掌編――婆ちゃんの笑顔
婆ちゃんが死んだ。
東京に住んでいた俺が戻ったときには、すでに葬儀は終わっていた。
遅い、と姉貴は真っ赤な目をして俺をなじり、抱きついてきた。
よく戻ったな、と兄貴も目じりを赤くしながら俺を迎えてくれた。
仏壇の間に入ると、爺ちゃんの位牌の横に、白いおくるみにつつまれて、小さくなった婆ちゃんが座っていた。
「婆ちゃん、ちっこくなっちまったな」
ロウソクに火をともし、線香を立てて、手を合わせる。
九十をとうに超えたその死は大往生だ、と兄も姉も口々に言った。
婆ちゃんは、早くに母さんを亡くした俺たちの親代わりだった。
俺は仏壇の上、爺ちゃんの遺影の横にかけられた婆ちゃんの遺影を見上げた。
「婆ちゃんにちゃんと謝ったか」
兄貴はそういいながら低い鴨居をくぐって横に胡坐をかいた。
「婆ちゃんの遺影、あれ使ったんだな」
俺が二十歳になった祝いにと、全員で写真館に行って撮った、記念写真の一枚だ。
黒いリボンの間で、婆ちゃんはすごくいい顔で笑っていた。
「ああ、あれがいちばんいい笑顔だからな」
姉貴がやってきて、積んである座布団を寄越して自分も座った。
「婆ちゃん、眠るように逝ったってお医者さんが言ってたよ。ほんのり微笑んでてね。きっといい夢を見て逝ったんだろうって」
ハンカチを出して目じりを押さえながら、姉貴も婆ちゃんの遺影を見上げた。
「いい笑顔だよな。婆ちゃんらしい」
「ああ。婆ちゃん、よく笑ってたからな。いつだったかな、七十で子育てする羽目になるとは思わなかったよ、とよく婆ちゃんは笑って言ってたよ」
いつだって、苦しいとかつらいとか、俺たち三人には絶対に言わなかった。
俺たちが間違ったことをしたり嘘をつくと鬼のように怖かった。でも、そのおかげで、俺たち三人はちゃんと育った。
「ごめんな、間に合わなくて。二人で大変だったろ」
俺は改めて二人に頭を下げた。
離島の不便さは十八年住んでいた俺もよく知っていたが、こういう大事なときに改めて思い知る。俺たちの故郷がいかに田舎なのかを。
「あたしらは近くに住んでるからね。婆ちゃんのお友達も手伝ってくれたからそうでもなかったよ」
婆ちゃんの交友関係は思いのほか広かったよ、と姉貴は言った。
「六歳の子がお焼香に来てたよ。折り紙を教えてもらってたんだって。ほら、うちの庭、広いだろう? 近所の子供たちの遊び場になってたらしくてね。あやとりとかも教えてたみたい」
「婆ちゃんらしいや」
婆ちゃんの笑顔を見上げる。今にも話し出しそうなほど、いい笑顔だった。