『だって恥ずかしいんだもん!』
ツグミちゃんは駄々をこねながら可愛らしくぷうっと膨れて、そう叫んだ。……多分。
多分そうだろ。「だもん!」って「もん」にビックリマークがついてるんだしさ…。
俺は顔を上げて小さく溜め息を吐いた。
ツグミちゃんは俺の彼女。
俺といっさい口をきいてくれない、そんな彼女。
俺はいっつも、ツグミちゃんの書いた文字とにらみ合いながら、彼女のことを推測しつつ毎日を過ごしている。
(やきもきするんだよな、こういうの…)
同じ中学出身のツグミちゃんが俺の彼女になったのは、ついこの間。二学期の初めごろだった。
一度だけ同じクラスだったこともあるけど、高校最後のこの年にまた同じクラスになれるなんて思ってなかった。
一学期には席も近くなったりしたから結構話したりもしたし……、そのおかげでクラスのヤツラと一緒に夏休みにも何度か遊んだりしてさ。
俺が冗談言ったりするとすげぇ笑ってくれるいい子なんだ、ツグミちゃん。
…そうやって間近でツグミちゃん見てたらなんか…、俺の想いがぶり返したっていうか……。
好きだったんだ、ずっと。だから俺から告白した。付き合ってくれって。
そしたらツグミちゃん、にこってはにかんで、
「うん」
って言ってくれた。
あーあ、思えばあれが最後だなぁ。ツグミちゃんと話したの。
付き合い始めたとたん、ツグミちゃんはぱったり喋らなくなった。それも俺だけにだ。
そして事あるごとに…いや、事がなくても…、ツグミちゃんは手紙を渡してくるようになった。
バッチリ手紙の時もあれば、すげぇメモ書きの時もある。
とにかく会話すべてが紙なんだ。
並んで歩いてても、俺が話しかけたらすぐさまメモで返してくる。
『うん、そうだね!』
って、そんなことでもメモで返してくる。
こんなのおかしいでしょ? 付き合ってんのにさ。いや、付き合ってなくてもおかしいよ。
だから俺聞いたの。
「どうして俺と喋ってくれないの、ツグミちゃん。俺、なにか悪いことした? 俺のこと嫌い?」
真っ赤になったツグミちゃんは小刻みに首を横に振って、一生懸命にメモ帳にペンを走らせる。
書き終えたあと、彼女がびりっと破り取って俺に押しつけたその紙にはこう書いてあった。
『ううん、好き、大好き! 私、ユウくん大好きだよ! 大好きだから手紙で書くのっ!』
すんげぇ、かわいい字。
俺、思わずにやけちゃった。危うく「それなら、いっかぁ」なんて思うところだった。
……よくないよ。
どうして? どうして、大好きだと手紙なんだ? 訳わからん。
顔を上げてみると、俺のそんな気持ちを察してかツグミちゃんはまたもメモを渡してきた。
『ユウくんには私の言葉、ぜんぶぜんぶ取っておいてほしいの。忘れないでほしいの。ダメ?』
うああ、ツグミちゃん……。
ぐっと来たよ。
俺、ぐっと来た。
いいよオーケー、ドンと来いだ! 君の言うこと何ひとつ忘れるもんか!
そう思ってしまった俺はツグミちゃんの気持ちをおもんばかり、彼女の言い分を通してあげることにした。
それがどんなに馬鹿な決断だったかも知らずに。
その決断のせいで俺は、毎日毎日彼女の手紙と戦うことになった。
一日を終え帰宅するころには、カバンはパンパンだ。
だってもともとツグミちゃんはおしゃべりな子なんだ。
それをぜんぶ手紙にしてくるんだから、俺のポケットというポケットはいつでもモリモリだった。
どうして携帯はびこるこの時代にメールじゃないんだ、ツグミちゃん。
その問いに対する返事はこう。
『手紙はメールより想いを伝えるんだよ』
「そう…ですか……」
きょうも俺は教室で、自分の席に座りながら彼女の手紙を読む。
休み時間にもなれば、聞こえてくるのはクラスメイトのおしゃべり。
すぐ隣にはツグミちゃんの声もある。
ツグミちゃんはぺったりと俺に寄りそいながら、いっつも別のヤツと喋ってる。
女子だろうが男子だろうが仲良く喋ってる。
「…なんで他の男はツグミちゃんと話せて、彼氏である俺が話せないんだよ」
まだ三時限目が終わったばかりだというのに、もう机の中であふれるツグミちゃんの手紙。
それをきれいに折りたたみながら、俺はありったけの精力をかけてクラスの男子を恨んでいた。
あのころが懐かしいんだ、ばかやろう。
そんな俺を無邪気にのぞき込んでくるツグミちゃん。
くりくりの目が、きらきらだ。
そんな表情までするくせに俺と喋ってくれないなんて、これ何かのお仕置きなの?
