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異世界の王様  作者: 池崎数也
最終章
184/191

第百八十話:決戦 その3

 戦場の、それも最前線で、奇妙な沈黙が場を満たす。

 カグラは今しがた義人が行った行動を前に、思わず斬られた服の裾へ視線を落とした。義人から視線を外したわけではない。彼我の間には十メートル近い距離があり、『強化』で向上した身体能力程度ではカグラの動体視力を超える速度は生み出せない。

 しかし、現実として義人はカグラの目の前から消えてみせた。

 じわじわと、理解が追い付く。そして理解したからこそ、カグラは驚愕した。


「いつの間にそんな魔法を!?」


 油断していなかったと言えば、嘘になるだろう。義人の発言を聞いて、思わず呆れてしまった部分もある。『召喚の巫女』を相手に、一騎打ちを挑むという蛮勇を義人が宣言したのだから。

 驚愕しつつも、カグラの体は冷静に動く。一瞬で氷の薙刀を生み出すと、『強化』をかけて強度を増す。それを見た義人は、カグラの態勢が整ったとみて地を蹴った。


「カグラの前だと、見せたことがなかったからなぁっ!」


 叫ぶと同時に、義人の姿が消える。カグラは周囲に対する警戒を強めると、目を凝らし、耳を澄まし、何が起きても即座に対応できるよう適度に体を脱力させた。

 右側面に、微かな着地音。それが耳に届くとほぼ同時、カグラは反射的に体を回転させて氷の薙刀を真横へと振るう。しかし、刃先が最高速度に達するよりも早く、氷の薙刀の柄に衝撃を受けてたたらを踏んだ。

 体の反応に従って視線を向ければ、上段から刀を振り下し、氷の薙刀の半ばまで刃を食いこませた義人の姿が見える。


「なっ!?」

「ちっ!」


 驚愕の声と、舌打ち。カグラは咄嗟に力に任せて押し切ろうとするが、それを察した義人は背後へと跳躍し、そしてまた姿を消す。

 カーリアの国王と、『召喚の巫女』による一騎打ち。周囲にいた兵士達は後者による勝利を確信したその戦いは、しかし、周囲の予想を裏切った展開へと移っていた。

 義人が姿を消し、カグラの背後から、または側面から斬りかかる。対するカグラは、防戦一方。防御こそ間に合っているものの、反撃に移る頃には義人の姿は消えており、振るった氷の薙刀は空を切るのみだ。

 『召喚の巫女』が一方的に攻められるその光景に、周囲にいた兵士―――とりわけ、義人側に与した兵士達が歓喜の声を爆発させた。

 そんな状況で、カグラは冷静に目の前の現象を分析するべく思考を働かせる。

 


 ―――時間に対して干渉する魔法? それとも、空間を移動している? しかし、ヨシト様の魔力量、技量では不可能なはず……。



 内心でそう呟き、義人の攻撃を防ぎつつもカグラは思考する。そして、魔法に対する才能ならば間違いなくカーリア国でも最上位に当たるカグラは、すぐさま義人の高速移動に対して明確な答えを見つけ出す。


「風魔法を使った移動術、ですか」


 呟くように言って、カグラは目を細めた。“以前”の経験から、もしも付近に優希がいれば別の回答を出したかもしれない。しかし、この場にいるのは義人のみ。そうなると、義人に実現可能な魔法を考えれば答えは限られた。


