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幻想酒場 【銀卓シリーズ】

銀卓の酒場と、律儀なデュラハン

作者:葵 大和
 別に、死霊系の魔物だからって、必ずしも悪者ってわけじゃないんだぜ。
 ときには可愛らしくドジなやつもいる。
 ああ、でも可愛らしいゾンビとかはちょっとアレだな。
 いや、可愛らしいならまだしも、愛嬌のある、とか、人になついた、とか、そういうのになってくるとアレだな。ちょっと遠慮願いたいな。
 ――話が逸れたから戻そう。
 俺は育ちの関係でそういうものに慣れ親しんでいる方だけど、その日に出会ったやつはそんな俺の経験の斜め上をいこうとしていた。
 民間の『伝承』に律儀になるあまり、なんとしてでも俺に『とあるもの』をぶちまけようとしてくる、変に律儀な魔物の話である。

◆◆◆

 実家の城からパクってきた銀卓を背負い、頭に金色のスライムを乗せ、横に相棒たる砂糖仕立てのゴーレムを控えさせて、その日も俺はさびれた街道を歩いていた。
 場所は――

「どこだっけ?」
「ンモゥ……」

 正直よくわかっていない。
 砂糖仕立てのゴーレム、その名も〈サトウ〉が、俺の横で「マジかよこいつ……」と頭を抱えている。
 白いブロックにそれこそとってつけたような二つの眼と、赤い鼻を完備し、しかしただそれのみで感情を表す術を習得しているあたり、こいつはそろそろレベルカンストに迫ってきているはず。
 進化とかはないようだ。
 いや、その身体の特製砂糖を料理や酒の隠し味に使っているから、変に進化されても困るのだけれど。

「それにしても、このへんまったく客の姿が見当たらねえな」

 背負っている銀卓――ちょっと疲れてきたからサトウに背負わせるけど――は、当然我が夢、自分の酒場を開いていろいろな人と交流するという夢のために、今は移動式酒場のワンポイントアイテムとして活用しているわけだが、昨日今日はてんで活躍の場がない。
 昨日あたりからやけに濃い霧が道々に掛かっていて、薄気味悪い雰囲気の街道がずっと続いている。
 どこかで客を捕まえて身銭を稼ぎたいところであるが、すれ違う旅人すら見当たらなかった。

「キュピ」

 頭の上でぴょんぴょんと跳ねる金色のスライムが、可愛らしい鳴き声をあげている。
 身体の中に取り込んだ物に金色のスライムコーティングをしてくれる便利なスライム――その名も〈タマ〉。
 我ながら完璧なネーミングに今でも自分で酔ってしまいそうだが、ともあれこいつの金色スライムコーティングの効果はすさまじい。
 肉を食わせて三日ほど熟成。
 そうして吐き出した黄金肉(別にキタナクナイヨ)をいくらか前に旅人の鳥人傭兵たちに食わせたら、獅子奮迅の活躍で救国の英雄になった。
 やたらと旨味が乗って、よだれの止まらない魔性の肉になる。
 野菜でもいけるが、やはり染み込み的には肉が一番だ。
 難点は吐くときに、

「ゲボァ」
「お、今回の熟成は早いな」

 嫌な擬音が鳴ることだけである。

「うーむ、タマコーティングした食材も増えて来たのに、食べさせる相手がいないんじゃなあ……」

 タマが吐き出した金色の羊肉の塊を回収し、魔法で手軽に冷凍保存できるように細工した食材袋の中に放り込む。
 そろそろいっぱいだ。

「しかたねえ、客がいないようならあとで自分たちで食うか」

 こうして食材の保管はしているから、餓死するということはない。

「あれ? そうなるとタマ、共食いになるのか?」
「キュ?」

 最近は言葉こそわからないものの、こういった魔物たちの動きを見てそれが疑問調か否か程度を判断する能力はついた。
 それにもとづいてタマの返事を吟味するに、まあ自分でもよくわかっていないらしい。
 しゃーねえな。所詮はスライムだしな。――ああっ! 悪かったよ! 謝る! 謝るから硬化したまま頭の上で跳ねないでっ! 結構痛いわそれっ!

 ひとまず今日もいけるところまでいって、どこか泊まれる場所を探すことにしよう。

「ンモ」
「お前ナチュラルに俺の内心読みとんのやめろよ」
「ンム」

 あとそろそろマジでお前喋れるよね。
 サトウは我が銀卓の酒場の自慢すべき広告塔である。
 でも喋られたらたぶんちょっと怖い。
 知能が高すぎるのも問題である。

◆◆◆

 街を見つけた。
 よかったー。四日連続野宿とかさすがにきついよなー。
 あんまり襲われたりはしないんだけど、このへん魔物多いしなぁ。

「街っぽいけど人いんのかよ」

 さびれた門をくぐると、そこには霧に包まれた街があった。
 街燈はある。
 文明度的にはなかなか発展していそうなのだが、いかんせん人気が少ないのとこの霧とでホラーな香りばかりが際立つ。
 かえって発達した文明そのものがその雰囲気を助長させるのに一役買っているようだ。

「裏路地とかで連続猟奇殺人事件とか起こりそうなんだけど」

 ひとまず歩きながら人を探す。
 ついでに宿もだ。

 しばらく歩くと、ようやく少しまともな光の灯った家を発見した。
 煙突付きで、その煙突からもくもくと白い煙があがっている。
 すぐにそれは霧に混じって、霞むように消えてしまっていた。

「よし、人はいそうだ。ちょっといってくるから、サトウとタマは待っててくれ」

 俺は頭の上からタマをおろし、そのままサトウに手渡した。
 巨人のごときサトウが街中をうろついている時点でアレだが、まあ人の家を訊ねるのにわざわざ披露することもあるまい。

「すいませーん」

 俺は家の玄関扉をノックした。
 三度ほどノックして、

「はい」

 ようやく中から人が出てくる。

「あ、すみません、この辺に宿か空家ってありませんかね?」

 出てきたのは年季の入った皺顔の爺さんだった。
 片手に杖をついていて、しかし妙に目がギラギラとしている。
 爺さんは俺の顔をじろじろと見たあと、ふと杖を持っていない方の手である方角を指差した。

「向こうに、空家が」
「そこ使って大丈夫ですかね? 一泊なんですけど」
「うむ。――なにが出ても知らんがな」

 キリッ、と目を細めて爺さんは言った。
 あ、なんだろう、一気にこの爺さんうさんくさくなったわ。
 別に怪しいとかじゃなくて、こう、三文芝居が鼻につく感じで。

「設定?」
「ぬ?」
「いやなんでもない」

 あらかじめ台詞を用意しておいたような奇妙な感触である。
 なんかもう、出ること確定してるよね。

「おもしろそうだから行くけど」
「えっ?」

 爺さんは俺の反応をちらちらと後ろ手に窺っていたが、俺がそう言うと少し驚いて声をあげていた。

 ――ばかめっ! なにか出ると行ったら行くに決まっているだろう!

