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短編集

あの娘は☆真紅のTバック(標準語ver)

作者:浮羽ゆ-
 



 東急東横線を神奈川方面に下る車窓に夕暮れ落ちた多摩川の風景が開ける。
 鉄橋のシルエットが切り取る川面には鉛色の空が重く映り込み、遠く関東ローム層の地平は妖しげな真紅に輝く空が山際を焦がすように染めていた。

 
 ――説明しよう。
 真紅。それは真っ赤な色であり、深紅とも書かれるのだ。

 カラーセラピー学会では、赤色は、視神経から認知されると生体に興奮衝動を促し、性欲・食欲・排泄欲などを高めるという効果を認めている。
 たとえば、その色彩の衣類を女性が身にまとうと、見ている男性側を間接的に欲情させるとともに、身に着けている女性側のフェロモン分泌を活性化させ、官能的な仕ぐさやまなざし、時に大胆で積極的な行動をも引き起こすのだ――


「“いいよ。欲しかったら持ってって。もう飾らないし”ボクは神山のやつにそう言ってやったんだ」
 電車は微かなモーター音を響かせて、初冬の住宅地を駆け抜ける。
「そしたらアイツ喜んでさ“M先輩あざーす。自分『あゆ』の大ファンなんスよぉ。大切にするっス、販促用に店が貰ったこのサイン”……だって」

 渋谷にある某大手CDショップからのバイトの帰り道。今日入ってきたばかりの新人の女の子と方向が同じだったんで、一緖に電車に乗った。そして、
「いいけどそのサイン『あゆ』は『あゆ』でも、鮎川麻弥なんだが……」
 という、とりとめもない会話。

「あはははは」ボクの言葉に、清楚な彼女が口元に手を当てて弾けたように笑う。
「でも、あたし好きだなぁ鮎川麻弥。ゼータのオープニングとか、超ヤバイんですけど」
 そのときボクは、窓に軽く後頭部をもたれかけていたので、彼女が笑ったときその長い黒髪が揺れ、その隙間から白い耳が垣間見えた。
 斜め後方から見るそれは、まるで幼いころの記憶に残る、小川のほとりに咲く五月のスイレンのように可憐だった。

 にしても、今日初めて会って仕事を教えていたときから話やすい印象はあったけど、こうしてうちとけてくると、なんだか声帯までもが踊りだす感じだ。
 ハーフコートの内側が蒸し蒸しするのは、きっと車内の暖房が効きすぎなせいばかりじゃない。

「たしか大学生だったよね」
 それでも冷静さを装い、何気ないそぶりで彼女に話をふる。
「そう美大系。でも大学生活って、もっとのんびりしたものかと思ってたけど、課題課題で結構忙しんですよぉ……」
 彼女も少し暑く感じてきたのか ネイヴィー × ホワイト のボーダーカットソーのボタンをふたつばかり外して胸元を緩めた。
 そこからほんのりと甘い香りが漂ってくる。

「学校と家と前やってたバイトを往復してたら、もう時間なんて残らないんです」
 振り返る、かわいらしい笑顔。でも困ってるようには、少しも見えない。
「わかるなあ、それ。ボクも似たようなもんだし」
 と、同意してみる。
「だから、変な趣味に走っちゃうの」
 ボクの共感表現はスルーして彼女は話を続ける。
「変な趣味って……」なんだろう?
「誰にも言わない?」
 人に言えないようなことなのか。

「言わないよ。何?」誠意を持って聞き返した。
 彼女は白いフレアースカートの上に置いた両こぶしを軽く握り締め、蚊が鳴くような声でつぶやいた。

「……通販」

 ……なあんだ、そんなことか。まあ趣味といったら変だけど、人に言えないようなことでもないし。
「へぇー深夜のテレビとか?」
「そう。でも最近は、あれですよ。専らネットの通販とかかな」
「ああなんだ、パソコンとかやってんだ」
「いえいえ、それが最近じゃケータイとかでも買えるんです」