「いつの間に、そんな高度な魔法を……」


 カグラは驚きと称賛を等分に混ぜた言葉を向け、それに対し義人は小さく笑ってみせる。


「俺にも隠し玉の一つや二つはあるってことさ」


 言いつつも、義人とカグラは次々と切り結ぶ。振るわれる刀を氷の薙刀の刃で、時には峰で受けながら、カグラは内心で舌を巻く。



 ―――斬撃は軽い……しかし、恐ろしく速く、鋭い。なるほど、これならばサクラではなくヨシト様がわたしの前に来るわけですね。



 移動速度に、斬撃の速度。その二つは、確かに『召喚の巫女』であるカグラを上回っている。氷魔法でカグラを上回るサクラも脅威になるが、義人の風魔法はそれ以上だった。

 そうやって自身の斬撃を防ぎ続けるカグラを見て、義人もまた内心で舌を巻く。

 口に出したことはあっても、カグラの前で『加速』を使ったことはない。ほぼ間違いなく、カグラにとって『加速』は初見の魔法だ。だが、その『加速』を使ってなお、カグラの防御を崩すまでには至らない。冷静に、的確に、義人が振るうノーレに自身の持つ氷の薙刀を“合わせ”、膨大な魔力を使った『強化』で底上げした身体能力で以って対抗している。

 気を抜けば、姿を見失いかねない速度での踏み込み。振るわれる刀は、重量を感じさせないほどに速い。義人が刀を振るい、カグラがそれを受ける。

 そうやって刃を交わすこと数十合。このままでは勝負がつかないと判断した義人は、一旦カグラから距離を取った。このまま押し切りたいが、『加速』を使うことで消費する魔力も小さくない。それに加えて体―――特に、両足にかかる負担も無視できなかった。


「…………ふぅ」


 距離を取った義人を見て、カグラは小さく息を吐く。そして手に持った氷の薙刀に亀裂が入っていることを確認すると、すぐさま代わりの氷の薙刀を作り出して持ち替えた。材質が氷とはいえ、カグラの魔力を使って『強化』した薙刀だ。その強度は鉄並だったが、義人が振るう“刀”はそれを上回る切れ味を持っていた。



 ―――余程の業物か、それとも魔法具か……。



 カグラは薙刀を構えると、義人の攻撃に備えつつ思考を巡らせる。

 義人が使う、『加速』という魔法。一瞬で視界から消えるほどの速度。直線移動だけでなく、多少は利く小回り。最初の一歩で初速から最高速まで加速する性能。たしかに、大した魔法だ。風を使って移動速度を上げ、『召喚の巫女』である自分と接近戦で渡り合えるほどに、優秀な魔法だ。

 一朝一夕で身につくものではないだろうと、カグラは分析する。攻撃や防御ではなく、移動に風魔法を使うなど、自分でも難しい。習得も運用も難易度が高く、生半可な才能では直線での移動も無理だ。

 つまり、義人は以前からこの魔法を練習し、習得し、自在に使いこなすほどに習熟する努力をしていた。カグラに、それを悟らせることなく。



 ―――なるほど、わたしは本当に“信頼”されていなかったんですね……。



 その事実に、僅かに胸が痛む。

 自身といずれ戦うことを見越していたのか、それとも単なる切り札として覚えていたのか。どちらにしても、義人は手の内を明かさなかったのだ。

 実際はカグラの予想と異なるのだが、それを知る術もない。


「たしかに、大した魔法です。しかし……」


 そう言うと同時に、カグラの周囲に氷の塊が出現する。大きさはおよそ一メートルほどだが、大人でも一抱えできないほどの厚みを持つ。それらの塊がカグラの周囲に落下し、音を立てて地面にめり込んだ。

 『加速』は風を使って速度を飛躍させる移動魔法。しかし、移動すると言っても義人が“走る”速度を高めているだけだ。魔法の効果を理解できれば、カグラにとって対処できない魔法ではない。


「障害物があれば、どうでしょうね?」

「たしかに、障害物があると走りにくいな。でもまあ……」


 自分の周囲に氷の柱を配置すれば、それだけ義人の使う魔法は意味をなさなくなる。そう思ったカグラだが、予想に反して義人の顔に動揺の色はない。むしろ気合を入れ直すように大きく息を吸い、腰を落とした。


「今の“俺達”を相手にするなら、それは悪手だぞ」


 義人の姿が消え、それと同時にカグラは背筋が凍るような感覚を覚える。背後で物音―――地面ではなく、カグラが設置した障害物を蹴るような音が聞こえ、すぐさま振り向くが義人の姿はない。続いて地面、障害物、地面と足音が連続して響き、カグラは自身の失策を悟った。


