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競演シリーズ

【競演】ある男の帰郷

作者: 足利義光

 ガタン、ガタン。

 電車に揺られながらこうして過ごすのは何年振りだろう。

 一体何時からだろうか? こうして外の景色を見ても何も感じなくなってしまったのは。

 子供の頃はもっとこう、変わっていく景色にイチイチ感激し、あれ程に興奮していたというのに。

 あの頃はもっと、色々な物が楽しくて仕方が無かったというのに。何でこうなったんだろう、これが子供から大人になったって事なんだろうか?


 俺は今、実家に、いや、実家のある田舎に帰る途中だ。

 こうして電車に揺られながらの帰郷も、かれこれ十五年振りだな。

 きっかけは、漫画や映画でよくある設定だが、親父が入院したからだ。

 自動車事故だったとお袋からは聞いた。

 何でも、反対車線からいきなりハンドル操作を誤った車が突っ込んできたのが原因だそうだ。酷い怪我では無かったが、念のために検査入院らしい。

 あの頑固親父が嫌がった様が容易に想像できるな。


 俺は、十五年前に家を出た。

 理由は何だったのだろうか、もうよくは覚えちゃいない。

 高校を卒業した俺は、実家の仕事を継ぐのが嫌だったんだと思う。親父もお袋も、俺が跡を継ぐとばかり思っていて、色んな事を教えた。種まきの際の注意点に、水撒きの見極め等々。

 小さい頃からずっと俺は畑にいた。

 子供の頃は何をしても、何処にいようが楽しかった。毎日が特別なことだらけだった。季節毎に移り変わる景色に心を踊らせながら。


 俺も、ずっと実家の仕事を継ぐのが当然だと思っていた。

 だが、ある日考えてしまった。

(俺は本当にこれでいいのか?)

 そう思っちまった瞬間、全部が崩れていった。

 当たり前の事だと思っていた仕事、これは俺が一生かけてやる事なのか? そう思ったら全部が崩れた。

 何て脆いんだろうな、俺のこれ迄は。


 気が付くと、俺は家を飛び出していた。

 嫌だったんだ。このままこんな場所で一生暮らすのがたまらなく嫌だったんだろう。何も他の事も知らないままに分かりきったレールの上を歩み続けるだけの人生が嫌だったんだ。