 この雰囲気。
 たまにはそういうのもいい。

「別に死霊(レイス)くらいなら実家にいっぱい出たしな」
「……」

 爺さんが口をぱくぱくさせているが、無視した。

「なんか目印とかある?」
「あ、赤い、屋根じゃが……」
「わかった、赤い屋根ね」

 俄然テンションがあがってきた。
 これでただのレイスだったりしたら許さないからな。
 俺は実家の関係上そういうのにはうるさいんだ。
 親父がいっつも「なあ、このレイス、勇者に差し向けたらおもしろくねえ?」とか訊ねてくるからな。
 ちなみにそのとき親父が見せてきたのは旧勇者の死霊だった。
 ホントあいつ趣味わりいな。

◆◆◆

 着いた。
 赤い屋根。
 なかなかの大きさの、木材建築の建物。
 なんでここだけ木材建築なんだよ。
 発達した文明どこいった。
 変に雰囲気重視しやがって。

「それにしてもつぎはぎ感がやばいんだけど……」

 何度も壊れたあとに適当に直したかのような、とってつけたような板材が壁に張り付いていた。
 隙間風とかすごそう。

「まあいいや。サトウも入れそうだし」

 料金も取られなかったし、なんか爺さんの対応からもタダっぽかったし、文句は言うまい。


 中に入ると、天井の四隅に張られた蜘蛛の巣が出迎えてくれた。
 ベッドは一つ。
 近場に薄くもやのかかった姿見のおいてある化粧机があって、あとは高い天井からつるされた申し訳程度の照明器具があった。
 魔法灯火だなんて洒落たものではなく、手動、ついでに蝋燭。……文句は言うまい。

「サトウ、そこらへん適当に座れるよな」
「ンモ」

 サトウが狭苦しそうに空家の玄関をくぐって、中に入ってきた。
 適当にそのあたりを指差して言うと、サトウは片手をあげて答えた。
 「大丈夫だ」そう言わんばかりの仕草である。――お前、実は中に人が入ってたりする?

「さて、なかなかひどいが、寒くなったら俺が魔法使えばいいしな」

 タマに出会ったときに起こった悶着で、魔法火力の調節がへたくそであることは自覚していたが、だからといってそのままにしておいたわけでもない。
 ちゃんと日々練習している。
 ぶっ殺すための魔法なら余裕なのに、フライパンを適度にあっためる火力とか、そういうのはかえって難しい。育ち方の問題だろう。

「タマは――まあ適当で」

 面倒だ。好きなところで寝ろ。
 お前はその身体ならどこにでもいけるだろ。

「キュピ」

 金色のタマが数度跳ねた。
 まったく、手がかからないやつらで俺も大助かりだ。

「じゃあ、することもないし、ここの街もなんか陰気だし、大人しく寝て、明日早めに別の街に向けて出発するか」
「ンモ」
「キュピッ!」

 決まりだ。
 俺は外套を脱いでこれでもかと硬いベッドに横たわった。
 思えば、死霊(レイス)の気配もない。
 あの爺さんの思わせぶりな態度に期待をして損をした。

◆◆◆

 深夜。

 気づくと寝ていたようだ。

 ――さみいな。

 ベッドから起き上がって身体を震わしたあと、周りを見渡す。
 灯火は消えていて、月明かりがかろうじて天井窓から差し込んできて部屋をほのかに照らしている。
 俺は最近慣れた動作で指先に魔法炎を灯し、淡く周囲を照らした。

 サトウは寝てて、タマは――タマも寝てるな。

 サトウが家の壁に背をあずけて座り込みながら寝ていた。
 微動だにしていない。
 こう見ると白い岩石そのものだ。
 壊れたおもちゃのような少し切ない空気を漂わせているが、決して死んでいるわけではない。
 こいつ岩石のくせに寝てるとき鼻提灯(はなちょうちん)作るからな。……その水分どっから出てんの?

 タマはそんなサトウの肩の上でぷるんぷるんゆっくりとたわんでいた。
 あれも寝ている。
 お前も鼻提灯つけてるけど、それ流行ってんの? ……まあお前は中に水分あってもおかしくない格好してるからいいけど、でもメタリックなことは忘れるなよ。

「……万事問題なし、と」

 寒さで起きただけか。
 殺気やらなにやら、そういうものに反応して身体が起きるように実家のメイドたちに訓練されたものだが、どうやらそれ関連ではないようだ。
 実家を家出して時間も経ったし、ちょっと訓練から遠ざかっていて感覚が鈍ったのかな。

「まあいいや。もっかい寝よっと」

 指先の魔法炎を消して、俺は再びベッドに横たわった。
 勢いあまって後頭部をぶつけるが、痛くない、痛くない。……やっぱ痛い。枕くらいおいておけよ。

「化粧台の中に入ってないかな……」

 やっぱり枕が欲しくなった。
 ここにあるものは姿見と化粧台くらいだが、もしかしたらということもあるかと思って、俺はもう一度身体を起こして化粧台に向かった。
 三段ある引きだしを一個ずつあけていく。

「ない」

 二段目。

「ない」

 三段目。

「な――ん?」

 枕はなかった。
 が、別のものを発見した。
 それはぼろい紙切れだった。
 まるで手紙のようでもある。

「明かりは――」

 魔法炎を灯しそうになって、思いとどまった。
 火はだめだ。

「月明かり、月明かり」

 天井から月明かりが差しこんで落ちてきている場所に歩いていって、そこで手紙に光を照らした。
 なんとか見える。
 たしかに文字が書いてあった。

 『逃げろ。深夜になる前に』

 赤黒い文字で描かれている。
 まるで古い血のようだ。
 内容が内容だけに、少し胸が高鳴った。

 と――

「ん?」

 今、外から音が聞こえた。
 がたん、と、硬いものをこの木材建築の建物にぶつけたような音だ。
 そのあたりになって、俺は来た当初に見たこの建物の姿を思い出した。
 何度も壊されて、つぎはぎされつつ直されたような、ぼろい建物。
 こんな街中で、一体なにに家を壊されたのだろうか。
 野原ではないので、魔物はさほど出そうにない。

 ――確かめるか。

 俺は意を決して外の様子を確かめることにした。
 時刻はおそらく深夜。
 まさしく手紙の時分だ。

「……」

 一歩。

「…………」

 二歩。

 ゆっくりと音をたてずに玄関の扉へと歩み寄る。
 そこから大股の三歩目を踏み、ついに扉の前に立った。
 当然のぞき穴なんて気の利いたものはなく、扉もまたここだけ新しいもののようで、隙間がない。
 新調されているということは、もしかしたらいつも壊れるのが扉なのかもしれない。