「障害物を足場にしましたか。それならっ!」


 義人が障害物を利用するのなら、カグラもまた利用する。全力で薙刀を振るい、氷の障害物を粉砕して即席の弾幕へと変えたのだ。


「うおっ!?」


 至近距離で巨大な氷の爆砕し、義人は咄嗟に『加速』を使いながら背後へと跳ぶ。それでも氷の飛礫が飛んでくるが、冷静に風を作り出して受け流した。だが、距離が開いたことでカグラは余裕を取り戻し、空中に氷の矢と炎の玉を生み出した。

 その数は、およそ二百。


「これは避けきれますか?」


 あまりの数の多さに、点ではなく面で飛来する魔法の群れ。それを見た義人は頬を引き攣らせながらも、『加速』を使ったその場から離脱する。

 だが、それまでと違って『加速』が荒い。時折地面を抉る勢いで蹴りつけ、それを見たカグラは義人の移動方向を読み取って魔法を雨霰と撃ち出す。そしてカグラは義人の移動できる場所を制限していくと、最後には自らが前へと駆け出した。

 魔法を避けることに集中していた義人は、すぐ傍まで接近したカグラを見て目を見開く。


「行えるのは、“移動速度”を高めることだけ。思考の速度までは加速できないでしょう?」


 小さく笑みを浮かべながら、カグラは氷の薙刀を振るう。移動の速度こそ驚異的だが、速度を上げれば上げるほど次の一手を打つための思考時間が短くなる。そこを突いたカグラだが、義人は冷静さを失ってはいなかった。


「なん、の!」


 カグラが振るう氷の薙刀をのけ反るようにして紙一重で避け、義人はすぐさま前へと踏み込む。一瞬前、己の眼前を氷の薙刀が通過したことに怯えず、恐れず、義人は果敢に踏み込み、そして刀を振るう。

 喜びにも似た感慨を覚えながら、踏み込んできた義人をカグラは迎え撃つ。上段から振り下される刀を弾き、弾かれた勢いを利用して独楽のように回って繰り出される横薙ぎを背後に飛んで避け、着地と同時に放たれた刺突は柄で受け流す。

 強くなった。本当に、強くなったと、カグラは内心で呟く。

 荒削りながらも、風を切る速度で振るわれる斬撃は驚異的と言える。風魔法を利用しているのだろうが、身のこなしと斬撃の速さはカグラを上回るだろう。

 義人が振るった刃先が巫女服の袖口を掠め、鋭く斬り裂く。それを目の端で捉えつつ、カグラは小さく笑う。



 ―――しかし、速いだけでは勝てませんよ?



 内心で呟くと同時に、カグラを中心として突風が出現する。突然台風並みの威力を発揮する風を受けた義人は地面から足が離れるが、自身も風を操って背後へと“飛ぶ”。しかし、それでまたカグラとの距離が開いてしまい、歯を噛み締めた。

 遠距離戦では、勝ち目がほとんどない。『加速』を使った接近戦でこそ、勝機があるのだ。

 再度地面を蹴って接近しようとした義人だが、それよりも早くカグラが口を開く。


「魔法について、最後の講義です」


 以前のように、出来の悪い生徒に教えるように、カグラが優しく微笑む。


「お見せしましょう。これが、風の上級魔法です」


 言うや否や、カグラの周囲の風が勢いを増す。砂塵を巻き込み、先ほど砕かれた氷の破片すら巻き込み、カグラのを取り巻くようにして巨大な竜巻が出現する。

 あまりの風の強さに、それまで争っていた両軍も動きを止めた。そして呆然とカグラが発動した魔法を見上げる。地面から天まで昇るように発生した竜巻は、まるで現実味のない光景だった。

