サラマンダー来襲-1
「シンダラさま、キータイと宋州の境の山岳地帯で騒乱が勃発したとの報告が」
「宋州? ランカ様らしき者が目撃されたと報告があった場所と同じか?」
シンダラの問いに小姓が答える。
「男と二人、魔獣に乗っていると近隣の廟から言ってきております。どういう理由で彼らが魔獣を使役しているのかが不可解ですが、おそらくランカ様に間違いはないかと」
「それがどうして騒乱に?」
あの地は山岳地帯で住人はあまりいないはずだとシンダラは頭を捻る。 捜索中の姫と一緒の男らしい二人組を見かけたと報告があったために、近くの廟にいる魔導師たちに探させてはいた。
「暴れているのはそこに住む獣だと」
「獣?」
「双竜将軍が第一、第二騎兵隊を率いて鎮圧に向かいました」
「ばかな、何で双竜を?」
「帝の命でございます」
その言葉を聞いてシンダラは大きく舌打ちして顔を手で覆った。 獣が暴れているなど放っておけばいい。 都市部ならともかく山岳地帯なのだ。 そちらの二人が本物だったとしても今や何の利用価値もない人間二人に将軍と、騎兵の半分近くを出すとは。 あまりの考えなしのやり方に笑いが込み上げてくる。
いや笑っているわけにもいかない。 桜蘭族が目の前にやってきている上、不穏な気配を感じている今、帝に勝手をさせておくことはできない。
「それはいつの事だ」
呼び戻せるかと思いながら、すぐにそれを打ち消した。 それをすれば帝は機嫌を損ねるだろう。
いつもは諾諾とこちらの言うことを聞いているくせに、こんな時にやる気にならなくてもいいだろうに。
「いや、いい。帝はどこにおられる?」
これ以上勝手に兵を動かされてはならない。 部屋を出ようとしたシンダラの元に当の帝本人がやってきた。
「シンダラ、ランカはここにはいない。煩く言ってくるようなら楼蘭族の兵など皆殺しにしてしまえ」
どうだ? というように帝は自分の采配にご満悦の体である。 子どものように頬が赤く自らが兵を動かすということに興奮しているのが明らかだった。
「左将軍のハンが今奴らを包囲しているはずだぞ」
「まさか、陛下それは本当のことですか」
鈍器で頭を殴られたような衝撃がシンダラを襲う。 これでは桜蘭族に偽の姫を押し付け、いくつかの裁量権を与えた上、恩をきせて治領に帰らせるという案は使えない。
「陛下、素早い御判断でわたしをお助けくださいましてありがとうございます。この後はわたしが陛下の御手を煩わすことの無いように処断いたします」
深くお辞儀をしながらシンダラが横の小姓に目で合図する。 即座に帝の両側に見目麗しい女官がやってくる。
「これから陛下にも御心労をおかけするやもしれません。お茶の支度ができております。少しお休みされてはいかがですか?」
「いや、兵を動かすのは面白い。朕は疲れてなどおらんが……茶を一杯飲むくらいの時間はある。何か動きがあったら朕を呼べ、シンダラ」
「御意」
両手を女官の差し出した手にのせて、帝は侍従を引き連れて部屋を出て行った。 完全に扉が閉まったのを確認してシンダラが側の小姓の背中に触れる。
『変成、変転、変容、我の命により辺幅、変化せよ』
印を片手で組みながら呪を唱えると小姓は小鳥に姿を変えてシンダラの手に乗った。
「外朝の中に入ってる楼蘭族の動向を探れ。ハン将軍に勝手をさせるな」
ちゅんと挨拶がわりに小鳥は一声鳴いて窓から飛び立っていく。 小姓が化けた女官たちには術を使って帝を眠らせるように指示した。 今やることは他に何が? 解けはじめた場所を素早く繕ってシンダラは深く深呼吸する。
戦乱の時代ならともかく、兵は見せ金のように使うのが肝要なのだ。 へたに武力などを使うとろくなことにならない。
楼蘭族はどう出るのか?
彼らが怖いわけでは無い。 たいした数でも無いことは分っている。 そうではなくてこの宮中で兵を上げる民族がいるということが他に漏れることが問題なのだ。 ハオタイは大小様々な民族を抱えている。 一つ一つは小さくても、国中で紛争が頻発されるのは困る。
国中が混乱している――そう他国に思われることがさらに混乱を煽る。 大陸一の大国であるハオタイは千年に及んで揺らぐことが無く、未来においてもそれは続くと認識させることが必要なのだ。
――焦っているのか。 ベオークに戻って指示を仰ぐことも頭に入れながらシンダラは汗で湿った拳を握りしめた。
「おい、大将。こりゃ俺達は嵌められたってことか?」
招き入れられた大門の中でハオタイ風の凝った飾り切りでちまちまと盛られた料理と酒がふるまわれ、良い気持ちになっていたが、気付けば兵隊に囲まれている。
――ちっ、やっぱ来やがったか。 しゃあねえ、やるしかない。
ザックは持っていたやけに華奢な足の酒杯を床に投げつけて、クロードの従者にもらった合い図用の呪符を片手に印を組んだ。
――ったくまるで魔導師みたいじゃないか。 くそったれ。
「おまえら、全員地面に伏せろっ。建物に近づくんじゃねえっ。瓦に当たって死ぬぞ」
「なんだって?」
ザックの言葉が全員に行きわたった直後、地面がぐわんと大きく揺れ始めた。
「おおおおおお、おい、これって……もしかして」
副将のグルバが青い顔で地面に伏せながらザックを見る。 ここにいる楼蘭族の一人としてこの地震の原因に思い至らない者はいないだろう。
「サラマンダーが来たんだな」
グルバの問いにザックは「ああ」と頷いた。
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