第二十五話:四条莉王 ─王と強さ─
カチン、カチン、カチン、カチン、カチン、カチン。
規則的な音が森へと響く。その音の発生源は剣で地面を叩きながら歩いている莉王。
何の緊張も無く歩いているその姿は何を考えているかわからない、不気味さのような物がある。
周囲に居る八神側の軍勢は敵の総大将でもある莉王を見つけた事に、戸惑いと明らかな恐怖を見せていた。
この相手は──自分達の手に負えない。そんな感情で心が埋め尽くされていた。すると、莉王が突然止まり、
「逃げたい奴は逃げよ。俺様の目的は八神正宗だけだ」
全員が息を呑んだ。完全に気配は断っている筈なのに、莉王はこちらの存在に気がついている。
絶対に自分達は気づかれていないと思っていた彼らは、恐怖と混乱から一部の者が莉王に向かって襲いかかっていく始末。
その事に逸早く気づく莉王。それと同時に相手の困惑と恐怖に駆られた感情が自分の中へと流れ込んできた。
幼い頃は嫌で嫌でしょうがなかった力。人の考えている事を勝手に読み取ってしまう心眼は莉王が一番嫌った物。
だが──もう心に折り合いはつけていた。自分はこの力と共に生き、共に死ぬと。
「仕方ないな」
遠くのほうから自分を囲むようにして数人の男。すると、莉王は敵では無く剣を黙って見つめた。
打ち付けた回数と、今までの経験から範囲を予測し更には相手の心を読んでどのような攻撃かも理解した。
そして今自分が取れる最善の行動。式神の力の完全解放を選択。剣を握る力を更に挙げて、自身の式神【剣王】の力を発動。
それと同時に剣が光を帯びてその光が刃となり、数メートルを超える長さと成る。それが、剣王の力。
剣を打ち付けた回数によって、威力と射程が変化する限りなく強くなれる力。更には付属効果として爆砕の力もあった。
「行くぞっ!」
そして剣王を振り回す。光の刃が周囲の樹木や岩を砕きながら八神軍勢へと迫る。
剣の威力だけではない。破壊された岩や木の破片すらも脅威となり、ついに立っているのは莉王だけとなった。
そこだけ更地のようになってしまった森。少し離れた場所には何人もの人間が倒れている。息をしてるかどうかもわからない。
そして莉王は只一人空を見上げて立つ。その姿は戦を終えて最後に生き残った王のような姿。彼が思い描いた理想の王の姿。
───だが、孤独。周囲には彼を称える者は誰一人居ない。仲間は好き勝手にどこかで命を張っている、だがそれで十分。
「命は平等だ。だから、いつか俺様にもツケがまわってくるだろうな……」
そう自嘲気味に呟く。そして莉王は剣王を打ちつけながら再び前を向いて進む。その瞳に迷いは無い。
心眼を発動させすと、周囲の感情が流れてきた。恐れている者。痛みを感じている者。興奮している者。
泣いている者。笑っている者。ありとあらゆる人間の感情が莉王の頭の中に流れ込んできた。
自分を狙っている者もいる。感情を逆算すると相手の位置すらも簡単に特定できた。
「ハハハハハハハハッ! 俺様に牙を向くか」
剣王を打ち付けるのをやめ、再び光の刃を発現させながら莉王は走った。
斬って斬って斬って斬って斬って、莉王は止まらない。流れてくる感情を歌のように聞き流しながら、舞うように斬る。
夕闇に光の刃が閃き、爆砕と破壊の輪舞曲。やがて、感情が流れてこなくなると莉王の体は止まった。
周囲を見渡すと切断され、破戒され尽くした八神の森。先程と同じように周囲にはほとんど物が存在していない。
これで八神の戦力の大半は奪ったはず。後は、八神正宗を見つけ出して正々堂々と倒すだけ。
「正宗に勝てそうなのといったら……颯太か律ぐらいなんだよな。雨龍は馬鹿だから無理だと思うけど」
律と颯太は下手を打てば自分すらも負けてしまう。それ程に幼馴染である三人の力は拮抗していた。
特に律の【鬼憑】の力は凶悪極まりない。八神時雨は確実に律に負けるだろうと思う。
それ程の努力を律はしてきたのを知っているし、自分自身もそれに負けまいと頑張ってきた。
そして、そんな事を考えていると一つの僅かな感情が流れてきた。
「フフ、やっと総大将のお出ましか」
感じた感情は紛れも無い、怒り。自分の家を、仲間を、戦いに巻き込まれた者が発する怒り。
腕を組んでそれが近づいてくるのを待つ莉王。しばらくすると、自分の正面に人影。
上品な黒のスーツに身を包んだ男。二十以上は確実に年上だが、その気配は油断できないほど。
莉王が予想したとおり、そこに居たのは八神正宗。殲滅者として十数年前から畏怖の対象だった八神の頭首。
「よぉ、八神正宗」
「四条家の次男か……何故、こんな戦いを仕掛けてきた」
「俺様はお前を倒す為、律は時雨を倒す為、颯太は俺達と共に在る為、
郁人はコアを奪う為、竜胆は郁人の為、雨龍は人を殺す為だ」
「それは、名家の宿命か?」
「そう、【数の十名家】に誰も逆らわないのは、強いからだ。では、何故強いのか?