「ケータイかあ。あんまり使わないからな」
「えー予想外。Mさんメールとか、まめそうなのに。話し上手だし」
 と彼女のキラリとした視線。
「いや、全然そんなことないよ。電話短いし。メールも必要最低限しか打たないしね」

「彼女とかとは、どうしてるの?」
「えーっと…… いません」
「へーそぉなんだぁ」彼女はひざ丈の白いフレアースカートの足を組み替えた。それで、こっち側に向けたひざが偶然、ジーンズ越しにボクのももの外側にこつんと当たる。

「あんまし、恋愛とかそういうのに興味ないんだろうね」
 とボクは他人事のようにつぶやいた。
「好きなコとかいないんですか?」

「……昨日まではね」

 
「じゃ、話戻しますけど。今日出がけに届いたんですよぉ」
 戻すのかよ。ってか、
「何買ったの?」
「ええっとねー。ちょ、マジ恥ずかしぃ。笑わないでくれます?」
「笑わないよ」ボクは誠実で人の良さそうなジェントルマンな顔に化けた。
「実はですねえ…… ごにょごにょ」
 またまた消え入りそうな声。

「え、何? 何言ってんのか聞こえないんだけど」
 それを聞いた彼女は唐突にボクの右肩にすがりつき、甘~い息が掛かるくらいに顔を近づけると耳元に手をそえて、舌っ足らずな声でゆっくりささやく。



「し・ん・く・の…… Tバック」


 Tバック!? ……だと。
 びっくりした。女の子が下着の話を、しかも今日始めて会った男にするものなのか? そういえば、やけにボディータッチも多い。でも、そういうのって、親近感の表れではあっても恋愛感情とはまた別らしいし。いったい彼女の真意は、どこにあるんだろう。悩み所だ。
 というわけで再び脳内メモリーを検索開始。

 ――説明しよう。
 Tバック。それは下着や水着の一形態で、そのボトム形状を指し示すものである。

 フロントは普通のハイレグビキニの形になっているが、後部はゴムひもや細い布でT字型のカットが施されたデザインになっている。そのため、布が尻間に食い込み、でん部がほぼ丸見え状態になるという、極めて露出度の高いセクシーなアンダーウェアなのだ。
 バックの生地の面積が小さく、お尻の丸みがきれいに出る効果とスカートやズボンなどをはくときショーツ(パンティー)ラインがアウターに響きにくいという特性もあるのだ。
 近年では、若い女性を中心に、ローライズパンツをはいた時、あえてウエスト部分から下着(Tバック)をはみ出させ”見せパン”と称するファッションの一部として取り入れるなど、露出度が高いセクシュアルランジェリーとして愛用する人も増加している。

 しかし、Tバックの魅力は単にその外見的なファッション性だけでなく、そのはき心地にあるという説も唱えられている。
 そもそも布がお尻に食い込む感触は、最初は違和感を覚えることも多いが、慣れた後はTバックを装着することにより気が引き締まり、その感触の独特な魅力に、これを嗜好する人間も少なくないという報告も寄せられ、逆にバックが弱いゴムひもの場合、はいている感触はまったくなく、身につけていることさえ忘れてしまうという…… まさに、魅力あふれる下着なのだ――

「……そ、そうなんだ。思いがけない趣味だね」
「そうなんですよ。なんかインドアな方に向かって行っちゃうみたいで」
 彼女は無意識なのか、身を乗り出すように僕につめよる。
「なるほどなぁ」
「意外ですぅ?」まゆを寄せて尋ねられる。
「あ、いや。いい意味でギャップを感じるね」

 そう、清楚な外見の彼女が、見えないところで、そんな下着をはいている姿を想像するとかなりクるものがある。

「”ひも”の持ち手のトコがリボンになっててかわいらしいの」
 彼女は指先でつまむ仕種をしてみせる。白い節くれ立った細めの指がキュートだ。
「大人っぽい中にも乙女なココロを忘れない。みたいな。ぜひ見てもらいたいな。多分きっと感心しますよ」
 そういう彼女の熱っぽい視線が絡む。
「いや、見る機会があるんだったら、それは、もちろん見たいけどね」
「うーん、でも結構黒い陰りが透けて見えるとこは、萎えちゃうかもです」
「それって萎える?」いや萎えない(反語)
「そうそう、濡らしちゃった後の使用済みの湿っちゃった物なら、どうってことないかも……」

 !!!!!! うっ !!!!!!

