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35話:エースの素質

 朝もやがかかる王都の外周を、私は規則正しいリズムを刻んで走っていた。

 はっはっ、という呼吸が、静寂な朝の空気を切り裂ていく。


 もはや日課となった、私の早朝トレーニングだ。

 私が所属している部隊の仕事内容は多岐(たき)に渡るため、自主鍛錬(じしゅたんれん)をやっておかないと、すぐに実力が錆びついてしまう。


 レスティケイブから湧き出てくる強力な魔物の討伐や、王族一行が諸外国を回る時などの身辺護衛、それから地方がきちんと領主に管理されているのかを確かめる視察および何か問題があったときの武力行使。


 そのどれもが非常に重要で、王国内では私たちにしかこなせない仕事だった。


 そう。私たちは、選良(せんりょう)(ほま)れ。

 誇り高きウェルリア王国聖十字騎士団だ。


 東から登る朝日を横目に見ながら、ただひたすら王都の城壁の外周を走り続ける。


 隣にはまだ眠たそうな、ビーチェがいる。

 プラチナブロンドの髪を揺らして、「あー、つら……」だの「ねみぃー……」だの文句を言いつつも、しっかりと私についてくる。


 白銀の甲冑(かっちゅう)を着込んでいるのに、彼女の白い肌には汗一つかいていない。

 日頃から厳しいトレーニングを課している証拠だった。


 なんだかんだ言いながら、ビーチェも優秀な女性騎士だ。


「ビーチェ」

「んー……? なに、リリ」


「そろそろ実践演習に移ろうか」

「あーい」


 王都の外れの草原になっている場所まで駆け足でやってきて、立ち止まる。

 わずかに乱れた呼吸を素早く整え、私は腰の(さや)から剣を抜いた。


 基礎体力トレーニングの次は、真剣を用いた実践演習だった。

 ビーチェと私の実力は悪く言っても伯仲(はくちゅう)、自分を贔屓目(ひいきめ)に見れば私がやや……いやかなり上回っている。


 とは言っても、気を抜けばやられてしまう相手だ。

 実戦の練習をする上で、ビーチェほど適任の相手はいない。


 同じ女子だし。

 対峙(たいじ)するビーチェもさっきまでの眠そうな顔を一変させ、マジメな騎士の顔つきになっていた。


「じゃ、行くよ」

「どこからでも」


 その言葉とともに、私と彼女が地を蹴った。

 一息にビーチェの懐まで潜り込んで、魔法で強化した剣の閃光を放つ。


 甲冑によって守られているけれど、それはまともに受けてしまえば胴体を両断する一撃だった。

 しかし、ビーチェはそれを同じ白銀の剣で難なく受ける。


 高速の剣技が、連続して交わされる。

 鋼と鋼がぶつかって、魔力の摩擦(まさつ)が起きた。

 青白い魔法光が、まだ陽光が登り切っていない王都の外周に舞う。


 続く連撃もビーチェにパリィング(剣で弾かれる)され、やはり彼女との戦いは何の策もない真っ向勝負で決まるほど甘くはなかった。


 一つバックステップを挟んで、数歩分の距離を取る。

 踏み込み様の大ぶりの攻撃なら、なんとか届く程度の距離だ。


 距離を空けることを警戒して、ビーチェが飛び込んできた。

 それもただの前進ダッシュではない。

 

 ビーチェは私にどんな踏み込み際のカウンターをされても、反応ができるように後ろ足に重心を残している。

 騎士団の戦闘技術で、送り足歩きと呼ばれるステップ技術だった。


 さすがだな。

 

