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第一章
第十二話:藤倉志信
 四歳の頃に両親が交通事故で他界し、その日を境に自分を取り巻く環境が激変したのを今でもよく覚えている。誰も自分を引き取ろうとしない親戚連中。両親の葬儀も終わった後、志信を待っていたのは過酷な現実だった。
 子供を育てるのには金がかかる。両親の保険金があるにはあったが、成人させるには足りない額。その保険金を管理という名を借りて奪い取り、志信自身は施設に追いやろうとした心無い親戚もいた。
 幼いながらも聡明だった志信は、親戚連中はあてにならないと自ら施設に行こうとすら考え……結果、祖父に引き取られた。
 それは、葬儀も終わって初七日が経過した頃。志信が親戚連中を見限り、施設に赴こうとしていた日。母の父、すなわち志信の祖父がやってきた。全国を流浪するのが趣味らしく、三日前に志信の両親の訃報を聞いて飛んできたらしい。
 志信の母は駆け落ちのように父と結婚したらしく、志信が祖父を見たのは初めてだった。
 祖父はまず線香を焚き、両親の冥福を祈る。その際小さく漏れた、

『親より先に逝きおって……馬鹿者が』

 という呟きが、今でも志信の耳に残っている。
 少なくとも、その言葉だけで目の前の祖父を名乗る人物が信用できると思った。
 祖父が今後どうするかと尋ねてくるので、志信は施設に行く旨を告げる。親戚連中は誰も引き取らないからと。下手すれば、残った両親の保険金すらも奪われかねないからと。
 それを聞いた祖父はおもむろに立ち上がって、志信をどうするか決めるために集まっている親戚連中の下へと赴いた。
 そしてその後起こった出来事は、今でも志信の記憶に鮮明に焼きついている。
 親戚連中を前にした祖父は目を見開いて大喝。それと同時に、傍にあった木造りの箪笥を殴打して粉砕した。それも、素手で。
 そこからは流れるように話が進み、祖父が志信を引き取ることとなった。
 それが今から十三年前。志信が祖父に引き取られ、武術を習い始めるきっかけとなった出来事である。



 古流武術の流れを汲む藤倉流は、棒術を基本とした複合的な流派だ。そもそも棒術は剣術や槍術、薙刀術の諸流派と重複することが多く、藤倉流ではそれらも同時に学ぶ。また、他にも徒手空拳で戦う方法や柔術も覚える。
 志信が得意とするのは棒術や槍術など、長物を扱うことだ。徒手空拳、剣術や柔術もそれなりに使えるが、祖父曰くまだまだひよっこらしい。
 祖父と比べれば誰でもひよっこになると言いたかったが、言っても当たり前だと笑い飛ばすだろう。実際、他流試合に訪れた武芸者を軽々とあしらうところを見たことがある。
 十六歳の時に免許皆伝を受け取りはしたが、結局祖父から一本も取ることはできなかった。



「一生勝てる気がせんな……」

 志信は傍目からは見分けられぬ苦笑を浮かべると、城の裏手へと歩いていく。僅かに掛け声のようなものも聞こえるから、こっちの方向で間違いはないだろう。
 扉を開け、城の外へと踏み出す。すると強い日差しが照らしつけ、志信は目を細めた。

「エイッ! ヤアッ! トウッ!!」

 練習用の刀を振り下ろし、訓練に励んでいる兵達。志信はその姿を見ながら、邪魔にならないよう隅のほうを歩いていく。
 とりあえず全体が見渡せる場所まで歩くと、そこで足を止めた。途中で何人かの兵が不思議そうな顔で志信を見るが、志信は気にも留めない。
 刃引きされた練習用の刀を振り下ろす者もいれば、違う場所では試合形式で打ち合っている者もいる。
 志信はしばらく全体の動きを見ていたが、その途中で僅かに首をかしげた。

「……もしや、ここで訓練しているのは新兵か?」

 動きに滑らかさがなく、踏み込みも弱い。刀の振りも遅く、中には真剣な表情ですらない者もいる。しかも、振り下ろす動作だけで他の動きがなかった。横薙ぎや突きなどの動きも見てみたかったが、誰もしていないのだから仕方ない。
 志信の頬に、暑さとは違った汗が流れる。
 これが正規兵? いや、まさかそんなわけはあるまい。きっと新しく入隊した兵だろう。
 若干願いを込めてそんなことを考えてみるが、志信の長年の研鑽と理性がそれを否定する。体つきを見る限り、刀を振るって日が浅いように見えない。すなわち……