 ヤバイヤバイ。マンガだったら鼻から真紅の鮮血が飛び散ってるところだ。


「Mさん、そういう系はどうです?」
「いや、ま、まあ嫌いではないよ」
「そうなんだ。よかった。趣味が合って。変なコだって思われたら嫌だし」
 いやいや変なコだと思ってないわけじゃないですが。
「ボクの方から積極的に求めたりはしないけどね。でも、なんていうか。まあ、ありがたいものだね」

「そう思います?そうですよねー わかってくれる人に出会えてうれしい」
「そ、そうなの?」
「そりゃそうですよぉ。それなら、これからぜひ部屋うちに寄ってくださいよ。一緒にたしなみましょ」
「た、嗜む? ……なんだと!?」

「もっと積極的になったほうがいいですよ。ハマりますって、きっと」
「あ…… ハイ」
 恥かしながら、強引に乗せられる形でボクは同意していた。
 でも胸はワクワクと弾んでる。
 彼女完全にボクに惚れてるなー。見かけと違って、意外と今流行りの肉食系女子ってやつ? でへ。
 それにしても、たしなむって何だろ。
まさか、現物見せてくれるだけじゃなく、実際にあんなことやこんなこと…… 逆にボクが履かせられたりなんかして、下手すりゃ両手両足の自由を…… (自主規制)

 
 というわけで、30分後。
 ボクはひとり暮らしの彼女の部屋に上がり込んだ。

「それでねその映画、嵐で陸の孤島と化した崖の上の洋館に閉じ込められた男女7人の間で、次々と密室殺人の惨劇が起こるんです」
 意外にも彼女の部屋は殺風景な内装だった。アンティークな和風のちゃぶ台が部屋の真ん中にぽつんと置いてあるだけ。彼女はボクの斜向かいにちょこんと座ったままニコニコと話し続ける。
「暖炉のある密室で、最初に殺された英国執事がいたんですけど、驚くことにその部屋、なんと内側から鍵がかかってたんですよ」

「そりゃまあ密室って言っちゃってるしね」
「あれ? 話す順番逆でした? ま、それは置いといて、ここからが大事なんです。ナイフで刺した犯人が去ったあと、その英国執事、虫の息のなか最後の力を振り絞って自らの血で、倒れた床にダイイングメッセージを残したんです」
「ほぉ」

「――ダイイングメッセージ”それは死者が残した、真実への道しるべ”って言われてまして」
「――ダイニングメッセージ”それは母が残した、おやつへの道しるべ”ってのも聞いたことあるけど」
「もぉ、余計なこと言わないでください」彼女は少しむくれたように頬を膨らませる。むろん少しも怖くはない。「それで、真紅の血文字で書かれた床に残されたメッセージなんですけどね」

「うん」
 ボクはうなずき、続きを待つ。
「それは……」
「それは?」
 生唾を飲み込む。

 
「――『マクガフィン』って書かれてたんです」



 そんな当たりさわりのない無意味な会話でひと時が過ぎる。出されていたお茶をゴクンと飲み干し「いやあ。結構なお手前でした」とボクは言った。

「本当に? なんか緊張したんですよ。だって、こんな風に女の方から誘うのって、なんだかはしたない気もするんで……」
「ぜ、全然そんなことないよ。気にしすぎ。別にどっちが誘ったとか、そもそもTバック見たさで、無理して来てるわけじゃなくてさ…」
 そう、ボクはそんな遊び半分の不埒な目的じゃなく、純粋な心でキミをって…… なんか様子がおかしい。