 前に出るときに一番気をつけなければならないのは、重心も前に前に出てしまうことだ。

 重心が前に乗っていると、横や後ろからの突然の奇襲に対応できないことが多い。


 これを防ぐためには重心を後ろ足にかけたまま、送り足歩きで前に出ることだった。

 こうしていれば、こちらの攻撃に対応し、スウェーバック(仰け反り)で回避することも可能になる。


 ビーチェは騎士戦闘のセオリーにしたがって、後ろ足になっている左足に重心をかけたまま、踏み込んで剣をひらめかせた。


 剣での防御は十分間に合う。

 けれどそれでは同じ剣技の打ち合いになるだけで、ビーチェの守りは崩せない。


 ここで私は、天職・神級騎士として取得した、切り札とも言えるスキルを使って対応することにした。


 私に高速で迫ってくる剣を目視しながら、私はスキルを発動させる。

 ビーチェの目の前から突如として私の姿が消失する。

 私は彼女の真後ろへと一瞬のうちに移動した。


 彼女の背後から剣を振りかぶり、大上段からビーチェの脳天めがけて剣を振り落とす。

 ビーチェが振り向きざまに舌打ちし、横に飛んで回避した。


「ちっ、出たな、空間跳躍くん!」


 あとすこし早ければビーチェを捉えていたのだが、転がるようにしてサイドに逃げた彼女。

 私の剣は空を切り、大地に叩きつけられる。


 草原をゴロゴロと転がって、ビーチェは少し離れたところで起き上がる。

 私は続けざまにスキルを発動。


 また私の姿がビーチェの視界から消えて、今度は彼女の上空に突如として出現する。


 私を見失ってほんのわずか隙ができたビーチェの上空から、弧月(こげつ)を思わせる軌道を描いて剣が振り落とされる。


「だぁ、もうっ! それ反則だってば!」


 再びビーチェはがむしゃらに飛び退り、私の剣は数瞬前まで彼女がいた大地に突き刺さった。

 魔法による威力強化のかけられた一撃は、地面をクレーターのごとく(えぐ)りとる。


「洒落になんない! リリ、それ当たったら死ぬから!」

「大丈夫、大丈夫。一撃ぐらい平気だって」

「こいつ……調子に乗ってぇ……!」


 ビーチェが心底憎たらしげに、私を睨みつけた。


 そのまま試合は同じ展開をなぞり、ビーチェの視界から消えては死角に現れる私と、それに必死で対応するビーチェの図が出来上がった。

 

 これが、最近私が取得した切り札のスキルだった。

 次元系統の神級スキル。空間跳躍(くうかんちょうやく)


 離れた空間をモーション抜きで一気に移動する、戦闘での圧倒的劣勢をわずか一手で跳ね返せるほどの、最高峰(さいこうほう)スキルだ。


 もちろん消費魔力がとんでもないことになっているが、それも日々の鍛錬で徐々に使用限界量が上がってきている。

 このスキルのおかげによって、今や私の騎士団での立場は有数の実力派騎士として確立している。


 私とビーチェの試合は空間跳躍による追いかけっこになっていて、終始私が彼女を追い詰め続けた。

 ビーチェの体力が尽きたところで、私たちは実践演習を終了した。


「いやー、今日も疲れたね。いい試合だった」

「どこが!? 私、最初を除けばあとは必死に逃げてただけなんですけど!?」


 ぜえはあ、と荒い息をつきながら、ビーチェが憤慨(ふんがい)する。


「うんうん。逃げる相手を追いかけて徐々に追い詰めていくのって、楽しいよね」

「性格わりぃー、この女……」


 乱れた呼吸を整えながら、ビーチェは苦々しげに言った。

 そうして私とビーチェは早朝鍛錬(そうちょうたんれん)を終えて、王城内にある魔石のシャワー室へと向かった。



◇ ◆


 あたしとリリの早朝鍛錬もすっかり毎朝の恒例行事と化していて、もう一ヶ月半は継続して行っていた。

 騎士団の仕事は、基本的に3~4人で1つの部隊を構成してチームであたる。


 あたしとリリは騎士団の部隊でも同じチームなわけで、必然的に朝から夜まで彼女のことを見ていることになる。

 だから、リリの強さはよく分かっているつもりだ。


 早朝訓練中にもリリとの実力差を否応がなしにも感じさせられるし、任務中でリリに助けられることだって数多くある。


 特にリリがここ最近で取得した、例の空間跳躍スキル。

 あれはヤバイ。


 大陸でもほとんど使い手がいないと言われる、次元系統の神級スキル。

 一瞬で空間を跳躍してしまう、神がかった性能を誇るスキルだ。


 空間跳躍は魔力消費が多いらしく、連発すると継戦能力(けいせんのうりょく)が下がるから、普段はリリも空間跳躍を使わないようにしているが、あれを本気で戦闘に組み込み始めたらきっと今の騎士団でリリに勝てる者はいない。


