第十一話:天美運命(後編)
天美の屋敷に幽閉されて一ヶ月。ちゃんと食事は三食貰えるし、牢に居る以外は特に不自由も無い。
その牢ですらも、運命の力を持ってすれば赤子の手を捻る様にして簡単に開けられる。
だが、問題そこからであった。真の式神の力によって運命は天美の屋敷から出ることができない。
屋敷の中をうろつけば不審と畏怖が混ざった目で見られ、何回か石も投げつけられた事がある。
だから、最初は逃げ出そうとしていた運命も最近では一日中ずっと牢にこもるようになっていた。
「暇、暇、暇、暇、暇、暇」
返事が返ってこない事は知りつつも運命は呪文のように唱え続けた。
牢屋に居るのは二人、自分と命だけ。命は何が楽しいのか一日中壁や天井を見ながらボーっとしており、
運命がたまにこうやって話しかけても反応すらしなかった。というよりも、耳に入っていなかったのだろう。
いい加減痺れを切らした運命は狐砲を一発命の体スレスレに放つ。
「何……?」
「運命を無視するな」
「無視したわけじゃないさ。反応の仕方がわからないだけ」
外見はまだ子供なのに、妙に大人びた口調と声。この娘は何かがおかしい。
同じ変人の部類に入る運命でさえ、そう思ってしまうほどに命は運命が見てきた少女達に比べると異質だった。
運命が知っているこの年頃の少女は、毎日楽しく笑って、学校へ行っていたはず。そう思った運命は、
「お前、学校にはいかないの?」
「学校は……入学式から行ってない」
「何で」
「父親が天美の家で働けって……」
「お前はそれでいいのか?」
「わからない。ずっとここに居た私には何もわからない。どうしていいかわからない」
淡々と呟く命。それに段々と運命の中である感情が広がってきた──同情? いや、怒り。
手に入れようと思えば手に入るのに、それをしようとしない命に猛烈に腹が立った運命。
すぐさま立ち上がり牢を破壊すると命の下へと歩き、
「裏の山へ行くぞ。運命が面白いことをいっぱい教えてやる」
「でも、出れないんじゃ……」
「山までなら天美の敷地と認識されるらしい。山までなら大丈夫」
運命が差し伸べた手を命は数分ほど黙って見つめていたが、やがて弱々しく手を掴んだ。
命の感情をそこから読み取った運命は、すぐさま満面の笑みに切り替えると言う。
「私は運命。お前は?」
「命……天美命」
そして運命と命はこの日を境に徐々に心の距離を縮めていく事になる。
運命は世界の面白さや、人間の良さと悪さや、果てはかくれんぼ等の遊びなどを教え、一緒に遊んでいた。
命はそれが面白くて仕方が無く、初めての経験に戸惑いながらも段々と年相応の笑顔が増えていく。
天美の家の者も最初は眉を顰めて遠巻きに眺めていた物の、段々と二人の楽しそうな姿に触発され、
温かい目で楽しそうに遊ぶ二人を、立場上輪の中に入る事ができないが暖かい目で見つめていた。
だが、その合間合間を縫って運命は天美のために幾つもの人殺しをさせられていたのも事実。
真に命じられれば、すぐさまその場所へと連れて行かれ、必要な情報と標的を教えられると殺してこいと命じられる。
何回か拒否をしたが、その度に命を殺す。と脅しをかけられ運命は真に逆らえない。
昔の運命だったら、簡単に見捨てたのであろうが、今の運命にとっては命は本当の姉妹のように大切。
今まで家族の温もりを知らなかった運命が初めて得た大切な者であった。
「サダメ、サダメには友達とか居るのか?」
「うん。空我と大和と刹那と瞬と彼方。後はもう居ないけど此方も友達だったよ」
「そうなのか。羨ましい……家族とかは? キシンにも父親と母親ぐらいいるだろう?」
「父上は大悪鬼九尾の狐。母上は名前すら知らないな」
「私にも居るけど……父はあれだし。母は私が殺したらしい」
「何で?」
「私を産んだから、体を壊してそのままだって」
「人間は脆いな……でも、それだから強いんだと思う」
「そうだね。だから私も家族なんて殆ど知らない……だから、今は兄弟とかが凄く欲しい」
「ふぅん……じゃあさ」
「何だ?」
「運命が、命のお姉ちゃんになってあげる」
「え……」
「嫌? 鬼神なんかじゃ嫌?」