 ――なら、開けるしかねえな。

 俺はわりと物怖じしないで扉に手を掛けた。
 そして――

「――」

 開ける。

 目の前に首のない馬に乗った、〈首無し騎士(デュラハン)〉が立っていた。

◆◆◆

 俺の頭が現状を理解するのに要した時間はおよそ一秒ほど。
 間髪入れず、とかろうじて言えるくらいの速度で、俺はそれがデュラハンであることを認識した。
 その直後だった。
 そのデュラハンが、片腕に抱えていた少し凹んでいる『たらい』を、まるでその中身を俺にぶちまけるようにして思いきり振るっていた。
 それが振るわれるまでの数瞬で、俺はデュラハンの性質を思い出していた。

 ――〈首無し騎士(デュラハン)〉、『死の予告者』、玄関を開けた者にたらい一杯の血をぶちまける。近々死ぬ者の家に現れ、一説には死者の選定に関わってうんぬんかんぬん。

 なんで扉開けた途端血なんかぶちまけるんだよ、めんどくせえ嫌がらせしやがるなこいつ、と昔は実家にある魔物図鑑を見て笑ったものだ。
 だが実際にそれをやられると身体が固まる。
 気づいたときには俺の顔目がけてたらいに入っていた大量の赤い液体がぶちまけられていた。
 だが、俺とてただでそれを掛けられてやるほどぬるくはない。
 なんといっても、着替えこれしか持ってないからな。
 まずいことになるんだよね、いやマジで。

「ッ!」

 障壁の魔法。
 俺は赤い液体が身体に掛かる前に、見えないガラスの壁のような魔法による物理障壁を身体の前に張った。
 このときばかりは戦闘用に特化させられた条件反射的な魔法術が役に立った。
 紙一重の差で、赤い液体は物理障壁に遮られて地面にびちゃびちゃと落ちる。
 少しばかり家の中に飛び散ったが、俺自身には掛かっていない。
 それを確認した俺は、目の前のデュラハンが微妙にたじろいだのを確認して、

「――フハハ、ばぁかめ!! タダでかけられると思うなよ! 俺の死を宣告したければもっと本気で血を掛けに来い!!」

 久々のイタズラにちょっと楽しくなってきてテンション高めに言い放っていた。
 実家の城周辺だともう俺にちょっかい出す魔物とかいなくてつまらなかったんだけど、いやぁ、外に出るとこういうことがあるから素晴らしいな。
 俺が両手を腰にやって堂々と言うと、またもデュラハンは面食らったようだった。肝心の面がないけど。
 こう、わりと身体のリアクション出るタイプらしい。

「ッ!」

 デュラハンは二歩ほど後ろにたじろいで、すると今度は隣に控えさせていた首無しの馬(コシュタ・バワー)に乗って一目散に逃げて行った。
 コシュタ・バワー、馬車じゃねえんだな。
 最近のデュラハンは身軽さを重視するようだ。

「あー……逃げちゃったぁ……」

 もう少し遊びたかったが、あえて追いかけるほど元気でもない。
 こちらは寝起きだ。

「また来るかもしれないし、もっかい寝よっと」

 なんともなくこぼした言葉だったけれど、わずか十数分後にその言葉が現実になることを、俺はまだ知らなかった。

◆◆◆

 しばらくすると、また玄関の扉がごん、と音を立てた。

「え? マジで来たの? なにあいつ、結構負けず嫌いじゃん」

 もう一度俺に血をぶちまけようというのだろうか。
 もしそうならその根性は見上げたものだ。
 デュラハン的に、かなり律儀である。
 よほど俺に死を予告したいらしい。

「あ、でもこれ、そもそも扉開けないで放っておいたら朝まで待ちぼうけじゃね? あー、その絵も見たいなぁ、朝まで血の入ったたらい片手に待ちぼうけするデュラハンとか、爆笑もんだなぁ」

 またちょっとテンションあがってきた。

 結局、俺はあえて扉を開けないことにした。
 一応いつでも動けるように適度な緊張を身体にしきつつ、向こうの動きを待つ。

 五分ほどして、またごつんと扉が音を鳴らした。

「ていうかあいつ自分の首持ってなかったな。もしかして失くしたのか? なんかいきなりドジっ子臭してきたぜ……」

 デュラハンは自分の首を片手に抱えているものだと聞いていたが、さっきの姿を見るとたらい以外に持ち物が見られなかった。
 騎士甲冑を身に纏って、同じく鎧を装備した首無し馬を横に従えていただけだ。
 身体は細身だったが、もしかして女だろうか。――デュラハンに性別ってあるの?

「いや、待てよ……?」

 ふと俺はそこであることを思い出す。
 この家のことだ。
 この家は何度も壊されたようなあとがあった。
 つぎはぎ感があると言ったのは何を隠そう俺自身だ。
 そのことに気づいたと同時、俺は嫌な予感がした。
 よく見ると、玄関から一直線に何かが突き抜けて行ったような、奇妙な痕が床についていたのだ。
 しかも、玄関の対面にある壁が、またひときわ何度もつぎはぎされたようにぼろぼろになっている。
 押せば壊れそうだ。

「……もしかしてさ」

 これ、開けないでいると――

 そう思った直後、俺の予想は口に出す前に現実になって現れた。

 ばきり、と。
 炸裂音がなったと思ったら――

 玄関の扉が蹴破られていた。

 そうしてもくりもくりと木端(こっぱ)と埃が舞う中、その向こう側から、

「お前どうしてもそれを俺にかけたいのなっ!!」

 肩で息をしたデュラハンが、またたらいを片手に中へと踏み込んできていた。

◆◆◆

 今の音でサトウとタマが目を覚ましたようだ。
 首を振った二人は、同時に俺とデュラハンがじりじりと見合っている状況に気づいたらしい。
 すかさず俺との間に入ろうと動き出したが、

「大丈夫だ、二人はじっとしてろ」

 俺はにやりと笑って二人を制した。――便宜上いつも二人っていうけどこいつら人じゃねえよな。サトウは怪しいけど。
 まあいい。
 ともあれ、これはこれで結構楽しくなってきたのだ。
 このデュラハンは根性がある。
 俺もこいつとは正々堂々と勝負をしたい。

「さあ! どっからでもかかってこい! 絶対かかってやらねえからな!!」
「――ッ!」

 かもんかもんと手招きをすると、デュラハンが右に左にフェイントを掛けはじめる。
 ぶっちゃけ物理障壁を全身に張ればなんということはないが、それはなんかおもしろくないので俺も身ひとつで対応することにしよう。
 軽くステップを踏みつつ、デュラハンの攻撃(血ぶちまけ)を待つ。

 ――っ。

 来た。
 右に二度のフェイントをかけた直後、デュラハンは急激な方向転換を見せた。
 その勢いでたらいの中の赤い液体がこぼれそうになるが、それを見事にすくいあげながら、勢いをそのままにたらいを横に傾ける。
 中に入っていた赤い液体が横薙ぎに俺に迫った。
 それを俺は、