 俺は有り金を手に電車に乗り込んだ。目的地なんて考えちゃいなかった。何処でもいい、実家から出来るだけ遠くに、ただそれだけしか考えなかった。

 辿り着いた先は、都会だった。

 よく田舎から若者が離れていくっていうニュースや新聞の記事を目にする。

 それらの話を鵜呑みにするなら、彼らは退屈な田舎から都会に希望を抱いてくるらしい。

 ――何ていうか、俺の夢っていうか、そのやりたい事ってここじゃなきゃ出来ないんですよね。

 あるテレビのニュースでのインタビューされた青年の言葉だ。

 彼らは一様に前向きだ。前を向き、がむしゃらに進もうとしている。言ってる言葉は正直いって甘々で、突っ込みどころが満載だが、それでも前のめりな生き方が表に出ている。


 俺はどうなんだ? そう自問自答してみる。

 俺も田舎から逃げ出した。だが、その理由はあのインタビューの青年とは真逆だ。

 俺はただ嫌だったんだ。だから、逃げた。青年とは違い、何の目的も無しにただ逃げた。

 俺が実家に連絡を寄越したのは出てから半年した頃だった。


 仕事はいくつかした。で、結局落ち着いた先は、農業プランニング。馬鹿みたいな話だ。あれほど実家の仕事から逃げたのに、他所様の畑に口を出すだなんて。


 ――お前の好きにすればいい。

 親父は特に文句を言わなかった。

 ――いつでも帰ってきなさい。

 お袋は少し心配そうにそう言った。

 ――オレが親父の跡を継ぐから、アニキは好きにしなよ。

 弟は明るく言った。


 家族全員が俺を責めなかった。

 勝手に出ていった俺を、一言もだ。

 以来、俺と家族の接点は親父とお袋は年に一回の年賀状の交換だけ。

 弟とは、メールでのやり取りでそれなりに交流はしていたので大まかな家族の現状は知っていた。

 年々親父の身体にはガタが来始めたらしい。無理のしすぎが祟ったらしく、特に腰が悪いそうだ。

 お袋は元気にしているそうだ。でも、親父の調子が悪いのが気になるそうで、気を使っているらしい。

 今じゃ弟が一番の働き者だそうだ。高校を卒業して進学はせず、そのまま実家の仕事を継いだらしい。最初は親父に散々怒鳴られたらしいが、少しずつ仕事を覚えていき免許を取って、朝から収穫と道の駅への運搬と陳列の毎日らしい。

 ――大変ちゃあ、大変だよ。でもよ、前よりも家の稼ぎは良くなったんだよ。だから、もしここで兄貴が戻ってきてくれたら金持ちになるかもな。


 弟は本気で言った訳じゃない、俺にも仕事がある。今の仕事の給料には特に不満は無い。それは分かってるんだ。

 理由もはっきりしている。俺が実家から、田舎から逃げたからだ。だから未だに引け目を感じている。

 これまでに機会があれば帰るべきだったのかも知れない。

 だが、俺は帰らなかった。そうして鬱屈した思いは積み重なっていき、いつしか家族の事にも関心を持たなくなっちまった。


 そんな俺がこうして実家に帰る転機になったのは、親父が入院したからじゃない。それもきっかけの一つだが、決定的な要因じゃない。

 ――帰りなよ、私も一緒に就いていくからさ。

 背中を押してくれたのは、恋人だった。

 そう、俺の人生で一番の幸運、それが彼女との出会いだった。

 出会ったのは二年前の事だ。

 俺は休日に何となく自転車を走らせた。目的地なんて決めずに気の済むまで走るつもりでいた。

 あれは峠の中腹だった。目の前に人が立ち往生していた。

 近付いてみると一人の女性が車のタイヤがパンクしたらしく、困っていた。携帯電話を使おうにも峠の中腹は圏外。そこで俺が電波の届く所まで自転車を走らせ、連絡を取った。

 それが彼女との出会いになった。

 しばらくして、彼女から連絡が入った。

 ――この前のお礼がしたい、と。

 こうして、付き合う事になった。


 彼女はとても快活で、楽しい人だ。

 俺みたいな退屈な男にも明るく接してくれる。そうしていつしか彼女は俺の中で大きく存在するようになり、愛し合った。


 今、その彼女は、俺の横で静かな寝息を立てている。

 黒く滑らかで美しい黒髪をそっと指先で撫でてみる。

 柔らかな肌は仄かに赤く、熱を持っている。

 俺はこの後、病院にいく。そこで十五年振りに家族に会う。

 それだけじゃない、俺の大事な人を紹介するんだ。


 電車のアナウンスが聞こえてきた、もう少しで駅に到着する様だ。確かに外の景色には見覚えがある。

 十五年というと、都会じゃ全てが様変わりするには充分な月日だ。でも、田舎ここらは何もかもが変わっていない。まるで”タイムカプセル”に閉じ込めたかの如く、何一つ変わらず、懐かしい。


 真っ赤に染まった山には豊かな実りがあるはずだ。

 家の所有する土地には栗と柿が実っているハズだ。

 赤トンボが飛び回り、その周囲には黄金色の水田が収穫の時を静かに待っている。


 彼女はまた俺の横でうたた寝をしている。

 この寝顔を見る度に心が安らぐ。無防備で優しいこの顔を見る度に俺は彼女の傍にいられるこの瞬間を大切に感じる。

 彼女とずっと一緒にいたい、そう心から思える。


 あと、ほんの数分。駅には弟とお袋が待っている。そしたら、彼女を紹介しよう。俺の大事な人を。初めて自分で選んだこの人を。

 そしたら二人は驚くよな。親父は何て言うだろうか?