それはこうして常に争いの種を撒き、常に戦いに身を置いている故。だからこれは必然なんだよ」
「そうか、じゃあもう終わらそう。家の者が血に塗れるのは好きじゃない」
「同感だな。だが、四条の血統は負けない。常に高く在れ、だ」
「その思想の成果が、君だね? 四条帝の弟、四条莉王君」
「……俺は人類の王。王は誰にも負けない。王は誰にも屈しない。王は誰にもひれ伏さない」
「王ねぇ……君の兄と何か関係あるのかい?」
そこで初めて莉王の表情が変化した。何かを押さえつけるような顔で、一瞬目を逸らす。
それは逃げ。現実から目を背けた時に出てしまう莉王の無意識の癖だった。
蘇る忌まわしい記憶。自分が王になろうと決めた時の一番目を背けていたい記憶。
「黙れ……」
剣王を構えて、莉王は正宗を睨んだ。今にも泣きそうなその表情。どこかで見たようなその顔。
──それは二十年前の八神正宗と同じような顔だった。家の軋轢によって全てが嫌になっていた時の顔。
なるほど、と正宗は心の中で笑った。こんな時自分はどうしたか──いや、どう"された"かを思い出してしまったからである。
正宗は虚空から二神風雷を引き抜くと、莉王に殺気をぶつけ戦闘開始の合図を送った。
「さァ! さァ! さァ! 王の戦いを始めようじゃないか」
「わかった」
短く呟くと正宗は緋眼を発動させて、一気に莉王へと接近した。だが、莉王は動かない。
剣王を持つ右腕だけを前面に突き出し、そのままピタリと静止。一瞬訝しげに思った正宗だが気にせずに攻撃。
狙ったのは右肩口。風の剣を囮にしての一撃。確実に決まると思ったが、雷の纏う刃は剣王に受け止められている。
陽動は完璧に通じていなかった。それどころか、完全に風の剣は無視されていた。
「それが……心眼か」
「ああ、四条が先達から受け継いだ力だ。次はこちらから──行くッ!」
打ち付けて威力と射程の上がった光の刃。今回は数が少ないためにあまり長くは無い。
だがあまりに巨大過ぎると、大きな隙が生まれてしまう。そしてこの長さと威力こそが莉王が考えた、
この八神正宗との戦いの中で一番活きる威力と射程だった。
「クッ……」
二神風雷で受け止めるもその威力は凄まじい。力だけではない、あらゆる点から見ても完璧な斬撃。
しかもこちらよりも射程が長い、そしてそこに付け入ろうとすればすぐに元に戻される。
その感情を読まれなければいいのだが、莉王には心眼があるために確実に読まれてしまう。
「っは!」
更に続く莉王の斬撃、正宗は後ろに大きく飛ばされる反動を利用して自らも飛び一度体勢を整える。
だが──次の瞬間。莉王の光の刃の射程が増して自分を貫くように突き出された。
それは、確実に自分が攻撃してこない事を知っているからこそできる攻撃。正宗はその勢いに耐えられなく、
二神風雷の力を最大限に引き出して何とか刃を相殺。そして大きく後ろに吹き飛ばされた。
(つ、強いな……)
一旦木の陰に身を隠しながら、正宗は内心かなり焦っていた。ここまで強い者と戦ったのは久しぶりの事。
しかも自分は頭で考えて戦うタイプなので、正に最悪の相手。改めて十名家の頭首の恐ろしさを知った。
(どうする……墜式を使うか? いや、リスクが高すぎる。だが……感情を読まれないようにするにはこれしか……)
迷いと焦りが強くなっていく。そして正宗は、腹を決めて木の陰からゆっくりと出た。
見据えるは、剣を地面に打ち付けて薄ら笑いを浮かべている莉王。だが、油断しているわけではない。
緋眼を使ってからでも、心眼で心を読めるようにかなり距離をとられていた。
「さぁ、続きを始めよう。俺様はお前を倒して、剣の王へと成る!」
「……僕よりも強い人なんて結構いると思うけどな」
「俺の知っている限りじゃお前だ。強さで言うなら、戒や遠音とかの方がお前よりも強いだろう。
だが、剣を使う式神使いの中ではお前が一番だ。だから、まずは貴様から斃して俺は次へと進むのさ」
「なるほどね……だけど、そんな強さに意味なんてないよ」
「……何だと?」