「甘いわッ!!」

 跳躍して避ける。
 魔法は使わない。
 だが、俺の本気の跳躍は、この身体をたやすく天井から吊られた燭台付近にまで飛ばした。
 デュラハンは俺の跳躍を見て、またぎょっとしている。――何度も言うが顔はない。あいつリアクションうますぎるだろ。
 また二歩ほどたじろいで、よろよろと後ずさりながら、俺の方を身体で仰ぎ見ていた。
 しばらくして俺の身体が下りていく。
 着地。
 足元に赤い液体がぶちまけられていて、着地と同時にそれらがびちゃびちゃと音を鳴らした。
 だが俺の身体には一滴たりとも血液は掛かっていない。

「あ」

 でもよく考えたら、横薙ぎってサトウとタマに――
 振り向くと、サトウが心なしかジトっとした目で俺の方を見ていた。
 胴の一部が赤く濡れている。――なんかすまん。
 いや待て待て、俺じゃない、あいつだから、あいつ。

「も、文句はあいつに言えよ……」
「ンモ……」

 タマは無事だったらしいが、サトウは身体が大きいためもろに余波を喰らったらしい。
 その豆粒のような目をデュラハンに向けている。
 デュラハンはサトウのつぶらな瞳に睨まれてまたたじたじとしていた。
 そして、サトウがおもむろに立ち上がると、それと同時にデュラハンはぺこぺこと高速で頭を下げはじめた。――いやホント、頭ないんだけど、こいつ身体の表現力だけで飯食っていけるんじゃね?
 最近一芸に秀でた魔物が多くて俺は嬉しいやら悲しいやら、なんとも言えない気持ちです。

「まあまあ、サトウも落ち着けって。削れば元に戻るだろ?」
「ンモウ……」

 さすがサトウ。「しょうがねえな」と言わんばかりに肩をすくめて、また座り直した。

「ほら、お前もちゃんと礼を言っとけよ。サトウ優しいからな」

 デュラハンがまた高速でぺこぺこした。
 そうしていくらかぺこぺこしたあと、デュラハンはとぼとぼと肩を落としてぶち壊した扉をくぐって外に出て行った。
 ――あ、これの修繕費とかもしかして俺持ち……?

 やべえ、次来たらあいつ捕まえよう。
 零細酒場に余剰金などというものは存在しない。

「サトウ、次来たらあいつ捕まえよう。金がない」

 かなり内容を端折ったが、そう言うとサトウは力強くうなずいて、三本指の一本をグっとあげて答えてきた。
 さすがサトウ、察しの良いゴーレム。
 ゴーレムってなんだっけ……。

 俺は外から聞こえた馬の蹄の音にため息をつきつつ、またベッドに座り込んだ。

◆◆◆

 正直、三度目も来るかどうか心配だった。

 ――来たけど。

 あいつ馬鹿なんじゃねえかな。

 どうやら、どうしても俺に血を掛けたいらしい。
 すでにぶち壊れている扉から、首無し馬(コシュタ・バワー)ごとすげえ勢いでつっこんできた。
 不意打ち上等である。
 もはやこいつにデュラハンらしい体裁など微塵も感じられない。

「なりふり構わなすぎだろッ!!」

 轟音とともに駆けて来たそれは、勢いあまって対面の壁に激突し、その壁をぶち破っていった。
 その(かん)に首無し馬に乗りながらぶちまけられた血は、家の中の壁を横一線に赤く彩った。
 ちなみに俺は屈んで避けた。
 勢いあったから掛からなかったわ。
 ホントドジだなぁ、あのデュラハン。
 ……あっ、

「サトウ……」

 サトウは腹部を斬られた人間のように腹のあたりを一文字(いちもんじ)彩っていた。
 またサトウだけとばっちりである。
 さすがのサトウも少しお怒りのようである。
 とってつけた赤い鼻がぴくぴくしていらっしゃる。

 すると、デュラハンが馬に乗ったままぶち抜いていった壁側から、俺たちの様子を窺うように犯人がちょろっと首を出していた。
 首はないんだが、身体の動きが首を幻視させる。
 手を壊れた壁の枠に掛けて、こそこそしている。
 少し屈んでいるところを見ると、やっちまったとは思っているのかもしれない。
 サトウにビビっている可能性もある。

 そうしてこちらを見て、

「ッ――!」

 ぷるぷると震えながら完全に跪いてしまった。
 悔しそう。

 デュラハンはそのまま背中を向けて、ついに身体を丸めてその場に縮こまってしまった。
 背中から哀愁が漂っている。
 指で地面に何か文字を書いていた。
 いちいちすね方が人間的すぎるんだよ、お前。

「はあ……、なに? なんでそんなに俺に血を掛けたいの? マジで死の予告とか宣告なわけ? 俺お前の同類の死霊系の魔物に知り合いたくさんいるんだけど、そいつらいわく『あなたはたぶん私たちより死にづらいです……』とかヒき気味に言われてるんだけど。お前は違う見立てなの?」

 死霊より死にづらいって、もうわけわかんねえな。たぶん猛烈に死なないんだとは思うけど。
 すると、俺の言葉を受けたデュラハンは、はっとしたように立ち上がり、俺の方に小走りに駆けて来た。
 そうして、俺の手を取って、なにやら指で文字を書きはじめる。――指文字か。

「ちょっと待て、ゆっくりかけ」

 俺の声をどう聴いているのかもわからないが、デュラハンはまるでその言葉をたしかに聴き取ったように、ゆっくりと俺の手に文字を書いていった。
 なになに――

「首を、なくし、ました。かわの、むこうにあって、とりにいけないので、とってきて、いただけませんか。――やっぱりドジっ子じゃねえかッ!!」

 びくっと肩を跳ねさせるデュラハンにいっそ愛嬌さえ見て取れる。
 こいついちいち反応が少女然としててあれなんだよ。ちょっとかわいいとか思えてきちゃった俺やばいかもしれない。

「てか川渡れねえのってコシュタ・バワーの方じゃなかったっけ? あれ? デュラハン本体も川渡れねえの? くそう、お前らの伝承って誤差あるからわけわかんねえな。もっと種族に統一性持たせろよ」

 まったく、死霊系は同じ系統でも微妙な差異があってわかりづらい。

「そもそも川渡れねえって。そんなに身体でけえくせに……ん? ……これでも、おんな、です……? あっ、ホントに、女性で……」

 でけえ女がいたもんだ。
 俺よりでけえ。
 たしかに言われてみれば、首元の鎧の隙間から見える身体は女性らしいスレンダーな細さも見えなくもない。いやでも背がたけえ。
 鎧着てるから余計にこう、ね? ――別に悔しいなんて思ってない。種族のチガイデスカラ。

