32話:次なるステップ
シリルカの東外れで起こった大侵攻は、ひとまずの終結を迎えた。
こちらの被害数は数えるほどに収まり、魔物へ致命的な打撃を与えることができ、そのほとんどの魔物が消滅して魔石へと変わることになった。
平原に散らばる魔石は、まるで金銀財宝のごとくだ。
上級魔石も多く、これをギルドで売れば大金になる。
もっともこれらすべての魔石は、冒険者ギルドの物となって回収・管理する。
魔石の売却益から、各冒険者への褒奨金が支払われる。
もちろん、いくつか自分の懐にくすねた冒険者も確実にいたのだが、あまりにも膨大な魔石の量なので冒険者ギルド側も管理しきれない。
窃盗があまりにも目に余るようだったらギルドから処罰が下るだろうが、10や20の魔石をくすねる程度なら、お目こぼしというわけだ。
「それじゃあ、冒険者を指揮統率して戦ってくれたルークには、特別にこれだけ受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドのカウンター越しに、僕はギルドマスターから金貨袋を受け取った。
中を確かめてみれば、金貨が山のように入っている。
「これ……いくら入っているんですか?」
「金貨100枚だな」
「100枚……」
あまりの大金に、目が回りそうだった。
「いいんですか、こんなにもらって。ギルドが赤字になるんじゃ……」
「みんながみんなに、これだけ払ってるわけじゃない。お前さんはあの大侵攻を食い止めた第一人者だ。高い能力には、正当な報酬を支払うのが、商売人の礼儀だ」
「はぁ……」
そう言ってくれるのなら、受け取らない理由がない。
僕もこのお金で装備や消耗品を整えることができるし。
それにしても、金貨100枚か……。
シャーレさんのところの最終装備で全身を固めても、なおおつりが来る額だ。
とりあえず装備強化は後回しにして、まずはロドリゲスさんの屋台でご飯を食べよう。
激の後だからか、お腹が空いてしょうがなかった。
「では、受け取らせて頂きます。ありがとうございました」
「こちらこそ。また問題があればよろしく頼む」
「はい。では」
「あぁ、それと」
背を向けて去ろうとした僕に、ギルドマスターのクロスさんは言葉を投げかけた。
「うちに冒険者登録する気はないか? 冒険者としてやっていくなら、ギルドに登録しておいた方がなにかと融通が効くぞ」
それもそうだな、と思い至る。
ユメリアやホロウグラフを探っていくには、冒険者ギルドに登録して、横のつながりを強化しておいたほうが何かと都合がいいだろう。
「あぁ……そうですね。これだけ金貨があれば、もう商業ギルドで魔石を売って稼ぐ理由もあまりないですし。では、冒険者ギルドへ登録させてください」
「分かった」
クロスさんがカウンターに出した羊皮紙に必要事項を記入して、ギルドメンバーの証である銀のブローチをもらって、それをローブの胸元につけると冒険者ギルドへの登録が終わった。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。歓迎する、期待の新人」
「はは。ありがとうございます」
一礼して、僕は冒険者ギルドから出た。
シリルカの大通りを歩いて、ロドリゲスさんの屋台へとやってくる。
「らっしゃい! お、坊主じゃねえか」
「お世話になっております」
「商人か、お前は」
くつくつと、屋台の店主は笑った。
「まぁ座れよ。飯、食っていくんだろ?」
「はい。そのつもりで来ました」
年季のある木製の屋台に、僕は腰掛ける。
「なにやら大武勲をあげたらしいじゃねえか」
「あぁ……、どこから聞いたんですか」
耳が速い。
「シリルカの街のみんなが、お前のことを讃えていた。『大侵攻を食い止めた天才軍師様がいるんだ』ってな」
「そんなんじゃないですよ。たまたま上手くいっただけで」
僕の気持ちを知ってか知らずか、ロドリゲスさんは言った。
「一度でも大成功をあげれば、どうしても次を期待される。まぐれだったのか、はたまた実力だったのか。次の期待に応えられた時、市民の信頼は本物に変わるだろうな。次が勝負だぞ、ルーク」
「……そうですね。その通りだと思います」
