旅立ちー4
「だけど、それって大変じゃないか」
「うるさいわよ。あたしはベオーク自治国まで弟を追っていくんだから」
思いつめた表情の少女にクロードは、可哀相だと思う気持ちとまた別の感情も湧くのを感じる。
「ベオークに行くって言うけど、そこまでの路銀はどうするの? 厳しい国境を通るための通交証はどうするつもり? あそこは、基本魔導師しか入れない国だ。その前にもハオタイの中だって州境には関所があるんだ。行けたとして、どうやって助ける? 君剣術の使い手とかなの? ベオークにいる魔導師は皆武術の達人なんだ」
「……そんなの、何にもないけど」
ランケイは、クロードを睨むように見る。
「何も持ってなかったら、弟を諦めないといけないの? あたしは行くわよ。セイシンはまだ十歳なのよ」
硬く握り締める両手に涙が落ちる。 降りかかった不幸をどう消化すればいいのか、ランケイ自身にも分らない。
「あんたなんかに分らないわよ。魔法で何でも解決できるような、恵まれてるあんたなんかに」
「確かに、ぼくには完全には分らないかもしれない。はっきり言って、飢えるほど貧乏になった事も無いし、一人きりになった事もない。でも、だからって幸せ一杯ってわけじゃないんだけど」
実は、と言ってクロードはランケイの握った手に自分の手を重ねる。
「おれは、ある理由でベオークに行くんだ。国境までなら君が良ければ一緒に行こう。ただし、ラドビアスが納得したらだけど」
「え? 本当に」
「いけません」
ランケイの弾んだ声に被さる硬い声に、クロードは顔を戸口へと向けた。
「傷を治して宿にまで運んだ。これ以上関わる事なんて承諾できかねます。人の事情なんてその人それぞれです。いちいちこれから会う人に関わっていったら、がんじがらめになって先に進めなくなります」
「ラドビアス」
ラドビアスが、寝台の上で硬い表情をしてこちらを見る少女を厳しく見据える。
「おまえは両親を悪し様に言っているが、ハイラ神は、同じ場所から何人も子供を攫ったりはしない。おまえの村は弟が差し出した命で他の子供の命が救われたのだ。それが分っているからこそ、彼らにはそう言うしかなかった。親の気持ちを知らないのはおまえの方だ」
厳しい目は次にクロードに移る。
「クロードさまは、この旅を物見遊山にするおつもりですか。それとも人助けの旅ですか。自分の身も危ないと言うのに人の心配なんかお止めください」
ラドビアスの言い分も尤もだと分っている。 この先、不幸を背負っている人間などいくらもいるだろう。 その不幸をすべて引き受けるなんてできない。
それに、行ったところで弟はたぶんもうハイラの腹の中だ。
だけど、ランケイを放って置けない。 ここで会ったのは偶然かもしれないが、何か縁を感じてもいいのではないかと――上手く言えないけど。
「おまえの言いたいことはおれも思ってるよ。でも、もう決めたんだ。ランケイも連れて行く」
「クロードさま」
「おれの言う事聞けよ、ラドビアス。おれの従者だと言うんなら、おれの命を聞け」
その一言で、ラドビアスは何も言えない。 この少年は、自分を試しているのかもしれなかった。 口先だけの従属を許さないと言っているのかもしれない。
「承知しました」
部屋を出て行くラドビアスは、「宿にあとしばらくの延泊を伝えに行きます」とだけ言うともう誰の言葉も聞くつもりはないとばかりに扉を音を立てて閉めた。
「怖い人ね」
ランケイがほっと息をついた。
「怖い? そうかな? 口は確かに悪いけど、優しいし、頼りになると思うけど」
――優しい? クロードの従者を見て優しいとは微塵も感じなかったランケイは、彼が出て行った扉を眺めた。 彼が優しいのは、自分の主人限定なんだろう。 他にそう見せているとしたら、その必要性があるから――そんなところか。
「君はしっかり体力をつけてね。急がなくていいから」
「ありがとう、クロード」
幼く見える彼女を子供扱いしそうになって、はっとクロードは自戒する。 彼女にしたら、自分のほうが年下に見えているのだろう。 お互いが自分より幼く見えると思っているなんて滑稽だと声に出さずにクロードは笑った。
その後四日ほどでランケイは、すっかり良くなった。
「もう、ここを出ていけるわ」
「うん、その前にランケイ、君に聞いてもらわないといけない事がある」
ランケイを押しとどめてクロードが真面目な顔を彼女に向ける。
「何?」
「おれは、魔導師だ。この先いろんな術を使う場面や、君には理解できない事をすることがあるかもしれない。だけど、いちいち君には説明しない」
「それで?」
「おれは、前に見た魔獣のほかにもう一頭魔獣を使役している。彼らに勝手に触ったり、近づかないで欲しい」
クロードの話にランケイは喉が乾いていくのを感じる。 今まで魔導師といえば、隣村にいた小さな老人くらいだった。 彼が術など使ったことは無く、子供に読み書きを教えてくれる、気のいい年寄りという認識しかない。 魔導師が魔術を使うことは知っていても、実感したことなど無かった。
それが、この自分より年若い少年が使うというのか。 だが、ここで自分が嫌だという選択は無い。 あたしはセイシンを助けに行くのだから。
「勿論、いいわ」
ランケイの返事にクロードは、うんと笑いながら「着替えて下においでね。待ってる」と部屋を出て行った。
「クロードさま、出かけますか」
階段を降りてきたクロードに出立の準備万端のラドビアスが声をかける。 「そうだな」と応じた主人の目線が二階に向かったところで、ラドビアスが確認するように聞く。
「やはりあの娘を連れて行かれるのですか? あれは、厄災を招きますよ」
「かもな。でも、もう決めた。連れて行くよ、もういいかとは聞かないぞ、ラドビアス」
クロードにラドビアスは、諦めたような顔を見せた。
「わたしにそんな気遣いは要りません。あなたがお決めになったのなら」
――それに……確かめたいこともある。
「何か、仰りましたか?」
ううんとクロードが首を振ったところに、ランケイが降りてきた。 支度といっても倒れる前に着ていた服しかないし、荷物など腰にくくった幅広の紐に収まるくらいしか無かった。
魔獣を置いた山中に帰る道すがら、ラドビアスが気遣わしげにクロードに話しかける。
「思ったより、長い間、彼らを放っておいたのでこの先からは、気をつけていかないと」
「どういう事?」
クロードの問いにラドビアスは、ため息をつく。
「わたしも何度かは見に行ったのですが。彼らは退屈してました」
答えるかわりに、指を指す方へと目を向けると、そこはさながら戦場のようだった。
そこら中が燃えて、そこら中の木がなぎ倒されている。 そこに散らばる血の跡、跡。
「ランケイ、悪いけどそこで待ってて」
クロードが、後ろを歩いていたランケイにそう告げると一人獣道を進んでいく。
「一体何があるの?」
残されたランケイが横にいるクロードの従者に問うが、彼は斜めに視線を送っただけで何も答えない。
「彼を一人で行かせて大丈夫なの? 心配じゃないの?」
「主人は、そこらの子供とは違う」
ぶっきらぼうにラドビアスが答える。
「魔獣の興奮を抑えるくらい、彼には造作もないことだ。だが、へたに他の者が関わる方が危険だ。それより、何も聞くなと言われているのでは無いのか」
早口で言いたいことを言うと不機嫌そうにラドビアスは、もうランケイには感心を無くした様子で自分の主人の向かった先を見つめた。
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