あなたの隣人は大丈夫ですか?
「2人共、何か飲みたいものある? 色々とお酒もあるわよ」
栄子はそう言うと、缶ビールを3本冷蔵庫から取り出し、2人の前に置き、自分もプシュっと缶を開けて飲み始めた。
「あら? 飲まないの? こんなに冷えて美味しいのに」
2人はその問いに答えず、黙って栄子を見つめている。栄子は楽しそうに口を開いた。
「ねぇ、せっかくだから怖い話でもしましょうよ。夏なんだし」
栄子はそう言うと、A男とB子の2人を優しげに見つめ尋ねた。
「ねぇ、この世で一番怖いものって、何だと思う?」
A男とB子は互いに顔を合わせたが、栄子の問いに答えなかった。ただじっと黙って栄子を見つめ返した。
「やだなぁ。そんなに黙らないでよ。うふふ。じゃあ私から怖い話、初めちゃおうかな」
栄子はちょっと声のトーンを落としながら語り出した。
「怖い話っていえば、幽霊話が基本よね。オカルトといえば、幽霊。この世のものじゃない幽霊が出て来きて人間を驚かせるじゃない? それに物理法則じゃ証明できないような超常現象もある。写真や動画もいっぱいあるわよね」
栄子は長い髪をかきあげながら、少し間を空けると、静かな口調で告げた。
「でも一番怖いのって、人間、なのよね」
B子の瞳に涙が浮かんできた。もう恐怖を感じ始めているのだ。栄子は無視して言葉を紡ぐ。
「幽霊なんか証明できないものよりも、生きている人間のほうがよっぽど怖いわ。私は実際にあった話をしてあげる。夏の怪談には相応しいわよね」
栄子は部屋の明かりを静かに落とし、床に置かれた蝋燭に火をつけた。
「このほうが雰囲気出るわね」
A男は黙って首を振った。聞きたくない、という意思表示だ。
「ダメよ、2人共、私の話を聞いて。これはね、実際にあったことなの」
栄子は冷たい笑みを微かな明かりの中で浮かべ、ゆっくりと語り始めた。
「とあるマンションで殺人事件が起きたのよ。理由はすごく簡単なことだったの。一人の女が交際している相手に、浮気している相手がいるって知ったのね。浮気相手の女は怒って、彼女のマンションにやってきた。激しく言い争った末、彼女は怒ってその浮気相手の女を殺害したの」
栄子は缶ビールを口に含みながら虚空を見つめた。
「でも、勢いあまって殺してしまった後、女はとても後悔したみたい。何せ包丁で滅多刺しにして殺してしまったの。それは困ったわ。咄嗟の犯行じゃない。明らかに死んだ後も、殺意を持って包丁を何度も、その体に突き刺した。自分の体も辺りも血だらけ。目の前に残っているのは、もう命を失くした肉塊になった女の姿だけだった」
B子が恐怖のあまりしくしく泣き出した。栄子は無視して言葉を続ける。
「それからが本当の恐怖なのよ。彼女は警察に自首しなかった。あろうことか、殺人がバレないように、その遺体を処分しようとしたのよ。遺体を捨てる、これは大きな問題だわ。でも痕跡の残さずバラバラにできる設備なんて、彼女の部屋にはなかったの。包丁で首や肩を切ろうとしても、人間の体の脂肪にはなかなか刃が通らない。でも運良く彼女は、トンカチとのこぎりを持っていた」
栄子は冷笑しながら手を振り上げた。
「彼女は包丁を間接部分に置いて、上からトンカチで叩き続けたの。それでも人体は切断できない。関節のあるもろそうな部分に何度ものこぎりをひいて、腕や手足を無理やりむしりとったのよ。何時間もかかったらしいわ。何とかそれでバラバラに切り裂くことができたの。当然ながら遺体から血が溢れ出るから、長い間シャワーを流して、お風呂場で血を流しながら解体したのね」
栄子はケラケラ笑いながら言葉を紡いだ。
「あははは。酷いわよね。自分の体と似てるから、脆く壊れやすい場所がわかる。足もそうやって必死にトンカチと包丁を突き刺して、のこぎりを使って胴体から切り離した。でも問題は胴体や頭、それに手足だわ。このまま半透明のゴミ袋に入れても、すぐに気づかれちゃうわよね」