 義人軍の兵士は戦意を失いかけ、それを感じ取ったグエンなどの指揮官が鼓舞の声を張り上げる。だが、カグラ軍の兵士もカグラの魔法に目を取られており、戦場は奇妙な空気に包まれつつあった。


「それでは―――いきます」


 放たれる、極大の竜巻。周囲の土石を巻き込んで放たれるその魔法は、直撃すれば城壁さえも抉り穿ちかねない威力を秘めている。前線に向けて放てば、それだけで義人軍は壊滅しかねないだろう。

 しかし、義人はそんな暴風を前にして小さく笑った。


「ノーレ」

『任された』


 義人の握っていた刀が淡い発光と共に姿を変え、人型のノーレが姿を現す。そして義人を守るように立ちはだかると、右手を竜巻に向けてかざした。ノーレも風魔法を発動させると、カグラの放った竜巻に自身が作り出した風を巻き込ませ、竜巻の進路を斜め上へと逸らす。


「ふむ、さすがは『召喚の巫女』。大した威力じゃな。しかし、妾にとっては風魔法を御すことなど造作もない」


 竜巻が空へと進路を変え、雲を吹き散らしながら霧散していく。それを見たカグラは視線を鋭くした。


「その刀は、ノーレ様でしたか……」

「ああ。こっちも、カグラには見せたことがなかったな」


 義人がそう言うと、ノーレが再び姿を刀へと変える。義人はノーレの柄を丁寧な手つきで握ると、誇るようにしてノーレを掲げる。


「俺の“新しい”相棒だ」


 その言葉を聞いて、カグラの顔に理解の色が浮かぶ。


「なるほど。ということは、先ほどからヨシト様が使っている魔法もノーレ様の仕業でしたか」

『ふっふっふ。まあ、そうじゃな。そんなところじゃ』


 含みを持たせて笑い声を上げるノーレ。ノーレの声にカグラは僅かな疑問を覚えるものの、ノーレを構えた義人を見てカグラも氷の薙刀を構え直す。

 速度は『加速』を使った義人の方が上で、風魔法は通用しない。カグラは威力ではサクラに及ばないものの、氷の上級魔法も扱える。火炎魔法は中級までしか扱えないが、それらを主軸にして戦うべきかと思案した。だが、風魔法に比べて苦手なため、上級魔法を撃つまで数秒の集中する時間がかかる。今の義人を相手に数秒も意識を逸らせば、その隙を突かれるだろう。


「やれやれ……接近戦しかありませんか」


 おそらくは、最も義人に有利な戦い方を選ぶしかない。



 ―――少々厄介ですが……ヨシト様が使う魔法にも問題はあります。



 互いの隙を窺いながら、カグラは義人が使う『加速』について分析を進めていく。

 風を使って人間大の物体を移動させるには、かなり強い風が必要となる。その上、それだけの風を発生させ、的確に操作し、体の動きに合わせて運用するという高い魔法操作の技術も必要となる。

 高速で動くことで消耗する体力に、強力な風を発生させるための魔力、的確に魔法を運用するための集中力。それに加えて、実戦で『召喚の巫女』を相手に実行する精神力。『強化』を使っても実現できない速度で動く以上、体にも大きな負担がかかるだろう。

 多くのものを消費しながら『加速』を使用する性質上、カグラが耐えるだけで徐々に義人の戦力は落ちていく。

 対する義人も、それらの弱点は把握している。時間が経つほど自分が不利になっていくことは、『加速』を使う度に擦り減っていく体力や魔力。全身に疲労が蓄積し始め、特に足腰にかかる負担が大きく、両膝が僅かに痛む。

 長期戦は不利だが、カグラの力量を考えた場合、接近戦を挑めば嫌でも戦いは長引くだろう。そうなると、義人としては打てる手は少なくなる。

 


 ―――近づいて、隙を見て風魔法を叩きこむぐらいしかないか……。



 義人が思いついたのは、接近戦を行いつつ風魔法で攻撃を行うという案。『加速』はノーレに任せ、義人がタイミングを計って風魔法で攻撃をすればカグラといえどダメージを与えることができるだろう。


