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1.裏切られた勇者
1 「……二週間後」

 
一人のコート姿の少年ストラトス・アディールが背中に剣を背負い、荷物の詰まった鞄を持つ。
 剣士スタイルではある少年だが、その体に鎧のような防具なるものは身に着けていない。命の恩人であり、憧れる兄貴と慕う「あの人」のスタイルを出会ってから真似しているから。

「行くのか?」

 ふいに声が掛けられた。後ろを向くと、美しい容姿に尖った耳、白い肌に銀髪を持つエルフの姉妹が立っていた。
 「あの人」の師匠とその妹であり、共に旅をした仲間である。

「はい、俺は兄貴は絶対に生きてると思うんです。笑えるほど強い人だったから」
「……そうだな」

 エルフ――シェイナリウス・ウォーカー、「あの人」の師匠でありエルフの一族でも強く、人間で例えるなら王族である出身の身である。もちろん、その妹であるレイン・ウォーカーも。

「シェイナリウス様、レインさんもこの国を出て行くんですね」

 二人も旅支度をしていることに気付き、尋ねる。
 ストラトスよりも少ない荷物であるが、それが彼女たちのすべての荷物だと知っているから。

「姉上は「あの人」を気に入って、私は世界を見たくて里から出ました。ですが、アンナ・サンディアルがエルフとの友好関係を必要かと疑問視する声を上げたせいでこの国に居づらくなってしまいました。なので、里へ帰ろうと思います」
「まだ国へ戻ってきて二週間しか経っていないのに……最悪っすね」

 暗い顔をするストラトスに、シェイナリウスとレインは笑ってみせる。

「ストラトスが気にすることではない、もともとエルフも異種族。人間とは相容れなかったということだ」
「俺はそんなことを思っていないっすよ! もちろん兄貴だって」
「分かっている。だが、人間はお前や馬鹿弟子のような者ばかりではない。それはお前もよく知っているだろう?」

 ストラトスは頷き、唇をかみ締める。
 たった一年間、だけどずっと一緒にいた仲間が裏切ったから。
 親に捨てられて死に掛けていた自分を、得にもならないのに本当に善意で助けてくれて、兄貴になってくれた「あの人」を裏切った女を思い出して唇をかみ締める。

「間違っても挨拶などして出て行こうとするでないぞ? あの女は、お前はもちろんキーアのことも手放す気はない。将来が有望だからな」

 それは嬉しいのやら、腹が立つやら複雑だ。

「そういえば、キーアはどうしてます?」
「あの子も国を出るそうだ。この国には居たくない、と。それなら、一緒に行動したほうがいいだろう。追っ手が来るかもしれん、キーアは発展途上ではあるが優秀な魔術師だが、前衛がいなければ役に立たん。あの子も今頃荷造りをしているところだったから丁度いいだろう」
「そうします。兄貴の分まで俺が守りますよ!」

 無理をして自身に発破を掛けているストラトスだったが、エルフの姉妹は何も言わず頷いた。

「ではな」
「元気でね」

 それが別れだった。

「じゃあ俺も行くか! とりあえず、キーアの所に行って……待っていてくださいね、兄貴!」

 そして、ストラトスも旅立つことになった。






 アンナ・サンディアルは自室で大笑いしたくなるのを必死に堪えていた。
 魔王を殺して、国へ帰ってきて二週間。その間に、自分の思い通りにことが運んでいた。
 最も彼女を喜ばせたのが、王位継承権を見直すという話が浮上してきていることだった。
 アンナの姉は優秀だった。次期女王として最高の王になるだろうと家臣からも民からも言われ続けていた。
 だが、それは違うとアンナは思っている。
 姉は確かに優秀だ。それは認めよう。だが、王になるべき器ではない。
 せいぜい、連合諸国の王族との婚姻を結ぶ駒程度だ。
 しかし、自分は違う。
 それをこの一年で証明してみせた。
 医療魔術が得意なこともあり、分け隔てなく困っている人々を助け聖女と呼ばれるようになった。そして、魔王を殺し英雄にまでなったのだ。
 国や城、兵に守られて勉強をしているだけの姉とは違う。自分で掴んだのだ。
 姉の側近たちは王位継承権の見直しに必死で反対しているが、きっと願いは叶うだろう。
 そう思うと、つい大声で笑いたくなってしまう。
 そして次に、異種族との友好関係を崩すことができたことが喜ばしい。
 アンナは異種族が嫌いであった。嫌悪していたと言っても良い。生まれながらに人間よりも優れ、人間よりも長く生きる。その逆もいるが、異種族は基本的に人間よりも優れている存在だ。
 だというのに彼等は支配を望まない。友好的なことばかりを提案する。
 綺麗事過ぎて、反吐が出てしまいそうになる。
 力を持つのに、人間と友好をなどと言葉にする異種族は必ず人間を見下しているのだと思っている。
 この一年は辛かった。
 「道具」のために、いくら国が友好関係を築いているといわれてもエルフと寝食を共にしたのだ。

