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緋色の眼〜神々の黄昏〜
作:ジョン



第七話:五月三日(後編)



 町の北側にある結界に、梨香と郁人と竜胆は辿り着いた。
 だが、そこには悪鬼や鬼神の気配は無く、ただ閑散とした建物が広がっているだけ。
 絶対に戦うなと指示されていた梨香達は安堵の溜息をつき、話し合う。

「これから、どうする?」

「うーん……あの三人の中で一番弱い人って誰なのかな?」

「蒼二さんが言うには一番強いのがハル姉ちゃんで、次が命さんで最後が自分だって……」

「じゃあ、俺と竜胆が蒼二さんの所に行くから、浅葱さんは命さんの所に行ってみよう」

「う、うん」

「じゃーアタシらはもう行くよーまたねぇ浅葱っちー」

「二人も気をつけてね!」

「任せてよ。俺ら逃げに関しちゃ誰にも負けない自信はあるからさ」

「ぶっちゃけ自慢できるような事じゃないよねぇ」

「誰のせいだと思ってやがる」

 郁人が竜胆の頬をつねって、上下左右に広げ始める。
 「ふにゅ〜」と声を上げて抵抗する竜胆。梨香はそれを見て薄く笑うと手を振って走り出した。
 





 町の東側にあるホテルの屋根の上に蒼二とヘルはお互いを睨みつけながら立っている。
 出会ってから数十分。全く口を開かずにただ黙って二人は────殺意を極限まで高めていた。
 そして蒼二が、

「お前が空我の言っていたヘルか?」

「お前が、彼方を殺した千島蒼二か?」

「……何回か殺しかけたけどな。弱ってた所を最終的に殺したのはウチの親父だったかな?」

「ユルサナイ……ユルサナイ……カナタ、よくも殺したなっ!」

「あのクソが俺の大事な人を殺したからだ」

「ニンゲン何かの命とカナタの命を一緒にするな!」

「ハッ! 俺から言わせればその逆。神代彼方の命なんかよりも朱音の命のほうがずっと重かったさ!」

 お互い相容れない主張をし合う蒼二とヘル。根本的な考えが違うこの二人では意見は常に平行線。
 だがそれはお互いともよくわかっていたようで、蒼二はゆっくりと修羅雪を構えるといつでも飛び出せるように体勢を変えた。
 
「……」

 それを見るとヘルの顔も引き締まり、手に持っていた皮袋から何かの黒い金属を何本か引き抜く。
 ヘルはそれを一瞬のうちに組み立てる。接合部を繋ぎ、ケースに収まっていた刃を出して固定する。
 それは────死神の持っているような巨大な黒の大鎌。

「大鎌か……」

「手加減はしない……オマエは殺す!」

 ヘルが大地を蹴り疾走する。────蒼二の予想以上に速い。寸でのところで振られた鎌をかわし、後ろへ。
 だが、それで攻撃は終わらない。二撃、三撃と攻撃が続き完全に闘いの主導権を握られてしまった。
 追い詰められた蒼二は氷柱をヘルに向かって放つ。

「ナニソレ?」

 鎌を閃かせ一瞬で全ての氷柱が打ち落とされてしまい、そして更にヘルは蒼二へと向かって疾走。
 二本の修羅雪を交差させて蒼二はその一撃を受け止めるが、ヘルの力は絶大。一瞬で弾かれてしまう。

「私のコンセプトは戦い向きじゃない──でも、この鎌があったからここまで生き延びてきた」

 ヘルのコンセプトは"Puppet"紋様を刻み込んで自分の意のままに操作するという力。
 決して対人向きではないそのコンセプト。だがヘルはそれでもコンセプトや式神使いに勝って来たと言うのが事実。
 それは絶対的に鎌の技量が高いという証拠でもある。

「なるほどな……純粋なファイターと」

「ラグナロクの中じゃ三番目ぐらいに私は強いよ」

「なるほど、俺も今日きている奴らの中じゃ三番目に強い──どっちが上かな?」

「ワタシッ!」
 
 再びヘルが向かってきたため再度蒼二は氷柱を放った。
 だが、今度は弾き返そうとしない──そしてヘルの体に幾つもの紋様が光り輝き、薄緑色に発光する。
 それはヘルの体から離れると飛んで来る数本の氷柱に触れると、氷柱の表面に刻み込まれた。

「……?」

「こんな使い方もある」

 すると、ヘルの方に向かって飛んでいた氷柱が向きを変えて複雑な軌道を描きながら蒼二へと向かった。
 ヘルのコンセプトによって操作された氷柱はヘルの意のままに軌道を変えてしまうのである。
 周囲を氷柱に囲まれた蒼二は、一度溜息をつくと、

