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気楽に、気楽に、お楽しみください。
ニィヤ と じぃじ の 呑気な日常
作:茅野 遼


 ニィヤは一歳半の、ヤンチャなメス猫だ。 シャムネコと日本猫の雑種で、まだ生後2ヶ月の頃、高杉家へやって来た。 当時は、片手の上に乗ってしまう様なサイズだった。

 シャムの血を濃く引いており、体全体は茶色がかったクリーム色。 耳と尻尾、4本の足の肘・膝関節から下は、濃い茶。 鼻を中心とした顔の中心部分も、濃い茶色だ。
 水色のクリクリとした瞳で、ビックリ顔をしている。 眉毛の先が、左右一本だけずつ、カールしている。

 高杉家の大蔵省・母、政枝が、治療で通っていた近所の歯科医で、患者友達となった奥様から、授かってきた猫だ。

 長女と父親じぃじは、初めてニィヤを見た瞬間から、その愛らしさにメロメロになってしまった。
 ……それが、去年の初夏の事だった……。


                  1
 

 田舎町の住人は、自動車が無いと生活が大変だ。 大体の家庭が所有する家屋や土地は広く、普通自動車が、必ず2台は置けるスペースを持つ。 庭もある。
 更に高杉家には、じぃじが楽しみで作った、小さな畑がある。 広さは、普通自動車4、5台分、という所だろうか。
 長女が母・政枝と共に手入れをしている花壇もあった。 猫のニィヤには、住み心地の良い家庭だ。 

 ニィヤは一年半を経過して、中々の筋肉質な体を持った成猫へと、育っている。 性格は、人の手で育てられた所為か、人間の子供の様な側面がある。 基本は、甘えん坊の気分屋。
 ヤンチャな所は子猫の頃と変わらないが、賢い所は余り無い。 跳躍力は中々のモノだが、反射神経は、やや劣るかも知れない。
 昔、高杉家に飼われていた先代猫が、ネズミやスズメを狩るのを得意とする機敏な奴だったのに比べても、彼女の獲物は、トカゲや小さな蛇など、少し動作のゆっくりした物が多い。 


 今日もニィヤは、せっせと畑仕事に精を出す父親じぃじの、お邪魔虫となっている。

「これ、駄目だって、ダァメだよ、ニィ!」
言葉とは逆に、じぃじの顔は笑っている。
 ニィヤは、じぃじに駄目だと言われれば言われるほど、夢中になってしまう。

 じぃじの手が、『ちょんちょん』(草を取る時に活躍する文明の利器)で、雑草の周りの土を、軽く掘り返す。 手首のスナップが利いている。 その動きに合わせる様に、周りの物体も動く。
 掘り返される土や、雑草の根にくっ付いている土が、じぃじの手に持ち上げられ、払われて、ヘンな生き物の様に空を舞っている。
 猫のニィヤの目には、その動きがスローモーションの様に、はっきりと映っている。

 ……当然、狙っている。 『にゃ!』 と、効果音がくっ付いてきそうな勢いで、猫パンチを放つ。 じぃじはニィヤに怪我をさせない様に気をつける。 『ちょんちょん』を振るう手の動きが、鈍くなる……。
 さっきから、それの繰り返しだ。 じぃじの作業は捗らない。
「ダァメだって、これ、ニィ!」 じぃじが言う。  ニィヤには、通じる訳がない。


「また、お父さん、ニィヤに遊ばれてる」
 遅番の出勤前、長女が縁側から笑いながら、その光景を眺めていた。


 じぃじは一生懸命耕した畑の土に、大根の種を蒔く。
 パラパラと無造作に蒔いて水をやり、芽が出てくる一週間後を、楽しみにして目を細める。

 ニィヤは、トイレに丁度良い、柔らかい地面を探している。
 じぃじが作業をひと段落して、呑気にお茶を啜っている隙に、じぃじの努力の跡を自分の欲求に従って、掘り返す……。  『ふぅ』 と、ほっとした顔をする。

 じぃじも、日当たりの良い和室で、番茶と茶菓子に舌鼓を打ちつつ、ほっとした顔をしている。 テレビ画面を見て、笑っている。 
 
 ……数分後。

「やられた……」
 畑に戻ったじぃじは、ニィヤの所業の跡を見つけて、参った顔で頭を掻いた。


                  2

 ニィヤは、物置の屋根から距離2メートル弱の、トイレ外の小さな屋根(急な角度で、幅が狭い。 素材はツルツルとしていて、滑り台の様だ)への、決死のジャンプを試みる。
 障害物となる、虫や鳥が横切り飛んで行く姿が、今は無い。

 うららかな日差しの指す、のどかな初冬の一日。

 じぃじは、今日も畑で野良作業中だ。 一月前に蒔いた大根の種から伸びた芽を、間抜きしている。 この抜き菜は、政枝の手により、高杉一家の好物へと姿を変える。
 細かく切った抜き菜を胡麻油で軽く炒め、醤油で味付けをして鰹節をまぶした物を、ホカホカご飯の上に乗せて食べるのが、一家揃って大好きなのだ。

 ……今日は、ニィヤの邪魔が無い。 作業もスムーズに進んで行く。


 ニィヤは、タイミングを計っている。 今日は土地独特の、季節の強風もなかった。
 温かく降り注ぐ日差しに、眠気が誘われてきた。 タイミングを見ているつもりが、そのまま、丸くなって日向ぼっこをしたい様な気分に襲われる。

