第二十八話:牧島郁人・竜胆 ─ 俺と、アタシは、愛故に ─
天網を使って、周囲の状態を見ると戦況は良いとは言えない。むしろ押されてるぐらいだった。
雨龍は完全に罪歌に押されており、やや復活した奏の猛攻からも必死だが、楽しそうに逃げている。
莉王の所はくんずほぐれつの泥試合となっていた。理性の無い二匹の獣が殺しあっているような感じだった。
律と颯太の場所は離れすぎているために、感知する事が出来ず竜胆は溜息をつくと式神をしまった。
「郁人、これからどうするぅ?」
「さっさとコアを回収して俺達は離脱しよう。それが最良の選択だよ」
「……うん」
「莉王さんも俺達が最後に裏切る事ぐらい予想済みさ。だから……そんな顔するなよ」
「う、うん」
竜胆は無理矢理笑顔を作って答えるが、どうしても気が晴れない。
こうやって人を踏み台にして、本当に心から幸せな生活を送れるのだろうか。
自分達は今、様々な犠牲の上に立って幸せ──すなわち、一生安泰な程の力を得ようとしている。
いや、得られるかはわからない。自分が力を略奪できなかった瞬間に、その全てが壊れてしまう。
だから、この先に進むのは気が進まない。それに、親友も絶対にそこに居るであろうから。
「よし、鴉で飛ぼう」
二人の体を闇色の外套が包む。そして大きく跳躍すると一気に崖を登り上がった。
地面にゆっくりと降り立つと、眩しい光が当てられた。それは、青色のバイクのライト。
エンジンがかけられ、夜の森にバイクの嘶く音が響き渡り、そのバイクの主が声を上げた。
「よぉ…………よくもウチの娘を病院送りにしてくれたなァ! このクソガキャァ!」
「お父さん、お願いだから余計な事は喋らないで」
「お、おう……ってーわけで、じゃあな刹那の中の灼也。煉はどうでもいい」
奥に見えるコアが一瞬震えた。どうやら、しばらく話していたらしい。
するとコアの前に一匹の人型悪鬼が現れ、
「俺の中で二つが騒がしい。浅葱陸人、何とかしろ」
「無理だ。俺にあいつらが止められるワケねーだろ。」
「期待はしてなかった。それよりここで戦いを始めるな。他所でやれ」
「ん、わかった」
そう言うと陸人は猛スピードでバイクを走らせ、郁人目掛けて突っ込もうとする。
「郁人ぉ!」
竜胆が蛇王を手渡し、更には郁人の背中にボードのようなモノを顕現。
そして郁人はほとんど予備動作も無く蛇王を振るって疾走してくる陸人を狙う。
だが、遠くから飛んできた風の弓によって刃が弾かれ、そのまま通過した陸人はすれ違い様に郁人を掴むと、
「いやっほぉぉぉっ!」
「竜胆! 俺は気にす……うっうわぁぁぁぁァッ!?」
バイクで崖の上から跳んだ。そこに梨香が二発目の特大の追い風を放ち、そのまま二人はしばらく飛んで森の中へと落ちていった。
それを唖然とした顔で見送る竜胆。人型悪鬼は軽く溜息をつくような動作をするとそのまま消えてしまった。
後に残ったのは、静寂。穹蒼を構えた梨香と、登ったままの体勢の竜胆。だが、どちらも喋らない。
そして最初に均衡を破ったのは、竜胆だった。
「何で……何でアタシ達の邪魔をするのよぉ!?」
「当たり前じゃん。私は今、浅葱の時期頭首としてこの場に居る。理由は八神に加勢する為にね」
「……そういう事ぉ」
「だから、私は望んで此処に居るの。そう決めたから」
「所詮……アンタも御家の犬って事だね! 友達より家が大事なんだね!」
「友達? 私の友達には、こうやって他人を傷つけてまで自分達の幸せを求める人はいらないよっ!」
「……」
図星だった。自分の力は他人から"奪う"力。それ故に強くなればなるほど犠牲者が出てしまう。
今持っている式神は十種類を越える。それは十人の術者の人生を奪ったことと同義。
今までずっと目を背けてきた事実だが、改めて真正面から言われると心に重く圧し掛かる。
「そうだよ……最悪だよね。でもっ!」
郁人の人生を滅茶苦茶にしたのは紛れもなく、自分という存在。
自分さえ、自分が意思を持たない普通の式神だったら──今頃郁人は牧島の家で幸せに暮らしていた筈。
信哉に向けられていた期待、羨望、愛情、全ての正の感情が全て郁人に行っていた筈だった。
「アタシが郁人の人生滅茶苦茶にしちゃったからっ! アタシは郁人の為なら全てを敵に回してもいい!」
