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緋色の眼を読んでから読んだほうが、わかりやすいですよ。
プロローグ1:悪鬼夜行
 深夜の某県某所。そこは山の一角にある放牧地。
 付近の家畜は全て避難させられ、小屋へと閉じ込められ、辺り一帯は完全に封鎖されていた。
 だが、そこに十数人の同じような服装をした一族が居た。
 古来より悪鬼を討伐してきた一族──牧島家。
 東海地方に名を轟かせてきたこの一族は、今回も牧場主の依頼により、悪鬼を討伐しに来たのである。
 そんな中、結界を張っていた結界士が突然声を上げた。

「来ます、数は……65っ!?」

 驚きの声が周囲に溢れた。
 ヒソヒソと誰もが囁きあい、前方をただ見据えている。
 すると牧島家の現当主、牧島勇雄は自分の式神を発動させると全員に怒鳴る。
 
「気合をいれろっ! 所詮下級程度の集まりだ!」

 大気を振動するほどの大声を張り上げる勇雄。
 その声によって緊張と不安が高まっていた術者達も次第に落ち着きを取り戻していく。
 そして、全員が戦闘体勢に入り、そこら中に式神の気配が蔓延する。

「─────!」

 放牧地の上の方から大量の異形の集団が押し寄せてくる。
 醜悪な外見をした異形の怪物───悪鬼。
 悪鬼達は敵意と牙をむき出し、次々に押し寄せ、戦いの火蓋が切って落とされる。
 炎や雷、様々な力が拮抗し合い、人間と悪鬼は殺しあう。
 血が飛び、断末魔が響き、次々と失われていく命。
 戦いを後方から見ていた勇雄は思いのほか苦戦している事に苛立つ。
 一年前から、悪鬼の数がかなり減少している、そのため家同士の抗争や、仕事の奪い合いなどが多発していた。
 しかし、世界の闇の存在である悪鬼の討伐に法律を作れるわけも無く、奪い合いや抗争は黙認されている。
 そのため、勇雄は秘密裏に事を進め、こうやって仕事を始めたのではあるが──

「情けない……」

 牧島家は悪鬼に押されつつあった。流石に数が違いすぎたようである。
 既に何名かが大怪我をして戦線を離脱しているのも見える。
 分家よりも本家を多くしたのにも関わらず、だ。

「本当に情けない、俺が出る」

 勇雄が前線に向かうと、後ろに居た結界士が勇雄の横に並んで歩く。
 その顔を見るからに、ロクでもない報告であろうと勇雄が思う。
 だが、それはもっとも聞きたくない報告であった。

「結界内に式神の気配が3……少し離れた場所に1です」

「ぬぅ……」

 勇雄が唸るのと同時に、放牧地の一角で巨大な氷柱が立ち上がった。 
 地面から勢い良く突き出した氷柱は、周囲の悪鬼や同志達を巻き込み、雄雄しく反り経つ。
 周囲に冷気が蔓延し、術者達に嫌な汗が背をを伝う。そして、更に──
 
『風よ、悪鬼を裂け』

 声が響き渡った───
 風の刃が周囲に展開し、弧を描いて悪鬼の腕や顔、あらゆる部分を切り裂いていく。
 バラバラになった悪鬼は塵と化し、世界へと消えていった。
 圧倒的で、洗練された力をその場の全員が感じ、戦慄。というよりももはや蒼白の域。

「うん、今日も絶好調」

 声がした方向に立っていたのはまだ幼い三人の少年少女の姿。
 黒のスーツにサングラスをかけて悠々とチェーンソーを振るう少年。
 同じデザインのスーツに、膝丈で切られたスラックスにブーツと言う出で立ちの少女。
 そして、ごく一般的なジーパンにジャケット姿の私服の少女がいた。