「緋眼終式」

 蒼二の目が緋色に染まり、目にも止まらぬ速さで氷柱を全て避けるとそのままヘルに突っこむ。
 今まで受けに回っていたのは全てこの一瞬のための布石。さっきとは比べ物にならない速さにヘルは反応できない。
 そして、修羅雪の刃を回転させると右と左から斜めにヘルの体を一閃──血飛沫が舞い後ろに倒れるヘル。

「へッ」
 
 一件落着とばかりに笑う蒼二。だがヘルは倒れる直前で再び勢いををつけて立ち上がると狂化し始めた。
 蝙蝠のような羽が背中から衣服を突き破り現れ、目が赤く染まり牙が口から突き出す。
 通常の人間と近いだけの外見だが、逆にそれによって一瞬たじろいでしまう蒼二。──ヘルはそれを見逃さなかった。
 腕を降るって全力で蒼二を殴りつける。

「痛っ……まだこんな力が」

 止まろうとするが勢いは全く止まる気配が無く、蒼二はホテルの屋根から転げ落ちてしまう。
 しかし、落ちて行く過程で壁に何とか修羅雪を突き刺す事ができ、刃を回転させて壁を斬りながら下へ降りる蒼二。
 そして地上へ降り立ったとき、

「死ね」

 上空から大鎌が振り下ろされ、舗装された地面が砕け散る。横に転がって避けたが土埃の中から刃が突き出てきた。
 体勢を立て直せないまま、あらゆる場所を狙う大鎌の連撃を避けていく蒼二────

「竜胆キィーック!」

 突如としてヘルの頭上に竜胆が現れ、そのままヘルの脳天に踵落としを見舞う。
 不意打ちの一撃に顔を顰めるヘルだが、すぐさま反撃に転じる。空中を飛んでいる竜胆に鎌の一閃。
 だが、斬撃の瞬間に竜胆の姿はフッと消えうせ、鎌だけが空しく空を切る。

「蒼二さん大丈夫ですかぁ?」

「竜胆……」

 驚いた顔で二人を見上げる蒼二。体勢を立て直し後ろへ下がってヘルと距離をとると蒼二は問う。
 ヘルはさっきの一撃が結構効いているのか震えた足で鎌にもたれるように立っている。

「お前……さっきのは何なんだ? 式神の気配はしなかったが」

「あーアタシは郁人の式神なんですよぉ〜」

「……ハ?」

「だーかぁーらぁ。アタシは郁人の式神なんですよ。さっきのは式神の収納と顕現ですねー」

「マジなのか……で、能力とかはあるのか?」

「無い! 今のだけですぅ」

「……そ、そうか。何にせよ助かった」

「いえいえー」

 そう言うと竜胆は蒼二から離れて近くの路地に身を隠す。そこには郁人も居た。
 そして蒼二は再びヘルに目を向け、

「まだまだヤル気満々ってか?」

「……三対一はやり辛い」

 そう言うとヘルは翼をはためかせ、空へと舞い上がる。そして空で挑発するように笑うとそのままゆっくりと飛ぶ。
 一瞬呆気に取られた居た蒼二だが、すぐにハッと気づくと竜胆に声をかける。

「おい、追うぞ! 遥緋か命に連絡を頼む」

「は、はい」

 そして三人は走り出した。







 ヘルが飛んだ方向は町の北側。
 多分罠なのだろう。ヘルは時折蒼二達を見下ろし、ついてきている事を確認するとまた飛ぶを繰り返した。
 
「遥緋さん達ももうすぐ合流できるみたいです。……それで命さんが怪我しているらしいです」

「……大丈夫なのか?」

「はい。浅葱さんが行った時には頭から血を流して意識を失っていたそうです。でもすぐに目を覚まし、
 式神で傷を回復したみたいだから大丈夫だとは言っていましたが……」

「そうか……遥緋は大丈夫だな。奴が負けていたら俺でも勝てないし」

「遥緋さんってそんなに強いんですか?」

 郁人は蒼二問う。郁人が見ていた千島遥緋と言う人はお世辞にも戦いが好きなタイプとは思えない。
 見た感じ普通の年上のお姉さんであったのではあるが、まだ知らない彼女の姿があるらしい。
 そんな事を郁人が思っていると、蒼二はポツリと漏らす。

「心が強いんだ……アイツは最後まで諦めないからな。気が小さいくせに結構頑固なんだよ、アイツ」

 蒼二のその言葉に郁人は二人の心の繋がりのようなものが垣間見えた。
 お互いがお互いの力を信頼し、通常では反目し合っているが心の奥底では自分より上だと認めている。
 そんな蒼二の感情を垣間見た郁人は────純粋に羨ましくて仕方が無い。

