勇者じゃなくて巫女がいいっ!
「……は?」
目の前に広がる光景に、私は目が点になった。
あれ? 私の部屋って、煉瓦作りで窓も無いこんな薄暗く殺風景な部屋だっけ?
いやいや、それはない。
だってまず広さが違う。ここは三十畳もあるんじゃないかってぐらいの大きさ。
私の部屋は八畳だし、それに天蓋付きのベッド等インテリアは乙女チック部屋のはず。
こんな明らかに地下ですって作りはしてない。
「ここ何処よ?」
思わず手にしていたダンベルがすり抜け、ゴッと音を立て煉瓦と頭突きし転がっていった。
片方十五キロが二つだったため、結構響く。
せっかく部屋で新しいスウェット着て気分良く筋トレをしていたはずなのに、なぜか気が付いたら変な場所へ。
よくよく見れば足もとにはショッキングピンクに光る文字と円。
そして周りにはゲームの世界で見るような神官服や騎士服、それに口ひげの生えた丸っこい王様もどき
が私達を囲んでいた。数は大体三十人前後だろうか。
まさかこれって――……
と、私が一つの可能性へとたどり着きかけた時、隣で「ヒッ」と息を飲む音が耳に届き、
今度はそちらに意識を奪われた。
そこには一人の青年がいた。震えすぎだろというぐらいに体が反応を示しているらしく、ブレて見える。
思わず目が悪くなったかなぁ?と目を擦るぐらいに。
腰を抜かしているのか、座っているのか寝転がっているのかわからない何とも中途半端な体勢をとっていた。
「な、な、な、なっ、なんなんですかっっっ!?」
どうやら日本語を話す上に、外見から日本人と把握。
見たことあるようなないような美少女アニメキャラのTシャツに、下は黒のジャージ。
この人もいきなりこちらの世界へと飛ばされたのだろう。
しかし、細い。
白いし、細い。
腕なんて私の半分もないだろう。皮と骨だけじゃん。
ちゃんと食べているのかな? 高校生か大学生ぐらいならまだ育ち盛りじゃないか。
まぁ、体質ならしょうがないけど……
「おい、アージャン。これがこの世界を救ってくれる勇者と巫女様か?」
口ひげ王様もどきは引き攣った顔で私達を指差しながら、隣にいたフード姿の皺の深いご老人へと訪ねた。
――勇者と巫女
あぁ、これが噂に聞く異世界トリップというやつですか。
妙にまだこれが夢だと思っているのか冷静だった。
どうやら私は流れ的に異世界の巫女として召還されたらしい。
巫女か……巫女服とか可愛いよね。
ふわふわのひらひら。
私は女の子的な物が大好きだ。
可愛い物に囲まれるなんて幸せすぎる。
巫女ならやってやってもいいと妙に上から目線で思った。
「そうじゃ。間違いない。わしも一瞬、ん? 失敗? と思ったが輝きは勇者と巫女様だ。疑うのなら、勇者の剣と祈りのペンダントを渡すがよい。真実がわかるはずじゃ」
そう告げられた王様もどきは、後ろに従えていた騎士達に目配せをする。
するとモーセの十戒のように人々が左右に分かれ、何やら三人の騎士達が現れた。
二人は左右に別れ大ぶりの剣を端と端で持っている。
そして残りの一人は赤いケースを持っていた。
彼らはしゃがみ込むと、それらをこちらに差し出してきた。
「……って、ちょっと待て」
おかしいだろ。おかしい。なんで私の前に剣なんだよ!?
ペンダントだろうが普通。
巫女って女性じゃんか。なんで隣の男に持ってくるわけ?
「チェンジでしょうが!」
「……ですよね」
騎士はそう言うと入れ替わった。
そして念願叶って私の前に例のブツ。
綺麗ーっ。巫女やったらこれ貰えるのかな?
