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レイモンドール綺譚で明らかにされなかったクロードのその後です。
 体に封印された魔経典はどうなるのか。クロードと、ラドビアスは、隠されていた謎と向き合う・・・予定です(汗

旅立ちー1
「おれはもう、ここには戻らない。戻る理由が無いからな」
「クロードさま」
 口を引き結んで前を見るクロードに、ラドビアスは呼びかけたものの何も言えない。 レイモンドールに戻った時の主人はいつもの彼では無かった。
 助けを請う自分の叔父であるコーラルの口に、剣をつき立てるなど。 普段の彼は、殺生をするのを忌み嫌う。 

 それほどまでにして、彼はベオークに行くのだ。 全てを捨て去って退路を断った横顔は、あどけないほどの少年のものなのに。


「行くぞ、ラドビアス」
「はい、クロードさま」
 二人の乗った魔獣は、大きく高度を上げて大陸を目指す。
 ――おれは確かめたかった。 レイモンドールのボルチモア州から来た、使い魔の伝言を聞いて戻ったのはそのためだ。 そして……やはりそこに、レイモンドールにおれの居場所は無かった。 クライブは、立派な王になるだろう。 アリスローザは――。
 アリスローザは、見とれるくらい綺麗な大人の女性になっていた。 おれとなんか、釣り合いのとれないほどに。 おれは、このまま歳を取らない。 おれを見る者すべての顔に、親愛の情以外のものもあると分かって。
――恐怖。そう恐怖の色だ。 そう仕向けたのは自分なのに、深く傷つく自分。 弱い心。そうやって、相手から引導を渡されないと振り切れないと思っていた。 見知った者に囲まれてぬくぬくと暮らしていたくなる自分を変えるために、わざと恐ろしい魔道師を装って暴言を吐いた。
 自分の役割は、この国を魔導師に渡す事無い国にするという事。 悪鬼のように振舞って人々の記憶に残る。 イーヴァルアイが、やったことの始末をおれがつける。 それは、おれにしか出来ないことだから。
 それなのに、帰って来いとクライブは言ってくれて。 おれが必要だともう一度。 それだけで、その言葉を宝物にしておれは生きていく。 そして、前を向いて進まなくては。
 そう思うのに、クロードの頬に一筋流れる涙。 それは、何の涙なのか。
「おれたちは、もうあの国には必要ないよな」
「そうでしょうか」
「うん、おれたちがいたんじゃあ、あの国は一人立ち出来ない」
「……クロードさま」
 ラドビアスは、少し前をいくクロードの肩が細かく震えているのに気づく。 たが、彼は触れて欲しくは無いだろう。 慰めの言葉など、今の彼は必要とはしていない。 今はただ、彼の決心に沿うこと。 自分は、彼にどこまでも付き従うだけだ。
 それよりも、彼が向かうベオーク自治国へ行く困難さにラドビアスは気が重くなる。 ベオーク自治国の、いや、ベオーク教皇一族の強さをクロードは一端しか知らない。 だからこそ、決心できたのだろうが。
「もうわたしは、主人を失くすことはできない」
 ラドビアスは、小さく呟く。 自分を殺して主人に尽くすわけでは無い。 一人でいられないのはむしろ自分だ。 クロードを失うわけにはいかない。 ベオーク自治国に渡り、クロードの身の内にある、魔経典を取り出せば彼は普通の人として歳を取る。 そうでなくても、前の主人カルラの竜印がなくなった今、彼の寿命はあと百年もないだろう。 そうなったら自分は一人なのだ。 それは――なんとしても変えなくてはならない。 自分のために。
 恐ろしいほどの自分の所有欲と手前勝手な気持ち。 醜い一面があるのを認めざるをえない。 だからと言って容易く自分が変わるわけでもない。
「どこまでも罪深い自分には、クロードさましかいない」
 思わず洩れた言葉に魔獣が薄く笑う気配がした。
「愚かだとおまえも思うか?」
 鼻に皺を寄せたまま、魔獣は何も言わず、ラドビアスも黙り込む。 この旅路は、死への旅となるのか。 それさえも自分にとっては、生きるよすがだと思いながら。


