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31話:シリルカの街攻防戦 終

 シリルカの東の平原で、人間と魔物。

 互いに向かい合った軍勢が、激突する。


 戦闘開始は定石どおりに、このような展開を見せた。



 敵右翼        敵中央      敵右翼

(ペガサスナイト) (ハイトロール)  (サジタリウス)

  ↓         ハイオーク      ↓

            ↓ ↓




  ↑         ↑↑         ↑ 

 左翼         中央        右翼

(シルヴァ指揮)  (ルーク総指揮)   (ロイ指揮)


 左翼後列                右翼後列  

(後衛職)                (後衛職)




「おおおおーッ!」

 

 人間軍は(とき)の声をあげて、圧倒的な物量で侵攻してくる魔物を迎え撃つ。

 あまりの戦力差に、みな叫び自身を鼓舞(こぶ)せねば、戦意喪失するほどであった。


 しかし戦端は、一兵卒ならぬ中央の冒険者たちにとっては、意外な形で幕を開けることになる。


 平原のど真ん中に、人間軍と魔物軍を隔てる巨大な水の壁が出現したからだ。

 僕が使ったウォーターウォールだった。


 人間軍と魔物軍を隔離させるその水壁は、敵主攻の侵撃を食い止めた。


「ルーク殿がこれを張ってくれたのか!?」

「はい。少しですが、時間を稼げます!」

「防御支援はありがたい!」


 タンク職たちの嬉々とした感謝の言葉を聞きながら、僕は水壁をコントロールする。

 ハイトロールたちは行く手を(はば)む水の壁に、苛立って棍棒を叩きつける。


 さすがに下級の防御魔法のため、水壁の一部はあっけなく壊されるも、僕が取得した常時発動型スキル(パッシブスキル)魔法二重発動(ダブルキャスト)によって、水壁の向こうにまた水壁を張り巡らせた。


 魔物軍の中央部隊が、僕の張った1つ目の水壁を壊しているうちに、2つ目を張る。

 1つ目の水壁が壊され魔物の群れが2つ目に激突すれば、今度は1つ目の水壁を完全に消して2つ目の後ろまた水壁を張る。


 ウォーターウォールと魔法二重発動を利用した、敵中央の侵攻を遅らせる遅滞戦術(ちたいせんじゅつ)であった。

 こういう風に二重防壁として使えば、ウォーターウォール単体では効果の薄いものでもそれなりに時間が稼げる。


 もちろん、中央全域を覆うウォータウォールを張るとなれば、かなり魔力消費が激しい。

 しかし総指揮官として中央後列に位置している僕にとっては、これぐらいはやって当然のことだった。


 もちろん水壁の隙間(すきま)をかいくぐって、こちら側に抜けてくるハイトロールたちもいる。

 そういう敵を、前衛で盾になることが本職の彼らが、迎え撃った。


 大きな盾をかかげ、槍ぶすまを作って、トロールたちの進撃を食い止める。

 槍に突き刺さったハイオークが絶命し、魔物の死体が1つ2つと増えていく。


 中央での遅滞戦術が功を奏し、魔物の進撃を食い止めているあいだに、両翼の戦局は大きく動いていた。


「俺についてこれるヤツだけついてこい! 無能は置いておくぞ!」

「おおッ!」


 右翼はロイさんが指揮を取り、敵左翼の馬の胴体と蛇の魔物・サジタリウスの群れに突進していく。

 乱戦の中でも、やはりロイさんは別格だった。


 青白く光る剣を手に、部隊長自らが先陣を切ってサジタリウスの群れに特攻していく。

 剣閃がひらめくたび、サジタリウスの死体の山が量産されていった。


 そんな有能な武将に率いられた右翼は戦意十分(せんいじゅうぶん)で、続々とロイさんが切り開いた道を追っている。


 そこに、右翼後列の魔法攻撃による火力支援が降り注ぐ。

 魔物だけを狙った追尾性のある魔法で、的確にサジタリウスに魔法攻撃が突き刺さる。


 こちらの右翼とぶつかっている、敵左翼ははやくも崩壊の兆しを見せていた。

 敵の左翼後列も負けずと魔法攻撃を放ってくるが、僕は素早く中央で張っていた水壁を1つ解除。

 