「そ、そうなんですか。ショック~。Mさんそこに興味持ってくれたんだとばっかり思って喜んでたんですが……」
 彼女は、明らかにガッカリしたポーズで目を伏せ、その肩を落とした。
 あらら? なんか誤解させたみたい。
「ウソウソ。そ、そうじゃなくて…… 違うんだ。ボクが言いいたいのは、えーっと……」
 ボクは次の言葉を待つ上目づかいな彼女を三秒間見つめた。そしてそのあと優しく告げる。

 
「……好きだよ(キミのコトが)」


 うわぁ、言っちゃったぁ。耳がかーっと熱くなる。
 でもその後、羞恥に耐えられず、結局いらない言い訳してしまうのがボクが草食男子たる所以なんだな。
「そりゃあ、なんだかんだ言ってもボクも男だから…… でも、みんなそういうトコあると思う。だから本当は、喜んじゃうんだけどねTバック」

「ふふーん。なぁんだ。つまり照れ屋さんってコトだったんだ。複雑ですねぇ。あたし、女子高育ちだったし、一人っ子なんで、男の人って、よく分からないところあるんです」そう言うと彼女はちゃぶ台の上に両手をちょこんと乗せて三つ指を付くマネをした「よかったら、これからも、ご指導お願いします」
「そ、そうだね。これから、ね……」
「ええ。これからこれから。あわてずゆっくり行きましょう」

 というほのぼの会話も終り、なんだか、ボクの心も落ち着いてきた。
 二人の会話が次第に止まり、どこか空気が張り詰めてくる。ゴクリと、のども鳴る。
 そう。いよいよショータイム突入ってトコだ。決めに行かなきゃ。
 バクンバクンと今にも張り裂けんばかりの心臓の鼓動が体に響く。彼女にまで聞こえてるんじゃないかと心配になってくる。
 クワトロ大尉のセリフが頭をよぎる。
(これが若さか……)

「そ、それでさぁ、あの…… つ、通販のぉ……」
 ボクは意を決して切り出す。
 なんだかんだいっても、ここまで女の子の方に気を使わせてきたんだ。ボクも男だ。そろそろ勇気を示さないと。

「ええ、おいしかったですね。真空のティーパック緑茶」
 ケロリとした顔で彼女は言い放つ。

「し、真空の!?」
「そう。実は、ティーパックなの。スゴイでしょ、この美味しさで」
「え?」

 真っ白になったアタマの中を、トンボが一匹飛んでいく。
 ボクは刻の涙を見る……

 
 ――説明しよう。
 ティー・バッグ(Tea bag)それは、紅茶などの茶葉やその抽出物を含む小さな袋のことである。茶こしを使うことなく抽出してお茶を飲むことができるのだ。

 適切に製造されたティー・バッグは、お茶の葉が遊泳する適度な空間があって、美味しい紅茶が抽出される。また、ナイロン包装などで個別に真空パックすることにより、各個の鮮度を保つものもあるのだ。
 また、ティー・パック(Tea pack)と呼ばれることもある。日本ではBagとPackの音の近似によってティー・バックと、とってもとっても誤用されやすいのだ――

 
「で?」
 と、彼女のやわらかそうな桜色の唇から、一文字の言葉がこぼれた。

「で!?」
 反射的に聞き返す。

「ヤですねぇ、もう。Mさん、さっき何か言おうとしてたじゃないですか」
 彼女は微笑んだ。
「あ、ああ。えーっと、なんだっけ? ……なんか、もう忘れちゃった。どうでもいいし」
「あはは、なぁんだ。お茶だけに”忘れチャった”んですね」

「え? あ! そう。えへへ」

 
「ほんと男の人って不思議ですね。じゃ、時間もアレなんで、そろそろ帰っチャってください」
 そう告げて、冬の夜への扉を開けた彼女が見せる清楚な笑顔が、溢れんばかりの涙を溜め込んだボクの瞳に乱反射して、その日一番まぶしかったのだ――











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