「僕を斃せば君の名は更に上がるだろう。だが、それだけだよ」
「ほぉ?」
「強さには、様々な意味がある。例えば一般人や子供にも、僕より"強い"人は数多くいるだろう」
「詭弁だ。力を持たぬ者達が強いだと? ──ふざけるなァッ! じゃあ何で、何で俺様は!」
(ああ……似ている)
四条莉王は本当に自分の昔にそっくりだった。強さの意味を知らず、力に執着していた頃。
強さとは、力だけじゃない。精神的等様々な要因がある。人との衝突を回避できるのもまた、強さ。
友達が多いのもまた、強さ。金をたくさん持っているのも強さ。幸せに、普通に生きていけるのも強さ。
それが正宗の持論。それが力だけが全てじゃない──そう気づかせてくれた今までの日々からの答え。
「王ってのは何なのか僕にもわからない。だけど、敵を作り、争いばかりしている王はどうかとは思うけどね」
「何が言いたい」
「王ならば、下の者の事も考えろって話だよ。君は、僕に勝つためにどれだけの犠牲を払ってきた?
情勢から見るに、重傷者や死者も四条側と八神に出ているだろう。その中の何人が戦いが好きなんだろうね?
何で君なんかのために命を張らなければいけないんだろうね? しかも、理由が王になりたい。ガキか、君は」
「…………誰も、反対はしなかった」
「そりゃ、君には強い心眼があるし、四条の頭首だ。逆らえるわけが無いだろうね」
「あ……」
「剣の王になりたいのなら、君一人で挑んでくれば良いと思うんだけどなぁ……」
「で、でも……律も時雨に復讐したいし……雨龍だって……颯太だって…………」
「だったら、その四人でくれば良かったじゃないか。死んでしまった四条は君の事恨んでるかもね」
「…………あ、ああ……ああ……」
顔色がどんどん青ざめていく莉王。正宗は心中でホッと溜息をついた。
論点をすり替えて莉王の心を乱そうとした作戦だったが、まさかここまで効果があるとは思わなかった。
色々と謳ってはみたが、どれもこれも正宗にはとうていえるような事ではない。
正宗自身もこうやって他の家を征服してきたし、そもそもこちらの世界に居る以上、その答えは出せない。
殺す殺されるの世界で、そんな事を考えていては生きてはいけない。真の答えは"割り切る事"。それだった。
今莉王は迷っている。後はその隙に止めを刺すだけ、それでこの戦いも少しは早く終わるだろう。
(手強い敵だった……子供だったのが唯一の救いだったよ)
正宗はゆっくりと近づき、莉王に重症を与えようと二神風雷を振りかぶった。
莉王は動かない、ただ下を向いてブツブツと何かを呟いている。そして二神風雷の刃が迫った時、
突然莉王が動き出して、剣王で二神風雷を受けとめた。刃が拮抗した後、莉王は大きく後ろへと飛ぶ。
正宗から距離をとった後、莉王は顔を上げて正宗を見据える。その瞳に迷いは無かった。
「兄貴が言っていたんだ……」
「何を?」
「王になりたいのなら、全てを割り切れ、理屈を考えるな。常に全力で在れ、そう言っていた……」
「そうかい……」
「王は全てを背負うんだな。民や部下の死。自分が守る者や関係者の人生も。よくわかったよ、ありがとう八神正宗」
「厄介な事になったな……」と正宗は、内心溜息をつく。もうこれで論破攻撃は通用しない。
後はどちからが強いか。それだけになってしまったため、全力──緋眼墜式を出す事を決定。
通常の緋眼を発動させ、更に精神的に自分を追い込んでいく。もっと、もっと、自分という存在を貶めた。
嫌な記憶。全ての罪。それら全てを受け入れて、精神を狂わせていく正宗。やがて、心がどん底まで堕ちた時、
怒りが、悲しみが、絶望が、あらゆる負の感情が正宗を埋め尽くし、心のタガを外した。
俗に言うキれた状態になった正宗は、感情のままに莉王へと向かって爆発的な勢いで走り出す。
「それが八神の緋眼……いいだろう、正面から受けて立つ!」
莉王の剣王が再び光を放つ、それを確認するとそのまま一直線に正宗へと走りだした。
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