静かに頷く僕に、ロドリゲスさんは『景気づけに一杯やっとけや』と、蜂蜜酒を出してくれた。
「あの、僕はお酒は……」
「まぐれでも天運でも、とりあえず戦勝を上げたことは確かなんだ。俺のおごりだ。まぁとりあえず今日は飲めや」
「はぁ」
曖昧に首肯して、僕ははちみつ酒をあおった。
甘いはつみつに、少しからいアルコールが混じり、甘いのに苦いという不思議な味をした飲み物だった。
黄金色の液体を喉に流し込むと、ロドリゲスさんが口笛を吹いた。
「いい飲みっぷりだ。もう一杯いっとくか?」
「いえ……これで十分です。二日酔いなんかになると、迷宮攻略どころではなくなりますから」
「体調管理は大事だな」
彼はもっともらしくうなずいて苦笑し、次にグラスに注いでくれたのはオレンジジュースだった。
それから今日の屋台のメニューである、串揚げを食べさせてもらう。
肉や魚、野菜を串に通して香辛料を振り、油で揚げる食べ物だ。
ウェルリアでも豚肉の串揚げ料理は人気のメニューだが、魚を揚げる習慣は向こうにはあまりない。
エジンバラの串揚げはピリリと辛い香辛料をたくさんふりかけるのが特徴らしく、魚の切り身がいい具合に辛くて、副食の温野菜がよく進む。
「美味いですね、串揚げ」
「だろ」
串揚げに舌鼓を打っていると、別の客がやってきた。
大の男が3人で、肉体労働に従事しているのか、作業着を着て頭にタオルといういかにもな感じの彼らだった。
カウンターにつくなり、『大将、まずは一杯くれや』と言っている。
「しっかし、大侵攻相手によくやってくれたもんだね」
「うちの冒険者も捨てたもんじゃねえな」
彼らはビールで乾杯したあと、そう語りだした。
串揚げを頬張りながら、思わず聞き耳を立ててしまう。
「ルークとかいう新米がなかなかのやり手らしい」
「まだほんの子供って聞いたが。天才ってのはいるところにはいるもんだね」
「だなぁ……。いったいどれだけ褒奨金がもらえたのやら」
「あれだけの魔物を相手に立ちまわったんだ。金貨10枚はくだらないだろうな」
「チッ……。俺らが汗水たらして働いて、月に銀貨20枚稼げればいいほうだってのに。冒険者ってのはワリのいい職業なもんだね」
耳目を集める今をときめく話題は、やはり大侵攻なのだろう。
彼らは妬み半分で、僕に対する陰口を展開させている。
ロドリゲスさんのような屋台や居酒屋には、様々な客が来る。
冒険者の世話をすることもあって、こういう場所はギルドと同じぐらい、外の生きた情報が入ってくるものだ。
「領主様の税金が高すぎるのも、問題なんだよな……」
「あぁ。現物で穀物を納めてる農民たちも、重税に悲鳴を上げてるよ」
「チッ……。金貨10枚や20枚を1日で稼ぐヤツがいると思えば、俺たちの仕事はなんなんだって話だ」
「朝起きて食う飯が、固いパンを水にひたしたものってんだから、俺たちは報われないな」
「まったくだ」
彼らの話を聞いて「こういう世界なんだよな」と、僕は改めて思う。
冒険者になってレスティケイブで狩り出して、魔石でその日を十分に暮らしていけるだけの収入をあげていたが、冒険者なんてのはこの世界では超エリートだ。
本来は彼らのような地道で苦しい生活が基本だ。
僕もロロナ村で暮らしていた時は、その日を生きていくだけで精一杯だった。
そして、肉体労働者の彼らのことだけではないが、こういう店での客の愚痴や雑談というのは、領主にとっていい情報収集の場となる。
街人たちが何に不満を感じているのか、領主の圧政に耐えかねて武力蜂起を起こさないか。
そういうクーデターの兆候をつかむことができる。
ロドリゲスさんはそうではないかもしれないが、だいたいこういう店の店主は支配者層・地方領主と通じている。
だからかもしれないが、愚痴をこぼす客達に対して、店主のロドリゲスさんは淡い微笑を浮かべたまま、調理を続けていた。
そのまま彼らの話が領主と高税への愚痴に突き進んでいったので、僕は満腹になった頃合いで席を立った。
「ごちそうさまです」
「おう。また来いよ」
店主としての気遣いか、ロドリゲスさんは退店際に僕の名前を出さなかった。
その心遣いに感謝しながら、僕はロドリゲスさんに対価を払って屋台を後にした。
空腹を満たせば、次は魔法と装備の強化だ。
