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異世界の王様  作者: 池崎数也
第二章
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第四十四話:会議

 その日の夜、義人は武官を会議室に集めていた。

 屯田兵をするにしても、実際に武官の意見を聞いたほうが確実だと思ったからである。

 八部隊の副隊長以上の武官、合計十六人。それと、志信とカグラとアルフレッド。サクラと優希は給仕係としてあちこちを行ったり来たりしている。

 何故か優希がメイド服を着ていたりするが、あまりにも自然に着こなしていたためにその人物が優希だと気づく者はあまりいなかった。

 席についた武官達をぐるりと見回し、義人は口を開く。


「さて、今日はみんなに集まってもらったわけだけど……まずは手元の資料を見てほしい。今回の会議で話し合いたいことについて、簡単に書かれているから」


 義人の言葉を聞いた武官達は、手元の資料に目を落とす。その様子を見ながら、義人は横目で優希へと目を向けた。

 お茶を配り終えた優希は、笑顔で義人の近くに控えている。その表情は笑顔で、なおかつ何かを言ってほしそうでもあった。


「何故にメイド服?」


 とりあえず尋ねる義人。それを聞いた優希は、くるりと一回転してはにかむように笑う。


「可愛いから着てみたかったんだー。どう? 似合ってるかな?」


 優希は自らの服装を見下ろし、くるりと一回転して楽しそう尋ねる。その問いに、義人は優希の姿を上から下まで眺めて頷いた。


「いや、中々良いんじゃないか? よく似合ってるよ」


 その言葉に嘘がないとわかったのか、優希が花咲くように微笑む。そんな優希の笑顔に笑い返しつつ、義人は気を引き締めて武官達へと目を向けた。


「さて、みんな軽く目は通したな? 俺はその紙に書かれた通りのことをしたいと思っている。だけど、俺はみんなほど軍のことに詳しくない。だから色々と意見が欲しいんだ」


 義人がそう言うと、何人かが不思議そうに首をかしげる。


「ヨシト王、少しよろしいですか?」

「ん? 何だ?」


 そのうちの一人が手を挙げ、義人はそちらへと目を向けた。手を挙げた男は不思議そうな表情を崩さず、口を開く。


「ヨシト王は、この紙に書かれたことを実行したいと思っているのですよね?」

「ああ、そうだな。できれば実行したいけど……何か(まず)いところがあったか?」

「いえ。ヨシト王が実行したいと仰られるのなら、我々は何事であろうとも喜んで従います」


 そう言って頭を下げる。そんな男の様子を見た義人は、今度は逆に不思議そうな表情を浮かべた。


「従ってもらえるのは嬉しいけど、嫌なことは拒否してくれていいんだぞ? というか、これは実行するかどうかを決める会議だから」


 微妙に違和感を覚えながらそう言うと、何かに思い当たったらしいカグラが義人の傍まで歩み寄る。そして義人の耳元に顔を寄せ、小さな声で話しかけた。


「ヨシト様。彼はおそらく、王の提案はどんなものであろうとも従わなくてはならないと思っているんだと思います」

「……なんでまたそんな面倒なことを?」

「王の言うことは絶対で、逆らうわけにはいかないと教育されてきたのでしょう。そもそも、それがこの国の生活を支えてきた信仰のようなものですから」


 コソコソと話し合い、義人は眉を寄せる。


「なんて嫌な教育なんだ」

「そうは言いましても、この国の中ではそう教わるのが普通なんですよ。前王や前々王が会議と言えば、それは会議というよりも決定事項を伝えるだけのようなものだったらしいです。今でもその風潮が残っているので、王が発案したことは全て肯定すると思います」

「それ、会議の意味ないじゃん……」


 義人はため息を一つ吐くと、軽く背筋を伸ばす。そして会議室の全員に聞こえるよう、意識して声を大きく出す。


「いいかみんな! これは会議だ! 意見はどんどん出してほしいし、俺が間違ったことを言ったら正してほしい! 今までは王の発案にケチをつけることもできなかったみたいだけど、俺はむしろ歓迎する! 王に着任したときにも言ったが、俺は未熟だ。だから、色々と案を出してくれ!」