「ニィヤ!」 政枝の声がした。 「動物病院の予約があるのに、あの子は……」と、ぼやき声も後を追う。

 ニィヤは、政枝の声で目を覚ました。 (いけない、今日のこのチャンスを、逃しては) と、思っているのかどうかは、分からないが……。

 ニィヤは眠気から完全に復活した。 筋肉がピリピリと反応している。
 気持ちの標準を合わせて、集中する。 空気が微かに動く。 ニィヤは瞬間的に、物置の屋根を蹴る! 『ニャー!』 と言う、掛け声が聞こえそうだ。

 約2メートルの距離を越え、ニィヤの前足はトイレ外の屋根を捉えた!  ……と、思った。

 ツルツル! 『ニャ?!』 慌てて、爪を立てる。
 けれどトイレ外の屋根の質感は、ニィヤの爪を受け入れてはくれない。 

 カシュ、カシュ、カシュ、と、爪と屋根が戦う妙に気の抜けた様な、耳の奥をくすぐる様な軽い音が、ニィヤの耳には聞こえている。

 『ニャニャニャニャ…!』 ニィヤは慌てる。
 しかし元々、急角度で幅も狭いトイレの屋根は、バタバタと忙しなく動くニィヤの足を引っ掛けられる、隙間も与えてはくれない。

  ズルズル、ドサ!!   ……ニィヤは尻尾から、見事に落下した。


                  3

 政枝が、長女のベッドの上で丸くなっているニィヤを見付けた。
「あんた、今日はもう出してあげないよ」 急いで部屋を出て、キャリーケースを用意した。
畑仕事に精を出すじぃじに、大声で呼びかける。
「お父さん! ニィヤを病院に連れて行くから、そろそろ仕度したくしてね!」
「ああ、定期診断かぁ」 じぃじは作業の手を一瞬止めて、良く晴れた空を仰ぐ。

 政枝は原付免許しかもってはいない。 ニィヤを病院へ連れて行く時は、いつも長女か、じぃじに車を出してもらう。 長女は今日、仕事に出かけていた。 数年前から年金暮らしのじぃじは、今日の運転手を引き受けていた。

「わかったよ」と、返事をして、じぃじは呑気に立ち上がる。


 ニィヤは、不機嫌だ。 さっきの落下で尻尾が痛い。 不貞寝をしていたのだ。
 政枝がニィヤを連れに戻る。 抱き上げられかけて、ニィヤは反撃に出た。
『フニャ!』 (痛いじゃないのさ! 触らないでぇ!) と、言っているのかも知れない。
「あら? どうしたのかしら」 何時もの反撃とは様子が違う。 ニィヤの長い尻尾を、抱き上げる腕に収め様として、ニィヤが更に暴れる。
『フー!』 威嚇している。

 ニィヤの爪は、手先の器用な長女が、定期的にカットしている。 爪を立てられても、怪我をする心配は、それ程無い。

「しっぽ、どうかしたの?」 まぁ、良い。 どうせ、定期診断に行く予定だ。 ついでに見て貰いましょうと、政枝は余り気にしないで、ニィヤをキャリーケースへ収めてしまった。


 定期診断へ向かった動物病院の診察室で、獣医師は首を傾げる。
「どうしたんでしょうねぇ。 原因は分かりませんが、しっぽが、脱臼の様になっているみたいだな……」
レントゲンを見ている。 暫らくして言った。
「痛み止めだけ、注射して置きましょう。 二、三日様子を見て、まだ酷く痛がるようなら、また連れて来て下さいね」

 ニィヤは、再び不機嫌になる。 ちょっと前までは、待合室で他の患蓄に、キャリーケースの中から猫パンチを食らわして、少しは気分が晴れていたのに……。
 さっきから痛む尻尾を、色々と弄られている。 その上、首筋にチクッと嫌なモノを当てられた。 この白い服を着た人間は、余り好きじゃない。

 キャリーケースへ戻される前に、隙を伺った。 政枝が頭を下げて、自分に手を伸ばす。 体を持ち上げられる寸前、白い服の人間が、気を抜いた! 
『ニャ!』  と、掛け声がくっ付いてきそうな勢いで、ニィヤは猫パンチを放ってやった。
 ……しかし。

 爪が出ていない猫パンチは、獣医師には何でもない攻撃だ。 そんな事には慣れっこである。
「元気ですね。 心配は無さそうです」  白い服を着た人間は、ニコニコしていた……。
『ゥニャァ…』 低く鳴いて、負けずに威嚇しようとしているニィヤを、政枝はあっさりと抱き上げて、キャリーケースへ収めなおしてしまった。
「全く、おてんばで大変ですよ」 と、政枝は獣医師に笑って言った。



          ☆          ☆          ☆


 結局、ニィヤの遊び相手 兼 ライバルは、じぃじが一番良いみたいだ。
 じぃじの人間としての頭脳レベルと、ニィヤの猫としての運動能力レベルは、数値的に釣り合いが取れているらしい。

 その数値の釣り合いは、そこから導き出される二人(?)の行動パターンと、一致している様だ。


  今日も、じぃじとニィヤは、高杉家の家庭菜園にて、低レベルな戦いを繰り広げている。


                    《おしまい》


お付き合い、ありがとうございました。













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