神と幽霊
扉を開けると木と埃の匂いがした。
中は板張りの床と壁で店の中心の大木をそのまま使った柱がこの店の年季を語っている。
店の右側の壁側はカウンターになっており、埃は被っているが破損は無い。
店内のほとんどのテーブルや椅子は撤去されており、広く感じる。
窓は板で塞がれていたために薄暗いが天窓からの降り注ぐ光がこの店を幻想的な雰囲気に醸し出していた。
「なんでかはわからないけど…すごいな。」
「うん。なんか不思議な感じがする…。」
2人はその店の雰囲気に魅了されていた。
なにかはわからないが人を引き付ける《何か》がこの店にあった。
「…ネコちゃん。」
「いたのか?」
リンがカウンターを指差す。
カウンターの上では足から血を流す白いネコがこちらをじっと見ていた。
白いネコは赤い目をしており、警戒しているのか微動だにしない。
リンが近づくと威嚇とために唸りだした。
2人はリンにネコを任せ、見守っていた。
「…怖くない。大丈夫。」
そっと、リンがネコに手を伸ばした。
ネコのすぐ手前まで手を伸ばし、そこで手をとめてじっとネコを見つめる。
ネコは威嚇をやめてリンを見つめる。
しばらくの間、1人と1匹が見詰め合っていた。
薄暗い店のカウンターで見詰め合うネコと少女。
1枚の絵画をような光景であった。
ネコは小さく鳴き、リンの伸ばした手の指を舐めた。
「…ありがとう。信じてくれて。」
リンは白いネコを抱き、やわらかく微笑んだ。
黒いメイド服に黒髪、黒目のリンが白いネコを抱く姿は見守っていた2人の目を緩ませる。
「よかったね。リン。」
「…うん。」
きゅっと白いネコを大事そうにかかえるリン。
「珍しいな。白くて赤目のネコなんて。」
「病気なのかしら?」
そう言ってネコの頭を撫でるティニア。
「…生まれつきだって。」
薄暗い部屋の中でボソッとささやく。
リン。場所を考えろ。
幽霊みたいだぞ。
「何でわかるの?」
「…そう言ってるから。」
「誰が?」
「…そこの人。」
リンが指差した先には埃だらけの椅子が1脚だけ置いてあるだけだった。
「誰もいないじゃないのよ。」
「リン!見えるのか!?」
リンが見えるとは思わなかった。
どうやらティニアには見えないらしい。
「…昔からそうなの。クロにぃも見えるの?」
「何がなの?椅子しかないじゃない。」
「お前は見えないんだな?」
「だから!何が!?」
「今見えるようにしてやる。」
「…できるの?」
「秘密だぞ。」
俺は椅子しかない場所に近づく。
そして、そこにいる《もの》に触れる。
「【万物創造 《具現》】。」
椅子の周りが輝き、光が収まるとそこに男性が座っていた。
50代ほどの男性でバーテンダーの服を着ていた。
ティニアには突然現れたように見えたが実際は俺たちが店に入った時からそこにいたのだ。
ただ、見えなかっただけだ。
そういう類の力が無いと見えない。
彼はこの世に存在しないはずの者だから。
「ゆ、ユウレィ…。」
力を使ってティニアにも見えるようにしたが怯えていた。
青白い体で向こう側が透けており、足も無い。
見た目を生きていた時と同じにもできたがそれでは幽霊らしくないのであえて幽霊らしくしてみた。
こういう小さなことにもこだわるのが俺の性分だ。
幽霊はこういうのじゃないと幽霊らしくない。
「《すごいんですねぇ〜。見えるだけでもすごいのに他の人にも見えるようにするなんて。さぞ、名の知れた魔術士なのですね。》」
「昔から器用なんでね。勉強以外はある程度できるんですよ。」
「…十分すごい。」
「《いや〜、長年この店で働いていましたが今までお会いした魔術師の中ではダントツの実力ですよ。》」
「…尊敬する。」
「いや〜、照れるな。////」
どのような存在であろうと褒められても悪い気はしない。
いや、うれしい。
「なんであんた達は普通に幽霊と話してるの!?」
「なんでって言っても…。」
「…なれてるし。」
同じく。
「《若い子が小さなことを気にしちゃいけませんよ。》」
「十分大きいわよ!」
「大丈夫だって。害はないから。」
…大半はな。
「《私はどこにでもいる自縛霊ですよ。》」
「そんなのいないわよ!」
「…お城にも何人かいる。」
「言わないで、リン!怖くなるから!」
そういえば、城行った時に何人か会ったな。
「あんたはこの店の店主だったのか?」
「《ええ…。マスターをしていたのですが、去年に心臓をわずらってそのまま…。》」
「ずっとこの店にいたのか?」
「《たまに町に散歩に行きますがだいたいは家にいますね。》」
…あれ?