『はっ!』


 揃って返事が聞こえ、義人は頷き返す。ついでに心の中で前王に対して抗議の声を一つかけ、気を取り直して全員の顔を見渡した。


「じゃあ、何か意見はないか?」


 そう尋ねると、武官達は顔を見合わせて話し合う。隣同士で何事かを囁き合い、少しして手が一つ挙がった。


「ヨシト王、お聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」


 手を挙げた人物、騎馬隊隊長のグエンが起立して尋ねる。義人は当然だと言わんばかりに頷

いた。


「もちろん。それで、何かあったか?」

「はい。この屯田兵という案には賛成なのですが、それに伴った軍の編成の見直しとは何ですか?」


 そう言われて義人は資料に目を落とす。屯田兵と合わせて記載したが、少しばかり説明が足りなかったようだ。


「今は隊長と副隊長が全ての指揮を出すだろ? 一部隊辺り百五十人だけど、全ての人間に正確な指揮をするのは難しいと思うんだ。だから他にも役職を設け、指揮の正確さを増したいと思う。例えば十人ずつ班を分け、その中で班長を決める。その班長が隊長か副隊長から指示を受けて班の全員に伝える。そうすれば聞き逃す奴もいないだろうし、何かあれば班長が指揮を執ればいい」

「なるほど……我が国は他国から侵略されることはありませんが、ハクロア国のような好戦的な存在もいますしな。備えあれば憂いなしということですか」

「そんなところ。あと、班単位で様々な仕事を分担できるしな。魔物退治にしても、今までみたいに一部隊丸々出撃しなくてもいい。必要な分だけ出撃させれば、その分経費も浮くだろ?」


 最後の一言に、武官の間から笑いが漏れる。班単位で出撃させれば、その分義人が許可するための手間も増えるだろう。しかし、義人はその程度の手間ならば喜んで引き受けるつもりだった。


「それで、だ。第三歩兵隊を解体して、町や村で屯田兵をしてもらおうと思う。だけどそうなると、その屯田兵を指揮や指導する人物が必要になる」

「その指揮ができる者を選出するのが我らの役目ということですな?」

「ああ。できれば、現地の住人を護身ができる程度に鍛えられれば尚更良い。あ、もちろん鍛えてほしいって志願してきた人だけな。それと、これは当然だけど隊長と副隊長は除くぞ?」


 義人がそう言うと、先ほどと同じように武官達が顔を合わせて話し合う。各部隊の隊長と副隊長が隣同士になり、目ぼしい者がいたかを話しているようだ。

 義人はそれを見つつ、喋って乾いた喉をお茶で潤す。

 第三歩兵隊を解体することで何か言われるかと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。第三歩兵隊をこのまま置いておくよりも、村の防衛と農耕に従事させたほうが良いと他の者も思ったらしい。

 違和感なく武官達の会議に混ざっている志信を見ながらそんなことを考えていると、その志信が義人の方へと目を向けた。そして席を立ち、傍まで歩み寄ってくる。


「義人」

「ん? どうした志信」

「俺からも提案がある」

「提案? さっきの屯田兵や軍の編成で何か見落としてたか?」

  義人の言葉に首を横に振り、志信は口を開く。


「この際、素質のある者を選んで義人を警護するための部隊を作ってはどうだろうか? 正直なところ、今の当番制の守衛兵士では義人を守れるとは思えん」

「俺を守るための部隊?」


 志信の提案を復唱しつつ、義人は眉を寄せた。

 現在、城の中にいる守衛の兵士は各部隊からの当番制で形成されている。これは見回りの兵も同じで、その日によって警備の兵士が変わる。

 義人の周りはほとんど変動しないが、城の中は違うのだ。歩兵隊の兵士が警備をする日もあれば、魔法剣士隊の兵士が警備をする日もある。

 そうなると、日によっては警備の兵が弱い。つまるところ、侵入しやすい状態になりかねない。


「もしも腕の立つ者が侵入したとき、今の人員では義人のところまで侵入されるのを防ぐのは難しいだろう。だから、せめて義人の周りには腕の立つ者を置いておきたい」

「腕の立つ者をねぇ……そうは言っても、部隊を作れるほど腕の立つ奴を集められるか?」

「部隊といっても、百人もいるわけじゃない。それに、今は腕が立たなくても鍛えれば十分に伸びる者が何人もいる。そういった者を集めて徹底的に鍛え、義人の近衛隊を作りたいと思う」