 決定的な窮地(きゅうち)におちいっても、リリはこの『空間跳躍』だけで劣勢を跳ね返せる。

 それはまさしく、エースの素質。


 現・トップ騎士と呼ばれているリジェクト団長も、何かとリリに目をかけているようだった。

 リリはウェルリア王国で、最強の地位まで上り詰めつつある。


 だからそれゆえに、王国は決してリリを手放そうとしないだろう。

 これからウェルリア王国で地位を築けば築くほど、リリは不幸になる気がしてならない。


 彼女の最愛の男性・ルークが、エジンバラ皇国で着実に伸びていっているから。

 国の違いほど大きな隔たりもない。



 ◇ ◆


 私とビーチェはシャワー室の中で並んで、水の魔石から出てくる水粒に打たれていた。


「リリ。そういえばさ」

「ん、何?」


 私はいったん魔石から出てくる水を止め、石鹸(せっけん)を泡立てて身体をこする。

 心地よい香りを楽しみながら、ふくらんだ自分の胸や太ももを、順に洗っていく。


「こないだのエジンバラ皇国にあった大侵攻の話、もう聞いたでしょ?」


 ビーチェの方を振り向くと、彼女の表情にはいっぱいのにやにやが浮かべられていた。

 この子……私が意識してるのを分かってて、あえて冷やかそうってわけか。


「聞きました。ルークが冒険者たちを指揮統率して、大侵攻に史上初の快勝をしたんでしょ」


 300の手勢で大侵攻を食い止め、あまつさえ完全勝利を上げた話はこれまで聞いたことがなかったため、いっときは騎士団でもその話題でもちきりだった。


 当然、ルークという冒険者は、私がよく知るロロナ村のルークに違いない。


 あの、低位魔導師しか天職がなかったルークが。

 王国上層部の陰謀に()められてこの国を去った彼が。


 私の知らないあいだに、いまやこれだけの存在になっていたのだ。


 ルークという光り輝く才能を手放したことを、リジェクト団長と国王陛下たちは深く後悔しているようだった。


「そのルークくんにね、スペイツ王子がご執心のようなんだって」

「へぇ、スペイツ王子って言えば、あの変わり者の?」

「そ」


 一部の平民や冒険者からはキレ者という評価もあるようだが、ウェルリア王城内でのスペイツ王子の評判はあまり良くない。


 平気で城下町まででかけてリンゴのはちみつ焼きを屋台で買い、スラム街をうろついては危険な目にあったり、安っぽい居酒屋で見知らぬ平民と酒を飲み交わすようなスペイツ王子の性格が、誇り高さとメンツを重んじるウェルリア王国の上の方々に嫌われているのだそうな。


 うつけ者、として悪い意味で評判のスペイツ王子だった。


「なんでもあの会戦に参加して、リリの彼氏の戦術にひどく感銘を受けたんだって」

「彼氏じゃないし……。そんなこと、よく調べてくるね」


 身体中についた泡をシャワーで流し落としながら、私は呆れ混じりに言った。

 髪についた水滴を弾くように頭を振るうと、同時にあまり大きくない私の胸も揺れた。


 ビーチェが隣で『おぉ、このシーンを魔道具の撮影機で撮って売れば、大儲けだ』などと馬鹿なことを言っている。

 呆れ混じりに彼女を見ると、ビーチェは得意気に笑った。


「ま。ゴシップと他人の不幸が、あたしの生きる原動力ですから」

「最低の女……」

「ちょっとちょっと、あたしという情報源を潰していいの?」


 いや……まぁ、女という生き物は、たいていこんなものなんだけど。


「で。何? ルークが頑張って大侵攻に勝って、スペイツ王子がご執心で、それからどうなるの」

「王子、シリルカの高級宿に泊まり込んで毎晩机に向かって、片っ端から兵法書を読みながらルークくんの戦術を研究してるみたいだよ」


「へー……。会戦の戦術って私詳しくないけど、研究すれば真似できるようなものなの?」

「分からないけど。本人はやる気満々で学ぶつもりなんでしょ」


『ふーん、あぁそう』と興味ないふりを(よそお)って聞き流す私を、ビーチェはうざいほどの意地悪な顔で言った。


「ビーチェ様に、そんな態度とっていいのかなー」

「なによ、もったいぶって」


「ここからが本題なんだけど。近々、ウェルリアとエジンバラのあいだで戦争が起こるかもしれない」

「え。な、なんで!?」


 驚きのニュースに、私は声を張り上げた。

 ウェルリアとエジンバラは国土を隣接する敵国同士とは言え、一応ここ十数年は和平で結ばれていたはずだ。


「レスティケイブから出てくる魔物っていう共通の敵もあるのに、なんで人間同士が今更戦争なんかしなきゃいけないの!?」


「両国のパワーバランスが崩れたからでしょ」

「パワーバランス……?」


 意味が分からず、率直に聞き返した。


「今まで、大侵攻はうちもあちらさんも、基本的に国軍を動員しないと勝てない相手だったのに、今回エジンバラはたった300の手勢で魔物の大軍に勝ったんだよ? 

 エジンバラの上層部がルークくんをどう評価してるのか確かじゃないけど、ふつうならまず間違いなくあの戦術の天才を手元に置いておきたいって考えるでしょ」


「それは……たしかにそうかもしれない」


 ごくりとつばを飲み込んで、私は頷いた。

 頬を伝って流れ落ちる雫が、足元のタイルを濡らした。


「ルークくんに加えて、今のエジンバラには剣神ロイもいる。

 あの2人がいれば、ウェルリアの王都ぐらいなら簡単に落とせるじゃない。

 レスティケイブからの脅威をルークくんたちがほぼ完全に取り除いてしまった今、エジンバラが次に標的にするのはどこ?」


「隣国の……鉱山や畜産資源が豊富なウェルリア王国……」


 寂寞(せきばく)の思いで、口にした。


「正解。これからどう転ぶにせよ、ルークくんと戦いたくなければ、リリも早めに手を打ったほうがいいかもね」


 ビーチェは魔石から出る水を止めて、シャワー室の壁にかけていたタオルを手に取る。

 豊かな胸を隠すようにしてタオルを巻くと、シャワー室から出ていった。


 あとには呆然とした私だけが残された。

 排水口に流れていく水とともに、私の悩みも流れてしまえばよかったのに。 

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
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