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異世界の王様  作者: 池崎数也
第一章
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第二十三話:情報

「あー……こっちは用水路の嘆願書で、こっちは文官からの税率引き下げに伴う注意書き……こっちは干しポポロで、こっちはお茶……こっちは、ああ、なんか綺麗なお花畑が見える……」

「ヨ、ヨシト様? そっちは壁で何もありませんよ?」


 急に遠くを見て呟き出した義人の肩を揺さぶるサクラ。義人の目の下にはクマが出来ており、ずいぶんと消耗しているように見える。


「あれ、婆ちゃん? なんだよそんなに手を振って。え、こっちに来いって? しょうがねえなぁ……」

「ちょ、ヨシト様!? な、なんで近づいてくるんですかぁ!?」


 焦点の結ばぬ目つきでフラフラと歩み寄ってくる義人に、サクラは若干恐怖を覚えて一歩後ろに引き下がった。義人は時折呻き声を上げており、さながらゾンビのように恐怖感を醸し出している。


「婆ちゃん……ばあちゃん……って、婆ちゃんは死んどらんわあああああ!!」


 あともう少しでサクラに手が届く距離まで近づいた途端、カッと目を見開いた義人は咆哮した。そして慌てて周囲を見回す。


「あ、あれ? 俺って椅子に座って政務をしてなかったっけ? って、どうしたサクラ? そんなところに座り込んで」


 目の下にクマを作った義人は不思議そうに首を傾げる。サクラは苦笑いを浮かべると、すぐに立ち上がった。


「い、いえ。なんでもないです。それよりもヨシト様、そろそろきちんと休まれたほうが良いと思います……」

「んー……そうだなぁ。今日くらいはちゃんと寝ないと、そろそろ発狂しそうだわ、マジで」


 すでにさっきそうなってました。

 サクラは喉まで出かけた言葉を飲み込むと、すぐに微笑を浮かべる。


「そ、それじゃあ眠気覚ましにお茶をお淹れしますね!」

「ああ、悪いけど頼むよ」


 おっかしーな、と呟きつつ執務机に戻る義人を見て、サクラはため息を吐いた。




 義人が税率を下げると宣言して早四日。

 税率を下げるにあたって様々な事柄を片付けなくてはならない義人は、文字通り一日中執務室にこもりきっていた。


「これが俗に言う引きこもりか……」


 感慨深げに呟きながらお茶を飲むが、その表情はいつもより疲労の色が滲んでいる。

 今は一秒の時間も惜しいと三日連続徹夜で政務を処理していたが、それもそろそろ限界が近い。

 最初は睡眠を取っていたのだが、書類の処理や判断を始めると寝るのが面倒になるから不思議だ。もっとも、政務のほうはそれに見合った分処理することができ、あとは三日ほどいつも通りにこなせば終わるだろう。

 別段急ぐ必要はないのだが、あまり時間をかけるとエンブズが何か仕掛けてきそうだ。そう考えた義人は、体に鞭を打って政務を片付けていた。

 やれやれと軽く肩を回してみると、かなり重く感じられる。体のほうも大分硬くなっている気がした。試しに背を伸ばしてみると、バキバキやらボキボキやら、何やら不穏な音が背中から聞こえる。


「よ、良ろしければ肩をお揉みしますけど……」


 あまりに大きな骨の音に、おずおずとサクラが告げると義人はしばし黙考する。普段なら『女の子に肩を揉ませるなんて』と言って断っただろう。しかし、現在の体調は厳しいことこの上ない。