今じゃ俺が手紙まみれになってることなんか、誰も気にしてくれないのが虚しいんですけど。
俺の口からは思わず溜め息が出た。
「…はぁ…ツグミちゃ〜ん。やっぱり俺とも口きいてよ」
『いやだ』
「いいでしょ? 俺、絶対忘れないからさ。ツグミちゃんの言うこと、ぜんぶ覚えておくからさ」
『い・や・だ・っ』
俺はできそうもない約束を口にしながら、ツグミちゃんのペン先を目で追う。
いいかげん慣れた言えば慣れたけど…、このまどろっこしさ、まるでコックリさんでもやってるみたいだよ。
「だってねぇ、ツグミちゃん……」
『なぁに?』
「俺たちこのままじゃさぁ……」
俺は最近ずっと考えていた事を口にしようかどうか迷った。
突然にクラスの女子が言う。
「あんたたちさぁ、そのまま行くわけぇ?」
「え?」
きょとんとしたツグミちゃん。舐めかけのチュッパチャプスを振り回しながら、その女子が続ける。
「ケッコン生活どうすんの? 成り立たなくなーい?」
俺は思わず椅子から立ち上がった。
そう、そうなんです、ツグミちゃん。この女子の言うとおり!
今から結婚なんて飛躍しすぎだけど、俺は本気でそれに悩んでるんです!
俺たちこの先どうなっちゃんですか?
ツグミちゃん、この先のこと考えてくれてます?
「エッチん時どうしてんのー?」
「ガウッ!」
ええい、無粋ながらも的確な女子め。
ああそうさ、問題はそこだよ! 俺たちはまだなんだよ!
吠えたところで問題は消えないんだけど、俺はやっきになって吠えていた。
気づくと、真っ赤になったツグミちゃんがなにやら殴り書いている。
『しないもん!』
「えええっ!」
あっさり振られた俺をチュッパチャプスが笑う。
どっちをしてくれないんだ、結婚か、エッチか!?
「なんで! ツグミちゃん、なんでっ!」
「ツグミはあんたみたいな、エロ男が嫌いなんだよ〜。ねー、ツグミー」
エロって、俺まだ何もしてないのに?
呆然とする俺をよそに、ツグミちゃんはガリガリと書き続ける。
『嫌いじゃない、嫌いじゃないけどぉ…』
「えー、じゃあなんでしないのよ〜?」
『そ、それは…』
「もういいだろ、ツグミちゃんにそんなこと聞くなよ!」
「ユウは黙っててよ、関係ないでしょ、あたしが聞きたいの!」
関係あるよ!
何か言われて傷つくの俺なんだぞ!
見ろ、ツグミちゃんだって混乱して、お前にまで文字で会話しちゃってるじゃないか!
俺はもう、ツグミちゃんの手元を見ることができなかった。
アメを舐めながら喋る声だけが耳に届く。
「えー? ……ふーん、そうなんだ。けどさー、だいたい何で喋ってあげないのよー? 割とユウってカワイソウくない?」
おい、やめろよぉ。座り込んでまで、なに聞いてんだよ。
俺はおろおろしながら無駄に天井なんかに目を走らせた。
急にチュッパチャプスが笑い出し、俺の肩を思いきり叩いて去っていく。
「まー! がんばれよ、ユウ!」
「な、なん、なんだよっ! 何がわかったんだ!」
俺がツグミちゃんを振り返ると、広げられたノートにはびっしりと文字が並んでいて、ひときわ大きな文字で書かれた、
『だって恥ずかしいんだもん!』
の一文だけが見て取れた。
慌てて隠したツグミちゃんがうかがうように俺を見上げる。
チュッパチャプスの「あいつらバカだよ、バカ!」という声が遠くから聞こえていた。
「…ツグミちゃん……」
ツグミちゃんは駄々をこねながら可愛らしくぷうっと膨れて…、そう叫んだ…んだ……。よね…?
「……」
「……」
ツグミちゃん。
俺、思うんだよ。
確かに手紙はメールより想いを伝えると思う。
でもさぁ……、声は手紙よりももっと想いを伝えるんじゃないかなぁ。
君が喋ってくれたら俺、もっと君のことが解る気がする。
だって、付き合う前の方が解ってた気がするんだ。
…けどこの想い、俺はどうやって伝えればいい?
多分ツグミちゃんは俺のこと嫌いじゃないんだろう。
でも今話しかけてまた文字で返ってきたら、なんか…すごくへこみそうだよ。
俺はツグミちゃんと見つめあいながら、何を喋っていいか解らなかった。
言いたい事ありげな目のツグミちゃんに、情けないほど小さな溜め息がひとつ漏れる。
「ツグミちゃん…」
不快指数。
それが80以上になった時、すべての人が不快を感じるのだという。
俺、君から毎日、80なんか軽く超える数の手紙もらって混乱する一方なんだよね。
……でもとりあえず、俺も便せん買いに行くわ……。
だってメールよりは手紙……、なんだろ?
君がそのつぐんだ口を開いてくれるまで、俺も自分の想いを手紙に託すことにする。
また喋って欲しい。
そのかわいい声で、俺を呼んで欲しい。
『大好きだよ、ツグミちゃんっ』
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