自分に鑑定を使って、大侵攻の戦いでレベルが2上がっていることを確認する。
おまけに上級魔法を覚えて実際に魔法を使ったからか、天職は上位魔導師にランクアップしていた。
指揮官として動いていたから、普通に戦うより多くの経験値を取得できたのかもしれない。
装備は臨機応変にどんどん変えていかなければならないと思っているが、魔法なら一度覚えれば半永久的に使えるから、こっちを先に強化しておく。
僕は聖教会へと向かった。
いかめしい装飾の門をたたき、中へ入っていく。
出迎えてくれたのは、いつもの神父さんだった。
「よく来たね、ルークくん。今日も成長の儀かい?」
「お願いします」
「相変わらずレベルの上がる速度が異様に速いな」
かなりの頻度で聖教会に通っているので、もはや勝手知ったるという感じだった。
いつもの流れで儀式をお願いし、取得可能な魔法が水晶に浮かび上がる。
<新規取得可能魔法>
炎系統上級魔法 フレア
威力A 攻撃速度B 魔力消費A
(※範囲攻撃魔法)
雷系統上級魔法 ライゼスホーン
威力A 攻撃速度S 魔力消費S
(※縦列攻撃魔法 雷の斧を前方一列に叩きつけます。感電・麻痺の追加効果有)
水系統初級魔法 ヒール
威力E 攻撃速度D 魔力消費C
(※治癒魔法 簡単な傷を修復します。部位欠損、内蔵破壊などは治せません)
水系統中級魔法 ヘイスト
威力E 攻撃速度A 魔力消費A
(※支援魔法 パーティーメンバーの攻撃速度と移動速度を大幅上昇させます)
水系統中級魔法 アイスカーテン
威力E 攻撃速度B 魔力消費A
(※反応型発動魔法
この魔法をかけておけば、敵の攻撃に自動反応して防御壁が現れます)
光系統初級魔法 ライト
威力E 攻撃速度D 魔力消費D
(※支援魔法 周辺一帯を照らしだし、視界を良好にさせます)
<既存取得可能魔法>
ファイアバレット
ファイアランス 以下省略……
取得可能数 2
「だいぶ取れるようになってますね」
「ルークくんがかなり強くなっている証拠だよ。さて、2つ取れるがどうする?」
まず一つは、移動速度と攻撃速度の上がるヘイストで問題ないだろう。
これがあれば、これまで頼りっぱなしだったロイさんをかなり支援することができる。
「1つはヘイストで」
「了解した」
神父さんの祈祷によって、僕の身体に神聖なきらめきが起こり、ヘイストを取得する。
「次は……」
火力魔法は、現状ではもはや十分だった。
ライジングスパークは現状ではかなりの威力を誇っており、そもそも3階層程度ならサンダーランスでも十分に通用する。
なら、ここらで回復魔法を覚えておくべきだろうか。
ヒールは初級魔法で、部位欠損や内蔵破壊などの致命傷は回復できないにしても、切り傷程度なら治せるようだ。
回復魔法はあって損はないし、ヒールを使い続けることによってより上級の回復魔法を覚えられる可能性が高くなる。
それと気になるのは、新しく出た上位系統の光の魔法を覚えるかどうするかだ。
正直、ライト程度の性能の魔法を取るぐらいなら、ヒールや水系統中級魔法のアイスカーテンの方が実用性は高い。
ただ、魔法の取得には習熟度という概念があって、その系統の魔法を使い続けないとより上級の魔法が取れないことになっている。
「神父さん、光系統の魔法って、具体的にどのようなものがあるんです?」
「あぁ、ここで一度、系統別の特徴を説明しておこうか」
お願いします、とうなずいて、神父さんの解説を聞いた。
彼の話を統括してみると、こうだった。
『基礎系統の各長所』
火:火力に優れる
雷:攻撃速度に優れる
水:支援・治癒に優れる
土:妨害に優れる
風:射程距離に優れる
『上位系統の各長所』
光:火と雷の上位互換
闇:土と風の上位互換
無:水の上位互換
次元:時間と空間の魔法。大陸全土でも使い手がほぼいない特殊系統。
「光系統いいですね。火力と速度を両立できるんですか?」
「そうだね。ルークくんの成長速度なら、いずれは使用魔法のほとんどが光か闇をメインにすえて、戦うことになるんじゃないかな」
「分かりました。じゃあこれから、光系統を伸ばそうと思うので、ライトでお願いします」
「分かった」
こうして僕はヘイストとライトを覚えて、聖教会をあとにした。