 右翼の防御支援にあてた。

 空中に出来(しゅつらい)させた水壁が、敵の雷の矢や炎の槍といった魔法攻撃をことごとく防ぐ。


 敵左翼を攻めるこちらの右翼から、歓声があがった。


「ルーク! 助かった!」

「はい!」

 

 部隊長格以上の人には、後方支援職の風の魔法をかけてもらって声量を調節し、伝令が通るようにしてある。


「右翼はこのまま押せますか!?」

「任せておけ!」

  

 さすが、ロイさん。

 右翼は任せておいて大丈夫そうだ。


 彼らは安心して見ていられるので、次は左翼に目を向けた。

 左翼は戦闘開始前に僕と一悶着(ひともんちゃく)あった、シルヴァが率いている。


「左翼、行くぞ!」

「ハッ!」


 こちらの左翼とぶつかっているのは、敵右翼。

 ペガサスナイトの群れだ。


 ペガサスナイトは神馬(しんま)に乗った、機動力に優れた騎兵である。

 持ち前の速度を活かし、シルヴァ率いる左翼を撹乱(かくらん)して迎撃する。


 ロイさん率いる右翼に比べれば、シルヴァが指揮する左翼はイマイチ戦局がはかばかしくなかった。


 会戦では、相手の騎兵戦力には同じくこちらも騎兵をぶつけるのが常套手段(じょうとうしゅだん)なのであるが、あいにく騎兵は育成と維持するのが難しい。


 騎乗で武器を振るうにはあぶみがあってもそれなりの訓練が必要だし、そもそも馬の手入れやエサ代で金がかかる。


 それに、限られた地形で戦う迷宮攻略では騎兵戦力は必要ないも同然だし、外界で魔物を狩るにしても騎兵は隊列を崩しやすいので、3~5人のパーティー戦が主となる冒険者で騎兵となる者は少数だ。


 こちらの左翼を構成する冒険者には、外套(がいとう)を深くかぶった騎兵が1人いるだけだった。

 

「ヤァー、ハッ!!」

 