「嫌じゃないんだ。とても嬉しい……サダメは私のオネエチャン?」
「そう、お姉ちゃん。私は今日から"天美運命"。これは決定事項。世界にだって変えさせない」
「お姉ちゃん……お姉ちゃんか」
「うん、お姉ちゃん」
楽しそうに会話を重ねる二人。この日から姉妹となった二人。それは、とても楽しそうであった。
世の中が明るく見え、見えない明日にも希望がもてる。一人じゃない。それだけど大きく世界が違う。
そしてその時、運命が突然命を背後に下げ、狂化すると殺気を周囲に撒き散らす。
何かが森を突き抜けて自分達へと迫ってくる気配。恨みだけは沢山買った覚えがあるので運命は気を引き締めた。
すると、付近の茂みから顔を出したのは───意外なことに見知った顔。
「大和……?」
「やぁ、運命ちゃん! 久しぶりだね、会いたかったよ!」
「あっそう……んで、何か用事?」
「相変わらず冷たい……いや、運命ちゃんに会いたくなって消息調べてたらここについたんだよ」
「よくここまで調べたね……」
「まぁねぇ。それで、状況を説明してくれるかな? そっちの子も含めて」
運命は命に大和を紹介し、これまでの経緯を掻い摘んで話した。
天美に追いかけられて命に半殺しにされた事、式神のせいで逃げ出せない事、命と姉妹になった事。
それら全てを話すと、大和はとても驚いたようで顔を引きつらせながら、
「さ、運命ちゃん……」
「何?」
「いつから女の子とそんな禁断の関係になったんだい! これじゃあ、まるでどっかのお嬢様学校の生徒じゃないか!」
「意味わからない。死ねば?」
「酷い……それにしても、中々可愛い子だね。僕の将来のお嫁さん候補にして良いよね?」
命を品定めするように見ながら舌なめずりする大和。運命は呆れた目でそれを睨むと、
「駄目。命の夫は私が決める。特に大和なんか絶対に駄目! 手を出したら殺す!」
「そ、そこまで否定しなくても……」
言い合う大和と運命。というよりも、大和を一方的に打ちのめしている運命。
それを見ながら、命の心の中である感情が膨れ上がった。悲しみではない。生まれて始めての──楽しさ。
命の口の線が緩やかに曲がり、初めての笑顔が形作られた。
大和と知り合ってから命はもう一人の鬼神、空我とも出会い交流を深めていく。
天美の山からは出る事はできないが、それでも四人は毎日飽きる事もなく朝から晩まで遊び呆けていた。
大和と空我は運命の知らない様々な遊びを知っており、命はそれを毎日一つ筒覚えていった。
そんなある日、天美の家の一室では命と運命を除く全ての者が集められ、
「命が化け物と共謀する日も近い……奴らは殺すしかないな」
頭首である真の物言いに天美の一族は何一つ言い返すことが出来ない。
命と運命には害は無いとは確実に言い切れない。近い将来、気が向いて自分達を皆殺しにするかもしれない。
それほどの力の差が、彼らと命達にはあったのである。そして、真が命を嫌う理由も知っていたのであった。
「真様……本当によろしいのですか? 命は貴方の娘なのですよ?」
「……あんなのは娘ではない。人殺し風情が」
命が生まれるまでの真は穏かで、気さくな人物で会った事をその場に居る全員が知っていた。
そして大恋愛の末に妻を娶り、心からその妻を愛していた真は命の出産で命を落とした妻を忘れる事が出来なく、
やがてその歪んだ感情は命へと向けられて、今の関係が出来上がってしまったのである。
誰が悪いわけでもない、本当にただ運が悪いとしか言いようの無い現実。そしてついに真は、
「命と運命を討つ。全員準備しろ」
いつも通り山へ向かおうとしていた命と運命。すると、運命の顔が突然真剣なものとなり周囲を伺いだした。
────数は、八十。付近の気配を探り終えた運命は命の体を小脇抱え、もう片方の手に阿修羅姫を顕現。
命も周囲から放たれる殺気に気がついたようで、不安そうな声で運命に言った。
「お姉ちゃん……私、狙われているのか?」
「大丈夫、お姉ちゃんが守ってあげるから」
「……うん」
阿修羅姫に力込めて、いつも通り力を発動させようとする運命。だが、思ったように力が出ない。
真の能力の誓約のせいで大した力が出せないと悟った運命は、まず邪魔な天美を消そうと考え、