栄子は闇の中で何かのスイッチを入れた。ウィィンと何が回転し、A男とB子はビクッと体を震わせた。
「そこで彼女はキッチンであるものを発見したの。私もクッキーやお菓子を焼くからわかるわ。電動のかき混ぜ器を使ったの」
栄子は少し間をとると2人に尋ねた。
「それをどうしたと思う?」
闇の中からは返答が返ってこない。ただA男とB子の生唾を飲み込む音が聞こえるだけだ。
「わからないわよね。その女はね、まず胴体をゴミ袋に詰めると、お風呂場でトンカチでぐちゃぐちゃに叩き潰したの。その上で、女の膣から真上に切り裂くように腹をこじ開けたのよ。血も内臓も大便もガスも噴出して、物凄い悪臭だったらしいわ。それでも中の便や腸、心臓も肺も、何もかもを手をねじ込んで引きずり出したの」
栄子は薄く笑うと、残念そうに告げた。
「その時点で彼女はおかしくなっちゃったみたい。狂ったように骨をトンカチで叩き潰し、子宮も、心臓も、肺も、腸も、何もかもトンカチで滅多打ちにしたわ。想像できる? ゴミ袋の中はどす黒く真っ赤になっていったわ。そこにかき混ぜ器を入れたの」
栄子は突然笑い出した。
「あはははは! 人間の臓器が全てクリーム状になるまでかき混ぜ続けたのよ! さらにハサミを取り出し、長い大腸や皮を切り裂く。真っ赤などす黒い肉の塊をさらに刻んでいく! それをどうしたのかしら? 捨てるような設備はひとつしかなかった。そうなった破片をトイレに運んで、トイレが詰まらないように、少しづつ流していったのよ」
栄子は笑いながら言葉を続けた。
「そこはマンションの6階だったわ。想像できる? あなた達もマンション住まいよね? ああ、そう言えばここもマンションだったわね? うふふ、下水管の中を肉塊のゲル状のクリームが流れて行く! 想像しただけで吐き気がするわね。でもこれは人間の仕出かした行いなのよ。幽霊じゃない、普通のその辺りに歩いている女の犯行よ。すごく時間がかかったけど、何度もトイレがつまらないように流したらしいわ」
栄子は残念そうに言った。
「でも骨だけはどうにもならなかった。骨だけはいくら粉砕しても硬くて、トイレには流れてくれない。頭も同じように中をほじくり出して、脳味噌や皮や細かくしてトイレに流しても、頭蓋骨は頑丈で流れやしないのよ。髪の毛だけは汚物と一緒に捨てようと思ったらしいけどね」
栄子は闇の中で悲しそうに笑った。
「女にとっては残念な話よね。せっかく人体の中身を粉々にして、何時間もかけてトイレに流したのに、まだ手足も骨も残ってる。歯も思ったより頑丈で硬い。女は困り果ててもう一度キッチンに行ったの。そこで気づいたのよ、大きな圧力鍋を見てね」
B子が悲しそうに顔を歪めて叫んだ。
「お願い! もう止めて! もう聞きたくない!」
「止めないわ。これはまだ終わってないもの。幽霊なんかより、いかに人間が恐ろしくて怖い存在なのか。よく知って欲しい話なの」
栄子はそう言うと、冷笑しながら言葉を紡いだ。
「骨を処分するのは困難だわ。しかも骨には脂肪たっぷりの女の肉がついている。女はまず圧力鍋の中に胴体や手足を、細かく分けながら詰め込んで煮込んだの。ぐつぐつぐつぐつ。煮込んでしまえば、骨と肉なんて簡単に分離できる。そうなると、すさまじい量の悪臭を放ったそうよ。しかも大量の脂肪が沢山出て来た。彼女はまずは骨と肉を切り離したの。それはそれは酷い臭いだったそうよ。でも人間の鼻って優秀だから、そんな悪臭にも慣れちゃうのね。もうそこまで来たら何かの作業、としか思えなかったそうよ」
栄子は台所からミキサーを持ってくると、嬉しそうに言った。
