第二十話:復活の刹那
住宅地のど真ん中に堂々と存在しているその屋敷。だが、周囲は高級住宅ばかり。
洋風の家が立ち並ぶ中、和風という空気を建物からかもし出しているその家は一目見て異様。
立派な門には【四条】という表札がかかっている。そう、ここは四条の本家。
その屋敷の一角の池の付近。牧島郁人は持て余す暇をどう解消しようか悩んでいた。
鍛錬はもうやった。これ以上はオーバーワークになりかねない。少し疲れる程度、それが自分には調度いい。
他の数の十名家の面々はそれぞれ好きな事をやっている。颯太はバッティングセンターへ行き、
律は自分達の近くで読書に励み、莉王は何をするわけでもなく、ただボーっと空を眺めている。
雨龍に至っては部屋にひきこもって、何をしてるやらと言った所。すると、ずっと黙っていた莉王が口を開き、
「なぁ……何で俺様は四条莉王なのだろうか?」
「……はぁ?」
「もっと器のデカい名前はないのだろうか。兄貴みたいに!」
「お兄さん居るんですか?」
「ああ、もう家出しちまったけどな。兄貴が居たら俺は人類の王にはなれなかったろうなぁ……」
「いや、まだ生きてるなら……」
「いや、兄貴はもう戦わないらしい。だから必然的に俺様がナンバーワン。どうよ?」
「はぁ……どうよと言われても」
返答に困る郁人。すると本を読んでいた律が顔を上げ、
「郁人、そいつの相手をしてると馬鹿が感染るから止めたほうが良いぞ」
「律、貴様……王に向かって無礼だぞ!」
「お前ほど無礼じゃないさ」
「フン、『男を振り向かせる四十八手』などと言う本を読みながら言われても何とも思わんがな」
「……っ! お前、何で知っている!」
「全てお見通しだ、お前が考えてる事もな。心に隙ができていたぞ」
「趣味が悪い……」
「警戒を怠った貴様が悪い。勝手に流れ込んできたんだ」
その一連の会話に郁人はハッとしたように心を引き締める。
心眼の一族──四条。その祖先から受け継がれてきた力は人の心を読む事。
といっても深層まで読むのは非常に難しいらしく、一番上の上っ面の感情しか読めないのらしい。
だが莉王程血が濃いらしいとこうやって勝手に考えている事が流れ込んできたり、
本気で読もうとすれば、かなり深い所まで読めるらしい。だからこそ、郁人は改めて気構えを強くする。
そんな郁人の心の変化に気づいたのか莉王は薄く笑うと、
「安心しろ郁人。俺はお前と竜胆の本心は読めていない」
「…………そうすか」
「あんまりこの力を使うと頭がおかしくなるんでな。戦闘時以外極力使わないようにしているのだが……
まぁ、こうやって気を抜きすぎると流れ込んでくるんだ。律が時雨の事を考えてる時なんか特にな」
「うるさい! あ、アイツの事なんか考えていない!」
「ほほぉ。ま、どうでもいい」
「うう……どうでもよくなんかないんだぞ」
落ち込む律。それを笑う莉王。緊張感なんて全く無い。戦いは近いというのに本当に呑気。
だが、いざ戦闘になると纏う空気が一変する事を郁人は知っていた。
これがこの国の影でずっと暗躍してきた数の十名家の次代。その強さは計り知れない。
だが郁人も遅れを取る気は全くない。後は竜胆さえ上手くやってくれれば全てが上手く行く。
牧島も数の十名家も八神や千島も、自分達に近づく事はなくなるだろう。
そして、竜胆と二人でずっとのんびり生きていける。そんな未来設計が頭の中に立てられる。
「そういえば郁人。竜胆はどうした?」
「少し八神の方に。最後の下調べですよ」
「ふぅん……どうでもいいが、決行は明後日だからな? 間に合わせろよ」
「ええっ!? 俺聞いてないですよ!?」
「当たり前だ。今決めたからな」
「マジすか……ってか律さんや雨龍さんや颯太さんとかはいいんですか!?」
「俺様が王だ。逆らう事は許されない」
「そうですか……まぁ、間に合いますよ」
「成る程な。ではそろそろ颯太も帰ってくる時間だし、爺やに頼んで夕食でも作って貰うとしようか」
そう言うと莉王はズンズンと歩き出し、家の中へと消えてしまう。
後に残ったのは唖然とした顔の郁人と、特に何も考えていない表情の律。
……何となく気まずい。郁人がどう話題とかを振ろうか考えていると、逆に律が振ってきた。
「郁人。君はコアを竜胆に取り込ませるつもりだろう?」
「……っ」
「隠さなくてもいい。僕も莉王や颯太も特に異論は無いしな」
「……ええ。そうっすよ」
「これは小耳に挟んだのだが……八神所有のコアは何かがおかしいらしい」
「え?」
「何、八神を何人か締め上げて聞き出した情報だ。時雨や正宗からではないから正確ではない」
その口ぶりから郁人は律が自分達のために調べてくれたのではないか。
と予想する。冷たいように見えて九我山律は結構情に厚い。それが知り合ってから得た郁人の感想。
竜胆はそれを察しているのか、無条件に律に懐いている。律もそんな竜胆を可愛がっていた。
「……それでも、多分俺達は手に入れます」
「力を手に入れるためか? 誰も逆らわない。誰も怖くて干渉して来ない無敵の力を」
「はい、それが俺と竜胆、二人の目標です」
「そうか。なら最後に一つ。大いなる力には大いなる代償が付きまとう。それだけは覚えておけ」
「はい」
それだけ言うと律も四条の屋敷の中へと入っていってしまう。
後に取り残された郁人は、律が今言った言葉を頭の中で反芻する。
大いなる力には大いなる代償が付きまとう、か。だったらその代償とは──
それは考えるは何故か怖かった。最悪の事を予想しそうで怖かった。
(竜胆、大丈夫かなぁ?)