「はあ、ともかく、謎な弱点持った魔物がいたもんだな。――てかなんで渡れねえ川の向こうに首を忘れるんだよ」

 言うと、またデュラハンは俺の手に文字を書いていく。
 一旦女だということがわかると、なんだかその仕草が艶めかしいものにさえ見えてくる。やっぱやばいかもしれない。

「ふんふん。……綺麗な景色の場所を見つけたので、そこに首だけおいて景色を楽しみながら、身体は別行動していたら、運悪く豪雨がやってきて、洪水やらなにやらで微妙な川が出来て――お前不幸属性もあんのかよ……」

 こいつすげえな。不幸とドジあわせもっちゃってる天性のドジっ子だよ。

「……わかったわかった。なんかよくわからんが、とにかく首を取ってきて欲しいのね」

 もしかして、普通の人間には怖がられるから、流れの旅人を狙っていたのだろうか。
 魔物に耐性のある旅人ってのもまあいるにはいるが、さして一般人と変わらない価値観のものがほとんどでもある。

「てか街にも人いるんだし、そいつらでも――ああ……、そういうね」

 俺は指に描かれた文字を追って、理由に気づいた。
 どうやらこのデュラハン、自分のせいで誰かを悲しませるのが嫌だったらしい。
 死の予告だなどと、そんな伝説を立てられてしまっては、たとえ他意がなくてもやられたものは悲しむ。
 魔物に耐性のあるものならば、「そんなもの」と思うかもしれないが、街の人間はそうはならないだろう。
 それにしてもこのデュラハン、変なところで律儀すぎる。

「方法が極端すぎるんだよ、まったく――」

 まあしかし、そういうところは嫌いではない。
 魔物だっていろいろいる。

「――ふむ。……あ、少し話変わるけど、なら今までの血液どっから持ってきたの?」

 訊ねると――
 『来ればわかる』。
 デュラハンは言った。

「ふーん。まあいいや、じゃあひとまずお前の首を取りに行こうか――『デ子』」
「っ!?」

 俺が不意に言うと、デュラハンは肩をあげてびくりと反応した。
 どうやらそれが自分の呼び名であることはわかったらしい。

「いやぁ、デュラハンって種族名だし、それでずっと呼ぶのもあれじゃん? デュラ子にしようとも思ったけど、普通すぎておもしろくねえから略してデ子な」
「ンモウ……」

 俺の肩をおもむろにサトウが叩いてきた。
 なんだよ、相変わらず俺のネーミングセンス最高じゃねえか。
 お前はいつも俺の最高なセンスに文句を言いやがるな、サトウ。
 なに?
 タマもなんかあんの? 

「やだやだ、俺これがいいー!」
「ンモ……」
「キュ……」

 サトウが今度はデ子の肩を優しく叩いて、タマはデ子の逆の肩に乗って身を寄り添わせた。

「なんだよ、すぐに仲良くなりやがって」

 魔物同士、なにか通ずるものがあるのだろうか。

◆◆◆

「川って……ここ森じゃねえか」

 デ子に案内されて首が取り残されたという場所へ急いだ。
 まだ夜だ。
 霧も深いが、デ子の案内でなんなく歩いていくことができた。
 そこは街の外の、やや離れた場所にある森の中だった。
 上下に何度も隆起している不思議な地形の森だが、そのせいか見たこともないような植物や樹木が多い。
 珍味ないかな、珍味。

「――」

 と、不意にデ子が俺に寄ってきて服の袖を引っ張った。だからいちいち仕草が女らしすぎるんだよ。
 デ子に促された方を見ると、そこには――

「川……?」

 形容するなら、ちろちろ、だ。
 かろうじてという前置きを駆使してなお、それが川であるかは怪しい。

「これ、川?」

 なんか申し訳程度に樹木の隙間から漏れ出た水が、すげえがんばってなんとか流れを形成しているような、そんなレベルである。
 俺が問うと、デ子がまた手を取って手のひらに文字を書いていった。

「前は、もっと、川っぽかった。すぐなくなると思って待ってたけど、なかなか途切れない。これくらいなら飛び越えても大丈夫かと思ったけど、これが川だったら、すごく痛い。――わかったぞ! お前バカだなッ!?」

 ああごめんごめん、つい声がね?

「いやでもバカだなお前ッ!!」

 ……これが川かぁ……。
 デュラハンが川を越えたときの苦痛ってのがどんなもんだか知らないけど、これ、川かぁ……。

 まあいいや。さっさと渡って首取ってこよ。
 めんどくせえ。

「じゃ、行ってくる。お前らそこで待ってろよ」

 サトウたちに言って、俺はその『たぶん川』(命名)を飛び越えた。

◆◆◆

 『たぶん川』を越えて、しばらく歩くと、ついに頭らしきものを見つけた。
 それは、数日放置されていたとは思えないほど、驚くほど綺麗な何かだった。
 生首がおいてあるという光景はアレだが、顔が――美しかった。
 絶世の美女とは、きっとこの顔を持つ者を言うのだろう。
 ほんのわずかに桜色の混じった、光沢のある銀髪。
 汚れ一つない白い肌。
 綺麗という言葉の似合う、鋭い目鼻立ち。

「デ子?」
「……はい」

 どうやら身体の情報は頭の方にも伝わっているらしい。
 俺の声に、その首は恥ずかしげに頬を染めて答えた。
 首の切断面は、黒いもやがかかって見えない。
 また、何日も放置されてなお汚れのないところを見ると、なんらかの魔法的なプロテクトが掛かっているのかもしれない。
 とにかく、それはたしかに人間のものとは思えぬほど、美しい何かだった。
 髪と同じ光沢のある桜銀の瞳が、俺の方をちらちらと窺うように見上げていた。

「デ子……」
「は、はい……」
「お前美人だな!」

 俺は率直な感想を述べた。
 すると、

「えっ? あ、あのっ、その……あ、ありがとうございます」

 褒められたことが意外だったのか、デ子はしどろもどろになりながら礼を述べてきた。
 その間に俺はデ子に近づいて、その首を抱きあげた。

「あ、あの、気持ち悪くないですか?」
「え? なんで? 全然? だってデ子超綺麗じゃん。あいや、顔がうんぬん以前に、こう、衛生的に? 俺の実家腐った野郎どもいっぱいいたからそういうのも慣れてるんだけど、デ子はあいつらに比べると綺麗過ぎて涙が出てくるレベル」
「あ、そ、そうなんですか。特殊な出身で――」
「おう、まあそんなとこ。てかお前首おいてくの次からやめとけよぉ。次もまた俺がいるとはかぎらないからな」
「はい……。でも、どうしても目に焼き付けておきたい光景があって、つい」
「あ、そうだ、それなんだったの? 気になるんだけど」
「向こうに、『赤い宝石の湖』が」
「赤い宝石の湖?」
「見てくだされば、わかると思います」