「あの、いいんですか? こんな事をして……」

「ああ、仕事の奪い合いはほぼ公認だからな。お前の最終テストにはちょうどいいだろう」

「あれー? 修学旅行のお土産だ……ふぉっむごっむぅぅぅ」

 少年は少女の口を塞ぐと、もう一人の少女に向かって言う。

「んじゃ、早速式神出してみろ」

「はい……出てきて【穹蒼】」

 少女がそう呟くと、手にはロングボウが現れた。。
 その名の通り、長い作りであり、少女の身長ほどの大きさになる。
 少女は穹蒼を構えると、右手に意識を集中。そしてまずは根源から湧き出る力をイメージ。

(──風)
 
 右の手のひらに風で集まって出来た球体が生まれる。
 それは優しく渦巻き、安定した力の配分で少女の周囲一帯に風を巻き起こす。
 衣服がハタハタと揺れ、少女は気持ちよさそうな顔と緊張が混ざったような表情で居る。

「んと……これで」

 風玉を弦に引っ掛け、放つ。
 発射された風玉はすぐに数十発もの矢の形に変わると、空に散った。
 夜空を不可視の矢が引き裂き、少女の狙った対象へと向かう。
 狙うは悪鬼、そして全ての風の矢は矢と同じ数、数十体の悪鬼を貫き、苦悶の声を上げさせる。

「わぁ、ちゃんと悪鬼だけに命中したね、凄い凄い」

「そこまでコントロールできりゃ、もう問題はねーだろ」

 崩れていく悪鬼を見ながら、二人は少女を褒める。
 褒められた少女も、顔を赤くしながらも自分の力に自信を持てたのか、珍しく大きな声で返事をした。
 そう、嬉しかったのである。目標とする人達から賞賛を浴びるのは。

「は、はい! ありがとうございます!」

 少女が頭を下げる。
 そして、それまで見守っていた牧島の者や勇雄も我に帰った。
 勇雄はハッとした表情で一歩前に出て怒りに顔を歪めながら、怒鳴る。

「貴様らは何処の家の者だっ! 場合によっては生かしては帰さぬぞ!」

「あぁ?」

 サングラスをかけていた少年が苛立たしげに勇雄の下へと向かう。
 堅気とは思えない少年の態度に牧島の術者達は畏怖の視線を向けた。
 勇雄も歩き出し、牧島の術者達も少年達を取り囲んでいく。
 そして、少年はサングラスを外し、名乗る。

「俺は、千島蒼二」

「ち、千島だと……しかもあの死罪六神の…………」

 勇雄は戦慄した。
 悪鬼を討伐する中でも、かなりの地位と実力を持つ緋眼の一族。
 そして千島蒼二は、かつて死罪六神と呼ばれた組織の第三位としても裏の社会に名を轟かせた男。 
 神代の分家、桐生家を一人残らず殺し尽くしたことはまだ記憶に新しい。
  
「フン……この件は千島と八神に抗議させてもらうからなっ!」

「やってみろ、その時は皆殺しにしてやる」

 蒼二は自身の式神、修羅雪を構え、その場にいた全員に殺気をぶつける。
 死線を何回か潜り抜けた大人でさえ、戦慄するほどの殺気。
 しかし、勇雄ほどにもなるとその程度の殺気には慣れていた為、あまり気にしない。
 だがそれが命取りであった。

「生意気な小僧だ……世界の広さを教えてやろう」

 勇雄は式神、【土塊】を発動させる。
 大地が競りあがり、何本もの巨大な石の腕となって蒼二へと向かう。
 しかし蒼二は全く動こうとしない、と言うよりも避けるに値しない程度の攻撃であったからである。
 そして、その時、少女──天美命の声が響いた。

「蒼ちゃんに何してるのよっ!『石風情が、壊れろ』

 命の声が響き渡った瞬間、全ての石腕が粉々に砕け散る。
 勇雄は目の前の光景に愕然とした、何故、何故? 何故このような小娘に──しかしそれが現実。
 そんな勇雄を見て、蒼二はニヤリと笑うと命に賞賛を送る。

「ナイスだぜ」

「うん、任せて」

 親指を立てて命は嬉しそうに笑い、尚も周囲の警戒を続ける。
 石腕を破壊されたダメージが勇雄に負荷をかけ、全身に酷い痛みが走った。
 一瞬途切れた意識を辛うじて繋ぎ、再び蒼二へと憎悪の視線を向け、
 
(こんな…子供にっ!)