「シノブ殿、こんなところでどうしたのですか?」

 考え事をしていると、やや離れたところから声をかけられた。
 志信が声の方向へ目を向けると、今から訓練を始めるらしく城から出てきたミーファが立っている。周囲と同じように練習用の刃引きされた刀を手に持ち、昨日使っていた白い鎧は身に着けておらず、これまた練習用らしき鎧を身に着けていた。

「ミーファか。いや、刀を振る音と掛け声が聞こえてな。訓練を見てみたくなった」

 志信の言葉に頷くミーファの表情は、義人に対するものよりも幾分柔らかい。

「シノブ殿も剣術を使われるのですか?」
「剣術も扱うが、得意ではないな。それとミーファ、俺には敬語なぞ使わないでくれ。義人と違い、立場のない人間だ」
「しかし……」
「名前も呼び捨てで良い。頼む」

 譲らない、と表情を読み取ったミーファは、若干呆れたように頷いた。彼女としても、敬語を使わなくていいのならそっちのほうが良い。
 ミーファは公私を分けるのが上手いタイプで、切り替えは早かった。

「わかったわ。それじゃあシノブって呼ばせてもらうことにする」
「そうしてくれ」

 頷き返し、志信は兵達に目を向ける。そして、外れていてくれと願いながら口を開いた。

「ところでミーファ、ここにいる連中は新兵か?」
「え? 違うわよ? ここで練習しているのは第二歩兵隊の連中で、最低でも一年は訓練しているわ」
「……そうか」

 何故か声のトーンが下がった志信を、ミーファが不思議そうに見る。その視線に志信はなんとか気を持ち直す。

「それではミーファの隊に案内してくれないか?」
「それはいいけど。なんで?」
「いや、魔法剣士とやらを見てみたいだけだ」

 何やら苦虫を噛み潰したような顔をしている志信を訝しげに思いつつも、ミーファは自分の隊へと案内した。
 第二歩兵隊から百メートルほど離れ、先程よりも広い訓練場に移動する。その際にも、志信は色々と質問をぶつけていく。

「魔法剣士とやらはどんな戦い方をするんだ?」
「その名前の通り、魔法と剣を使って戦うわ。魔力を使って身体能力を向上させたり、剣や鎧の強度を上げたり、剣と同時に魔法を使ったりね。この国の主力と言えるわ」

 どこか誇らしげなミーファと反対に、志信は若干の不安を覚える。主力の実力が高ければ良いが、低ければ目も当てられない。

「ちなみに、この国で最も腕が立つ……ああ、魔法とやらの使用も入れて、この国で最も強いのは誰だ?」

 そう尋ねた志信に、ミーファが先程よりも誇らしげに胸を張る。

「わたしよ。去年の国内の武術大会でも優勝したわ」

 そこに確かな自信と僅かな過信を見て取った志信は何か言おうとして、口を閉じた。
 魔法を使っていたのかはわからないが、熊のような化け物であるバズスを一刀両断で倒したのを志信も見ている。『井の中の蛙大海を知らず』という言葉も浮かんだが、いきなりそんなことを言うのも失礼だ。
 そうして案内された訓練場では、兵士が各々で訓練をしている。見回してすぐに気づいたことだが、第二歩兵隊では見なかった女性の兵士が大勢いた。
 数にすれば全体の半分ほど。珍しいことだと志信は思ったが、横のミーファが補足を入れてくる。

「魔法を使えるのは女性のほうが多いの。だから、魔法剣士隊や魔法隊では女性が多いわ」

 志信が見る限り、女性兵士の動きは男性兵士と遜色ない。おそらく魔法を使っているのだろうが、先程の第二歩兵隊よりも“使える”ことに安堵した。
 もっとも、第二歩兵隊より“使える”だけで志信の評価はあまり高くないが。

「魔法とやらは何も唱えなくても使えるのか?」
「詠唱? 苦手な魔法や高度な魔法を使おうと思えば必要だけど、必ず唱えなくちゃいけないってことはないわ。第一、刀を振るいながら詠唱したら隙ができるじゃない。腕の悪い魔法使いとかは唱えてるけどね……あれ、シノブ? 貴方、よく見たら魔法がかかってるわよ?」
「何?」