体の半分を狂化状態へと持っていくと、全力の速さで飛び掛って爪を振っていく。
「ぐぁぁっ!」
「ぎゃぁ!」
二名ほどの命を奪うと狐砲を放ち、更に三人殺す。だが、もうその時点で体が以上に重い。
すると、茂みから炎を纏ったナイフや弓が放たれとっさにガードした運命の体を浅く切り裂く。
更に上空からは刀を持った天美が三人運命に叩きつけるようにして刀を振り下ろしてきた。
「死ねぇ! 化け物!」
「鬼神の分際でぇ!」
阿修羅姫で上手く受け流し、それと同時に上空にもう一人"運命"を作った。
作られた運命はそのまま阿修羅姫を振るい、三人の首を一度に吹き飛ばす──が、すぐに消えてしまった。
──本格的に力が入らない。そう思った運命は力を振り絞って完全な九尾の姿へと戻る。
銀色の体毛、九本の尾、巨大な体と爪。数百年の時を経て九尾の狐が再び現世に復活した瞬間だった。
「グガァッ!」
獰猛に吼える運命。せめて真が出てくるまでに天美の数を減らしたいと考え、狐砲を連射する。
幾重もの金色の光が天美の家や敷地を次々と爆砕し、ついには更地にまでしてしまった。
それは人間と鬼神の絶対的な力を差を暗に示し、天美へと鬼神の恐怖を更に植えつけることになる。
そして──運命の体も限界に近づいた頃、前方から真が歩いてきたのが見えた。
「どうした? 随分と弱ってるじゃないか?」
「うる……さい」
「フン……おい、殺せ」
もはや立っているだけが限界の運命に天美の残りの術者たちが群がり刃物や式神で傷つけていく。
運命も苦悶の声を上げながら巨大な体を揺さぶって振りほどこうとするが中々離れない。
そして──少し離れた場所で恐怖に震えていた命が泣きながら言った。
「やめてよ……お姉ちゃん死んじゃうよ…………やめてよ!」
命の叫びに一瞬動きが止まる術者達。誰の顔にも──あの命がという感情が浮かんでいた。
笑いもしない、悲しみもしない、何の感情も浮かべなかった少女が泣いている。
それを見て一人、また一人と運命に攻撃するのを止めたが────真がそれを許さない。
「何をやっている! 殺せ! 殺すんだ! その化け物二匹を殺すんだ!」
真の怒鳴り声によって再び消極的ながらも攻撃が始まる。誰もが思う事は──早く終わってくれ。
運命を楽にしてやりたい。真を楽にしてやりたい。その一心から術者達は攻撃をする。
すると、運命が最後の力を振り絞り術者達を振り払うと命の下へとよろよろしながら駆け寄った。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん」
「命……私は絶対助ける。皆殺したらここで待ってて。絶対に大和と空我がくるから」
「やだよ! お姉ちゃんも一緒に……」
「うん、なるべく頑張るから……」
運命は大きな足で命を撫でると、再び天美へと向き直る。
銀色の体毛は血で真っ赤に染まっており、いかに鬼神といえども致命傷な傷跡。
だが、運命は悠然と構え────そして倒れた。だが、それでも諦めずに再び立とうとする。
そんな諦めの悪い運命に嫌気が差したのか、真は途中に落ちていた刀を拾って運命の元まで歩くと、
「死ね、化け物」
運命の腹部に思い切り突き刺した。鮮血が噴出し辺り一帯が真っ赤な血に染まる。
傍に居た命も例外ではなく、運命のちが顔にかかり──命の中で何かが弾けた。
今まで味わった事が無いほど体が熱い。まるで炎に包まれたようなその感情は──紛れも無い怒り。
何故自分が、何故お姉ちゃんが、怒りが体中に浸透し命は真に向かって走ると力の限り叫んだ。
「お前なんか────死ねっ!」
その言葉と同時に真の生命活動が停止し、そのまま本人が気づく事無く絶命してしまった。
だが命には既にそれすらどうでもよかった。ただ──自分の境遇やこうなってしまった事だけに苛々している。
そして、命は残りの天美の方を向いて泣きながら甲高い声で再び叫ぶ。
「もう嫌! 何で! 何で! お前ら何か大嫌い! 存在するな! 焼かれろ! 切り裂かれろ! 死ね!
こんな世界大嫌い! 何でお姉ちゃんがこんなに酷い事にならなきゃならないいだ! 死ね 滅びろ!
