手紙を書こう
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拝啓、お爺ちゃん。こっちはもう寒くなってきたよ。そっちはきっと穏やかな気候なんだろうね。
突然の手紙驚いたかな? 今まで一度もお爺ちゃんに手紙書いたことなかったね。
でも、今だから、どうしてもお爺ちゃんに伝えたい事があって、だから手紙を書こうって思ったんだ。
お爺ちゃんは、もちろんパソコンとか携帯なんて持ってなかったし、たぶん今でもそういうのは使えないんだと思う。
それにお爺ちゃんは私がまだ小さい頃、言ってたよね。
「手紙はな、直接本人が書くから暖かみが伝わる。かんな、お前はなんか知らんが、そうやって機械で手紙書いてるけどな。そんなモン、人の心にも、物としても残らんぞ」
私がお爺ちゃんの目の前で携帯でメールを打っていると、よくそう言われた。
お父さんやお母さんは小さい私が携帯を使いこなしていると、かんなちゃんはすごいねぇ、とか、将来立派になるぞ、とか言って誉めてくれたけど、お爺ちゃんだけは違っていた。
いつだったか、お爺ちゃんは古びた四角い缶を持ってきて、私に見せてくれたね。
中にはたくさんの手紙が入っていた。
「見てごらん。大事な思いを伝えてくれた手紙達だよ。お爺ちゃんの友達、それにお婆ちゃんからもらった手紙。全部大事にとってあるんだよ」
すごく達筆な字で書いてあったので、私にはよく読めなかったけど。
お爺ちゃんが言いたかった事は解った。
手紙の一つ一つが丁寧に書かれていて、中には送り主が自分で書いた絵が描いてあったり。
まるでその人の生き方がその中に凝縮しているようだった。
「これはな、日本がまだ戦争してる頃。お爺ちゃんのお父さんが遠く離れた戦地から送ってくれた手紙だ。この中でも一番古い手紙だけど、一番大事にしてる手紙だ」
そう言って、缶の一番下から大事そうに一つの手紙を出して見せてくれた。
内容はほとんど解らなかったけど、お爺ちゃんの健康を気遣っていたり、学徒動員で戦地に向かう事になったお爺ちゃんを激励していたり、力強い文字で書かれていて、私にとっての曾お爺ちゃんが強く、優しい人だったんだって感じた。
「この手紙を最後に戦死してしまってね。お爺ちゃんにとっては形見みたいな物なんだよ」
私はお爺ちゃんに手紙を返しながら、
「手紙ってその人が死んでも、その人が生きていた事を感じさせてくれるんだね」
と解った風な事を言ったんだけど覚えてる? 今思うと生意気な感じだよね。小学生のくせに大人びた事言ってさ。
お爺ちゃんは、その大きな手で私の頭を撫でてくれた。私、お爺ちゃんに頭撫でられるの、すごく嬉しかった。お爺ちゃんって、些細な事でもよく誉めてくれたから、私はとても誇らしい気分になれた。
私が実家を離れ、遠くの大学に通う事になったとき、お爺ちゃんはとても寂しがってたね。
「いいかい、かんな。身体を大切にな。寒いときは暖かい格好をするんだぞ。夜はまだ冷えるから窓は閉めて寝るんだぞ」
とか色々言ってくれた。
その頃には私はお爺ちゃんの背を抜いていて、お爺ちゃんは小さく見えていたんだ。
そんな風に、もう子供でもない私をお爺ちゃんはいつまでも子供扱いしていた。
お爺ちゃんから見たら十八歳なんてまだまだ子供だったんだろうけど。
一時期は口うるさいお爺ちゃんがちょっと煩わしいかなとか思ってたけど、離れてみるとその温もりが懐かしくなったんだよ。
大学時代。お爺ちゃんに手紙を書こうと思って便箋やら、色々買ってきた。でも、なんだか恥ずかしくって結局出さずじまい。
だって夏休みやら冬休みには必ず帰っていたし、お爺ちゃんになんて書いたらいいか全く解らなかったし……。
もしあの時手紙を書いていたら、きっとお爺ちゃんは大喜びしてくれただろうね。
長期休みに帰って、
「お爺ちゃん、ただいま」
って言ったときの、あのお爺ちゃんの笑顔。今でもはっきり覚えてるよ。
あぁ、忘れられないと言えば私の結婚式の時。お父さんやお母さんよりもボロボロに泣いてたね。
それを見たら私もすごく寂しくて、嬉しくて、泣いてしまった。
どんなスピーチよりも、あのお爺ちゃんの号泣が私にとって一番嬉しかった。
ありがと、お爺ちゃん。
私は今、幸せに暮らしてる。
だから何も心配しないでね。
私はいつまでも、いつまでもお爺ちゃんの孫だから。
ってちょっとありきたりな言葉だね。
でも本当にお爺ちゃんの孫でよかったって思う。
お爺ちゃんは私に優しかった。
ううん、私だけじゃない。周りの人みんなに優しかった。
だからきっと、お爺ちゃんにはたくさんの手紙が残ってるんだね。
そして、その一つ一つ大事にとってあって……。
きっとお爺ちゃんに手紙を送った人たちだって、嬉しいと思う。
私のこの手紙もそんな中の一つになるのかな?
そう思ったら、もっとちゃんとした手紙書かなきゃって思うけど……。
私は今まできちんと手紙なんて書いたことないから、こんなもんでいいよね。
お爺ちゃん。もう一年以上会ってないんだね……。
この一年。色んな事があったよ。
お爺ちゃんにいっぱい、いっぱい報告したい事があるんだ。
私、子供ができたんだよ。
お爺ちゃんにとっては曾孫だね。
いや、まだ産まれてないんだけどね。お腹の中にいる。
だいぶ大きくなってきて、毎日毎日蹴ってくるんだよ。
もうね、本当に産まれる前からやんちゃで、今から色々心配だよ。
自分の中に新しい命があるんだ。
不思議だよね。
お爺ちゃんが生きていた証。
こうやって子供が産まれて、お爺ちゃんが、頑張って生きてきたその意味が受け継がれていく。
それはきっと、あの缶の中の手紙と同じで、その人が生きていた証。
なんて、ちょっと大げさかな。
でもね、思うんだ。こうやって命はまわっていくんだなって。
ねぇ、お爺ちゃん。
天国はどう? 私、お婆ちゃんに会ったことないけど、きっと今一緒にいるんだろうね。
お婆ちゃんにもよろしくお伝え下さい。
あなた達の子孫は、今日もとっても元気です。
かしこ。
― ― ― ― ― ―
私は書き終わった手紙を丁寧に折り畳み、封筒に入れる。
そして、お爺ちゃんの古い缶の一番上にそっと置いた。
今回は直球勝負です。
ど真ん中ストレート。
何のひねりも毒もアクもない。
単純明快に手紙をテーマに書いてみました。
が、直球勝負できるほどの腕がなかった。
もう少し個性的なエピを含ませる事ができたら
もっと良かったかと思います。
練りこむ時間がなかった。
言い訳です。