「本当に辛かったですね」

 しかし、その一年を我慢したかいはあったのだ。
 彼女がふと口にした、異種族との友好関係は必要かという問いに、最初はサンディアル国側も驚きを隠せなかった。
 連合で唯一、誇り高く、気難しいと言われるエルフと友好関係を築いている国なのだから。
 その国の第二王女からそんな問いがでれば、驚くのは当然だった。
 だが、彼女の言葉にサンディアル国側も考えを変えつつある。
 アンナは言ったのだ「共に旅をしてきましたが、エルフの力は強い。そして彼等は聡明です。いつかきっと彼等はその力を人間に向けるかもしれません、しかしその力に抗うことはきっとできないでしょう、もう「勇者様」はいないのですから」と。
 同時に、他の連合諸国はそれに賛成する。何故なら、他の国々は異種族との友好関係を持っていないから。
 それを手放してくれるのであれば、他国としては大助かりなのだ。
 所詮、連合といえども、我が国が一番の優位でありたいと思う国々なのだった。
 それを上手く利用したのだ。

「本当に、何もかもが思い通りね」

 彼女は贅を尽くすわけではない、民を苦しめることはしない。今日も、会議の合間を縫って、街へ出て民との交流を深めてきた。
 子供と遊び、歌を歌う。
 戦争で親を失った子供たちのために孤児院と学校を作る計画も提案している。
 そしてそれは問題なく受け入れられている。
 姉は違う。
 外には出ずに、国をより良くどう導くかを勉強している。だが、もうそれだけでは遅いのだとアンナは思う。

「私は必ず王になるわ」

 アンナ・サンディアルは深い笑みを浮かべた。
 だが、その笑みも長くは続かなかった。

「失礼します」

 白銀の胸当てをした、金髪の青年だった。
 彼は王が聖女と呼ばれ英雄となった彼女に与えた騎士の一人であり、アンナの近衛騎士団一〇〇人を纏める団長でもある。

「あら、どうかしましたの?」
「はい、いつの間にかは分かりませんが、ウォーカー姉妹が宿から消えました」
「別に気にしないでください。どうせ近い内に追い出すつもりでしたので。それに、彼女たちが本気になったら人間では探すことは不可能だと思います」
「ハッ。それと……ストラトス・アディールとキーア・スリーズの二人が街から出て行ったという急ぎの知らせが入ってきました」

 この報告には流石のアンナも笑みを消した。

「なんですって?」
「兵士たちが思いとどまるようにと、せめて姫様にご挨拶をと説得しましたが、最終的には強行突破される形となってしまいました。流石に、英雄であるお二方に兵士たちもどうしてよいのか対応に困ったのでしょう」
「なら、仕方がないですね。追っ手は出せますか?」
「はい、お時間さえ頂ければ」
「ではお願いします。少しでも早く、二人を保護・・してください。他国に目を付けられたら大変です」

 アンナの命令に短く返事をすると、青年は礼をしてから部屋を出て行く。
 一人になったアンナは心底不思議そうにする。

「一体、どうしてこの国から出ようだなんて考えたのかしら?」

 二人にはこの国の力になって欲しいと伝えていた。
 まだ剣士として未熟なストラトスは騎士団へ入隊させ、立派な騎士になって彼を捨てた親を見返してもらいたかった。キーアもそうだ。現時点で十分に優秀であるが、その豊かな才能をもっと発揮できるように彼女のために優秀な師も用意していた。
 貴族ではないために後に苦労しそうなのは分かっていたので、後見人に自分がなってもいいとまで考えていたのに……。