 言われ、デ子が視線である方向を促した。
 デ子の首があった場所のさらに奥。森の深層だ。

「そんなに遠くありませんので、見ていくといいと思います」
「よし、行こう」

 俺はデ子の促しにしたがって、その赤い宝石の湖とやらを見に行くことにした。

◆◆◆

 赤い宝石の湖。
 たしかに。
 たしかに、そうだった。

「すげえな……」

 きらきらと輝く、ワインレッドの宝石のような、湖があった。
 月明かりを受けて、静水たる水面をきらきらと不思議な光沢に輝かせている。
 それを見て俺はあることに気づいた。

「もしかしてこれ、デ子がたらいに入れてた――」
「あれは、また別の場所に漏れ出たものです。主流はここですが、私の身体は、その、ここまでこれないので……」
「ああ、そういやあのたぶん川にビビってたんだったな」
「たぶん川?」
「あの川ならぬ川の名前。ちょろっと飛び越えるだけじゃねえか」
「い、痛いんですよ!? あれが川だったとき、すっごく痛いんですっ」
「ああ、わかったわかった」

 俺は胸元に抱えている首がもぞもぞ動くのを制して、まだ赤い宝石の湖を見ていた。

「これ、食えたりするかな」
「食う? 飲むでは?」
「冷静なツッコミはできるんだな。ドジっ子のくせに」
「ド、ドジっ子じゃありませんっ」

 徐々にデ子も調子出てきた。
 まあいいや。
 俺は経験上、珍味に好かれる性質だ。
 サトウとタマに出会って、少しそう思い始めている。
 というわけで、今回もそんな俺の中の星が、デ子を俺に差し向けたのかもしれない。

「飲んでみよう」
「えっ!? 本当に飲むんですか?」
「ああ、俺は物怖じしない男」
「男らしいですね……」

 そこは素直に「馬鹿ですね」って言っといていいところな。
 自分でツッコむのもあれだけど、まだデ子には遠慮がある。
 実家にいるメイドどもはノータイムで「死ねばいいと思います」という。なのに家出すると泣きながら探しにくるから、あまのじゃくにもほどがある。
 ああいや、また話がそれた。

 俺はデ子を抱えたまま赤い宝石の湖に近づいて、片手でその水面を救った。
 普通の水よりは、少し粘りがあった。
 手にまとわりつくわけではないが、不思議な重みがある。
 俺は輝く赤い液体を、意を決して口に含んだ。

「……」
「ど、どうですか?」
「……トマト?」

 近い。
 が、鼻に抜ける甘みは、なんとも上品な味だ。
 果実酒にも近い。
 爽やかで、かといって薄すぎず、適度にコクと甘みを感じさせる。
 あとはのど越しが良い。これは水では出せないものだ。

「飲み物ってより、ソースって感じかなぁ」

 穀物類に掛けたらいい味付けになるかもしれない。
 パンに染み込ませたりしても、たぶんかなりうまいだろう。

「パスタなんかいいかもな」
「ぱすた?」
「簡単に言うと、小麦で作った麺のことだ。それに好みの味をつけて食べる」
「ふんふん」

 デ子はなんだか興味津々だ。

「食べてみる?」
「食べさせてくれるんですかっ」
「いいよ。一応この宝石ソース見つけられたのデ子のおかげだし」
「た、食べたいです! 人間の食べるもの食べたいです!」
「お前も首さえくっついてれば普通の人間――むしろ普通の人間の中でも特に容姿的には優れた人間なんだけどな」
「っ!」

 またデ子は顔を真っ赤に染めた。
 結構わかりやすくて、おもしろい。

◆◆◆

 空家に戻ってきた。
 あのあとデ子の身体の方から凹んだたらいを貸してもらって、そこにあの赤い宝石ソースを少量すくい、持ち帰ってきた。

「あー、道具がねえな」

 ふと思い出す。
 銀卓はあるが、パスタを茹でるための鍋がなかった。
 我ながら手持ちが悪い。

「あの爺さんちに押しかけて借りるか」

 宿泊者にちゃんと説明しなかった罰もあるので、ぶっちゃけ俺の確認不足でもあるが、面倒なので適当に言いがかりつけて押しかけよっと。

◆◆◆

「な、なんじゃあ……この状況は……」
「やあやあ、爺さん。良いこと教えてやるぜ。俺は結構根に持つタイプだ」
「な、なにをじゃ……」
「あれだよあれ――めんどくせえ、いいから鍋と火を貸せ。このさびれた街に一大ムーブメントを起こしてやる」

 宝石ソースの源流たるあの森に近いこの街は、もし今回のパスタがうまくいけば似たようなことをして人を集められるかもしれない。

「街がさびれたことをわしが憂いていると知っておったのか……」

 いや知らねえけど。あてずっぽうでそんな感じかと思ったらマジでそんなだったんだな。
 ならあんな空家残しておくなよ。

「怪談話で注目を集めようとしておったのじゃが……」
「怪談にマジもんの死霊系魔物を使うんじゃねえ」

 そんな話をしながら、こんなこともあろうかとタマの中で熟成しておいた黄金パスタを取り出し、鍋に水を入れて茹ではじめた。

「ちなみにこの鎧の女子(おなご)は……」

 じいさんは家の中に押し寄せてきたサトウ、タマをビクつきながら見つつ、さらに一人物々しい鎧に身を包んでいる長身のデ子を見ていた。
 今は首がついていて――本当は乗せてるだけでくっついてないけど――見た目だけはマシだ。

「デ、デ子です……」

 面妖な、とでもいいそうな顔で固まった爺さんだが、デ子の一礼と恥ずかしそうに名乗った仕草にイチコロされたらしい。――おいデ子、気をつけろ、今首が横にズレてたぞ。

 そうしてどうにかこうにかごまかしつつ、俺はパスタを茹で上げた。

◆◆◆

 ゆで上がったパスタを皿に乗せ、その上から例の宝石ソースを掛ける。
 やっぱりまともな光があるときらきらと輝いていていっそう綺麗だ。
 タマコーティングした黄金パスタとの相性もばっちり。
 もう宝石食べるみたいなノリだ。

「ふおお……」

 爺さんが昇天しそうな声をあげている。

「まあ食え。爺さんの分も作ってやった」

 パスタの量がぎりぎりだったが、まあ今回の客ということで多めに見てやろう。

「で、では」
「いただきますっ」

 爺さんのあとにデ子が声を嬉しげに声を張り上げていた。
 爺さんとデ子は、同時にフォークで二色の宝石パスタを巻き取って、口に運んだ。
 すると、

「う、うまい!」
「おいしいっ!」

 二人が同時に飛びあがるようにして椅子から立ち上がった。
 なんだか目が輝いている。――あれ? マジに輝いてない? 物理的に目から光溢れてない?