とりあえず思考を切り替えて、郁人は竜胆の心配をした。
(う〜……じめじめ)
八神家の裏の森を竜胆はコソコソと歩く。黒のズボンに黒の上着、黒の帽子と
ダサい事極まりない格好だが、見つかって掴まるよりは数十倍もマシ。
何故竜胆がここにいるのかというと、神代と八神の戦いの時に八神が手に入れたコアを発見するため。
前々から何処にあるか探したのだが、色々と情報を集めた結果。この山にあるらしいという結論に至った。
理由はいくつか在るが、大きな理由はあの八神正宗が自分の力の届きにくい所にコアを置くわけが無い
という郁人の考えと、ヘルのコンセプトを使って八神から聞き出した竜胆の情報による物。
(浅葱がよくくるのはわかるけどぉ……一課の神埼までくるってのは少しおかしいよねぇ)
環境省所属特別環境局第一課という組織が正式にこちらの世界に伝わったのは一年ほど前。
やはり神代の引き起こした損害は中々に大きく、それを止めた一課の名は飛躍的に高まった。
これまで日本という国は、悪鬼の対策を政府は全くといっていいほど取らなかった。
それもそのはず、国が悪鬼の相手をするまでも無く特殊な血統達が古来より討伐してきたから。
一応それなりにはあったものの、ほとんどトラブルシューティングのような雑務ばかり。
だが、何故今更になって一課が作られたのかというと、"反逆の十文字"事件のせいだろうと竜胆は思う。
自分達はまだ小さかったが、勇雄や牧島の家の者全てがあの事件に驚愕していた。
あの事件は流石に隠蔽が出来なかったらしく、国はもう一度アレを起こさないための抑止策として一課を作った。
だが、結局十文字の罪は不問となり、そのまま平和な日々が続いていたのだが、それを壊したのが神代。
(……反逆の十文字かぁ……きっと強いんだろぉなぁ)
十文字戒とその四人の兄弟達。誰もが口を揃えて言う"最高"の家の者。
血統に宿る力も数の十名家の中では群を抜いているらしい。だからこそ──その力が欲しかった。
【略奪】できる可能性は低いがそれでもゼロではない。可能性がある限りやってみよう。
それが竜胆の意思。そして郁人と二人で幸せになりたい。それが竜胆の唯一の願い。
(そのためには……結晶を手に入れなきゃね)
森の中を足音を立てないようにゆっくりと歩く。わざわざ昼間忍び込んだのは意表をつくため。
まさか白昼堂々とコアを盗みにくる者は居ないだろうという精神につけ込み、
尚且つコアの所在を知って居る者は少ないがため、わざわざ戦いの時を選ばずにここへ来ているのであった。
大体の目安はついている。コアは八神の頭首クラスしか知りえない場所に隠されているのなら、
警備ルートに載らない場所を選ぶはず。そして竜胆はコンセプトを使って警備の地図のコピーを手に入れていた。
その数全部で七種類。それを使って全てのルートを塗りつぶしていくと、一部だけ奇妙に空いている場所があった。
そこは地形図にも乗っていない場所。完全に存在が秘匿されている場所。
(よっと)
鴉を使って軽く中へと浮かび、ガケのような場所を登っていく竜胆。
何とかそこを登ると、中々眺めが良い景色が見える。そして下の方に平和そうに佇む八神の家。
数日中には戦いに巻き込まれるはずのその家は今は何と穏かな事か。そしてそれを自分達が壊す。
平穏を破壊し、自分の欲望を満たすために攻撃を仕掛ける。いつの間にこんなになってしまったんだろう。
数ヶ月前までは普通の中学生で、何でも屋で食いつないでいた自分達。それが今では──
「おっとぉ……決意が薄れるトコだったよぉ」
もう自分は迷わない。そう決意したはずなのに。竜胆は自嘲気味に笑った。
すると登ったガケの上に不自然に岩の塊がゴロゴロと転がっていることに気づく。
上空から見ると大した事は無いが、こうやって地上から見ると不自然極まりない。
少し歩いて位置を変えてみると、祭壇のような者が見えた。──そして、気づく。あそこにコアがあると。
ゆっくりと歩いて祭壇に近づく。巨大な岩が影となって空が見えなくなった。これで見えなかったわけか。
軽く納得して更に祭壇に近づくと、何か黒い物が浮いている。そして、それはとても禍々しい。