 とても身近に聞いたことのあるような、鈴の音に似た少女の声を響かせ、外套の騎兵は敵陣へと切り込んでいく。


「左翼の騎兵さん! どなたか存じ上げませんが、ありがとうございます!」


 僕の声が戦場に響くと、一度だけ、騎兵の少女はハッと顔をあげてこちらを向いた。

 外套(がいとう)のフードに隠れた顔が、どこか見覚えがある気がした。


 しかしそれも一瞬のこと、彼女はまた顔を伏せ、ペガサスナイトの群れへと突っ込んでいく。


 どこの誰かは知らないが、あれほど訓練された騎兵の冒険者も珍しい。

 よく訓練された騎兵と言えば、それこそウェルリア王国の聖十字騎士団ぐらいのものなのだが。


 彼女の頑張りには、総指揮官としても応えなければならない。

 僕は覚えたての上級魔法・ライジングスパークを使って、シルヴァと騎兵の少女が奮戦する左翼へ支援攻撃を開始した。


 左翼の中空にまん丸の雷球が出現し、そこから雷のムチがいくつも伸びる。

 それが敵へと殺到する。


 飛行可能で上空から冒険者たちに攻撃を加えていたペガサスナイトへ、雷鞭が振り落とされる。

 ライジングスパークを受けたペガサスナイトの悲鳴があがり、消滅していく。


 やがて魔石へと変わっていった。


「ルーク……!」

「大丈夫ですか、シルヴァさん!」


 風の魔法に乗せられて、指揮官格の会話が戦場に響く。


「……ふん、お前に心配される筋合いはない!」

「その意気です。そのまま左翼も突破しましょう!」

「分かっている!」


 僕は引き続き、1つの魔法を中央の防衛にあて、もう1つはライジングスパークで左翼の援護(えんご)を行った。

 虚空(こくう)に浮かぶ球体からいづる、無数の雷鞭(らいべん)が魔物たちを叩き倒していく。


 押し寄せるペガサスナイトの群れは、雷のムチに叩かれ、怯える。

 続々と後に続いてきていた魔物が、僕の魔法の威力を恐れてたたらを踏んだ。


 左翼に、一瞬の空白地帯が生まれた。


「今です、シルヴァさん! 畳み掛けてください!」

「言われずとも! 左翼全軍、突撃――!」


「おおおッ!!!」

「ハァーッ!!」


 シルヴァの雄叫びにつづいて、左翼の全員が武器を振りかざして敵中へと切り込んでいく。



 戦局はこのように推移していた。



 敵右翼          敵左翼  

  ↑            ↑

 自左翼          自右翼




        敵中央

        ↓ ↓

        自中央




 中央では押されていたが、完全に両翼の突破戦術が刺さっている。

 相手の両翼は敗走状態で、狙い通りの戦型だった。


 右翼と左翼はもう大丈夫そうだ。

 再び中央に目を向ける。


 中央では、後続するハイトロールとハイオークたちが水壁を叩き潰し、破れた防御網の隙間からどんどんと進撃してくる。

 それを中央のタンク職が受けて立ち、死にものぐるいで彼らの進撃を止めていた。


 それでも、敵中央の突破力と言ったら『さすが』の一言に尽きた。

 大きな盾を構えたタンク職たちの防壁を、敵重歩兵はことごとく蹂躙(じゅうりん)していく。


 中央の戦局は混戦に突入したので、もはやウォーターウォールでは支援しきれなかった。

 中央のタンク職たちも果敢に戦ってくれているが、徐々に、徐々にと押され始め、前方にふくらんだ弓形の戦陣が、底がへこんだ鍋の形に変わっていく。


 しかし、これこそが、僕が狙っていた戦局だった。

 こちらが押され始めている中央とは反比例して、敵の両翼は壊滅状態にあった。

 

 戦局を動かすのはここしかないと判断し、力の限りの声をあげた。


「全両翼、反転攻撃! 敵中央を包囲します!」


 ロイさんとシルヴァ率いる両翼は、潰走(かいそう)しつつある敵右翼と左翼の追撃をやめ、反転して中央に戻ってくる。

 やがて戦況はこのような図に変貌(へんぼう)した。




    左翼&右翼

     ↓↓↓ 


左翼→  敵中央  ←右翼

     ↓↓↓


     タンク職

    


