第二十九話:ハジメマシテ
八神の森の一角。黒と赤の炎が飛び交い、膨大な熱が蔓延しているその場所。
そこでは雨龍と罪歌が戦っていた。戦況は圧倒的に罪歌が優勢。対する雨龍は表情は見えないものの、
怒りと苛立ちを顕にしてような動作で罪歌に攻撃を仕掛けては、一方的に打ちのめされていた。
爪を閃かせて接近しても緋眼によって簡単に見切られ、逆に爆発的な炎のカウンターを味わう。
火球で攻撃しても、所詮は黒龍の炎。式神そのものが炎──更には最強クラスのその力に勝てるわけが無かった。
「相変わらずね、雨龍。成長というものが感じられないわ」
「うるせぇェッ!」
罪歌の嘲笑を浴びて、雨龍は怒りを顕に火球を罪歌目掛けて連射した。だが罪歌は避けない。
ただ手をかざしただけで、火球は暁闇炎帝の黒炎に飲み込まれその一部と化してしまった。
それは完璧に負けた証拠。火球の制御においては敵わないと言う事実。
「"あの時"、ナナシに負けたのも説明がつくわね」
「あのガキは……鬼神だったじゃねーか。あの時は最重要機密だったから言わなかったけどよォ」
「そうね。私もナナシが鬼神だって知ったのはあの子が死んだ後だったもの」
「ハッ! でも結局死んだそうじゃねーか。真砂のカスもなァ! いい気味だぜ」
「……そう。じゃあ、貴方も逝けば?」
黒の火球を連発する罪歌。一発一発が精密な操作によって、雨龍の体へと叩き込まれていく。
更に罪歌は、黒炎を次々と顕現させ槍の形に変化させるとそれをあらゆる角度から雨龍に向かって放った。
それは直前で蛇のような形に変化し、雨龍の体に巻きつくと罪歌の怒りに呼応する様に激しく燃え盛る。
燃える雨龍の姿を見届けるまでも無く、罪歌は踵を返して先程まで加勢してくれていた奏の下へと向かうと、
「奏ちゃん、大丈夫?」
「はい……火傷が酷いくらいですし」
「安心して、治せる知り合いが居るから。何だったら、雨龍に慰謝料も請求すれば良い」
「……はい。お姉さまのお手を煩わせてしまって申し訳ありません」
「気にしないで、あのアホには借りがあったから。それに貴女はほとんど妹のようなものじゃない」
罪歌は奏を立たせようと、手を差し伸べた。そして罪歌と向かい合うようにして倒れていた奏には、
その背後の燃え盛る黒い炎から雨龍が立ち上がったのが見えた。そして咄嗟に「お姉さま、後ろ!」
と叫んだ時には、もう雨龍は数メートル近くまで迫っていた。
「っはぁぁぁッ! 甘ぇんだよォ!」
再び罪歌の目が緋色に染まった。繰り出される雨龍の爪の斬撃を軽く避けると、
腰からナイフを引き抜き更に刀身に火が宿った。流石に硬い黒龍でも罪歌の炎が宿った
ナイフには耐えられないようであり、一撃の突きで黒龍の鎧の中心に穴が開き、雨龍が見る。
すると、黒龍の口と取り付けられた砲門に炎の気配。その間に罪歌は右手で一回パチンと指を鳴らした。
「終わりよ、雨龍」
次の瞬間、露出した雨龍の部分に黒い炎の小爆発。それは断続的に続き、
雨龍が五メートルほど後退した所で止まった。そして罪歌は左腕を突き出し全力で炎を放った。
轟々と音を立てて燃えていく雨龍。すると装甲の前部分が開き雨龍が飛ぶように強制排出される。
後に残ったのは燃え盛る黒龍だが、それも雨龍が意識を失ってしまったようですぐに消えてしまった。
「ふぅ……中々しんどい相手だったわ」
そう溜息をついた後、何となく空を見上げると罪歌は驚愕し、声を詰まらせる。
いつも見慣れた夜空ではない。今は──巨大なコンセプトの紋様が視界の大半を覆っていた。
「うあああァッ!」
「あああああああァッ!」
激しく打ち付けあう剣王と二神風雷。もはや、前略もクソもない戦いだった。
正宗は墜式状態が限界を迎えて、解けているのにも関わらず目にもとまらぬ速さで動き、
莉王も心眼を使うことなく自分の命を奪おうとする正宗に、必死になって喰らいついていた。
「っは!」
莉王の蹴りが正宗の顎を捉え、後ろへとよろける正宗。だが、その仰け反った体勢から
勢いをつけて体を戻し叩きつけるような頭突きで逆に莉王を倒した。
そのままマウントポジションを取ろうとするが、莉王はすぐさま立ち上がり再び剣王を構えて突進。
断続的に刀を打ち合う音がしばらく響き、一旦距離をとる二人。そして、莉王は再び心眼を発動させた。
(痛ッ……)
頭をノイズと痛みが混じった感覚がよぎった。それでも正宗の心の声はかろうじて聞こえる。