「竜胆ちゃん……」
「アタシさえ居なければ! 郁人は牧島を今よりずっとずっと大きくしていて、幸せに暮らしていたはずだもん!」
「それは……」
「だからアタシは、郁人の人生を取り戻す。傷ついたって、死にかけたっていい。絶対取り戻すから!」
もう話す事は無いとばかりに、竜胆は鴉を広げて空へと飛んだ。腕に構えるは雷撃砲という式神。
小気味良い発射音と共に、雷の弾が次から次へと銃口から発射され梨香へと迫る。
流石に雷は風では撃ち抜けない、仕方が無いので梨香も穹蒼を握る手に力を込めて、中へと舞った。
そのまま空中で錐揉みしながら、立て続けに風玉を三発上空に向かって撃つ。すると、すぐさま風玉は
膨大な数の矢へと変貌し、雨のように降りそそぎながら竜胆へと向かっていく。
「……ッ」
鴉を広げて、体の露出している部分を覆い隠す竜胆。次の瞬間には膨大な数の矢がぶち当たる感覚。
どんどんと地面へ落ちて行く、やがて雨のような攻撃が終わると鴉から顔を出して、再び体勢を立て直す。
だが、梨香は攻撃の手を休めては居なかった。左右から再び弾雨のような風の矢が迫っている。
竜胆は奪った悪鬼の力。炎狐を盾にしてそれをやり過ごすと反撃とばかりに、雷撃砲を連射して梨香を牽制。
「アタシは、負けられないのよっ!」
梨香の強さは圧倒的だった。数ヶ月前に出会った時とは全くの別人。
郁人と戦った時の梨香には迷いがあったが、今は全く無い。完全に浅葱の次期頭首としての梨香だった。
それは悲しいが、自業自得。自分達が望んだ末の事。──でも、負けたくなかった。
「竜胆ちゃん……」
梨香は悲しみを堪えて、意識を集中させる。自分の穹蒼の力は、風の弓と矢の力だけではない。
式神という力はは自分の意思次第で無限の可能性を秘めている力。だから、梨香は発想の幅を広げてみた。
風を矢に変えられる。だが、本当に矢だけなのか? あまりも当然に変化するので今まで気づかなかった。
頭の中に新しい力の構成が固まった。そして更に集中、手に持った四つ風玉を周囲に放り、感覚を掴む。
いつも通り、変化の形。そしてそれは梨香の意思通りに現実となり、弓の形へと成った。
(次は……)
風玉を作るプロセスを、今度は四つの弓の付近に命じる。すると、勝手に風玉が弓の周囲に現れ、
自らを動かし弦へと引っかかると発射体勢へと移行した。そして────
「私も、負けられないからっ!」
自らも穹蒼を構えて、他の風で作られた弓と同時に発射。五発の風玉はすぐに分散し、何十発もの矢に変わった。
総数は二百ほど、流石に鴉で全力で飛んでもこれは避けられない、だが下より引く気はない。
(郁人っ!)
竜胆は鴉に直進を命じると、降り注ぐ風の矢へと向かって飛んでいった。
崖から飛んで行った郁人と陸人。そのまま地面に叩きつけようとする陸人に対して、
郁人は掴まれた腕を振りほどくと、背中のボードを外してそれを足で踏むようにして滑空し始めた。
すると、ボードが薄く発光しそのまま空中へと浮かんだ。器用にそれを操り、木々の間を抜けて移動する郁人。
一方の陸人は梨香の追い風が無くなったため、轟音を立てて地面へと何とか着陸し、翡翠の制御をした。
そして二人はお互いを視界にいれ森の間を抜けながら、
「オラァ!」
陸人が爆轟をつけた拳を振り、郁人を狙う。爆砕される木々、全神経を集中してそれを避ける郁人。
そしてボードの式神を操りスピードを落とすと陸人の後ろへとつけ、手に持っていた蛇王で狙うが、
刃が陸人に届く前に爆発で軌道を変えられてしまう。すると突然急ブレーキをかけた陸人は、
横滑り気味に車体を振り回して翡翠の後輪部分を回した。
「……っ!」
慌ててボードを上へと向けて上昇するも、僅かにボードと車体がぶつかってしまい制御が崩れた。
きりもみするように回転するボードを必死に制御しようとするも、森の木々達によって阻まれる。
枝が刺さり、体を何回もぶつけながらも転げ回り地面スレスレでやっと制御を取り戻した。
──陸人は? とすぐに視界に陸人を納めると、爆轟を振る姿と周囲の空気が膨れ上がる気配。
すぐに全力でボードの速度を上げてその空間から退避すると、数瞬後に爆発。
(アブねぇ……これが浅葱かよ)