 包囲殲滅陣(ほういせんめつじん)の完成であった。


 敵の戦闘範囲を狭め、こちらは全方位から攻撃する陣。

 戦術の最重要事とされる敵主力の非戦力化を、もっとも鮮やかにやってのけた戦型だった。


 そして全方位に囲まれた敵中央のハイトロールとハイオークたちは、いたるところから攻撃を受けて断末魔の叫びをあげて消滅していく。

 こうなれば、あとは地道に1体ずつ、魔物を倒していけばいいだけだ。


「敵は総崩れをおこしているぞ! ここで叩く!」

「お前ら、俺に続け―ッ!!」


「おおおおッ!」


 ロイさんとシルヴァの怒声に続いて、右翼と左翼の精鋭が敵の死角から攻撃する。

 横や真後ろから攻撃されたハイオークたちは混乱の極みに達し、ほとんど無抵抗のまま倒され、魔石へと変わっていった。


 会戦はすでに、人間軍の殲滅(せんめつ)戦の模様を見せていた。

 魔物軍の戦型はものの見事に崩壊し、潰走(かいそう)する魔物を、ただ殺戮(さつりく)し魔石を収穫するだけの戦闘へと切り替わった。


 ここまで優勢を築けば、勝ったも同然である。

 総指揮官として負けられない戦いを背負った重圧から開放され、安堵(あんど)の吐息が漏れる。




 やがて5000を越える魔物軍をほぼ全滅させ、戦闘が勝利した。

 人間軍は、勝利の雄叫びをあげる。


「勝った! 大侵攻に、勝ったぞー!」

「うおおおーっ!」


「信じられるか!? 300の手勢で5000の魔物に勝ったんだぞ!」

「俺たちはやった! シリルカの街を守り終えたんだ!」


 戦闘の高揚感で叫び続ける兵士たちに苦笑しながら、ルークはその場にへたりこんだ。


「終わった……! 勝った……!」

「お疲れ。よくやった」


 いつの間にかそばに来ていたロイさん、肩を叩かれた。


「ロイさん……」

「読み通り、といったところか」


「そんな。みんなの力を合わせて、なんとか上手く行っただけですよ。次はこうは行かないと思います」

「しかし……大侵攻の歴史を見渡しても、これほどの完全勝利を挙げたのはお前が初めてだろう」


 ロイさんの言葉に、僕は苦笑するだけだった。


「どうだ、シルヴァ。俺のルークは、なかなか使える男だろう?」


 彼の言葉の先には、なんとも言えない顔をしたシルヴァが立っていた。

 ロイさんはへたりこんだ僕の身体を引っ張りあげ、シルヴァと向かい合わせる。


「ルーク……」

「はい」


 僕は静かにうなずいて、彼の言葉を待った。

 すると唐突に、彼は頭を勢い良く下げた。


「申し訳なかった! お前の力量を疑った、俺が未熟だった! お前は総指揮官として大侵攻で完璧な勝利をあげた。俺の非礼、許してくれ!」

「はは……いいですよ、そんなの別に」


 顔を挙げたシルヴァは、涙にまみれていた。


「すまない……。いや、俺たちの街を守ってくれてありがとう、ルーク……」


 彼は柔らかい笑顔を浮かべて、僕の手を何度も握りしめた。



 ◇ ◆



 こうして、300の手勢で5000の魔物軍を迎え撃ったシリルカの街攻防戦は終結を迎えた。


 味方の被害は数えるほどに収まり、圧倒的劣勢ながらも魔物に致命的な打撃を与えた戦いは、大侵攻の全史を鳥瞰(ちょうかん)しても、この戦いが初のことだった。


 これが、のちに史上有名な戦いとなる、シリルカの会戦だ。


 この戦いでルークが採用した戦術・包囲殲滅陣(ほういせんめつじん)は、対大侵攻用の最も効果的な戦型として、後世まで高く評価・研究されることになった。


 ルークはこれまでにも迷宮の攻略で才覚の片鱗(へんりん)を見せていたが。

 時代を越える才能が、ここに誕生した。 



 ◇ ◆



 そして、この戦いで。

 1人の若者が、初めてルークの戦術の技巧(ぎこう)にふれることになった。


「すげえ……。魔物との戦いで、こんな戦術を()くヤツがいるのか……」


 彼はエジンバラ皇国に遊学中で、好奇心旺盛な性格と物珍しさから、自ら進んで会戦に志願した変わり者の青年だった。


「そうか……。敵両翼の戦力が薄いことを逆手にとって、中央はハナから捨てて挑んだんだな。これが選択と集中か」


 彼の名は、スペイツ・フォン・ウェルリア。


 ウェルリア王国が正当後継者は1人。

 (ほま)れ高き選良(せんりょう)、第一王子である。


 ルークの才能を目の当たりにしたスペイツは以後、ルークに付き従う一兵卒のように、彼の戦場を追い続ける。

 スペイツがルークと並び立つ将に育つまでには、もう少し時間を待たなくてはならなかったが。

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【クリックで先行連載のアルファポリス様に飛びます】使えないと馬鹿にされてた俺が、実は転生者の古代魔法で最強だった
あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。
+注意+

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