どこを狙っているのかは大まかな感じ。ほとんど適当に攻撃しているのだろう。
だが正宗の視線、その他情報から判断するとほぼ断定できた。そしてその場所は右肩。
予想通り、右肩へと二神風雷の斬撃。雨龍はそれを避けると、剣王でもう一方の刀を弾き
「死」
そしてすぐさま、剣王の切っ先を正宗へと向け、
「ねェッ!」
剣王の残る力、全てを出し切りながら巨大な光の刃は正宗へと伸び激突。
二神風雷で受け止めてはいるが、剣王の全力には勝てずそのまま後ろへと押され始め、ついには吹っ飛んだ。
莉王は剣を軽く捻ると、今度は上から叩きつけるようにして光の刃を振り下ろそうとするが、
自分達のすぐ近くで、巨大な爆発が起こり一瞬動きを止めてしまった。そして爆発から飛び出てきたのは
郁人と陸人の二人。二人とも服装はボロボロであり、体中傷だらけという有様。するとその隙をついて正宗は、
「ニワトリ! お前の相手はそっちだっ!」
「あー? こっちは今、いいトコなんだよ! 邪魔すんなペド野朗!」
「ッ……知ってるかい陸人? 実はそこの四条の子はとんでもないロリコンらしいんだ。……僕よりもね」
(八神正宗は馬鹿なのか?)
莉王は構わず、正宗へと再び斬撃を放とうとした。だが、
「なにぃぃっ!? それは最低だ! おいガキ、テメーの相手はまた今度な」
恐ろしい勢いで陸人が自分に迫ってきた。このまま正宗を斬れば、間違いなく大きな隙が生まれる。
こちらも体力が限界に近かったので、流石にそれは不味い。だから、莉王は解放していた光の刃をしまうと、
陸人を迎撃しようと心眼で心を読もうとする、が読めない。というよりもどうでも良い事ばかりが頭の中に流れ込んでくる。
(な……何だこの女は……)
中学生のような外見をした女の子の姿が、どんどん昔へと遡って行く映像。
そして赤ん坊になると、今度はその子の面影を感じさせる大人の女性が現れ────
「何だこれはぁァァッ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ莉王。今までに戦いの最中にこんな事を想像した者など居なかった。
誰もがどう殺すか。どう狙うかを考えて自分と戦ってきた。だが、この男は違う。純粋に、"それ"しか頭に無い。
視線をからもどこを狙うかわからない。心眼にいつも頼り切っていた莉王は完全に硬直してしまった。
「ロリコンは、死ねやぁっ!」
左のフェイントをかけて、下から突き出されるアッパーが莉王の腹部に叩き込まれ更に小爆発。
剣王で何とか爆轟は受け止めたものの衝撃と爆発だけは抑えられるわけもなく、空中へと舞う莉王。
(兄ちゃん……やっぱ世界は広いわぁ……)
そんな事を頭の中で呟いていると、凄まじい衝撃。多分地面に落ちたのだろうと予測。
もう指一本すら動かない。こんなに戦ったのは、本当に久しぶりの事だった。
だが陸人は自分に止めを刺そうとしない。もはや莉王の事などどうでもいいかのように、
正宗と郁人の戦いを見ている。莉王も顔を向けて二人の方向を見た。
「郁人……」
血統の力を持たない郁人は、まるで正宗の相手になってはいなかった。
剣の腕も、肉体の力も、知能も、あらゆる面で郁人は負けている。その証拠にまだ有効打は一度も無い。
郁人は泣きながら正宗へと蛇王を振るい、その度に殴られ、斬られ、転ばされていた。
そして二神風雷の雷の風の斬撃をくらうと、ついに崩れ落ちてしまった。
「降参するかい? 今なら命は取らないよ。でも、君達は僕ら八神の下になってもらうけどね」
「好きにするがいい……俺は今、王の資格を失った。」
「そう……後は、九我山と五月だね。二階堂は罪歌に負けたみたいだし」
「雨龍が負けるとは珍しい、俺が知ってるの限りじゃ遠音以来だ。だが、律と颯太は俺様よりも強いぞ」
「んじゃ、負けじゃね? 狂はまだしも時雨じゃ無理だろ」
「あの子は、いまいち戦闘面じゃパッとしないからねぇ」
仲間なのに酷い言い草だな、と思い莉王は仰向けになって空を見上げた。
そして違和感に気づく。最初は結界士か誰かがコンセプトを使ってるかと思ったが、洗練されすぎている。
ここまで巨大なコンセプトの紋様を見る事は滅多にない。
「おい、上を見てみろ」
「あぁ? …………うわ、何だよアレ」
「さぁ……どう見ても、味方じゃない事は確かだね……」
