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異世界の王様  作者: 池崎数也
第一章
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第十話:王様業務、初日

「知らない天井だ……」


 目が覚めると共に、定番の台詞を呟く。実際は天蓋が頭上を覆っているため、天井は見えないのだが。

 義人は体を起こし、とりあえず周囲を見回す。やけに広い部屋の間取りを眺めて、寝起き早々にため息を吐いた。


「うーむ、やっぱり夢じゃなかったか」


 まあ、わかってましたけどね?

 誰もいない空間に向かって話しかけてみるが、傍目から見れば危ない人に見えるのですぐに止める。そして、ベッドから降りようとしたところで扉がノックされた。


「あの、ヨシト様、起きていらっしゃいますか?」


 扉越しのため判断がつきにくかったが、おそらくカグラだろう。そう判断した義人は、一つ欠伸をしてから返事をする。


「起きてるよ。どうぞー」

「し、失礼します」

「ああ、おはようカグ……ラ?」


 扉を開け、一礼して入ってくるのはカグラ……ではなかった。そう判断したのは、身長と髪の色、そして服装によってである。

 カグラは優希よりも五センチほど背が高く、艶のある黒の長髪にトレードマークの巫女服。だが、目の前の人物は違う。

 身長は優希よりも僅かに小さく、髪は綺麗な茶髪。髪型は肩で揃えたボブカットで、顔立ちは綺麗と言うよりも幼く可愛らしい。服装は、何故かメイド服。それもマンガやアニメなどに出てくるような薄くてヒラヒラしたメイド服ではなく、必要以上に装飾のない、紺色を基調とした給仕をするのに最も適した簡素なメイド服だ。


「……どちらさま?」


 少なくとも初対面のはずだと判断した義人は、とりあえず素性を求めて話しかける。すると、少女は慌てて頭を下げた。


「お、お初にお目にかかります。わ、わたしは、今日からヨシト様のお世話をすることになりました、サクラと申します。至らぬ点もございますが、よろしくお願いしまひゅ」


 緊張のせいか最後に噛んだが、どうやら本人は気づいていないらしい。


「あー、うん、よろしく。ちなみに世話っていうのは? カグラみたいに俺を補佐してくれるってこと?」

「は、はい! あ、い、いいえ違います! わたしはヨシト様の身の回りのお世話をするだけです! お部屋をお掃除したり、お食事のご案内をするのが役目です!」

「む、なんというリアルメイドさん」

「え?」

「いや、なんでもない。じゃあ、これからよろしく。えっと、サクラでいいのかな?」


 優希とは違う種類の小動物染みた雰囲気に、義人は微笑ましい気持ちになる。動物に例えるなら優希は子犬で、サクラはリスかウサギだろうか。


「朝食のご案内と、お、お着替えの服をお持ちしました」


 そう言いつつ、綺麗に折りたたまれた服を差し出してくるサクラ。義人はそれを受け取ると、自分の格好を見下ろして苦笑した。

 昨日は疲れていたため学校の制服のまま眠ってしまい、あちこちにしわがついている。あと三年近くこの世界で過ごさなくてはならないので、なるべく大切に着ようと義人は思った。

 本当は着慣れた制服のほうがいいのだが、同じ服をずっと着続けるわけにもいかない。

 ひとまず服を受け取ると、どんなものか確認する。

 何せ、今までの王がどこに影響を及ぼしているかわからない。西洋風と和風が不協和音に混ざり合った珍妙な服が出てきても驚くまい、と義人は嫌な決意をした。


「おろ? 意外と普通な……」


 だが、広げてみて拍子抜けする。渡された服は前をボタンで留めるタイプのシャツに、腰元を紐で締めるややゆったりとしたズボン。そして、シャツの上に着るための厚手の長袖服。色は落ち着いた薄茶色だ。

 キワモノな服が出てこなかったことに、安堵の息を吐く。


「とりあえず着替えて……ん?」


 制服に手をかけようとして、手が止まる。見れば、サクラが何やら決然とした表情で義人を凝視していた。


「あの、サクラさん? そんな穴が開くほど見つめられると困るんですが?」


 思わず敬語で話す。サクラはその声に弾かれるように顔を上げた。そして、気合を入れるように胸の前で拳に力を込める。


「そ、その……お手伝いします!」

「いやいやいや待てや!」


 赤い顔で危険なことをのたまうサクラに、義人はすかさず右手を突き出して制止する。


「一人で着替えられるから! 手伝わなくていいから!」

「い、いえ! これはわたしのお仕事です! ヨシト様のお着替えをお手伝いします!」

「ええい! 嬉しいシチュエーションのはずなのにまったく嬉しくないのが不思議だぜ! 一人で着替えるから! いやむしろ一人で着替えさせてください! ていうか部屋から出て! お願いしますから!」