「どうして……?」

 まるで能面の様に無表情に彼女は呟く。

「どうして、二人は私に断りもなく勝手にどこかへ行こうとしたのかしら?」

 そう淡々と呟いたのだった。





 メバリア大陸の北部に魔王が暮らす言われる魔王城がある。
 いや、もっと正確に言えば、魔王城を中心に異種族が暮らす他民族国家があるのだ。
 異種族は人間に迫害される者である。有名なところでは、エルフ、獣人、精霊などだ。もちろん、他にも多くの種族が存在しているが、その種族たちを纏めているのが「魔王」なのである。
 その国を人間は「帝国」と呼び、恐れ畏怖する。中には北部を「幻想世界」と呼び焦がれる者もいるという。
 その一方で、帝国に属さない種族や部族もいる。そんな彼等は隠れ里などに暮らしていたり、中には友好的な人間の国と関係を結んでいる種族、部族もある。
 逆に、人間でありながら、人間に酷い扱いを受けて北部に逃げてくる者もいる。
 しかし、異種族たちは彼等を優しく受け入れる。人間であろうと。ゆえに、帝国に人間も少なくないのだ。
 そんな大陸北部にある魔王城のある帝都イスルギの一つの家に、「彼」は寝かされていた。

「まだ、彼は目を覚まさないのかな?」

 そう問うのは魔王だった。
 勇者を迎え撃った姿とは違う、町娘のようなシンプルなスカートにブラウスを着ている。
 それでいて、闇のように漆黒の髪は美しく、彼女の白い肌に映えている。

「残念ながら」

 そう首を振るうのは亜麻色の髪のメイドである。
 勇者と魔王が空間から出てきた際に、駆けつけたメイドだ。
 彼女は魔王とは親戚関係であり、魔王よりも若干大人びた印象を与える女性だった。

「魔力、体力共に回復はしていますが、ここまで回復したのが奇跡ですので、目を覚ますかどうか正直わかりません」
「そうか……」

 それだけ言うと、彼女は彼の枕元にある椅子に座り、彼の髪を撫でる。

「君の名前が知りたい、君の生まれ育った国のことを聞きたい、そして私も君に名前を名乗りたい。色々な話をしたいんだ。だから、目覚めてくれ」

 優しく髪を撫でながら彼女は続ける。

「もしかしたら裏切られたことでショックを受けて目を覚まさないのかな? だったら安心して良い、この国では敵はいないよ。この国では皆が家族で仲間で味方だから」

 しかし、彼から反応は返ってこない。
 そもそも聞こえていないことを前提で話しかけているのだから、期待はしていなかった。
 だが、もしかしたら、と思わない訳でもなかったのも事実だ。

「ところで……国の被害は?」
「はい、だいぶ酷いですね。とはいえ、もともと国が広いわけではありませんので、侵略などの被害はありません」
「だろうね。北部は今は良いが冬が長く、冬になれば人間には暮らし辛い場所だ。だからこそ、私達の国があるのだけれどね」
「前線は北部ではなく、西部に近い場所で戦っていましたので、北部に被害がないのは幸いでした。帝国兵もそれ程の被害は受けていません。とはいえ、勇者一行に倒された者は多いですね。ですが、死者は少ないです。ほとんどの者が気絶か動けなくなる程度に痛めつけられて終わっています。勇者が魔王を倒したくない、異種族との交流を深めたかったのはこのことから見ても本当でしょう。また仲間にエルフがいたことも重なって、死者は少なかったようですね。どちらかといえば、前線の方で死者が出ています」
「なるほど……」
「将軍からの報告ですが、あくまでも連合は勇者一行を魔王様の下へ送ることが一番の目的だったようですので、一行が帝国軍を突破してからは小競り合いの時間稼ぎが主立っていたそうです」

 ふむ、と魔王は考える。
 確かに悪くない手ではあると思う。
 そもそも人間の兵士と帝国軍の兵士では、基本からして差がある。もちろん、そんな差を埋めるために、人間は魔術を使い、強い武器を作り、貪欲に強さを求めている。
 ゆえに一筋縄ではいかず、帝国は大きくならない。

「もっとも、帝国を大きくするつもりはないんだけどね。どうして、人間は領土拡大をしたがるんだろうか? もちろん、領土拡大の利点は分かる、だが、私たちは……迫害などされずにのんびりと平和に過ごしていたいだけなんだけどね」

 寂しそうに魔王は呟く。
 どうして人間にそれが伝わらないのか、と。

「とりあえず、人間の国では私は死んだことになっているし、今後が少し心配だね」
「はい、連合が調子に乗って攻めてくる可能性も大きいです」
「とはいえ、勇者クラスの実力者はいないだろうね。ただ、あの聖女の魔術はまずいね、二度は食らうつもりはないけれど、人間は魔術開発にも力を入れているというのは本当のようだね……正直、勇者が私を庇ってくれなかったら死んでいただろう」
「……そこまでですか」