「まぁいい。あいつらが来る前に決着をつけちまおう」

「はぁーい!」

 北側に張ってあった結界の中、そこの開けた一部の場所にヘルが立っていた。
 その目には覚悟と悲しみの色に染まっており、拳を握り締めてヘルは搾り出すように喋りだす。

「オマエの仲間が勝ったみたい…………」

「そうか……」

「もう、ワタシには兄と慕った人達は居ない──だから、オマエラも道連れにして私も死ぬ!」

 再びヘルの体中の紋様が現れ、発光した。
 すると近くの建物のドアが開き、嫌な匂いが周囲に漂う──その匂いは死臭。
 建物から生気のない瞳で、体の一部が欠けた者、全身つぎはぎだらけの者。あらゆる死体が歩いてくる。
 総数は50ぐらいであろう。だが、蒼二と郁人と竜胆を戦慄させるには十分すぎるほどであった。

「チッ……もうなりふり構わないってか」

「ワタシは! もうオマエラさえ殺せればそれでいい!」

 死体の群れが蒼二たちへと迫る。蒼二は修羅雪を一本地面へと突き刺し、大地から氷柱を突き出させた。
 大量の氷柱が死体達を貫くが、もはや死んでいて痛みを感じないため、気にすることなく向かってくる。
 蒼二は走って、一番先頭に居た死体の首を吹き飛ばすが全く止まる気配は無い。後味の悪さだけが心に残る。

『渦巻く炎よ。死体を焼きつくせ」

「穹蒼」

 その時背後から声が響き、無数の風の矢が死体達を貫き破壊していく。そしてその後に燃え盛る炎が骨まで焼き尽くす。
 蒼二達が後ろを向くと、梨香と命が立っている。だが、命は頭に包帯を巻いており顔色もよくない。
 そして蒼二は、

「梨香は穹蒼で牽制を頼む……命は無理しない程度に死体を焼いてくれ」

「はい!」

「りょーかい」 

 そう指示すると前方に向かって勢いよく走り出した。死体を切り裂き、吹き飛ばしてヘルの下へと進もうとする。
 だが予想以上に死体達の抵抗が激しくて、中々思うように勧めない。
 斬っても斬っても、死体達は立ち上がって蒼二を殴りつけたり、足を掴もうと必死に地面を這いずり回る。
 やがて蒼二は羽交い絞めにされ動きが止まってしまう。

「俺に触るなぁ!」

 全力でもがくが死体の力も凄まじいので中々解けない。そして、

「ごめんなさい……」

 どこからか声が響き渡り、蒼二の周辺にあった死体が次々と崩れ落ちて行く。
 段々と原形をとどめなくなっていく死体、この力は───

「遅いぞ、遥緋」

「ん、ごめん」

 そのまま遥緋も死体の群れへと突っこみ。次々と破壊していく。
 梨香の穹蒼やたまに命の炎が死体達を次々と崩していき、残りはかなり少なくなってきた。
 そんな活躍を隅のほうで見ていた郁人は苛立ちを覚えていた。
 皆が命を張って戦っているのに、力のない自分はただこうやって隠れてみているだけ。
 何が牧島最高だ! 自分はただの一般人と何ら変わらない。竜胆だって──さっき蒼二を助けられたのに。
 そんな思いからか、郁人は声を張りあげた。

「遥緋さん! 俺に武器をください」

「……わかった」

 遥緋が何かのカケラを郁人に向かって投げる──それは一瞬にして日本刀の形へと変わり地面に落ちた。
 郁人はそれを拾い上げると、死体の群れに突っ込んでひたすらに切り捨てる。
 元々剣術はかなり得意な分野だったため、死体は難なく切り捨てる事ができ、自信をつける郁人。
 すると、ヘルが動き出す。

「ワタシの戦術のセオリーはまず、弱いものから」

(なんて威圧感だよ……これが鬼神か)

 大鎌が郁人に迫る、がそれを刀で受け止め逆に弾いて打ち返す。
 ──予想以上の一撃にヘルの顔が驚きに包まれるが、郁人は気にせずに"殺す。"それだけに集中し刀を振るう。
 死体と戦っていた蒼二や遥緋も郁人の剣の技巧を驚いたような顔で見ていた。

「オマエ、中々……だけど!」

 ヘルが大鎌を全力で振るう、刀で受け止めた郁人だがその圧倒的な力によって右横の建物へと叩きつけられた。
 瓦礫が崩れ落ち、建物の中まで吹き飛ばされてしまう郁人。すると、その隙をついて蒼二がヘルへと切りかかる。