「少しお休みしませんか」
「休みたいのか?」
 後ろから掛かる声に、クロードは苛々と振り返る。
「申し訳ありません、クロードさま」
「いいけど、すぐに出発だぞ」
「はい」
 その言葉を受けて魔獣たちは草地を選んで静かに降り立つ。 クロードは、声を出して初めて自分がいかに喉が渇いていたのかを知る。 声を出すのがつらいほどの喉の渇き。 そして、感じる疲労感。
「サウンティトゥーダ、アウントゥエン、水を飲みに行きなさい」
 魔獣に命じてから、クロードの方に伸ばされた手。 そこにあるのは水筒だった。
「ありがとう、ラドビアス」
 一口飲むと、クロードは我慢できずに喉を鳴らしてすべて飲み干してしまった。
「……ごめん」
 なんですかと首を傾げるラドビアスに、水筒を返しながらクロードはうなだれる。
「おれって自分の事しか考えてなかった。早く行きたくって、そればかりで。魔獣たちのこともおまえのこともちらっとも考えずに。おれは主人失格だな」
 気負ってる主人のために声をかけてくれたのだと分かって、クロードはふがいない自分にがっくりと肩を落としていた。 一日や二日で着くわけも無いのに、こんな事では主従共倒れになってしまうだろう。
「そのためにわたしがいるのですよ。魔獣のことなどクロードさまがご心配するには及びません。アレらは人間と違って一年くらい食べなくても生きているくらい丈夫なんですから」
 ラドビアスは、にこりと笑って荷物の中から薄手の毛布を取り出して広げた。
「こちらにおいでください。わたしは近くに宿があるかどうか見てまいりますから、それまでここでお休みください」
 クロードが大人しく座るのを確認すると、ラドビアスは背後の森に向かって魔獣の名前を口にした。
「サウンティトゥーダ、アウントゥエン戻って来い」
 張り上げたわけでも無い声に応えて二頭の魔獣が姿を現す。
「アウントゥエン、クロードさまをお守りしろ。サウンティトゥーダは、わたしと来い」
 アウントゥエンは軽く頭を下げるとクロードの側にどっかりと座ってべろりとクロードの顔を舐め上げた。
「ぐるるるる……」
 それに対して不満げに低い唸り声を上げたのはサウンティトゥーダだ。 この二頭の魔獣は、主人のクロードに対しては張り合っているため、いさかいも耐えない。 そして今は、主人ではなくラドビアスの命であるために抗議も大きい。 彼ら魔獣がラドビアスに従っているのは、ラドビアスが主人の身辺を守り、主人も彼に頼っているのを知っているからに他ならない。 もし、ラドビアスがクロードの脅威だと思えば、魔獣たちは躊躇ためらうことなく彼を食い殺すだろう。
「サウンティトゥーダ、ラドビアスと行っておいで」
 クロードの声に仕方なくサウンティトゥーダは、ラドビアスを背中に乗せて飛び立つ。
「おまえも疲れたろう。少し休もう」
 大きな首に手を回してクロードがアウントゥエンの耳の後ろを掻いてやると、くうんと可愛い声でアウントゥエンは鳴いてみせる。
「おまえってほんとに可愛いよな」
 ぎゅっと抱きしめるクロードをアウントゥエンが押し倒して顔を舐めるのを、クロードは大げさに体を捩って逃げる。 やってる本人たちは、楽しく遊んでいるのだが、もしこの様子を他の人間が見たら大騒ぎになっているに違いない。
 ――大きな翼を持つ赤い狼が少年を襲っている――にしか見えない。
「あははは、もう止めてよ。どうした? アウントゥエン」
 急に顔を上げて森の方へぐるるると唸る魔獣につられてクロードも森に目を向ける。
「待て、おれが様子を見るからおまえは木に隠れていろ」
 不満顔の魔獣にもう一度、行けと短く言うとアウントゥエンが渋々近くの大木の影に潜む。
不定期な更新になりますが、最後までがんばりたいと
思っています。


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