 絶句するメイドに魔王は苦笑してみせる。

「考えてごらん、空間に閉じ込めて圧縮して殺す魔術だけど、破ろうとすれば上級攻撃魔術の各種が雨のように一時間近く振ってくるんだよ? 空間に捕らわれているから逃げ場は無し。魔王と言われても命は一つだし、あれは死ぬね」
「対策は?」
「空間圧縮なら魔力が強ければなんとかなる。だけど、その対策の上級攻撃魔術の雨が問題だね。対策としては、一秒でも早く空間を破ること。後は、私たちのように障壁だけで全開で耐えるか……くらいかな」
「魔王と勇者が死に掛けた攻撃を他の者が耐えられますか?」

 至極当たり前な質問に、意外と魔王は簡単に頷いた。

「一応、二日も飲まず食わず、眠らずに戦っていた時に食らったからね。いきなりやられなければ気づくことはできるし、魔力さえ温存されていれば破ることは難しくない。だが、そこまで要領悪く人間も仕掛けてこないだろうね、一番の問題はそこだよ」
「……そうですね」
「それに、魔力が少なかったり、体を使って戦うタイプの種族とも相性は悪い。力技での対抗策はないからね。あと、仮説だけど、外からも破ることはできると思う。あくまでも仮説だよ、私はわざわざ仮説を証明するためにあの魔術を食らうのは嫌だよ」

 それは確かに、とメイドも思う。
 とはいえ、人間が一番恐ろしいのは、そんな魔術を開発することではない。無論、その開発する執念も恐ろしいが、魔術を成功させるために同じ人間を平気で囮に使えてしまうことが恐ろしくて仕方がない。
 帝国では禁忌だ。
 迫害され、追われ、そして集まった異種族たちは仲間を家族のように大事にする。
 だからこそ、仲間を囮に使うという発想ができないし、仮に発想ができても感情がそれを許さない。
 それゆえに、異世界から誘拐同然に召喚され、道具として勇者にされ、最後には囮として捨てられた勇者に同情の声は大きい。
 きっと魔王は勇者を仲間にしたいだろうと、メイドは思う。
 彼女は優しい魔王だから。でも一番の理由はきっと……。

「う、ん……」

 メイドが考えていると、彼が唸り声を上げた。

「お、おい、うなされているぞ」
「無理もないでしょう、仲間に裏切られたのですから。肉体的はもちろんですが、精神的にもダメージは大きいと思います。これで幸せそうに寝ていられるのならある意味凄いですよ」

 とはいえ、そんなこともなく勇者はうなされている。
 苦しそうに、悲しそうに、辛そうに、掛けられた布団を強く握り締めて、小さく弱く、呻き声を上げる。

「大丈夫だ」

 そっと魔王が勇者の手を握り締めた。

「大丈夫、君を裏切る者はここにいない。だから心配しなくていい。君を利用した者など忘れてしまうといいよ。例え、世界中が敵になっても私は君の味方であり続けるから」

 魔王は優しく続ける。

「それに君を裏切ったのは一人いたけれど、残りの仲間は君を裏切ってはいないよ。私には非道な行いをした裏切り者に怒りを覚えているように見えた」

 だから、と彼女は言う。

「目覚めて欲しい、負けないで欲しい、ここで負けてしまったら君は悲しいまま死んでしまう。さっきも言ったんだが、私は君と会話がしたい、君の名前を聞きたい、君に私の名前を名乗りたい、お願いだ……目覚めてくれ」

 その時、立ち会ったメイドは奇跡を見たと感じた。
 魔王の思いが伝わったのか、それともただタイミングが良かっただけか、ゆっくりと、ゆっくりとだが確実に勇者の目が開いていく。

「ま、魔王様!」
「うん、君は負けなかった。名前を教えてくれないか? 私の名前はリオーネ・シュメールだ。君の名前は?」





 大陸暦三〇〇五年の春、裏切られた「元勇者」と優しい「魔王」が出会った。


 後に、歴史学者は語る。
 この二人が出会わなければ、世界が滅んでいた可能性が高かったと。

 後に、ある神学者は語る。
 多くの問題を抱え、特に人間が異種族を迫害し、欲に塗れた「恥の時代」にこの二人が出会ったのは神による奇跡だと。

 後に、古き時代から生きる龍は語る。
 この出会いがあったからこそ、生涯で最初で最後の最高の主に出会えたのだと。






勇者の仲間、聖女、魔王のその後を書かせていただきました。
もうしばらく後日談が続きます!
ご意見、ご感想、ご評価を気軽にしていただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いします!


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