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誘いー5
「まさかっ、今行くよ」
 自分でもばかだと思うが弱みを見せたくない一心でクロードは、馬車に乗り込んだ。 メイファが天井をこつこつと叩いて合図を送ると、馬車は一気に加速しながら通りを進む。 店の裏には大きな道が通してあった。 商品の人間を運ぶのに都合がいいのだろうか。
 そんな事を考えながら目の前に座る男に目をやると、男は頬杖をついてクロードを見ていた。
 砂色の肌色はこの乾燥した土地に自然に馴染んで違和感が無い。 大きい金色の瞳は釣りあがっていて雪豹の魔獣である名残をとどめていた。 まっすぐ伸びた鼻梁に大きめの赤い唇。 客観的に見て非常に綺麗な顔をしている。
「綺麗な目だ」
 ふっと口についた言葉に自分がびっくりした。 まるで綺麗な置物を見たように思ったことを言ってしまった。
 ――そういえば、前にも敵であるイーヴァルアイの兄、バサラのしもべの髪と目を褒めてしまったことがある。
「ありがとう、君も綺麗だよ。その藍色の瞳なんか深い海の底みたいでうっとりする。ちょっと舐めたいくらい。君の瞳ってきっと甘いんだろうな、舌で転がして……」
「おい、いい加減にしろよ。瞳を舌で転がすって、オレの事食べてる想像なんかするなよ」
 くくっと言う声がしてメイファがにやりと笑う。
「食べたいけど、食べないよ。主が許さないからね」
「おまえの主人って誰なんだよ」
「今は教えてあげられない。でもさ」
 ふふんと笑って手を出すとメイファがクロードの頬に触れる。
「クロード、ベオークに俺が連れて行ってやるよ。行くと、俺と行くと言えば辛い旅なんてしなくていいんだ」
「一緒に?」
 そうと頷くメイファの手をクロードは払う。
「肝心な事を何も教えないくせに何を言ってるんだ。ランケイを攫ったり、おまえは信用がおけない。そんな奴の言うことなんて聞けない」
 言い切って窓に目を向けると、窓からは広大な屋敷が見える。 平屋の屋敷が、建て増しを繰り返したかのようにくねくねと増殖しているかのように建ててある。
「あれは?」
「このカシュダルの領主の屋敷だよ、クロード」
 簡単に答えてメイファはクロードの手を掴んだ。
「あのハオ族の娘を助けたいなら、そのなまいきな口を閉じといたほうがいいよ」
 門兵に御者が何かを言うとすぐに門は大きく開く。 表から入った馬車はそのまま脇に回る道をどんどん奥に向かっていく。
 それは離宮になっていて、他のところのように回廊でつながっていはいない。 平屋なのは他の屋敷と同じだが、他の屋敷が開放的な造りになっているのと違い、高い塀が張り巡らされていた。 馬車がその中に入ると外で待ち受けていた男が、二人がかりで大きい門を閉じてしまう。
 中はいたって普通のというか、この豪華さで普通とは言わないかもしれないが。 太い柱が際立つ、全ての部屋が掃きだし窓になっている部屋は、薄い布がかかっていて風にそれらがゆらゆらと風にそよいでいる風景はやけに涼しそうではあった。
「着いたよ、クロード」
「ここにランケイがいる?」
「いる、いる」
 庭園に面した掃きだし窓から直接部屋に入って行くメイファの後についてクロードも部屋に入る。
「クロード、指輪をもらおうか」
 いきなり手を差し出すメイファンの掌をぱんっと打ち払ってクロードは、メイファを睨んだ。
「順序が違うだろ、ランケイを返せ」
「あんなハオ族のガキと護法神を秤にかけることができるのか、そしてそのガキの方が大事だと?」
「うるさい、おれがどう思おうとおれの勝手だ」
 メイファが部屋の奥の大きな飾りだなを開くと、中からごろりと大きなものが転がり落ちた。 それがランケイだとすぐに分った。 意識をなくしているのか、手足ごとぐるぐる巻きになっている彼女は微動だにしない。
「ランケイ、大丈夫か」
 駆け寄ろうとするクロードの前に出される長い手が行く手を遮る。
「ガキは生きてる。ちょっと寝てるだけさ。それよりクロード、早く指輪を出せ」
「分った」
 クロードは素直に自分の指から指輪を抜くとメイファに差し出す。 すると、メイファが細かい刺繍の入った綺麗な巾着を広げてクロードに向ける。
「ここに入れろ」
「うん」
 クロードが入れたのを確認するとメイファの口がにまりと上がる。 そのまま、クロードの手を掴んで引き寄せた。
「クロード、おまえ護法神は経典から引き離されるのを嫌う。だからここで手放しても戻ってくると踏んでいたろ?」
 まさにそう思っていたクロードは、なぜそんな事を言い出したのかと目を見張った。 ランケイを助けてラドビアスの所に帰ったところで時を置かず、護法神は自分の元に帰るだろうと思っていた。 なにせ、護法神は昔、イーヴァルアイを追ってベオークからレイモンドールまでやってきたのだから。
 だが、それを知っていたということはどういうことなのか。
「今、おまえが指輪を入れた袋は呪が施してある。この中には強力な結界が張ってあって、護法神といえどもここからは出られないだろうな」
 引き寄せたクロードの首筋に口をつけてメイファは囁くように言った。
「おまえの血管、温かくて良い匂いがする。きっと旨いんだろうな、おまえの血も肉も」
「くそっ」繰り出したクロードの拳をいとも簡単に避けるとメイファは、自分の右手を大きく掲げる。 すると、にゅるりと爪が伸びていく。 まるで細い短剣状になった爪を見せびらかすようにひらひらと動かす。 そして、一気にクロードの首筋に一本の赤い筋を引くとクロードの血がついた爪をぺろりと舐めた。
「大人しくしろ、俺に食われたいわけじゃないだろう?」
「何がしたいんだ、メイファ」
「そうそう、最初っから素直になればいいんだよ。じゃ、そこに座って」
 側にあった椅子に押されるように座ったクロードにメイファがじっと視線を絡めてくる。 金色の瞳がどんどん大きくなるみたいに感じてクロードは目を閉じようとするが、瞼はまるで自分のものではなくなったかのように動かなかった。
「静かに、良い子だ、クロード。そのまま俺の目を見とけよ。なぁおまえは何でベオークに行きたいんだ?」
 何でだろ? 急に難しい問いをかけられたようにクロードは、はっきりしない頭で考える。
「……そうだ、おれ、おれの中から経典出してもらいたいからだ、うん、そうだ、たぶん」
「ふうん」メイファが相槌を打ってクロードの顎に手をかけて笑う。
「だったら別に冒険に出なくてもいいじゃない」
「え?」
 だからねとメイファが噛んで含ませるように続ける。
「ビカラ教皇さまだって、別におまえが経典を返すなら命まで取ろうなんて思わないさ。おまえだっていわば、被害者なんだから。そうだろう?」
「そ、そうなの?」
「そうなんだよ、ラドビアスに何を言われたのか知らないけど。君が俺についてくれば一件落着さ。別に何の障害も無くベオークに行って体から経典出して、おまえは故郷に帰ればいい」
 何でもないことのようにメイファは軽く言ってクロードの肩を叩く。
 ――そうかも。 このままメイファについて行けばいいだけなのか。 なんだか、気負っていた背中の荷物がぐんっと軽くなってクロードは笑い出したくなる。 別にたいした事じゃ無いのか。


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