 義人は志信から言われたことを頭の中で考えていく。

 たしかに、そういった部隊を作っておけば有事の際役に立つだろう。忍者のように情報網を作るのにも役立つかもしれない。しかし、これは屯田兵と同じで長期的な政策だ。そして、まだ他にも決めなくてはいけないことがある。


「近衛隊を作るって言っても、誰が指揮を執るんだ? それに、その兵を探して鍛えるのも大変……って、まさか」


 そこまで言って、義人は思わず志信を凝視した。視線を受けた志信は、迷いなく頷く。


「俺が引き受ける。この世界に来て二ヶ月、様々な部隊で共に訓練をしたが、若輩の俺でも教えられることがあるとわかった。さすがに大勢の人間に教えることは無理だが、十人ぐらいならなんとかなるだろう」


 真剣な眼差しで告げる志信に、義人も真剣な表情を作る。


「……俺としては、志信にそこまでしてもらうわけにはいかない。今俺達がこの場にいるのだって、原因は俺にあるんだ。他の部隊と一緒に訓練をするぐらいなら良いけど、志信にそんな危険なことをさせるわけにはいかないよ」


 本当の原因は召喚したカグラや召喚国主制を作った者なのだが、それを言うほど義人は野暮ではない。

 志信が兵の指導をすることには納得していたが、新しい部隊を作ってその隊長をさせるかといえば答えは(いな)だ。大きな責任のある立場になるのは自分だけで十分だと、義人は志信を止める。

 巻き込んだ者として、親友として。

 だが、志信はそんな義人の内心を察したのか、再度首を横に振った。


「義人の言いたいことはわかる。だが、俺はこの世界に来て他人に武術を教えることが楽しいと思えた。免許皆伝はもらったが、他人に教えることなどなかったからな。こんな俺でも教えることができ、それで少しでも成長するのを見ると嬉しいと思えた。だから……」


 そこで一度言葉を切ると、志信は真っ直ぐに義人を見据える。


「義人に感謝している。この世界に来ることができて、俺は良かったと思っている。だから、義人がそこまで気にすることはない。こんな俺でも、したいことが見つけられた」


 そこまで言われ、志信は元の世界での生活に思いを馳せた。

 義人と志信と出会ったのは中学生の時。色々あって友人となったが、志信は人生の中で楽しいと思ったことはあまりない。義人や祖父と共にいる時はそうでもないが、一人でいる時などはそれが顕著(けんちょ)だった。

 しかし、この世界に来てからは違う。義人と共に召喚されたおかげで、志信は元の世界とは違った充実した日々を送っている。

 義人は志信の表情を見て、諦めたようにため息を吐いた。


「志信さぁ、絶対生まれてくる時代を間違えたよな」

「俺も時折そう思う」


 そう言って、互いに小さく笑い合う。そして、義人は声色だけは真剣に告げた。


「無茶はするなよ?」

「善処しよう」


 志信の言葉に苦笑を一つ零し、義人は筆を取って資料に修正を加える。

 また決めることが増えたなと、どこか楽しそうな表情で。




 義人と志信の会話が終わった頃、武官達も丁度区切り良く会話を終えた。


「終わったみたいだな。それでどうだ? 大丈夫だったか?」


 そう尋ねると、武官達を代表してかミーファが立ち上がる。


「第三歩兵隊を屯田兵にすることに問題はありません。しかし、それを指揮できる者が限られてきます。明日から適性がある者を選出する時間をいただきたいのですが……」

「ああ、もちろん構わない。それと、もう一つ案を追加したい」


 そう言いつつ、義人は志信に目を向けた。


「志信の提案なんだけど、近衛隊を作ろうと思う」

「近衛隊、ですか?」

「そうだ。志信が王の警護をする部隊を作りたいらしい。俺としては、他にも様々な仕事をしてもらおうと思ってる。それにあたって、各部隊から何名か引き抜くことになるかもしれない」


 義人がそう言うが、不満そうな顔をする者はいない。そのことに義人は内心で苦笑しつつ、話を続けていく。


「引き抜く場合は、補充する人員もなんとかしないとな。俺の案としては、第三歩兵隊の中からか、もしくは屯田兵と一緒に農民を鍛え、その中から見込みのある者を空いた穴に当てようかと思う。もっとも、引き抜く人数はあまり多くないからそのままでも大丈夫かもしれないけどな」