燃えろ! 腐れ! 壊れろ! 潰されろ! 私の視界から消えうせろ! 馬鹿! 馬鹿! 人間なんか大嫌い!」
次々と無差別に言霊が天美の術者や屋敷を壊し、殺していった。それは数分にも渡り繰り広げられ、
命の心が落ち着いたときには、辺り一帯が完全に更地となっていた。居るのは命と血塗れの運命だけ。
我に帰った命は、急いで運命の体に触ると言霊を使って傷を癒していく。
「お姉ちゃん…………」
ようやく落ち着きを取り戻したが、次に襲ってきたのはこれまでの回想。
父を殺した事、一族を殺した事、それら全てが一気に命の心へと押しかかりそして押し潰した。
「あ………あああああ…………アアアアアアアアアアアアアアアッ!」
体を掻き毟り、発狂したように頭を地面に打ち付ける命。もはや、完全に心が壊れてしまっていた。
何も考えられない。っただ、狂ったように──狂いながらひたすら叫んで頭を打ち付ける。
そしてその命の絶叫で意識を失った運命の意識が覚醒した。頭が切れる運命は、周りの風景と命の状態を見て、
一瞬で何があったかを全て悟り、命の体を押さえつけて自傷を止めさせようとするが中々上手く行かない。
「嫌ぁ! もう嫌! こんな世界モウイヤダ!」
「命! しっかりして!」
「嫌ぁ……もう嫌ぁ…………何で、何で…………」
「命、貴方は私を助けてくれた、私を認めてくれた──だから、今度は私が恩を返す」
「嫌…………死ぬ…………もう全部嫌」
「命が怖くない世界を絶対に作るよ。命が安心して前みたいに笑える世界。何の心配もしなくていいからね」
「お、お、お、お、お姉ちゃん……うん……アアアアアアアアアアア!」
「大丈夫……お姉ちゃんが絶対に作るから」
そこまで話すと命の抵抗が大人しくなり、独り言を呟きながらグスグスと泣き出す。
それを見ながら、運見がこれからどうしたもんかと周囲を見渡しながら考えていると大和と空我の姿が見えた。
周囲の惨状を驚いた目で見ながら、まず大和が言う。
「運命ちゃん……これは、ミコちゃんが?」
「うん。天美が私達を殺そうとして、私が殺されそうになって命が暴走してこうなっちゃった」
「それで……壊れちゃったと?」
「うん。何とかならないかな?」
すると大和は空我と相談し、何か心に決めたような表情で、
「ミコちゃんの式神を使って命ちゃんの記憶を封印しよう」
「……それって、私達の事を忘れさせるの? 嫌だよ……私、命と約束したのに」
「いや……いつか受け入れられるほど大きくなったら僕の式神で記憶を取り戻すよ。
アフターケアとして、今度は僕も空我も運命ちゃんも傍に居る時にね。これなら、命ちゃんは大丈夫」
「運命、俺は賛成だぜ。ミコちゃんをこんなにはしておけないしな」
空我と大和に見つめられて運命はしばし黙考した。自分の辛さと命の未来。それらを天秤にかけて運命は、
「わかった。そうしよう」
「うん」
そういうと、大和は命の前へとしゃがみ込むと優しく頬を持ち上げて命を見つめる。
澄んだ瞳に見つめられ、呼吸も整い静かに大和と目を合わせる命。それを満足そうに見ると大和は言う。
「ミコちゃん。君がした事は不可抗力。誰も悪くない──だから、君にはチャンスがある」
「チャンス……」
「君の力で君のここしばらく記憶と、能力の一部を封印しよう。君がいつか全てを受け入れられる日まで」
「…………封印」
「僕が今からいう言葉を続けて『記憶と言霊の力の一部封印。人格削除』はい、どうぞ」
『記憶と言霊の力の一部封印。人格削除』
命がそう唱えると、命の体が一瞬光り輝き落ち着いたように目を閉じた命。
それを悲しそうに空我と大和と運命は見つめると、
「刹那達にミコちゃんは預けよう。なるべく、外の知識を与えないようにして貰って心を出来るだけからっぽにしておくんだ」
「うん……」
「俺らには時間は永遠ぐらいにある。だからしばらくの我慢だぜ、運命」
「わかってる。それに、やる事ができた。行こう、刹那達の所へ」
────それが、命が幸せに居れる世界への第一歩だから。
そこまで思い返して、天美運命はとある公園のベンチでクスりと笑った。
辺りには人の影すら見えないその公園。だが、運命にはそんな事は心からどうでもいい。
いつも考えているのは自分と命と仲間の事だけ。それが天美運命。そして立ち上がり体をほぐすと、
「そろそろ命に会いに行こうかな……空我と大和だけ会うなんてずるいよね」
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