「うおっ、まぶしっ!」

 また変な効能出やがった!!
 食ったら眼がきらきらするパスタとかイロモノすぎるだろっ!
 うまいのはいいことだが、これはまた不思議なことになった。

「穀物の甘みを増幅させつつ、一噛みごとに口の中に広がっていく上品な旨味! そしてなにより心地よいソースののど越し! 不思議じゃ、喉を撫でるようなのに、まったく不快感が無い!」

 そこらへんの爺さんなのにいろいろと言葉が出て来るな。

「老いぼれの身に若さの輝きが戻ってきたようじゃ!」

 え? そんなに? あっ、まぶしっ! その目でこっち見んな!

「こ、これじゃ! これで街に活気を! ど、どうやって作るのか教えてくれ!!」
「――よし、なら取引をしよう。まずあの空家をぶっ壊した弁償代をチャラにしてくれ」
「構わんぞ!」
「いっそあの家誰も住んでないなら俺にくれ」
「うむ!」

 気前良いなこの(ジジイ)

「よし、あとは――もしこの街の活気が戻ってきて、街の懐が潤った暁には、あの空家にいくらかの金を入れてくれ」

 これが通れば食材費が浮く。
 わりといつもいっぱいいっぱいだから、どこかに蓄え置いておきたいわ。

「無論じゃ! 街の救世主になるからの!」

 うわあ、なんかすらすら要求通っていくの見てるとこの宝石ソースやばい効果あるんじゃねえかと思えてくるわ。――おい、デ子、お前は一心不乱に食いすぎだ。
 俺は爺さんの隣でひたすらにもっきゅもっきゅとパスタを頬張っているデ子を見て、心に思った。
 しかしまあ、感動しているようだから、水は差さないでやろう。

「なら、交渉成立だ。――この『二色の宝石パスタ』の(きも)となるのは上に乗った赤い宝石ソースの方でな」

 タマ特製の黄金パスタはさすがに無理だろうが、おそらくこのソースだけでも十分なうまさにはなるだろう。
 『二色の宝石パスタ』は我が銀卓の酒場の特別メニューに加えるので、こちらよりうまいものが街に並ぶの良くない。うん。

 俺はその後、爺さんに赤い宝石ソースの場所を教え、さらにそれを使った新製品を作ったら俺に報せるという確約を取ったうえで、採取権を分けることにした。
 まあ、決まりとかないし、別にほかのやつが見つけて文句は言わないけど。一応ね。

 それから俺は名残惜しそうに最後の一口を食べたデ子を連れて、爺さんの家を出た。
 成功を祈るぜ、爺。

◆◆◆

「デ子、今度からあの空家に住むといいよ」
「えっ!?」

 空家への帰り際、俺はデ子に言った。
 実をいえば、あの空家を買ったのはデ子のためである。
 この感じだと、デ子は特に家族――魔物的には群れ?――を持っているわけではないらしい。いやデュラハンの群れとかおっかなすぎるんだけどさ。

「デ子、このへんに一人でしょ?」
「は、はい……」
「じゃあ、寂しくなったらそうやって首を乗せて、街で暮らせばいい。たぶん、注意してれば大丈夫だよ。――あ、首無し馬(コシュタ・バワー)もちゃんとバレないようにね」
「……」

 言うと、デ子は黙り込んだ。
 不意に黙りこんだデ子を不審に思った俺は、俺の斜め後ろを歩いているデ子の方を振り返り――

「うおっ」

 直後、身体から飛び跳ねるようにして俺の胸に飛び込んできたデ子の頭を受け止めた。――なにこれめっちゃホラー。

「あ、あの、ついていっちゃダメですか……?」

 俺の胸の中で、顔がもぞもぞ動きながらこちらを見た。――なにこれめっちゃホラーマジホラー。

「い、いや、別にいいい、いいけど」

 勢いに負けて考えもせずうなずいてしまった。――ちょっと、お前それかろうじて絶世の美女面だから許されるけど一歩間違ったら動きだけで人失神するから。
 油断ならねえドジっ子。

「じゃあ、ついていきます!」

 麗人風の顔を少女のような明るい笑みに彩って、デ子は頭を俺の胸の方に寄り添わせてきた。――喜んでいいの? 首だけしかないけど、喜んでいいの? わかんねー!

 デ子の今の心境を表現するように、ぴょんぴょんと飛び跳ねている鎧甲冑の身体の方を見ながら、俺は嘆息することしかできなかった。

 ――まあ、首を乗せておけばひとまず街中でも大丈夫か……。

 俺はデ子をどうやって普通の街中に連れて行こうか、一人で考えていた。
 まあ、サトウでもぎりぎり大丈夫だし、大丈夫だろう。
 無機物系で、でかいけど見た目可愛いし、ときどき魔法で作り出されることもあるマスコット的なゴーレムと――人型で、絶世の美女でありながら、死霊系魔物であるデ子。正反対な気がするが、きっと大丈夫だと俺は信じ込むことにした。
 うん、大丈夫大丈夫。
 ふー。

 ――これ首くっつけられたりしない?

 実家のメイドに手紙送って訊いてみよっかな……。あいつら魔物にくわしいし。
 なんか知らないかなあああ!

◆◆◆

 あれから数日。

 俺は霧の街を抜けて、晴れ晴れとした陽光の中、旅人や商人がちらほらと見える行商街道を歩いていた。
 正確には、サトウが歩いているのだけれど。
 俺はサトウの背中に銀卓をくくりつけ、その肩に座って景色を眺めている。
 特等席だ。

「いやぁ、今日は良い天気だなぁ」
「キュピ」

 俺の頭の上ではタマがさらなる特等席で跳ねていた。
 と、

「日の光は苦手です……」

 俺の斜め下。視界の端に、黒い鎧甲冑に首から下を包んだ絶世の美女がいた。
 首が微妙に横にずれているが、まあ許容範囲だ。――おい、前から騎士っぽいの来た。ちゃんと直しとけ。

「あ、マスター、魔法新聞売ってますよ」

 デ子はその長身を可愛らしく飛び跳ねさせ、俺の方を見上げながら言った。
 それにしても、初めてマスターだなんて呼ばれる。実はちょっと嬉しい。
 今まで従業員が喋れない魔物ばっかりだったからな。サトウは怪しいけど、でも言葉は使わないしな。
 美女にマスターなんて言われるのも良い気分である。――おい、だから首ズレってから。俺をもう少し感動に(ひた)らせろ。

 デ子が指差す先には、どこかの国の騎士一団に新聞を押し売っている新聞屋の青年の姿があった。
 あれ? あいつ、どっかで見たことあるわ。
 ――ああ、タマの黄金肉食った鳥人たちを載せてた新聞を売ってたやつだ。同じやつだ。

「奇遇だな。てかあいつの行動範囲超広いな。もしかしてあいつも俺みたいに新たな新聞の分野を発掘してるのか!?」

 一地域ではなく、世界を旅しながらその場その場のコアなネタを扱って、その場で売り払う現場重視の新聞屋。
 うーん、ありそうだけど、この世界は広いからなぁ。
 もしかしたらまともにやるやつあんまりいなかったのかもなぁ。

「おや、どこかで見た顔っすね!」
「おう、久しぶりだな」

 すると、騎士一団に片手で追い払われた新聞屋の青年は、ふとこちらに気づいて快活な声をあげながら近づいてきていた。
 爽やかなやつめ。――嫌いじゃない。

「あっ、やっぱり銀卓酒場の旦那じゃないっすか!」
「ん? 俺が銀卓の酒場やってるって知ってたっけ?」
「いやぁ、実はあの鳥人の英雄さんたちに聞いたんですよ。あとほかの旅人さんにも聞きました。世界のどこかに不思議な銀卓をトレードマークにした移動酒場があるって!」

 おっ! 順調じゃん! いいねいいね!