 勇雄が選んだのは安全よりも自身のプライド。
 勢い良く後ろを向き、家の術者達へ怒鳴りつける。

「クッ……全員総攻撃ぃ!」

 牧島の十数人の式神使いがそれぞれの式神を以て蒼二に襲い掛かる。
 炎や、雷や、様々なものが蒼二へと向かって飛んできた。
 蒼二はそれを見据えると修羅雪を構え、更に緋眼を発動させようとする。
 ───しかし、止めた。

「結界内にまた侵入者です」

 牧島の術者達の顔が驚愕に染まった。 
 そして──猛烈な勢いで何かが走ってくる。
 
「遅ぇよ」

 攻撃が余裕で呟く蒼二の下へと迫る。
 走ってきた何かはさらにスピードを上げ、攻撃よりも早く蒼二の元へ辿り着き、
 蒼二の前でスピードを止めると、腕を、向かってくる攻撃の方向に向かってかざす。
 一瞬の間の後、飛んできた炎や雷をまとう式神達が一斉に霧散し、あるいは破壊される。
 破壊された様々な欠片が、夜の放牧地へとサラサラ散っていった。

「全く……私が居ない間に梨香ちゃんをつれだして!」

 走ってきた者の名前は千島遥緋。
 蒼二の双子の妹であり、式神輪廻転生の使い手である。
 どうやら本気で怒っているらしく、蒼二を本気の瞳で睨む。

「だってよぉ……梨香が可哀想じゃん、お前の過保護姿勢じゃ実戦では生きぬけないぞ」

「梨香ちゃんはまだ若いからいいの! これからゆっくりと経験つんでいけばいいの!」

 言い合う蒼二と遥緋、不毛な議論が延々と続く。
 遥緋が何かを言い出せば、蒼二が言い訳を初めはぐらかし、それに遥緋が反論し、また言い訳という悪循環。
 すると、完全に無視されていた勇雄がゴホンと咳をする。それに気づくと遥緋は慌てて謝罪を始めた。

「えっとスイマセンでした……この度はウチのお兄ちゃんがご迷惑をおかけしました」

「俺が悪いと言うのか?」

「当たり前! 本当に申し訳ございません。許してください、ごめんなさい」

 謝罪なのか相手を馬鹿にしてるのかよくわからない遥緋の物言いに勇雄は消沈した。
 圧倒的な力の差を感じ、もはや戦意などとっくに消えうせている。
 そして、勇雄は消沈した声で言う。