「…自縛霊じゃないの?」
「《自縛霊ですよ。》」
ティニアもリンも不思議そうな顔をした。
だって、矛盾してるだろう?
「自縛霊っていうのは未練があって因縁のある場所に取り付く幽霊のことを言うんだぞ。」
「《そうなんですか?じゃあ、やめます。》」
「どっちなのよ!?」
幽霊につっこむティニア。
幽霊に対する恐怖はもはや消えていた。
「《未練はあるんですが店に未練は無いんです。十分満喫しましたし♪》」
「…何が未練なの?」
「《…貴方が抱いてるネコですよ。》」
そう言って透けた指でリンが抱いているネコを指差す幽霊。
「…このネコちゃん?」
「どういうことだ?」
「《このネコは私の唯一の家族なんですよ。1人身の私にはこの子が私の心の支えでした。しかし、私が死んでからこの子は1人で生きていかなければならず、外で生きようにも変わった見た目から他のネコには苛められ、人間にも気味悪がられてしまって…。》」
「…かわいそう。」
リンがネコの頭を撫でるとどこか悲しそうに鳴くネコ。
「このネコが心配で成仏できなかったのか?」
「《ええ…。私に出来ることはこの子に害をなす者の枕元に立つことしか…。》」
「呪ったの!?」
いまさら恐ろしくなったのか後ずさるティニア。
それに幽霊は大声で否定する。
「《とんでもない!毎日枕元に立って朝までこの子の素晴らしさを教えてあげただけですよ。この子は私が店に入ると鳴いて挨拶してくれるやさしい子だとか、毎朝顔を舐めて起こしてくれる面倒見のいい子だとか、この子の美しさとかなどもう色々と!この白い毛並みの艶!肌触り!色!そして、この宝石のように美しく、炎のように赤い目!実にすばらしい!》」
「「「………。」」」
白いネコについて熱く語る幽霊のバックにはゴウゴウと燃える炎が見える。
その光景に3人どころかネコすらも引く。
「(ちょっと!幽霊ってもっと暗いものじゃないの?幽霊にしてはテンション高すぎるわよ?)」
「(…たまにいるんだよ。開き直って、無駄に元気な幽霊らしからぬ幽霊が。)」
「(…生前より元気なのもいる。)」
構うと面倒なんだよなぁ。
こう言っている間も幽霊のネコ談義は続いていた。
「《そもそもネコというものは……あっ、すみません!この子のことになるとつい熱くなってしまいまして…。昔はそれでネココンマスターって言われてしまって…。》」
「…クロにぃ。ネココンって何?」
「たぶん、ネココンプレックスの略なんじゃないか?」
造語だがな。
「じゃあ、ファザコンやロリコンっていうのもその仲間なの?」
「…おい。一国の姫がなんでそんな言葉を知ってる?」
「小さい頃にパパが教えてくれた。《ティニアは将来はファザコンになりなさい。パパはロリコンだからティニアはファザコンだな。小さいころから大人になった娘と一緒にお風呂に入ったり、一緒の布団で寝たりするのがパパの夢だったんだ!》って言ってママにボコボコにされてたよ。」
王妃。グッジョブ!
「…クロにぃ。ファザコンって何?」
「…リン。世の中には知らない方がいいこともあるんだよ。」
「…ロリコンも?」
「リンの場合はむしろそっちの方が知っちゃ駄目!」
リンはヒットするからな。
覚える必要はない。
「…悪い言葉なの?」
「ものすご〜くね!」
「…………わかった。」
あの野郎!なんて言葉教えてやがる!!
…後で呪いでもかけてやろうかな。
とりあえず、【寝てる時にたびたびおしっこが近くなる呪い】、【頭を洗う時に抜け毛がいつもより増える呪い】、【3日間便秘になる呪い】にしよう。
しょぼいって言うなよ!
結構つらいんだぞ!!