「彼女は料理が得意だったの。野菜を丸ごとジュースにできるミキサーを持ってたわ。彼女は大量の脂肪や肉を切り裂いて細かくミンチにした。それはとんでもない量になったわ。当然よね、それをミキサーでゲル状にして、何度も何度もトイレが詰まらせながらも、必死に流し続けた。いったい何時間、トイレは流れ続けたのかしら?」
栄子は悲しそうにミキサーを見つめた。
「皮肉な話よね。人肉をミンチにするためのミキサーじゃなかったのに、細かく肉も脂肪もミンチにされた。そして残ったのは僅かな肉がこびりついた骨と歯。でも骨を灰にするほどの火力なんて、キッチンにはないわ。でも、オーブンだったらどうかしら?」
B子はガタガタ震えながら首を振った。
「やだぁ! もう聞きたくない! やめてよぉ!」
栄子はB子を冷たい目で見ながら、吐き捨てるように言った。
「うるさいわね。黙りなさいよ。他人のカレを奪ったくせに」
栄子はそう言ってA男を睨みつけた。
「まさかあなたが三股もかけてるなんて思わなかったわ。女と複数付き合ってる男なんて最低よ」
A男はがっくりと首を落として呟いた。
「ご、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「ごめん? そんな簡単な言葉ですむ話じゃないのよ!」
栄子はミキサーをA男に投げつけると、狂ったように怒鳴り散らした。
「彼女は僅かな肉のついた骨をオーブンでいつまでも、高温で焼き続けた! でもねぇ、焼けて灰になるわけないのよ。骨を焼くには1000度以上の高熱が必要。オーブンじゃ焼けるワケがない。ただ骨の水分は抜くことができた。あとはひたすらトンカチで骨を粉々に粉砕するしかなかった。音楽でも大音量でかけて、トンカチを振るい続ける。ウッドチッパーや、家庭用の生ゴミ処理機なんかの設備がないその家じゃ、その方法しかなかったのよ。ひたすら乾燥、もしくは凍結させてバラバラに砕く。狂ったようにトンカチを叩き続け、とにかく粉砕し続ける」
栄子は狂ったように笑い出した。
「きゃはははははは! 一体何日かかったのかしら! 凄まじい悪臭がして、近隣の家から苦情が来たけど、全部無視してやったんだって! そして骨を細かく分別すると、深夜の間にゴミ捨て場に捨てに行った。マンションに帰って見れば、凄まじい悪臭が自分の部屋から漂っていた。消臭剤を何本も買ってぶちまけたけど、そんなもんで消える臭いじゃなかった」
栄子は狂った瞳でA男を見つめた。
「どう? 恐ろしい話でしょう? あなたはこの家に来た時、悪臭の凄まじさに顔をしかめたんじゃない? 臭いのよね。この部屋は。臭すぎてたまらないわ。そうね、もう一人バラバラにされて死んでも、臭いなんて変わらないでしょうね」
A男はその言葉に青冷めて、必死に手足を動かした。栄子は冷笑したまま、その無様な姿を見下した。
「逃げようとしても無駄よ。手足をしっかり縛ってあるんだから。あなたも、隣の女も」
B子も拘束を解こうと努力しながら、涙目で栄子を見つめて叫んだ。
「何で! 何でこんな酷いことするの!? 何でよ!?」
栄子は心底不思議そうに首を捻った。
「何で? 酷いこと?」
栄子はふっと蝋燭を吹き消した。周囲を完全な闇が包む。栄子の静かな声が闇の中で響いた。
「私はとある彼女の、実際に起きた話を話しただけよ。そしてこれからが、『人間の本当の恐ろしい話』の本題に入るの。これまでの話は全て、序章に過ぎない」
栄子は部屋の電気をつけると、2人の男女を見下ろした。もう2人共涙目だ。
「ねぇ、あなた。この話の彼女、彼女は誰なのか、わかるわよね?」
栄子がA男に尋ねる。A男はガタガタ震えながら首を横に振った。
「ウ、ウソだろ。そんな、ウソだ、ウソに決まってる」