 己の言葉を黙って聞く武官達を見回し、義人は言葉を切る。

 反対意見が出ないのは、召喚された王の命令には絶対従うという長年の癖があるからだろう。先ほど言った言葉を皆が実行してくれるようになるまで、もう少し時間がかかるようだ。


「各町村に派遣する屯田兵のまとめ役。班をまとめる班長。それと、志信は引き抜こうと思った奴。それらが決まったら、俺のところまで決定した人員の書類を持ってきてくれ。問題がないことを確認したら、そこから一覧や新しい編成をみんなで考えるから」

『はっ!』

「よし、それじゃあ今日のところはひとまず解散! 明日から早速選別を始めてくれ! なお、ミーファ隊長とグエン隊長、シアラ隊長はちょっと話があるから来てくれ!」


 そう締めくくり、会議を終了させる。武官達は義人に一礼すると、席を立って退席していく。

 そんな中で、義人に呼ばれた三人は流れに逆らうように義人の下へと歩み寄る。そしてすぐさま膝をついた。


「お呼びでしょうか?」


 三人を代表してミーファが口を開く。そんなミーファを挟んで右にグエン、左にシアラが膝をついている。


「三人にはちょっと頼みごとがあってね」

「頼みごと、ですか?」


 今度はグエンが口を開く。その表情には若干の疑問が浮かんでおり、そんなグエンの表情を見た義人は小さく首を縦に振った。


「ああ。三人には他の隊長や副隊長と話をして、今回の件で不満な点を聞いてきてほしいんだ。俺の名前は出さず、みんなの本当の意見が知りたい」


 義人がそう言うと、ミーファはすぐに首肯する。しかし、グエンとシアラは少しばかり戸惑っていた。


「それは構わないのですが……何故私達にその役目を?」


 グエンが尋ねると、義人は尋ねられたことに対して嬉しそうに笑う。


「そうやって、俺の言ったことに疑問を向けてくれるからだよ。他の面子だと、俺の言ったことには何の反発もせずに従うしな。その点で言えば、ミーファやグエン隊長は自分の意見を出してくれるだろ? だから信頼できる」

「……わたし、は?」


 自分の名前が挙がらなかったことが不満だったのか、それとも呼ばれた理由がわからないのか、シアラは小さな口を開いて僅かに抗議染みた声を上げる。


「志信から話を聞いた限り、シアラも信頼できそうだなってね。隊長陣とはなるべく話すようにしてるけど、まだ王に対して変な遠慮がある。そこは前王を恨むことにするけど」

「……そう、ですか」


 とってつけたような敬語に、納得したのかわからない抑揚のない声。

 ミーファがいるほうから『シノブ、から?』なんて呟きが聞こえたが、義人は聞こえない振りをした。


「それじゃあ、そういうことで。三人は仕事が増えて申し訳ないけど、よろしく頼むよ」

『はっ!』


 三人が返事をする。どう見てもシアラは口パクだけで返事をしていなかったが、義人は見ない振りをした。




 武官が全員いなくなり、義人は湯飲みを片付けている優希とサクラを見ながら思案にふける。


「そういや、村とかに派遣する奴には手当てもつけなきゃいけないな。班長の給料も考えなきゃいけないし、その辺の金回りはロッサと決めるか……」


 いきなり財務大臣に抜擢したロッサの顔を思い出し、義人は椅子から立ち上がる。そして軽く背を伸ばして一息吐く。

 毎日処理する書類に加え、屯田兵の計画や軍の編成の見直し。それに伴う様々な決め事など、することは多い。こちらの世界に来た当時に比べれば少ないが、多少は夜更かししないと片付かないだろう。


「明日か明後日は久しぶりに徹夜かね、こりゃ」

「駄目ですよ?」


 小さく呟いたつもりだったが、どうやら聞こえたらしいカグラに釘を刺される。


「駄目ですよ?」

「……いや、わざわざ二回言わなくても大丈夫だから。ちゃんと聞こえてるから」

「しかし今、徹夜がどうとか」

「空耳じゃないですかね?」


 最近、以前にもまして遠慮がなくなったカグラの説教は長くなることが多い。義人としては遠慮がなくなるのは嬉しいことではあるが、長いお説教は勘弁してほしかった。


「……まあいいです」


 明らかに不満そうだが、それを指摘することはない。

 カグラに怒られない程度に夜更かししようと内心で決意しつつ、義人は会議室を後にした。


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