大和も自分の体の状態に気がついたのか一息つくと、すぐに体の状態を元に戻した。
「それじゃあ……命ちゃんを僕達の下にあんな強引に連れてきたのは……」
「ロキが言った。あのまま千島に置いておけば絶対ラグナロクと揉めるって、現に命はフェンリルと戦ったらしいし。
だって、勝てるわけ無いじゃん。ラグナロクにはあのスルトが居るんだよ? 命、絶対殺されちゃうもん!」
「それは……」
「もう私は誰も失いたくない。だったら、私はラグナロクと一緒に他の人間全てを殺して命とお前達と一緒に生きたい!」
「運命ちゃん……」
大和は運命の言葉に何も言えなくなってしまった。自分自身もまた、運命の立場だったらそれを選ぶだろう。
例えロキの言葉でも、呑んでしまう。それは結局ラグナロクと敵対できるのは同じ鬼神ぐらいだと言う事はわかっていたから。
運命は取捨選択は迷わない。全人類よりも命の方が大切なのだろう。それは自分も空我も同じ。
だからこそ、運命の事は責められない。というよりも最初から責める気など無かった。自分達はついていくだけだから。
そして二人の会話がしばらく途切れると、入り口の影から寝巻きを着た命が俯きながら姿を現した。
「ミコちゃん……」
「お姉ちゃん……それ、本気で言ってるの?」
顔を上げた命の顔は涙に溢れていた。そんな命に運命は本気の視線で命を見据えると、
「命……私は──」
その時、警報のサイレンが鳴り響き屋敷内に響き渡った。気絶していた空我はその音で目覚め、
大和はそれを予想していたかのように溜息をつくと、命へ一言。
「ミコちゃん、君にお客さんだ。早く着替えてきなさい」
「大和……うん」
命は一瞬運命に目を向けると、そのまま何も言わずに二階へと上がっていってしまった。
そして命が居なくなったのを確認すると、大和は空我と共に戦闘準備に入りながら運命に言った。
「運命ちゃん、決着の時だよ」
「わかってる……大和、空我、黙っててごめん。運命はちょっと反省してる」
「いいって事よぉ! 何にせよ、運命は俺達の事を考えてくれたんだ。その辺は嬉しいよな。なぁ、大和」
「そうだね。運命ちゃんが僕の事を頭数に入れてくれた事が何より感激さ」
「めっちゃ感激のレベルが低いな……それ」
二人の相変わらずの軽口に、運命は微笑すると立ち上がり虚空から阿修羅姫を抜いた。
鎖分銅のついた斬馬刀の刀身を見つめて、集中を高めていく。絶対負けない、絶対目的を果たすと。
「運命は、もう孤独は嫌なんだ」
そして、誰にも聞こえないようにそう呟いた。
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