「俺達の負けか……報酬は貴様等の物だ。好きにしろ」

 それだけ言うと牧島一族は撤収にかかる。
 肩を落とし、とぼとぼと歩いていく勇雄と牧島家。
 遥緋はそれをポカンと見つめ、その後に蒼二の襟を締め上げて叫ぶ。

「どーしてこうなるのぉ!?」

「知るか」

「お兄ちゃんと命ちゃんが私が仕事している間に梨香ちゃんを連れ出すからぁ〜」

 半泣きで遥緋は蒼二に詰め寄る。
 すると、穹蒼を持った少女──浅葱梨香が二人の下へ駆け寄って言う。

「ハル姉ちゃん、でも私、凄く勉強になったよ!」

「梨香ちゃん……」

 穹蒼を両手に持って自分を見る梨香の頭を優しく撫でてやる。
 すると遠くの方で腕を組んで見ていた命が言った。

「まぁ結果オーライって奴だね〜」

「命ちゃんも反省してっ!」

 遥緋は指を突きつけて命に言うが、命は全く反省する気が無い。
 それどころかケラケラと笑いながら入った金で何を買おうか勝手に決めている。

「あ〜眠ぃ……早く帰ろうぜ」

 そして、止めとばかりの蒼二の身勝手な物言い。
 遥緋は怒りで気が狂いそうになるのを堪え、ポツリと漏らす。
 
「もう嫌ぁ……この人達と一緒に仕事したくない……」

 遥緋の嘆きの声が空しく夜の平地に消えていった。 












「さて、報告を聞こうかな」

 八神家の長男にして、八神家当主代理の八神時雨が晴れ晴れとした笑顔で言う。
 蒼二と遥緋は時雨と長年付き合ってきた中なので、その笑みの奥にある怒りの感情を感じる。
 そう、蒼二達は今、報告のために八神家まで戻ってきた所である。
 本来の任務は梨香の式神の特訓だったのだが、命と蒼二が小遣い稼ぎのために牧島家から仕事を強奪したのだった。
 時刻はもう早朝、それでも寝る事はまだまだ許されなさそうである。

「私が電話で陸人さんに報告している最中、お兄ちゃんと命ちゃんが梨香ちゃんを連れ出しました」

 遥緋が淡々と喋ると、時雨が蒼二へと目を向ける。
 蒼二の背中に冷や汗が伝った。マズイ、この視線はマズイとも思う。

「蒼二、何でそんな事をしたんだい?」

「や、やっぱ、実際に悪鬼の大群と戦わなきゃ実戦では生き残れないと判断したから」

「まぁ・・・的を得ているね」

「おう、俺も梨香の事を思って行動した」

 遥緋がジトっとした目で蒼二を見る。
 蒼二はそれを黙殺すると、時雨に向かって愛想笑いを浮かべる。
 そして、しばしの静寂。

「よし、わかった……この件はもう終わりにしよう、後は僕がやっておく」

「流石時雨っ!」

「やぁ〜時雨さんはやっぱ人間できてるねー」

 蒼二と命が時雨を褒め称えた。まんざらでもない顔で時雨もニヤリと笑う。
 遥緋は苦笑い後にため息でそれを流し、梨香は状況についてこれずにオロオロとしている。
 そして、時雨が極上の笑みで言った。

「じゃあ、牧島から掠め取った報酬は僕が預かるよ」









 時雨の部屋を出ると、蒼二と命は死人のような顔で呟く。
 
「俺の酒代……DVD……新しいベルト…………」

「私の服……新しいヘッドホン……バッグ……ピアス…………」

 ブツブツと呟く蒼二と命を尻目に遥緋は梨香と会話を始める。
 
「まぁ、これで全部教える事は教えたかな……後は梨香ちゃん次第だから頑張ってね」

「うん! そういえば、ハル姉ちゃん達もヨーロッパに行くの?」

「うん、何か知らないけど、今年の修学旅行はヨーロッパなんだよね」

 蒼二、遥緋、命は高校二年生。
 そして梨香は中学三年、そして何故か梨香の中学の修学旅行は中三の初夏であった。
 どうやらちょうど行く日程が被っているようである。

「じゃあ、向こうでもし宿泊先が近かったらまた見てくれるかな?」

「うん、いいよ。お兄ちゃんと命ちゃんもいいよね?」

「いいよー 何か食べ物くれれば」

「俺も構わない、肉が食いてぇな」

 欲望丸出しの二人に遥緋は頭を抱える。
 それでも梨香は楽しそうに笑っていた。
 
「あ、そういえば……今日戦った家って牧島って言うんですよね?」

「そうだけど?」

「いや、同じクラスに牧島君って子が居るからその子の家じゃないといいなぁって……」

「うーん、今日見た中には梨香ちゃんと同年代っぽい子は居なかったよ?」

「え? ハル姉ちゃん全員の顔覚えてるの??」

「うん」

 別に大した事じゃないだろうといった感じで遥緋は梨香を見る。
 そして梨香は、改めてまだ自分が未熟だと悟った。









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