 そうして言い募ること数十秒。最後には王様命令を発動してなんとか一人で着替えた義人であった。




「おはよーっす……」


 サクラと伴って食堂にたどり着いた義人は、疲れた声で朝の挨拶をする。それを聞いた優希は不思議そうに目を丸くした。


「おはよー、義人ちゃん。どうしたの?」


 そう言う優希の服装も、昨日までの制服とは違う。

 灰色のゆったりとした貫頭衣……いや、ワンピースというべきか。腕は長袖で覆われており、服の丈は膝下まである。腰の部分を紐で絞めており、動きやすそうだ。


「いや、ちょっとな。それは置いといて、そっちも普通の服で良かったな」


 義人がそう言うと、優希は苦笑混じりに笑う。そんな優希の表情を珍しく思った義人は首をかしげた。


「なんだ? 何かあったのか?」

「えっとね、最初はこの服じゃなくてドレスみたいなのを着せられるところだったの。でも、窮屈そうだったからこっちの服にしてもらっちゃった」

「納得。俺もかしこまった服を出されたら変えてもらおうと思ってたからな」


 そう言って笑い合っていると、今度は志信が食堂に入ってくる―――制服姿で。


「おはよう、二人とも。む……なんだ、俺の顔に何かついてるか?」

「いや、志信。お前、なんで制服なんだ?」

「この服が一番着慣れているからだが」


 何かおかしいか、と言わんばかりの志信の表情に、義人は首を横に振る。


「おかしくはないけど……元の世界の服って制服一着しかないんだぜ? 大事に着ないか? いや、俺だって制服のほうがいいけどさ」

「なら、着ればいいではないか」

「いやいや、だからさ。破れたりしたら困るだろ?」


 義人の言葉に、志信は不思議そうな表情を浮かべた。


「制服と同じ作りの服や、それを元に現代の服を作ってもらえば良いのではないか? 俺はカグラにそう頼むつもりだったのだが」


 何気ない志信の一言が、食堂に沈黙をもたらす。

 そして五分後、食卓には制服姿の三人が並んで座っていたそうな。




「それにしても、ちゃんと食事が質素になってるな」


 白米に味噌汁らしきもの、そしてサラダにおかずが数品並ぶ食卓を見て、義人は満足そうに頷く。料理が運び込まれるのと同時に部屋に入ってきたカグラは、それを聞いて苦笑した。


「五十ネカで作ったそうですよ?」

「うん、却下。もっと下げるように言っといて」

「これでも苦労したそうなんですが……」


 苦笑を困った笑みに変え、カグラは頬に手を当てる。


「それでも、今までの朝食の五分の一以下なんです」

「オーケー。前王の墓はどこだ? とりあえず、墓石を粉砕するから」


 もちろん、そんなことはしない。そもそも死んでいるのだろうか?