「《あの〜。それでお願いがあるのですが。》」
幽霊はおそるおそる俺達に聞く。
「…何?」
リンが聞きなおすと幽霊は空中で土下座をした。
土下座の体勢のままプカプカと浮いている。
「《このネコを飼ってくれる方をさがしてくれませんか?》」
「そうしたら安心できるのか?」
「《はい。お願いします。》」
とりあえず、身近な奴に聞く。
「ティニア。心当たりあるか?」
「無いわね。兵士やメイド達に聞くことはできるけど…。」
「…姫様。」
「何?」
「…私が飼ってもいいですか?」
上目遣いでティニアに尋ねるリン。
男だったら1発で落とせるであろう。
しかし、相手は女。
少々グラついたようだがティニアは頭を振って、正気に返る。
「あなたはお城に住み込みでしょう。お城ではさすがに飼えないわ。」
「………。」
リンは寂しそうにじっとネコを見つめる。
心なしかネコのほうも寂しそうな目をしている。
…しかたないか。
俺は幽霊に提案した。
「取引しないか?」
「《取引ですか?》」
「俺がこのネコを飼う。」
「《本当ですか!?》」
「…いいの?」
「俺じゃいやか?」
リンが顔をブンブンと横に振る。
「…うれしい。ありがとうクロにぃ。」
「よかったね、リン。」
「…はい、姫様。」
「《それで私は何を差し出せばいいんです?取引ということは私は何か差し出さなければならないいでしょう?》」
「話が早いな。」
「ちょっと!幽霊にまで何か要求するの!?」
ティニアには俺が相手の弱みに付け込んで取引しているように見えるんだろう。
この国にも同じことをしたんだからな。
しかし、これは譲れない。
俺が神力を使う時に自分で決めた条件なのだから。
俺の神力を多用すると世界が混乱する恐れがある。
それだけ俺の神力は世界に対する影響力が強い。
だから俺自身以外のために使う時は取引を持ちかける。
俺自身にも相手にも制限をかける。
自分が傷つく覚悟があっても叶えたい《何か》がある者にしかこの力を使わないと決めている。
「《幽霊の身ですから差し出せる物なんてありませんよ?》」
それはそうだろう。
そんなものは最初から期待していない。
「大丈夫。俺が欲しいのはあんたの《許可》だ。」
これだったら幽霊でも俺に与える事ができる。
「《何を許可すればいいんですか?》」
「俺がこのネコを飼う代わりにこの店を継ぐあんたの《許可》が欲しい。」
「《えっ!?》」
「ちょっと!まさかここに住むの?」
「そうだが?」
「今までにもっと綺麗で広い家もあったでしょう?なんだってこんな埃だらけの場所になんか…。」
確かにあった。
探せば他にも良い所はあるだろう。
だが…。
「このネコにとってここが《家》だからだ。」
「えっ?」
「ここがこの人とこのネコの住んでた家だ。このネコだって主人が亡くなっているのにこうやって足を引きずりながらもこの店にやってきた。このネコにとってここが家なんだよ。だったら、ここで飼うほうがネコにとっても幸せだと思う。それに、この幽霊だって本当にこの店に未練が無いならここにいないだろ。だから、この店を俺が継いだら安心できるだろ?俺も喫茶店って興味あるし。」
「クロトス…。」
「…クロにぃ…。」
「《あ、ありが…とう…ござぃます。》」
幽霊は涙を流していた。
今日初めてあった人がここまで自分を理解してくれる。
自分のために、もう1人の家族のためにここまで考えてくれる。
死んだ身なのに胸が熱くなる。
幽霊なので体温はないがこの涙には温かみがあるだろう。
「どうだ。条件には不満か?」
「《ぜひ……ぜひお願いします!貴方ならこの子を任せられます!》」
「…ありがとう。クロトスお兄ちゃん。」
「あんた。俺の手を握れ。」
「《こうですか?》」
幽霊がギュッと俺の手を握った。
普通だったら通り抜けるが俺は大丈夫。
魔法でも神力でもないが意識すればこういうこともできる。
「目を瞑って、生前のこの店の光景を頭の中で思い浮かべろ。物の配置を特に。」
「《…はい。》」
「お前らも目を瞑ってろ。」
「何をするの?」
「契約の印だ。」
「よくわからないけど目を瞑ればいいのね。」
「…これでいい?」
全員が目を瞑ったことを確認してから俺は意識を集中する。
握った手を通じて過去の店のイメージが流れ込む。
「【万物創造 《回帰》】。」
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