千島や八神や莉王達のような血統に宿る力があるわけでもない。だが、浅葱はかなり有名な名家だ。
特に情報面が顕著であり、元々大きかった八神が更にあそこまで大きくなったのも浅葱が居たからと聞く。
そして過去に没落して、そのまま歴史に埋もれようとした浅葱を立て直したのは眼前に居る男、浅葱陸人。
半端じゃない。どうしようもない馬鹿とか、究極のアホとよく聞いてはいたが……いや、その通りだと思いなおす。
(だけど……強い)
凶悪なまでの強さ、しかも確実にまだ余力を残している。それは見れば明らか。
だが自分はもう限界。心が折れそうになり、段々と体を動かす意欲が無くなってきた。
「しょうがないさ、俺は所詮牧島の長男。分相応だ」と、自嘲気味に呟いて笑う。
(そうだよな……俺は牧島。大した家じゃない……今から八神に降伏すれば何とかなるだろう)
言い訳、勝てない要素を誰に言うわけでもなく頭の中で喋る郁人。
だが、それと同時に猛烈な怒りも湧いてきた。それは、自分の不甲斐なさへの怒り。
そして頭に浮かんだのはずっと昔から一緒だった竜胆の姿。
──いーくとぉっ! ご飯食べよぉー──
──ほらぁ、泣かないの。いつかパパさん達も見返すんでしょぉ?──
──よっし! ママさんからパクった金でまずはパーッっとやろうか!──
苦しい時も、辛い時も、いつも竜胆がいてくれた。一人じゃなかった。
悲しい時は慰めてくれた。寂しい時は一緒に居てくれた。いつも自分に笑顔をくれた。
竜胆が式神でいてくれて良かった。竜胆が竜胆でよかった。だからこそ、さっきまでの自分が許せない。
陸人がバイクから降りて駆けて来るのが見える。振りかぶられる拳。だが、郁人は動かなかった。
「いっくぜぇぇっ!」
拳が頬にめり込んだ。頭が揺れ、一瞬途切れる意識。その次には顔が熱くなった。
熱い、熱い、熱い、熱い。その痛みを忘れないように、心に刻み込むとそのままの体勢で郁人は
陸人を睨んだ。流石の陸人もこれには驚いたようで、バックステップで距離を取ると訝しげな顔で、
「お前……頭大丈夫か? 今の俺が力使ってたら、死んでたぜ?」
「でも、まだ生きてる。今はそれで十分ですよ」
「生意気な中坊だぜ。世の中どーなってんだよ。オメーや梨香みたいなガキが命張っちまってよ」
「アンタは……どうだったんですか?」
「俺?」
「浅葱陸人、元高遠陸人の中学校時代はどんなだったんですか?」
「あー……蒼威と森羅と一緒に、毎日喧嘩ばっかやってて、病院送られたり送ったりだったな」
「そうですか……アンタも普通の一般人だったんですね」
「確かな。親父はリーマン。お袋はパートやってて妹は普通に大学まで行って結婚したし」
「……じゃあ、何でアンタはこっちの世界にきたんですか?」
「詩歌の実家が実は浅葱でしたーみたいな? 後はその頃にクソ正宗と知り合っちまってよ。
後、蒼威と友達だったのも原因の一つかな? そう考えるとはあのヤローはの人生を大きく変えやがった」
「じゃあ、どうしてそんなに頑張れるんだよ!」
「質問ばっかだなーお前。とりあえず、アレだ。詩歌の為に俺ができる事。それをやってたらこうなってた」
「詩歌の為に……?」
「そ、俺を幸せにしてくれた詩歌。後、可愛くて堪らない梨香。俺はあの二人の為に浅葱を立て直した。愛故にってやつ?
どうよ? 俺ってカッコよくね? 実はよ。ここだけの話なんだが、そろそろ自伝でも書こうかなーなんて思ってるんだよ」
(愛故に……か)
そう考えると、竜胆が何故ヘルや蒼威との戦いであんな無茶をしたのかがわかった。
全ては自分の為。その気持ちが今では痛いほどに分かる──だから、郁人は腹を括った。
愛故に──牧島郁人の牧島竜胆への愛を示すために自分は、今アイツの為にできる事をしよう。
力が湧いてきた。今なら負ける気がしない。絶対に、この戦争に勝つ。そう決めた。
一般人だった浅葱陸人に出来たんだ。俺にできないわけが無い。そう言い聞かせ、郁人は蛇王に力を込める。
「ありがとうございます。俺も愛故に戦いますよ」
「そかそか。んじゃ、行くぞっ!」
そして、蛇王の剣先と爆轟がぶつかり合った。
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