 魔法がかかっていると言われても、志信に思い当たる節はない。ミーファはそんな志信を頭から爪先まで眺める

「何か違和感とかない? 体が軽いとか。いつもより力が出るとか」
「む、そういえばこちらの世界に来てからずっとそんな状態だな」
「やっぱり『強化』か……って、昨日からずっと?」
「ああ。その『強化』とはなんだ?」
「自分自身、もしくは自分以外の誰かの身体能力や知覚能力を向上させる魔法のことよ。あとでカグラに聞いてみたほうがいいかもね」
「そうか。ならば聞いておこう」

 害はないと判断したミーファは、訓練を自身の始めようと歩き出す。志信は黙ってそれを見送ると、ひとまずこの国の主力がどれ程の練度か確かめることにした。
 魔法の恩恵か、先程の歩兵隊よりも刀の振りは速い。動きも中々素早く、中には魔法で生み出した炎を放つ者もいた。
 それらの動きを眺めながら、志信はポツリと呟く。

「少々動きが綺麗すぎるな」

 型にはまった剣と言い換えてもいい。動き自体はそこそこだが、多くの兵士が実際の斬り合いを想定してない道場剣法だ。
 この国は他国と戦うことはないと言っていた。そのため、実戦を知らない者も多いのだろう。魔物と戦ったことがない兵士もいるとカグラが言っていたのを思い出し、志信は僅かに頭が痛くなった。
 無論、志信とて実際に人を殺したことがあるわけではない。だが、防具なしで他流試合を行ったことなどザラだし、それで大怪我を負ったこともある。逆に相手に大怪我を負わせたこともある。多対一で戦ったこともある。下手すれば死に掛けたこともある。下手すれば相手が死んでいたこともある。さすがに魔物と戦ったことはなかったが。

「いや、お爺様が魔物のようなものだったか……」

 苦笑を一つ零し、準備運動を終えたミーファへと視線を移す。そして、僅かに感嘆の息を漏らした。

「ほう……流石隊長というだけはあるな」

 三人を相手取って戦うミーファを見て、そう評す。相手の攻撃を受け流し、隙を突いては一人ずつ倒していく。魔物相手に実戦も積んでいるのだろう、他の者とは動きが違う。
 その動きを見ているうちに、志信の中でとある感情が首をもたげた。

 ―――戦ってみたい。

 志信とて武を修める者だ。強者がいたのなら、戦ってみたいとも思う。
 しかし、しばらくミーファの動きを見ているとその衝動が収まっていくのを感じた。

 ―――他の者より動けているがそれだけ、か……。

 冷静にミーファの実力を測り、思考が告げる。動きの早さやキレ、刀を振る速度。踏み込みや周囲へと観察眼。勿論ミーファとて本気ではないかもしれないが、志信もそれを考慮してある程度加味して考えている。
 苦戦はしても負けはしない。
 そう判断して、他の隊の訓練風景を見に行くことにした。



 第一歩兵隊と魔法隊と弓兵隊はいないらしく、ひとまず騎馬隊の訓練場へと足を伸ばす。
 馬上で指示を出している隊長らしき人物や、他の兵士の動きを見る。
 馬上からの攻撃や馬を使った機動。下からの攻撃の防御など、今までの隊よりも全体的に練度が高い。
 それでも魔法剣士隊が主力なのは、魔法という存在がそれほど強力だということだろう。
 ある程度の動きを見ると、今度は第三歩兵隊が訓練しているところを見ることにした。
 そして、志信は思わず絶句する。
 先程の第二歩兵隊よりも明らかに練度が低く、士気も低い。中には木陰で休んでいる兵士もいるほどだ。隊長が席を外しているのか、訓練する兵士の表情はどこか緩い。

「……義人。なるべく早く世界に戻る方法を考えたほうが良いかもしれん」

 志信にしては珍しく、呆然とした声だった。
 この国に国としての価値や軍事価値がほとんどなく、かつ侵略されるような重要な資源がないことに志信は感謝する。
 もしも戦争でも起きれば、この国は短期間で負ける。他の国の兵がどれほど強いかはわからないが、この国より弱いということはないだろう。
 色々と絶望を感じて、志信は大きなため息を吐いた。


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