「ウソじゃないのよ。人間って怖いでしょう。そんなことをしたのに、あなたの彼女は平然とあなたと付き合い、あなたとデートをして、あなたとセックスして、あなたと一緒の時間を、何事もなかったかのように楽しく過ごした。そして、自分がバラバラにした家に、あなたを呼んだ」
栄子はまた狂ったように、笑い声をあげた。
「ぎゃははははははは! その女は自分が殺した家に、あっさりカレシを招いた! カレシもバラバラにして、殺すつもりなのかしら! もしそんな女がいれば、最悪の殺人鬼よね! またお風呂場でバラバラにしようかしら。それとも強力なミキサーで粉砕しようかしら。またトイレに流してやろうかしら。そんなことを考えてるに決まってる! 人肉を煮込んで骨から削いだ感触が忘れられないんだ! また人を殺したい! その感触が忘れらないの!」
栄子はB子を睨みつけた。
「ねぇ、あなた」
栄子はこれ以上ないほどの、狂気の笑みを浮かべて言った。
「そう、思って、いるんでしょう?」
B子は涙をボロボロ流し、ガタガタ震えながら栄子を見つめて言った。
「なんなんですか! あなた! あなたは……」
B子の声は絶叫となり栄子に飛んだ。
「あなたは、いったい、誰なんですか!?」
A男もその声に同調するように怒鳴った。
「そ、そうだ! お前は、誰なんだよ!」
栄子は冷笑しながら2人を見下ろした。
「私はあなた達を縛り上げた時に名乗ったはずよ。栄子、と。あなたたちのお名前は何て言うのかしら? うふふ、私には興味もないし、知りたくもないわ。ただわかっていることはただひとつ」
栄子は大きな刺身包丁を持ち出しながら、狂ったように笑った。
「本当の人間の恐ろしさを教えてあげると言ったでしょう! この状況で、あなたを殺したところで、警察に何と言い訳しても、この家主の犯行であるとすぐに決め付ける。何せ、この家主である女はすでに、女を一人返り討ちにして殺してバラバラにしてるんだからね! そしてこんなに長い刺身包丁がキッチンにあったの。こんな長い包丁、何に使うのかしら!? 魚をさばくの? それともニンゲンをさばくの?」
栄子は狂った瞳で2人を見つめた。
「きゃはははははは! 何て素晴らしい状況なの! 私はずっと人を殺したいと思ってた。これがこれがこれがこれがぁ! ニンゲンってヤツの本当の恐ろしさなんだよぉぉぉぉ!」
栄子は快感に震えながら息を吐いた。
「はぁ、はぁ、はぁ。うふふ。理解していただけたかしら? 私の正体はあなたたちは永遠に知らないまま。そして、私に、ここで、殺される」
栄子は刺身包丁を持ちながら、B子にゆっくりと近づいた。B子は涙目で必死に首を振り続ける。
「やめて! 嫌ぁ! 殺さないで!」
A男がその姿を見て必死に叫んだ。
「やめてくれ! 彼女を殺さないでくれ! お願いだ!」
栄子が不思議そうに首を捻り、鼻で笑った。
「はぁ? なぜ? なぜ、あなたが彼女をかばうの? 私の今した話はウソっぱちよ? でも、全てがウソじゃない。どこが本当で、どこがウソか。あなたにはわからなかったの? そんなワケないわよねぇ。ここは、誰のお家なのかしら?」
A男は思わず震えながら、B子を見つめた。
「お、お、お前、まさか、本当に……ウ、ウソだろ……」
B子が狂ったように、A男を睨んで叫んだ。
「だって、だって、だって、しょうがないじゃない! あなたが何人もの女と浮気してたせいよ! その一人が家に来て、私を殺そうとしたのよ! しょうがないじゃない! 私が殺されるところだったのよ!」
栄子も同調するように頷いた。
「そう、しょうがないわよね。死体の処理方法は全て私の空想。でも実際にそれはここで行われた。全て浮気者のクズな男が招いた種なのよ。ねぇ? だから、あなたは殺していいのよねぇ?」
B子は涙を流しながらも憮然と黙り込み、A男は驚愕の眼差しでB子を見つめていた。
「お前が、そんな、し、信じられない……」
「私は悪くない! 私は正当防衛よ!」