「テメェ……」

 終式を発動させ連続で斬りつけて最後に全力で蹴り飛ばす。血が噴出したがそれでもヘルは倒れなかった。
 逆に大鎌を振って蒼二までをも建物へ叩き付けた。だが全力で二回も振ったため明らかにヘルにも余力は無い。
 
「ワタシは! 負けない!」

 後ろでそれを見ていた竜胆は、怒りに打ち震えていた。
 郁人が、郁人が、郁人が、郁人が。頭の中にあるのはただそれだけ。そして、地面に刺さった蒼二の修羅雪を見て、

「怒ったよ、本気で怒ったよ」

 そう呟くと修羅雪を引き抜いて死体に群れを突き抜けると穹蒼の矢を振り払っていたヘルへと迫った。
 修羅雪の本来の持ち主ではないため、竜胆は氷柱を出す事ができない。だが──チェーンソーとして使うだけならできる。
 トリガーを引き絞って刃を回転させるとそれを突き出して、走る。

「甘い」

 横からの大鎌の一閃。────だが竜胆の姿はそこには無く、代わりに壁へと突き刺さった。
 そして何故か修羅雪だけが地面に落ちている事に気づくと、右横のほうで笑い声が聞こえた。

「へへッ……」
 
 建物の奥で郁人が笑っていた。しかし、それすらもヘルを油断させるための布石。
 訝しげに思ったヘルが視線を戻すと修羅雪はもうそこにはなく、"左横"からの殺気を感じた。
 ────向いたときにはもう既に遅く、回転した刃がヘルの胸を貫き、臓器を削る。

「ああああああああああああああ!」

 竜胆が絶叫を上げてそのまま、自分の体を叩きつけるようにして吹き飛ばす。
 もつれ合うようにしてヘルの体を押しながら、無我夢中で走る竜胆。やがて、後ろにあった建物の中へと二人して突っ込んだ。
 世界が揺れて、どんな体制になっているかもわからない。だが竜胆はすぐに立ち上がるとヘルの方を見た。

「郁人に手を出したら許さない!」

 そう言い修羅雪を引き抜こうとすると、突如としてヘルの目が見開き竜胆の手を掴むとそのまま組み伏せる。
 鬼神の圧倒的な力に抗えずに竜胆はヘルに顔を捕まれる体勢で固定された。

「甘い……ワタシはまだ死んでいない。でもアナタの体は使えそうね」

 ヘルの体の紋様が再び光り始めた。────そして、竜胆の心臓がそれと同時にドクンッと跳ね上がる。
 体が熱い。心が熱い。その得体の知れない感覚。そして何より両腕の熱さが異常なほど。
 ヘルから目を逸らし、自分の腕を見ると何時の間にか何かの紋様が手にある。

「な、なにこれぇ…………」

「フフフ……ワタシのコンセプト────何!?」

 すっかり勝った気になっていたヘルの顔が驚愕に歪んだ。
 自分の発動させようとしていたコンセプトの紋様が次々と移動を始めて竜胆の手へと流れ込んでいく。
 いつもの力とは違い────何か自分の大切なものが吸い取られていく感覚。

「郁人ぉ……苦しいよぉ……切ないよぉ……」

 そして完全にヘルの体中に出現していた紋様が消えうせ、竜胆の右手へと刻まれる。
 ヘルには意味が全くわからない────そしてそれと同時に猛烈な痛みが再びヘルを襲い始めた。
 最後に力を使いすぎたためか、もはや鬼神の再生能力もほとんど機能しなくなっている。
 竜胆は一人ボーっと半透明な表情でさっきまでヘルだったものの紋様を見つめていた。

「……"Puppet"モノに紋様を刻み込んで自分の意のままに操作する力」

 そう竜胆が呟いた時、ヘルは自分の体がどうなってしまったかに気づいた。
 そして最後に優しく、諦めがついたように笑うと、

「アナタ、狂ってるね」

「…………?」

「ふぅ、ワタシ、アナタに殺し合いで負けた。そしてもう、生きる理由も自信も無い……死体は出来れば始末して欲しいな」

「……アタシは謝らないよぅ」

「そう……ロキ、スルト、ガルム……後はオネガイ…………ッ」

 そう言うとヘルはゆっくりと目を閉じ、動かなくなった。
 竜胆は黙ってヘルの動かなくなった亡骸を見つめ、ただ呆然と立ち尽くす。
 頭の中に得体の知れない知識が流れ込み、まだ意識が完全に覚醒していないのである。

「竜胆! 大丈夫か?」

 しばらくすると郁人が建物の中へと現れた。そして郁人を見た瞬間、竜胆は郁人に抱きつくと泣き出した。
 それが生まれて始めて強敵を倒した嬉しさの涙なのか、殺してしまったという悲しさなのか、それとも────























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