「これが、コア……」
近づこうとして、竜胆は停止する。何があるかわからない。罠があるかもしれない。
全ての悪い可能性を考えてどうしたもんかと悩む竜胆。自分達が求めているのが近くに在るのに、
凄く遠く感じる。数メートルの距離が、地平線の彼方のように錯覚してしまう。
ここまでくれば任務達成。戻ってもいい。どうせ、数日後にまた来るんだから。と言い聞かせる。
「でも……」
竜胆は一歩進んだ。異常は無い。もう一歩進んだ。異常な無い。、また一歩進んだ。異常は無い。
だが油断する事無くさらに一歩、もう一歩ずつ進んで行って、コアの前についに辿り着いた。
とても呆気ない。本当に手が触れられる距離まで来てしまった。そして竜胆は──コアを手で触ってみた。
「あ……ああ…………」
怖い。そう感じた。本当に心から怖い。そこには──全ての悪意が詰まっているのを感じる。
妬み、苦しみ、絶望、孤独。自分の一番嫌いなモノが凝縮されてそこに存在していた。
中には光も感じる。だがそれはドス黒い光。世界に反抗するような光。抗いたくてしょうがないような光。
そして竜胆自身の力を発動させ、コアの中の力を全て奪おうとしてみた。すると──
(何ですか?)
──頭の中に声が響いた。郁人の声ではなく他人の声。聞いた事が無い声。
(フン……珍しく八神正宗じゃない客だな。俺に何か用事か? と聞いている)
(えっとぉ……貴方は誰ですかぁ?)
(昔、神代刹那だったモノだ。今はもう自分でもなんだか分からない)
(ええっ!?)
(何を驚く?)
(いやぁ……神代刹那はもう死んだって聞いてましたからぁ……)
(確かに神代刹那は死んだ。神代瞬も彼方も死んだ。そして、煉、灼、緋澄、囚もな)
(何の話ですかぁ……?)
(まぁ、暇つぶしに語ってやろう。俺達がこうなっている理由をな)
刹那が頭の中で一年前の神代戦争の事を語る。
それは、蒼二や命も絡んだとても壮絶な戦い。沢山の人が死んだ。そして、蒼二がああなった理由もわかる。
修学旅行の時に勇気を出して相談した千島蒼二はとても悲しそうに少しだけ昔の事を語ってくれた。
こうやって刹那の話を聞くと、蒼二の心がどれだけ傷ついたかがわかる。御崎朱音。それは自分にとっても
郁人のような存在。だけど──死んでしまってもうこの世にはいない存在。
そして語られる、あの戦いの結末。コア内部に侵入してきた蒼二や秋月罪歌達の第二人格。
コアの中では壮絶な殺し合いが展開されたらしい──そしてその結果が今に至ると刹那は語った。
(じゃあ……今の貴方は刹那であり、瞬であり、彼方であり、緋澄達であるのぉ?)
(そうなるな。何度も殺し合いをするうちに段々と精神が混同していったんだ)
(そうなんですかぁ…)
(だが、雛形は刹那。それだけは何となくわかる)
(わかりましたぁ……)
予想外の事態に一度竜胆は引くことにした。まさかコアの中に神代刹那の意思があるとは
誰が考え付くだろう。だが多分、この事は八神正宗や時雨は知っているはず。
だからこそ、一度郁人に聞いた事の全てを話し、もう一度作戦を練り直そうと思う。
そして竜胆は再び、刹那へと声をかけた。
(今日は出直しますぅ。また、改めてきますね)
(俺としてはどうでもいい。だが、誰かがまた来いと言ってるな)
(そうですか、ではまたぁ)
(俺じゃない誰かが言っている。包囲網が形成されつつある、違うルートで帰るのが懸命だろうな)
(……どうも)
竜胆は呼吸を落ち着け、奪った式神【天網】を発動させた。すると、自分の周囲の情報が常に
頭の中へと流れ込んでくる。包囲しようとしている八神や、この森に生きる動物達の居場所が。
包囲網はほぼ完璧と見える。自分が帰ろうとしていたルートには全て待ち伏せが居た。
流石にこの包囲網を突破するのは厳しい。死にはしないと思うが痛いのは勘弁。
仕方が無いので、竜胆は携帯を取り出して郁人に電話をかける。
(じゃ、バイバイです)
(うむ)
数コール鳴った後、竜胆の姿は完全に八神の敷地から消え去った。
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