栄子は心底楽しそうに笑った。
「そうね。あなたはそうかもしれない。でも、人間をバラバラにしたら、どうなるのかしら? さぁ、人殺しの末路をその目でしっかり見てなさいよ。あんたの招いた人殺しの結果をね!」
栄子は泣き叫び抵抗するB子の頭を掴むと、A男に見えるように首筋に刺身包丁をあてた。
「いやぁぁぁ! やめてぇぇ!」
「何? やめて欲しいの?」
「殺さないでぇ! やめてください! お願いします!」
栄子はそれを聞くとため息を吐いた。
「人を殺してバラバラにした狂気の女が、なんとも情けない命乞いね。じゃあ、あなたが殺人を犯しても手にしたかった、最も大切な存在を消しましょうかしら」
栄子はB子を乱暴に床に叩きつけると、A男に歩み寄った。A男の頭を掴んでその背後に回りこみ、顔を首でロックすると首筋に包丁を突きつけた。A男は必死に抵抗するが、栄子の拘束は解けない。
「や、や、ウソだ! やめてください! やめてくれぇ!」
「やめて! カレは殺す気じゃなかったの! お願い! 止めて!」
栄子は納得したように刺身包丁を見つめた。
「なるほどね。あのキッチンにあった、この刺身包丁も、不自然なほど大きい業務用の圧力鍋も、カレを殺す気じゃなく、別の女を殺すつもりだったのね」
B子はその声に必死に頷いた。
「そうなんです! お願いです! カレには関係ありません! 許してください!」
栄子はその言葉に薄く笑うと言った。
「聞こえないね」
その声を合図として、栄子は一気に刺身包丁を引いた。
「ごぼっ」
A男の喉元から頚動脈まで一気に切り裂く。プシャァァと吹き出す血が、B子に全て雨のように降りかかった。
「きゃあああああああ!!!」
B子は泣き叫んで悲鳴を上げたが、A男はもう言葉を出すことはできなかった。首の半分を切られ、猛烈な痛みを感じながら流れ出る血を見ることしたできなかった。栄子はA男の頭をごとんと床に叩きつけると、楽しそうに血まみれのB子に語りかけた。
「さぁ人殺しの末路は見れたかしら? 女を殺してでも奪いたかった、最も愛しい存在が、今、殺された。あとはこの刺身包丁で自分の拘束を解き、カレの死体をまた頑張って処理するのね。何せここには一人死んだ痕跡が残っている。あなたは警察に何も言えない。警察に言えば、あなたは恋人と浮気相手の女を殺した連続殺人鬼として逮捕されるのよ! きゃはははははは!」
栄子はそう言うと、もう意識のないA男の頭に包丁をぶすっと突き刺し、缶ビールを持ちながらケラケラ笑いながら部屋を出て行った。
「そんな、そんな、ウソよぉぉ!」
栄子はB子が絶叫する部屋を後にすると、ずっとつけていた手袋を見つめた。A男の返り血が少し付着している。栄子は手袋を外しながら呟いた。
「あぁ、本当にこの世で一番怖いのは人間だわ。殺人ってのは本当に快感ね。たまらないわ。しかしあの部屋ホントに臭いし嫌になっちゃう」
栄子はそう言うとカツラを取り、元々のスキンヘッドの頭を晒すと、隣にある自分の部屋に帰って行った。今頃、隣の部屋では、B子が必死にA男の死体を処理しているだろう。何せ警察を呼べば、自分が別の女を殺したことがばれる。栄子、という人間を主張しても、警察は取り合わないだろう。
「まったく臭ぇ部屋だったなぁ。しかし案外、女になるってのも悪くねぇな。ふん。今頃、自分の愛する男をバラバラにするか、煮込むか悩んでのかねぇ」
栄子はビールを飲み干し、返り血のついた手袋と一緒にをゴミ箱に投げ込むと、携帯を取り出して電話をかけ出した。
「あ、すいません。警察ですよね。最近、マンションの隣の家がすごく臭くて、僕が注意しても出て来ないんですよ。何か肉が腐ったような、酷い臭いがするんです。一度調べてもらえませんか?」
『あなたの隣人は大丈夫ですか?』
(おしまい)