 それが疑問になった義人は、とりあえず聞いてみることにした。


「というか、前王はどうなったんだ?」


 その質問に、カグラは露骨に目を逸らす。


「えーっと、忘れちゃいました」


 目を逸らしたままで、明らかな嘘を吐く。義人はそうか、と一つ頷いて、傍で茶碗にご飯を盛っていたサクラに笑顔を向けた。


「サクラは教えてくれるよなー? 隠し事なんてしないよなー?」


 優しく問いかける。


「ひゃ、ひゃい! 前王は、その……ど」


 何故かどもるサクラ。義人は急かさずに、続きを促す。ちょっと嫌な予感がしたのは、きっと勘違いだろう。


「ど?」

「ど、ど……つ、されました」

「んー? 声が小さくて聞こえないぞ?」


 聞き返すが、義人の本能は警鐘を鳴らす。

 やめろ、続きを聞くな。今なら引き返せる。

 そんな警告の声を、知らないがために起こる危険性を考慮して捻じ伏せた。

 サクラはカグラへと何度か目を向ける。それはまるで、これから話すことの許可を求めるようだ。カグラはため息を一つ吐くと、表情を引き締めて言葉を受け継ぐ。


「前王は毒殺されました。その無能さに耐えかねた臣下によるもので、毒を盛った者はすでに処刑されています」


 食堂の空気が、ピンと張り詰める。


「……毒殺か」


 志信が確かめるように呟き、義人は無言のままで目を瞑る。優希はオロオロと周りを見回して、食卓の食事に目を向けた。


「えっと、義人ちゃんの食べるご飯は大丈夫……だよね?」

「はい。毒見も行っていますので、安心して召し上がってください」


 優希の背後にいたメイドがそう答える。

 義人はそれを聞きながら、閉じた目を僅かに開いた。


「やばいな、これ。毒殺とか洒落になってないぞ」


 自分も同じ目に遭う可能性があるのだから、人事ではない。しばし考えを巡らし、カグラへと目を向ける。


「それがあったのは何年前だ? 毒を盛った奴の立場は?」

「毒殺が起きたのは十年前です。そして、毒を盛ったのは当時の騎馬隊の隊長です。王の行いを正そうとアルフレッド様と共によく諫言を行い、忠義に溢れ、人望も厚い人物だったそうですが……」

「王が駄目すぎたか……いや、待て。前王はその人を疎ましく思ってたのか?」


 そう尋ねると、カグラは申し訳なさそうな表情へと変わった。


「申し訳ありません。その当時わたしはまだ七歳でして、今のように王の傍にいたわけではないのです。アルフレッド様ならよくご存知かと思いますけど」

「よし、それならアルフレッドを呼んでくれ」


 義人の指示に、慌ててサクラが部屋から出て行く。そして、数分してアルフレッドが食堂へと姿を見せた。


「おはようございます、ヨシト王。して、何の御用ですかな?」


 折り目正しく挨拶をしてくるアルフレッドに挨拶を返し、すぐさま十年前のことを問いかけてみる。アルフレッドは記憶を遡るように考えこみ、首を横に振った。


「傲岸不遜な王じゃったが、ポドロ、前騎馬隊隊長の諫言にはよく耳を傾けておったものじ

ゃ。それがどうかなされたか?」

「いや……そうか、むしろ重用されてたか。ふーん、そうかそうか」


 義人は考えをまとめるように何度か頷き、皿に乗せてあったウィンナーらしきものを口へと運ぶ。


「ちょっと、義人ちゃん!?」


 優希が慌てるが、義人は構わず咀嚼してウィンナーらしきものを飲み干した。


「うん、美味いな。ほら、優希も志信も食えよ。ご飯が冷めちゃうぞ?」


 今まで周囲を満たしていた張り詰めた空気を振り払い、義人は何事もなかったかのように食事を始める。志信もそんな義人に従い、味噌汁らしきものに箸をつけた。


「む、この味噌汁の出汁はなんだ? 今まで食べたことのない味だが……」

「藤倉君まで!? ぅう〜……もういいもん! わたしも食べる!」


 空腹に勝てなかったらしく、優希も食事を始める。義人はそれに笑いながら、ついでとばかりに口を開いた。


「それでさ、十年前、いや、それよりも前に何か変わったことはなかったか?」

「変わったこと?」

「そう、例えば税率が変わった、とかさ」


 何気ない問い。しかし、そこには強い確信が込められている。


「は、たしかに十一年前に税率が今の税率に変わったのう」


 アルフレッドの返答に、義人はふーんと気のない言葉を漏らす。そして、椅子に背を預けてカグラに顔を向けた。


「この国の法律ってさ、王様が決めて他の奴はみんなそれに従うんだろ? しかも、一度決めたら変えることができるのは王様だけ。違う?」

「はい、その通りですけど……」


 それが何か、と言わんばかりのカグラに、義人は笑って返す。


「いや、なんでもない……おお、この味噌汁の出汁、本当に何だ?」


 ずずず、と味噌汁らしきものを啜り、一息つく。

 異世界から王を召喚。しかも、その王に絶対的な権限がある。一度決めた法律は、王でないと変えられない。そして挙句が毒殺。前王が死んでからの十年間は、おそらくアルフレッド主導の下、有能な連中でなんとか国を運営してきたのだろう。

 様々な情報を頭で整理しながら、義人は小さく呟く。


「ったく、なんつー歪んだ国だよ」


 その声は、誰に聞かれることもなく霧散した。


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