「今日は酒場、開かないんすか?」

 少年のような煌めきのある笑みで、新聞屋は言ってきた。
 遠目には青年と言ったが、こうしてみると、少し落ち着きのない――されど情熱と活気のある少年のようだ。
 明るい茶色の茶髪が、またそんな印象を強くさせる。

「夜じゃないからな」
「えー、残念っす! あ、でもでも、せっかくだから僕の新聞、買ってくれますよね?」
「なかなかしたたかなやつだな。でも俺はお前の新聞好きだから、買おうか」
「お、気前いいっすね! あっちの騎士のみなさんはケチだったんで助かりますよぉ」
「ふーん」

 俺はサトウの上から銅貨を三枚投げながら、向こうに見える騎士を見た。

「あざっす!」
「魔法新聞って結構手が込んでるよな」
「あはは、実は僕、事情があって魔法だけは得意なんすよ! それで、最初はいろいろ物騒なことしてたりやらされたりしてたんすけど、もういろいろ面倒になって、今はこうやって好きなことやってるっす!」
「いいことだ。共感する」

 俺も似たようなもんだ。
 もしかしたら、勇者なんてもんもそうやってうんざりして好きにやってるかもしれない。
 勇者という存在がいることはいろいろあって知っているが、最近では名前を聞かないな。――これで親父も晴れて暇人になれたことだろう。

「そういえば、これはまだ噂なんすけど、『金卓の酒場』とかいうものも巷にはあるらしいっすよ?」

 そんなことを思っていると、新聞屋が聞き捨てならない情報を口から放った。

「ぬぁにッ!! パクりか! すでに俺のパクりするやつ出てきたのか!!」
「はは、どうでしょうね。――でもでも、その金卓の酒場は、旦那の銀卓の酒場と違って、『やたらと飯がまずい』らしいっす」

 よし、ライバルにはならなそうだ。
 ……え? それめっちゃ怖くね? マジもんの飯テロじゃん。
 (たま)取りにに来てるじゃん。
 こええ……。

「遭遇した人はみんな怯えた様子で、『奇妙な金卓とケンタウロスを見かけたら逃げろ。いいから逃げろ。飯に殺される』って言うらしいっす」
「怪談よりこええな」
「こわいです……」

 ほら、デ子も怯えてる。
 こいつ死霊系の魔物だぞ。
 それを怖がらせるってすげえぞ。

「最近のケンタウロスは飯テロすんのか……」
「マスターは若い男の人らしいっすけど、その人はむしろ同情してくれるって」
「いやでもマスターなんだろ? マスターならなんとかしろよ。まったく、ダメなマスターがいたもんだな」

 ケンタウロスの一頭や二頭、どうにかしろ。
 ああ、そういや、うちの実家にもやたらべたべたしてくるケンタウロスいたな。
 すごく美人だったけど、下が馬だしなぁ。
 嫌いじゃないんだけど、寄られてもどうしようもねえからなぁ。あいつ、元気かなぁ。

「ってわけで、またなんか情報あったら教えてあげますよ。旦那はうちの貴重な常連さんですからね! 特別サービスってことで!」
「おっ、いいね、恩に着るよ。ちなみにこの新聞の名前は――」
「あっ、『マツダイラ新聞』っす!」
「なにそれめっちゃ響きに親しみがある」
「えっ? そうっすか? もしかしたら実家近かったりするかもしれないっすね!」

 待って。俺、もしかしたら生命誕生と同レベルに近い偶然に立ち会ってる最中かもしれない。

「あっ! もっとお話ししてたいっすけど、でも時間がアレなんで、今日はこのへんで! またそのうち出会うかもしれませんね! そのときは夜であることを祈るっす!」
「お、おう、ぜひまた来てくれ」

 切実にお願いする。

 そうして俺は新聞屋マツダイラ(仮)と別れた。
 あいつ、どこ出身なんだろ……。
 世界は広い。
 ……いやいや、たぶん異世界だろ。

◆◆◆

 新聞に目を通すと、そこにはまた動く絵が貼り付けてあった。
 魔法新聞の特徴の一つ。
 しかも、前と比べると色彩に鮮やかさがある。
 なるほど、常に進歩しているらしい。
 なかなかやるな、マツダイラ。

「『霧の街メルドゥーサ、赤い宝石ソースで見事町おこしに成功』か。――やったな、爺」

 ついでに俺の懐が潤っていく。

「『町おこしのきっかけは奇妙な銀卓を背負った男の助言。今噂の〈銀卓の酒場〉のマスター説浮上!?』……おおう、大げさに報じてやがる。てか爺もずいぶんと律儀だな」

 ありがたい。
 しかし、あまりおおっぴらになりすぎてもわくわく感がないな。
 隠れ家的な方が良い気もする。
 今度はもう少し深い場所に行ってみようか。
 自然迷宮(ダンジョン)とか、潜ってみるのもいいかもなぁ。
 探索者(クエスター)とかいるかなぁ。

「ま、適当にまたどっか行ってみるか。新しい食材見つかるかもしれないしなぁ」
「私はどこまでもお供しますよっ、マスター!」

 デ子がうきうきとして満面の笑みを向けてきている。
 お前も結構旅好きなんだな。
 まあ、話し相手が増えて、俺も実は結構嬉しいけど。

「てかお前、魔物なのに普通に人語喋るよね。もしかしてサトウたちと通訳――」
「頭は人間ですけど、身体は魔物です。通訳はまだちょっと難しいです」
「なにそれ斬新!!」

 よくわからないが、デ子がそういうのでひとまずそういうことにしておこう。
 問題ない。
 俺にはテイマーとしての才能が――

「ンモウ」
「そうだね、調子に乗るのはやめておくよ、サトウさん」

 いいからお前は俺の内心を読むのをやめなさい。

◇◆◇ 裏シリーズ ◇◆◇
『金卓の酒場』
【ちょっと臭う入口】

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