ペンダントは中心にサファイアのような青い目玉ぐらいの大きな石が印象的だ。
それからその周辺には銀細工で作られた女神がその宝石を守るように抱えている。
「さぁ、巫女に勇者よ。それらを受け取り賜え」
その言葉に早速と手を伸ばし手に持つ。
ずしりと重い。この透明度に鮮やかさ。高いな。
売ったらいくらするのだろうか。
「やはり光らない……!」
叫ばれ、私は「はいっ?」と間の抜けた声が漏れた。
私の手中にあるそれを見て、ざわめきが広がっていく。
そして彼らの視線は今度は私の隣へ。
つられてそちらを見れば、剣を持とうとしている青年の姿があった。
浮かない。数ミリも。
「無理すんなって。指折れそうで怖いんだけど」
溜まらずそう口にすれば、周りの連中も頷く。
「こっ、こんな重い物無理ですっ! それにこんなに物騒なものより、そちらの方がいいです。
美しいですし」
「え? これ?」
青年がじっと見ているので、渋々私はそれを差し出した。
すると彼は手を伸ばしそっと握りしめる。
その瞬間、青白い光がペンダントの宝石から放たれ私達を包んだ。
……なんだか、嫌な予感しかない。このパターンってあれじゃない?
「やはりこちらが巫女殿か。性別はあれだけど、見たまんまだよな。どう見たって勇者あっちだし。
見てみろよ。あの筋肉のつきかた」
すみません、スウェット着用なんですが。
筋肉なんて見えます?
「けど、男って巫女なのか? なんて言うんだ? 御子? なんだろうな?」
「純潔じゃないと巫女資格ないはず。ということは……」
「おい、それより神殿男禁止だろ? どうすんだよ。前代未聞だぞ。男なんて」
「ハーレムだな。あの神殿は女しかいないから。しかも末姫様が週一でお祈りに訪れるんだぜ?
あの美女見られるなんて贅沢な奴」
なんだか好き勝手に言ってるな。このままだと私が勇者になってしまうじゃないか。
私もこう見えてもか弱き女だ。
そうやすやすと1メートル近い大剣なんて振り回せる事はおろか、持つ事すら出来ないだろうが!
「さぁ、娘……であっておるな?」
「確認すんな。見てわかるだろ?」
「うむ。ギリギリ女子に見える気がするから安心せい」
ギリギリなのか。
たしかにセーラー服より、学ランの方が似合うと良く言われますが。
バレンタインには何故か見ず知らずの人達からチョコを大量に戴きますけどさー。
私も勿論好きな人に渡すよ? 女子力アピールで。
一人で食いきれないぐらい貰ったのか? 相変わらずモテるなって誤解されるけど。
「さぁ、その剣を」
ずいっと目の前に持ってこられ、うっとおしい。ごつくて可愛くないじゃん。
はぁ……と溜息を吐き出すと、その剣へと腕を伸ばした。
どうせ持てないだろうと、両手で少しだけ掴んで私は血の気が引く。
――やばい。持てそう。
これを持ってしまえば、勇者フラグ。
悪いが私はどうせなら巫女が良い。
ひらひらの服が着たい!
それに考えてみろ。巫女フラグだと逆ハー溺愛コース!
魔王との戦いが終れば、パーティーメンバーの王子と結婚フラグ。
これぞ異世界トリップの醍醐味。
それに私が剣を扱うなんて無理じゃん。
私がやっているのは、剣道だし。
これはお爺ちゃんの影響。お爺ちゃんが師範代なので三歳からやっている。
でも中学の部活は柔道部。
本当は美術部に入りたかったけど、好きな人が柔道部に入ったから。
けどその人の気を引こうと必死に練習に打ち込んだ結果、強くなりすぎてしまい……
結果振られた。俺、か弱い女の子っぽい子が好きなんだと。
そういってあいつは家庭部の子と付き合った。
懲りずに高校では部活見学で先輩に一目惚れで空手部へ。
空手部は楽しい。先輩達も優しいし。
……でも辞めたい。
理由は簡単だ。また振られたからだ。
今度は文芸部に敗北した。
そんで振られた腹いせに家でダンベルで筋トレしていたら、何故か異世界召喚。
どうやら私は運動系能力は強いらしい。
家がスポーツ一家だからだろう。
でも思うが、こういうチート能力より恋愛チートが欲しい。
命短し恋せよ乙女。恋だ。恋がしたい。
――だがこれは天が私に与えてくれたチャンス! このフラグ無駄にしないわ!