「じゃあ、悪いけど頼むわ」


 肩揉みならばされている最中でも書類も読める。そう内心で自己弁護すると、義人は体の力を抜いて椅子に背を預けた。


「では、失礼します」


 一礼してサクラが肩に触れる。

 小さい手だなー、と義人が思ったが、サクラらしかったので何も言わなかった。


「いきます」


 そう言うなり、サクラはかなり強い力でマッサージを始める。その力の強さに、義人は少しだけ驚きの声を上げた。


「サクラってけっこう力あるなー。メイドさんの仕事って、けっこう力がいるのか?」

「ふぇ!? え、あ、そ、そうですね。ええ、はい。けっこう力がいるんですよ」


 何故か動揺するサクラ。だが、肩揉みの気持ち良さに義人はどうでも良くなってそれ以上聞くこともない。

 義人が心地良さそうに目を細めていると、サクラが穏やかに微笑んだ。


「やっぱり、お疲れみたいですね。こんなに肩が凝っちゃってますよ?」

「流石に三日連続徹夜はなぁ。受験勉強や試験勉強でさえ徹夜はしたことなかったぞ」


 大作RPGをクリアするために三日連続で徹夜したことがあるが、それは内緒である。


「まあ、今日くらいはゆっくり寝るよ」


 それをおくびにも出さずに言うと、サクラは何度も頷いた。


「是非そうしてください。カグラ様も、『今日寝ないようだったら無理やりにでも寝かしつけます』って言っていましたから」

「うん、『無理やりにでも』という言葉にそこはかとない危険な香りがするな」


 最近遠慮がなくなってきたカグラのことだ、強制的に気絶させられ……もとい、眠らされる危険がある。


「いやいや、さすがにそれはないか」


 自分に言い聞かせるように呟くと、今はひとまずサクラの肩揉みでリラックスすることにした。




「くちゅん!」

「む? どうしたんじゃカグラ、風邪かの?」


 突然くしゃみをしたカグラに心配そうな目を向けるアルフレッド。カグラは苦笑しながら手を振る。


「いえ、風邪じゃないです。突然くしゃみが出ただけで……」


 義人に聞かれたことの確証を得るためにアルフレッドの部屋にいたカグラは、可愛らしく小首を傾げた。


「誰かが噂でもしてたんですかね?」


 何も知らないカグラは、心底不思議そうにしていたそうな。




 サクラに肩揉みをしてもらい、多少体が楽になった義人は再び書類の山との格闘を始める。 カグラが戻ってきていないため、専門的なものは後回しだ。

 お茶を啜りつつ政務をこなしていると、扉の向こうから守衛の声が響く。


「ヨシト王、商人のゴルゾーが面会を申し出ておりますがいかがなさいますか?」

「ゴルゾー? うん、通してくれ」

「はっ!」


 返事と共に執務室の扉が開かれ、ゴルゾーが入室してくる。堂々とした足取りで、いつかの腰を低くしたような態度ではない。

 執務机の前まで来ると、ゴルゾーは膝を突く。


「お久しぶりです、ヨシト王。お疲れのようですな」

「ああ。といっても、お前だって忙しさなら俺に負けないだろ?」

「そうですな」


 互いに苦笑し合う。


「それで、首尾は?」


 早速尋ねてみると、ゴルゾーにしては珍しく渋面を作る。


「思わしくないですな。以前の横領の情報を集めるために、いささか派手に動いてしまいましたので。エンブズ様も、元々私相手に何かを注文するということもありませんでしたから」

「そうか……ゴルゾーでも無理だったか」


 良い報告が聞けず、義人は僅かに肩を落とす。そんな義人を前に、ゴルゾーは僅かに声を小さくする。


「確証のない話で良ければ、お話できますが?」

「……本当か?」


 義人が確認するように聞くと、ゴルゾーはチラリとサクラに目線を向けた。その意味を理解した義人は首を横に振る。


「サクラなら別に良いさ。頑張って俺を支えてくれてるし、信用している」

「左様ですか。では……」


 そう言うなり、ゴルゾーは懐から一枚の紙を取り出して目を落とす。


「エンブズ様が贔屓にしている商人が何人かいますが、最近その商人の周りで金の動きが活発になっているようです」

「ふむふむ……その商人達はどんな奴らだ?」

「注文されればどんな商品でも取り揃える者達です。私のように真っ当な商人とは違い、麻薬や毒物なども平気で売り捌くでしょう」

「よし、今度逮捕しようじゃないか」


 即断する。

 そんな危険な連中は放っておけない。そう判断した義人だが、目の前のゴルゾーがそれを押し止める。


「それはお待ちを。彼らとて、お客に頼まれなければそういった物を進んで売ることはないのです」

「……わかった。悪いのは売る方じゃなくて、注文する方だって言うんだな?」

「はい。それに、彼らにしかない独自の販売ルートもあります。私でも入荷できないものを、彼らなら手に入れることができるかもしれません」

「なるほど、適材適所だな。ゴルゾーは真っ当な物を売ってくれて、そいつらには危険な物を売ってもらう。それで、そいつらの周りで金の動きが活発ってどういうことだ?」


 義人が尋ねると、ゴルゾーは再度手元の紙に視線を向けた。


「おそらくですが、何者かが高額の商品を購入したのでしょう。あいにくと詳細を調べることはできませんでしたが、その商人達の中の一人が酒場で豪遊しておりました」

「その何者かっていうのがエンブズか?」

「おそらくは、ですが。それとこれも未確認の情報ですが、エンブズ様がその商人達を贔屓し始めたのが十年ほど前かららしいのです」

「十年っていうと、前王が暗殺された年か……なるほど、臭うな」


 目を細める義人に、ゴルゾーが釘を刺すように忠言する。


「全ては未確認の情報ですので、そこをお忘れなきよう」

「わかってるって。他に何か情報はあるか?」

「そうですな、一つ言わせていただけるなら、きちんと睡眠を取ってくだされ」

「そりゃお互い様だろ」

「私は毎日睡眠を取っております。あと、食事もきちんとお取りください」

「む、ゴルゾーって意外と世話焼きなんだな」

「いえ、ヨシト王は大切なお客様ですので」


 サラリと告げるゴルゾーに、義人は苦笑した。


「そういう正直なところがあるから信用できるわ。それで、今回はいくら払えばいい?」

「いえ。今回は納得のいく情報は得られませんでしたからな。前回けっこうな額をいただきましたので、今回はけっこうでございます」

「……やっぱ、そういうところがあるからこそ信用できるな」

「光栄ですな。それでは、今日のところは失礼します」


 義人の言葉に慇懃に一礼すると、ゴルゾーは立ち上がって執務室の扉へと向かう。だが、途中で立ち止まると今思いついたように口を開いた。


「余計なことかもしれませんが、食事の毒見役などは多いですか?」

「突然何を言い出す、と言いたいところだけど、俺も毒殺される可能性があるってことだろ?

 でも、カグラがすでに対抗策を取ってるよ。カグラの奴、解毒の魔法を食事にかけて俺に食べさせるんだ」


 この干しポポロもな、と苦笑する義人に、ゴルゾーは口の端を僅かに吊り上げる。


「おやおや……カグラ様も心配なのでしょう。ヨシト様の身に何かあっては困りますからね」

「なんかその笑い方がムカつくぜ。まあいい。また何か調べてほしいことがあったら頼むわ」

「はい。どうぞ今後ともご贔屓に」


 商人らしい言葉で締めくくると、ゴルゾーは部屋を出て行く。それを見送った義人は、両腕を上に上げて体を伸ばした。


「んー……情報はつかめなかったか。仕方ねぇ、今はとりあえず、できることから片付けるか」


 上げた腕を下に下ろし、積まれた書類へと伸ばす。

 サクラに肩揉みをしてもらったとはいえ、その表情には疲れが色濃く残っていた。



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