『よし、それじゃあ行くぞノーレ!』


 そう判断した義人は、ノーレに声をかけながら地面を蹴る。ノーレがその声に応えて『加速』を使うと、義人は姿を消す速度でカグラへと接近していく。

 まずは隙を窺うために二度、三度と斬りつけるが、カグラは防御を固め、冷静に義人の攻撃を凌いでいく。カグラにしてみれば、時間切れを待てばそれで勝てるのだ。義人と違い、無理に攻める必要もない。

必要もない、のだが―――。


「はっ!」


 義人の気合いが乗った斬撃を前にして、カグラがやや強引にノーレを弾き、僅かに体勢を崩す。それを見た義人は好機と捉え、さらに踏み込んでカグラと触れ合うほどの距離まで接近した。


「っ……この、距離なら!」


 防御に回された氷の薙刀と鍔迫り合いの形で押し込みながら、義人は風の魔法を使おうとする。しかし、それよりも早くカグラが口を開いた。


「この距離なら? ―――ここは、わたしの間合いですが?」


 言葉と同時に、カグラの腕が動く。鍔迫り合いの形で押し込む義人に構わず、カグラは氷の薙刀を一閃させると、義人を宙へと弾き“飛ばした”。


「うおぁああああっ!?」


 足が地面から離れ、義人は大砲から発射された砲弾のように後方へと吹き飛ぶ。恐るべきは膨大な魔力を使って『強化』で底上げされた腕力か。視界が霞むほどの速さで宙に弾かれた義人は、勢いをそのままに空中を突き進んでいく。


「洒落に……なってねぇぞ!?」


 浮いたままで数十メートルと弾かれた義人は、思わずそんな叫び声を上げた。


『落ち着けヨシト! すぐに着地を……いかん!? 後ろじゃ!』


 風を操って義人を着地させようとしたノーレだが、それよりも早く追撃を察知して警戒を促す。弾かれた勢いに逆らって義人が首を捻り、背後に視線を向けると、いつの間に回り込んだのか氷の薙刀を振りかぶるカグラの姿があった。

 ノーレを横に構えつつ、義人は体を捻る。それと同時にノーレは風を操ると、義人の体を独楽のように横へと回転させた。


「う……おおおおぉぉぉぉぉっ!」


 宙を飛ぶ勢いと風を使い、義人は回転しながら斬りかかる。それを見たカグラは表情を変えることなく氷の薙刀を一閃すると、義人が振るう白刃を真っ向から受け止めた。

 遠心力とカグラに弾き飛ばされた勢い、そして風を利用した姿勢制御を以って斬りつけた義人だったが、返ってくるのは硬い手応えばかり。僅かに後ずさっただけで義人の一閃を受け切ったカグラは、義人の足が地面に着くよりも早く動く。

 薙刀を跳ね上げ、義人の体を再度宙へと弾き飛ばす。そしてそれを追うように地面を蹴ると、宙に浮いた義人へと飛びかかった。


「空中なら、先ほどの魔法も使えないでしょう?」


 ゾッとするような笑みを浮かべ、カグラが斬りかかる。地上からおよそ十メートルの高さに恐怖する余裕もなく、義人は体を捻ると同時にノーレを振るった。だが、地面に足がついていた時と違って力が乗せられず、力負けして体勢を崩す。


『とにかく着地を!』

『任せよ―――いかん、右じゃ!』


 ノーレが風で姿勢を制御し、義人が声に従ってノーレを振るう。カグラも先ほど氷の薙刀を振るったばかりで体勢を崩しているはずが、何故かいつも通りに攻撃を仕掛けてきている。


「先ほどのお返しです」


 そう呟いたカグラの足元に、太陽を反射して光る物体があった。それを見た義人は、思わず目を見開く。



 ―――氷魔法で足場を!?