「おーもーいー。重いー。重いわー。これ無理。やっぱり私は巫女……」
思えば演技力が無かった。
幼稚園の演劇では、大きなカブではカブ役だった。
棒読みリアクションすぎたのか、周りの連中は吹雪のようにさめざめと私を見ている。
「さっさと持って下さい。重いんですから」
「……はい」
冷たい。ほんと騎士って冷たい。
結局、軽々と持てた。
でも悪いけど抗うよ。先ほどの話では鞘から抜かなければ問題ないらしい。
ということは、抜けないふりをすれば問題ないじゃん。
「さぁ、鞘から抜いて下さい」
「……固い。これはなかなか力がいるなぁ」
嘘だ。本当は今すぐにでも抜ける。
「では、説明させて貰うぞ。この国は――」
「ちょっとおぉぉっ!」
国王もどきが勝手に話を進めてしまったので、私はつい突っ込んでしまう。
「おかしだろ。まだ鞘から抜いてないよ!」
「やすやすと抜ける事ぐらいお見通しだ。勇者」
「勇者って言わないで!」
ちょっと!なんで私なの!? 巫女がいいんですけど!
勇者なんて怖いじゃん! 私、目指せか弱い乙女なんですけどー。
「何故そんなに勇者が嫌なんだ?」
「巫女の方がいいでしょうが! 逆ハー溺愛、ちやほや!」
「なんだ、その呪文は? ちやほやはわかるが」
「とにかく、巫女だとほらなんだか儚げで可愛らしい印象でしょ? そっちの方がモテそうじゃん」
世の乙女に聞いてみなさいよ。絶対に巫女を取るんだから。
「ですが、勇者様」
と、突然美声が私を包んだ。
人々がさーっと道を譲り現れたのはイケメン。
服装から王子様だろう。
「貴方は誰?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。この国の第二王子です。それよりも巫女より勇者の方が僕はお勧めいたしますよ。巫女は女性ばかりの神殿で祈りを捧げて頂くんです。男性と接する機会はありませんので、ちやほやは不可能。それよりも勇者としてパーティーを組んだ方が、男性と接する機会が多々ありますよ。なんせ紅一点ですから」
たしかに一理あるな。
閉鎖された場所より、開かれた世界の方が恋愛フラグのチャンスはある。
「剣士も魔術師等、メンバー全員女性に大人気の美形ばかり。勿論、力も強いですよ」
「へー」
「いつも隣で戦っていたあいつがいつの間にか気になる存在。時々見せるか弱さは他の奴には見せたくない。と、勇者様に対して思うかもしれませんよ? 心配ですねー。勇者様を賭けて争いになってしまったらどうしましょうか」
「……そういう勇者フラグもありだな。悪くない。むしろ良い!」
王子の言葉に私は頷いた。
たしかにそういうパターンもありうる。
よし、ここは勇者でやってみるか!
こうして私は勇者になった。
*
*
*
「――って、あの嘘つき王子め! 逆ハーなんてねぇじゃんか!」
「まぁ落ち着いて下さいませ、勇者様」
「そうそう。イライラするのは肌に悪いって」
「勇者は単純だからチョロイんだってば」
そうこちらを宥めるのは、剣士と魔導士、それから弓使い。
皆もれなくイケメンばかりだ。
私達は真っ暗な森の中で、たき火を囲みながら私達は円を描くように座っている。
最初は地べたに座るなんてという繊細さがあったが、今は余裕。
爆睡できるまでになった。人間の適応力ってすごいね。
「私、このパーティーで妹扱いはおろか、弟扱いなんですけど!? 皆で一緒に眠っているのに何にもないーっ!」
「……ほら、なんて言うか好みの問題っつうかさ。俺ら戦友じゃん。もう同性としか扱えない。
勇者強すぎるし。無敵じゃん」
「酷くね!?」
あの王子め。
魔王討伐成功したら絶対に私の逆ハーレム軍団作って貰うからな!
こっちは命がけで戦っているというのに、ご褒美ないんだぞ!?