風玉を放っては弾かれ、それを避けての繰り返しだった戦い。
狂と颯太のそんな膠着状態と言っても良かった戦いは、急に颯太が空を見上げた事によって終局を迎えた。
狂も釣られて上空を見上げると、巨大なコンセプトが何時の間にか空を覆っている。
「ンだよ……あれ」
「…………悪鬼」
「あ?」
「お前と俺、休戦。下手すれば、皆殺し」
「は? 今どうなってんだよ?」
「俺の千里眼、あのコンセプトを間近で見てる。あの紋様から、悪鬼の体が見える。数も多い」
「つーこたぁ……あの紋様から悪鬼が降って来るって事かよ!?」
「そう」
「マズイな……俺らもお前等もお互い消耗しきってる……でも、一体何処のどいつだよ」
「…………不明。今は、悪鬼討伐を最優先」
「おう、元々人間同士で殺しあうってのは良くねぇからな」
「……元、死罪六神がいえる言葉じゃない」
「……ああ、悪ぃ。今のは忘れてくれ」
「冗談」
そう言うと、颯太は微かに笑った。その表情から颯太の本気で休戦の意思を感じ取った狂は
とりあえず殺気を納めると、これからの行動を相談しようと颯太の傍へと近づいていった。
「正宗達も気づいてるだろうな……俺らはどうするよ?」
「俺、上に連れてけ」
「いいけど……どーすんだよ?」
「アレが落ちてきたら、律と莉王の邪魔。だから、俺が全て始末。その為にはお前の力、必要」
「……わーったよ。んじゃ、行くぜ」
狂は神舞で颯太の足元に風を纏わせると、そのまま二人一緒に上昇して行った。
空に在る巨大なコンセプトが段々と近づいてくる。近づけば近づくほどにそれがどれだけ大きいのかがわかった。
だが、まだ遠い。完全に日が落ちた為、もう少し高度を上げないと悪鬼の体すらも見えない。
「莉王……負けた。郁人、負けた。竜胆、交戦中。律、交戦中」
「全く、テメーらが喧嘩売ってきやがったからこっちもそっちも酷ぇ損害だな」
「仕方ない。それが【十名家】。でも今はかなり良い。昔はもっと酷かった」
「ほぉ……」
「この世代は俺を含め異端が多い。異端が多い所為で無益な戦いも生まれる。
その中でも七海の遠音。六道の紡。十文字の戒。その三人は特に異端」
「お前らは四条派なんだよな? つーことは、その三人と争った事もあるのか?」
「戒は戦うだけ無駄。紡は六道ごとどこかに消えた。遠音は戦える状態じゃなかった」
「その辺は全然知らねぇんだよな……っと、ついたぜ」
上昇を終えると視界はコンセプトの紋様一色。それといくつかの悪鬼の姿も見て取れた。
手始めに狂は巨大な風の刃を作ると悪鬼を切り裂き、颯太もボールを顕現させてはひたすら打ちまくる。
だが、コンセプトからは次々と無数の悪鬼が顔や手を出し今にもあふれ出そうとしていた。
「キリがねぇ……姉ちゃんとか連れてくっか?」
「必要無い」
颯太の言葉が終わると、地上から巨大な光が向かってきた。それはコンセプト並みに巨大な光の刃。
千里眼で下の状態を見ていた颯太には莉王がやったのだという事がわかっていた。
そして、莉王が悪鬼を攻撃するのならもうはや颯太の中では完全に八神への敵対意思はない。
更に下からはバイクのエンジン音が鳴り響き、光の刀身を一台のバイクが走ってくるのが見えた。
「っしゃぁ! 今度は悪鬼か! 人間と戦うよかずっとマシだぜ」
「そこは同感だね。狂、それと五月颯太。まずはこちらを片付けよう。話はそれからだ」
「了解した」
そして四人は、コンセプトから溢れ出した悪鬼目掛けて全力で攻撃を開始した。
正宗の斬撃、陸人の爆発、狂の風、颯太の玉が次々と悪鬼を殺していく。
するとコンセプトの紋様の中から、更に違った紋様が現れそれに触れた悪鬼や攻撃は消え去ってしまった。
幾つもの紋様は周囲を飛び交い、全てを消し去る。その破壊力に流石の四人も息を呑んだ。
「やぁ、ハジメマシテ」
片言の日本語。男か女かわからない曖昧な声。それが聞こえると紋様からは一人の人間が現れる。
否、人間ではない。それの背中には純白の翼がついており、絶え間なく動いていた。
絵本や神話の挿絵に使われているような天使のような外見。だが、どこか悪魔のような感じもする。
そして、それは正宗達をざっと眺めると、ほんの僅かに口の角度を上げ、
「僕は、ラグナロクのロキ。よろしくね」
そう、笑いの混じった声で言った。
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