 空中に氷を生み出し、それを風魔法で支えて足場にする。言葉にすればそれだけだが、戦いながらそれを実現するのがどれだけ難しいのか。


『ノーレ、着地は後だ! 風で補助をしてくれ!』

『しかし、それでは魔力の消費が……』

『魔力が尽きる前に、このままだと負ける!』


 義人の声を聞き、ノーレはすぐさま風を操作して義人の体を真横へと逃がして氷の薙刀を避ける。しかしカグラはすぐさま義人の真下へ移動すると、義人が地面に下りられないように氷の薙刀を突き出した。

 義人は舌打ちを一つ零すと、姿勢の制御をノーレに任せて氷の薙刀を弾く。

 “こちらの世界”でも、魔法が存在するこの世界でも、目にすることは皆無の空中戦。片や宙に浮かせた氷を足場に、片や風を操って。三次元的に飛び回り、刀と薙刀をぶつけ合う。

 その光景を見た兵士達は戦う手を止めて思わず頭上の義人達を見上げるが、カグラが足場として使い終わった氷の塊が降り注ぐこともあり、歓声を上げながらも逃げ惑う。


『このままじゃジリ貧だ。ノーレ!』

『うむ! 少々強引にいくぞ!』


 カグラが接近してきた瞬間を狙い、ノーレが義人とカグラの中間に突風を発生させる。そして両者を引き離すと、義人はカグラの追撃を振り切って地面へと降り立った。勢いがつき過ぎて二転、三転と地面を転がるが、すぐさま立ち上がってノーレを構え直す。

 義人が体勢を整えている間にカグラも地面へと下り、何かを考えるように眉を寄せた。



 ―――空中でも仕留めきれませんか。となると、あとは“コレ”しかないですね。



 表情から感情を消すと、カグラは氷の薙刀を右手に持ち、左手は頭上に掲げる。それと同時に風が巻き起こり、先ほどよりも小さいが竜巻を形成していく。

 このまま時間切れを待っても良い。しかし、それよりも早く、決着をつける手段がカグラにはあった。


「……なんだ?」

『わからぬ。しかし、風魔法なら何度でも妾が止めよう』


 カグラが竜巻を放つのに合わせて、ノーレが人型に戻る。ノーレは先ほどと同じように風魔法を使用し、そこでようやく、自身がカグラの術中に(はま)ったことを察した。

 ノーレが人型に戻って竜巻を防ぐその瞬間、カグラが地を蹴り、かつてない速度で義人へと迫る。



「―――つまり、ノーレ様がわたしの魔法を防いでいる間は無防備になる、と」



 ノーレの傍をすり抜け、自身の間合いに義人を引きこんだカグラは機械的に氷の薙刀を振りかぶった。 

 カグラの行動に、反応が遅れる。それでも義人は咄嗟に地を蹴り、距離を取ろうとして―――振り下されたカグラの薙刀が、義人の体を袈裟懸けに切り裂いた。


「あ―――」


 斬られた。

 そのことを認識するよりも早く、カグラの一閃を受けた義人の体が真後ろへと弾かれる。それでもなんとか体勢を直そうとたたらを踏み、そこで、義人の足から力が抜けた。


『ヨシト!?』


 ノーレの悲鳴が上がるが、それも遠い。義人の敗北を悟ったのか、遠くから見ていた兵士達からも悲鳴が上がる。

 義人は勝手に力が抜けた足に、呆然とした視線を向けた。しかし、それよりも先に、自分の体に斜めに走った刀傷が目に映る。衣服を斜めに斬り裂き、その下の肉からは、赤黒い血が溢れ出す。傷は胸骨や肋骨にまで達しているのか、僅かに白い骨らしきものも見える。


「予想よりも粘りましたが……幕引きは呆気ないものですね」

「っ!?」


 カグラの言葉が聞こえるよりも早く、傷口から血が噴き出る感触を覚えると同時に意識が遠退き、義人は前のめりに倒れ込むのだった。


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