あー。マジ恋愛してー。やっぱり巫女の方だったな……
選択間違えたよ……直観信じればよかった~
「逆ハー溺愛フラグこっちこい!」
と私が星に祈った時だった。
「お手紙ですよー」と甲高い声が頭上から聞こえてきたのは。
そちらに視線を向ければ、鳥がぐるぐると飛び回っていた。
そいつは足で掴んでいた何かをぽとりと落とすと「んじゃなー」と言ってどっかに飛び立ってしまう。
紐でくくられた楕円形の物体。これは手紙だ――
「なんだ、また巫女から手紙か?」
「みたいね。またいつものように元の世界に戻りたいから、早く魔王を倒してくれってじゃない?」
「そんな簡単にいくわけねーのにな」
「まぁ、言うだけなら簡単だよね」
と言いながらそれを広げれば、違った。
いや、たしかに内容は早く魔王を退治しろだったよ。でも――
「マジで!?」
その手紙を見て、私はそう叫んでしまった。
「おい、勇者どうした?」
「あの巫女様、彼女出来たって。だから想い人と身も心も結ばれたいから早く魔王退治してくれってさ!
巫女って純潔守らないといけないじゃん。ん? 男の人も純潔っていうの? っつか、あいつ何してんだよ! 人が戦っている最中に!」
「へー。だから最近防御率が上がっていたのか。それは必死に祈るよな」
巫女様の役目は、神殿にて毎日祈りを捧げる事。
祈りの強さが強ければ私達の光の加護は高まり、魔族の黒き魔術に対抗できる。
そのため巫女は祈りを欠かすことは出来ないのだ。
「こっちが命がけでやってるのに、何私生活充実させてんだよー。マジ羨ましい通り越して妬ましいんだけど。こっちは枯渇してるっつうのに!」
私なんてフラグ立もしないんですが……
何あいつ、こっちの世界で勝ち組になってんのよ。
「嫌がらせに魔王討伐したら遠回りで帰ってやろうかなー。残党がいるため、私達が戻るまで祈りを捧げ続ける事って手紙だしてさ」
「そういう意地悪は辞めて下さい。可愛そうですよ。好きな女性と結ばれたいと思うのは誰でも一緒でしょ?」
魔術師は微笑みながら私の肩をポンと叩いた。
「んで? 相手は誰なんだ? 護衛騎士のエリザか?」
「それが末姫って書いてあんの。誰それ?」
そう尋ねれば、「はあぁ!?」とドスの聞いた声が最大音量で耳元で聞こえて、私は鼓膜が破れたかと思った。
がしっと肩に添えられていた手が食い込み痛い。
「貸してください!」
見ていた手紙をひったくるように魔術師は奪うと、食い入るようにそれを読んでいる。
「最悪だ。最悪! 魔王退治なんてやめてやる!」
「ちょっと、どうしたのよ?」
体育座りで落ち込み始めた魔術師に私は困惑した。
事情が全く呑み込めない。まず末姫って誰よ? と思っていたから、周りが可笑しいのに気付かなかった。
「嘘だろ……俺の姫が……あの天使の声と美しさを持つ姫が……」
「駄目だ、俺立ち直れない……」
「ええっちょっと!?」
気づけば魔術師に次いで、今度は剣士と弓使いも膝を抱えて落ち込み始めていた。
ぶつぶつと何か小声で呟いて怖い。
――まさか、全員狙っていたわけ!?
私はその後必死で全員を慰めまくった。
だがなかなか復活せず
その間一人で全員分の食糧とってきたり、魔族の襲撃にあったり、失恋したメンバー慰めたり……
その間も空気の読めない巫女からは手紙がひっきりなしに届くしで散々だった。
その結果改めて思った。やっぱり勇者じゃなくて巫女がいい。
*勇者(女子高生)
女子にモテる女子。
祖父が剣道の師範代、父が自衛官、母の趣味が薙刀。
兄が格闘家というスポーツ万能一家で育ったため、本人も運動神経は抜群。
見た目とは裏腹に乙女的な趣味の持ち主。
勉強も運動も人望も厚く、恋愛以外はチートっぽい。
恋愛フラグは何者かに邪魔されているんじゃないかってぐらい立たない。
*巫女(少年)
細い印象を受ける少年。男なのに巫女の力を持っている。
選ばれし巫女の魂という事で特例で神殿で生活中。
このトリップに納得していなく、日々神殿の片隅で人目を避け怯えていたけど、週一で神殿に通う末姫に励まされいつの間にか恋人同士に。
今では巫女として召喚されよかったと思っている。
*末姫
国王の一番末のお姫様。
誰もが見惚れる可愛いお姫様。
男性からの絶対的な支持を持っているが、箱入りのためあまり男性に
免疫がない。まともに接した巫女に対し、いつの間にか守ってあげたい
と母性本能が働き恋仲に。