 そんな事を考えてる内に、駅に着きそうだ。起こさないとな。

 今回、俺がここに来たのは他にも理由がある。

 家族に紹介したら、あれを渡そう。月が綺麗に見えるあの丘で彼女に言うんだ。

 結婚してください、俺の家族になってください、と。

 さぁ、行こう。




 私は今、彼の家族と初めて顔を合わせている。

 きっかけは、彼のお父様が事故で怪我をした事だ。

 彼とのなれそめは、二年前の事。

 私が車のパンクで困っている所に彼が通りかかったのがきっかけだった。

 第一印象は、少し無愛想な感じに見えた。

 何だか無口そうで、ちょっと怖そうに見えたから。

 でも、彼は困っている私を見かけると、すぐに助けてくれた。

 初めて会った赤の他人の――私の為に一生懸命に。


 私は、家族がいない。

 子供の頃に家が失くなったらしく、父は失踪。母は病気で寝たきりに。そして、三歳になる前に亡くなった。

 私は親戚をたらい回しにされ、そのいずれも最後には除け者扱いされた。何でそんなに笑ってられるのか? って言われて。

 だから、高校を出てすぐに一人暮らしを始めた。

 誰の手も借りずに生きていこうと心に誓って。


 私にも何人か付き合った人はこれ迄もいた。

 でも、誰とも長続きはしなかった。

 最初は、仲良く出来ても最後には必ず酷い別れ方をしてしまう。

 その度に自己嫌悪に陥って、もう誰にも心は開かないって思う。これの繰り返しだった。

 でも――――――!!


 彼は違った。彼だけは私の事をちゃんと見てくれている。

 私の事を、一時の情事の相手ではなく、一人の人間として、女性として見てくれる。

 私のこの空虚な笑いを怖がらずに、こう言ってくれた。

 ――いい笑顔だね。だから、無理しないで。

 それだけで充分。その言葉だけでもう救われた。

 見た目だけで全てを見透かしたつもりのこれまでの人とは違い、私の内面を受け止めてくれた。

 だから、初めて人に心を開けた。だから、愛する事が出来た。


 彼は家族にわだかまりを持っていた。でも、大丈夫。

 だって、あなたの家族なんだから。こんなにも優しいあなたの家族なんだから。だからこそ、私も彼に付いていくの。


 バスの中で私は彼と、弟さんにお母様との話を聞いている。

 ね、大丈夫だったでしょ?

 やっぱりあなたは愛されているのよ。

 この人達ならきっと私の事も受け入れてくれる。

 だって、私の中にはもう、新しい家族が宿っているのだ。

 まだ、彼には言っていない。少しだけ不安だった。

 もしも、お腹の子の事を言ったら、心配をかけるかもと思ったから。

 でも、きっと大丈夫。この人達は私の事も、何よりもこの子の事も受け入れてくれるに違いない。


 病院が見えてきた。もうすぐ彼のお父様にも会えるわ。

 どんな人なんだろう? 彼の話とご家族のお話しを聞いてる限りじゃ頑固者みたい。きっと彼とどっこいどっこいなんだろうなぁ。似た者同士だから、ついケンカしたんでしょうね。

 大丈夫よ。絶対これを機にまた仲良く出来るわ。


 さぁ、行きましょう。私達のこれからはここから始まるんだから。

















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― 新着の感想 ―
[一言]  いや……正直、驚きました。まさかこういった作品も書けるとは……畑本さんのレベルアップをまざまざと見せつけられた気がします。ある程度の年齢になると、誰もが持っているであろう家族に対する複雑な…
[良い点] これは素晴らしい! めちゃ好みでした。途中で視点変えたのも効果的でしたね♪
[一言] よかったです^^ 苦労した分、幸せにならなきゃ駄目ですよね>< 幸せになるんだよと少し泣いてしまいました。。
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