第九話:国の現状
食堂に案内された義人達は、目の前の光景に声を失った。
純白のテーブルクロスがひかれた、細長いテーブル。その上には燭台が並び、その灯りに照らされていくつもの豪華な料理の姿が浮かび上がる。
山の幸や海の幸、色とりどりの果物。見たことのない料理もいくつか並んでいる。
絵画から抜け出たような光景。義人はそれを驚くと共に、頭を抱えた。
「なんだこの無駄に豪華な食事は……」
財政が逼迫していると言っていたのは嘘だったのかと、思わず問い詰めたくなる。
「王を歓迎するための料理ですから。普段はここまで豪華じゃないですよ?」
そんな義人に苦笑して、カグラが助け舟を出す。そしてそのまま義人を入り口から一番遠い席へと案内した。
「それではヨシト様はここに。ユキ様とシノブ様はこちらにどうぞ」
さらに、優希と志信を義人から見て右斜め前と左斜め前に座らせる。カグラはそのまま義人の斜め後ろへと周り、待機するように立つ。
「あれ? カグラとアルフレッドは食べないのか?」
カグラと、入り口近くで義人達、正確には義人の挙動を見ていたアルフレッドに声をかけた。ちなみにミーファはアルフレッドの指示で部屋の外にいる。
「ヨシト様、わたしやアルフレッド様は臣下ですから、共に食事を取るわけにはいきません」
「うへぇ……そんなことまで気にしなきゃいけないのか」
うんざりだと言わんばかりに義人が顔をしかめた。そして、テーブルの上にある物を見て目を丸くする。
「なんでスプーンやフォークと一緒に箸があるんだ?」
テーブルや燭台などは西洋風なのに何故か一緒に箸が置かれており、違和感を際立たせていた。
「それは、召喚した王の全員が箸を使いたいとおっしゃっていたからですが……必要ありませ
んでしたか? 市民も大抵は箸を使っていますが」
「いや、いいけどさ……あー、ミーファが持ってた刀といい、異世界の知識がどうのっていうのはこんなところにも影響してるんだな」
どこにどんな影響があるのやら、と考える義人に、優希が笑いかける。
「テーブルマナーってわからないし、わたしはありがたいなー。やっぱりご飯はお箸で食べたいし」
そう言う優希の視線の先には、皿に盛られた白米。
「待て、ちょっと待て。なんでご飯が丸い平皿に盛られてるんだ?」
「いけませんでしたか?」
「そこはご飯茶碗だろう!?」
とりあえずキレてみる。
日本人なめんなコラァ! と意味不明な叫びを心の中で高らかに上げ、義人は再度頭を抱えた。
「この世界は元々西洋風なのに、日本の文化が混ざってるせいでおかしくなってるのか。これは早急に片付ける問題かもしれないな……」
疲れと呆れが程よくブレンドされたため息を吐き出し、ひとまず料理を食べようと意識を切り替える。
「色々と言いたいこともあるが、とりあえず食べるか」
時計などが置かれていないため正確な時間はわからないが、体内時計は午後八時ぐらいを指している。昼食からすでに八時間あまりが経過しているため、お腹の虫がそろそろ五月蝿い。
「じゃあ、いただきます」
合掌して料理の材料と作った人に感謝の言葉を捧げる。挨拶もほどほどに料理に目を向け、とりあえず近くにあった魚の塩焼きらしきものに箸を伸ばした。
「……おお、これは美味い!」
空腹は最高の調味料であり、義人は次々と箸を進めていく。
もう少し行儀良く食べてほしいです、とカグラは思ったが、初日なので大目にみることにした。
優希や志信も料理に舌鼓を打っているが、その動作は義人よりも落ち着いている。そのことがアルフレッドの中で義人の評価を下げることに繋がっているのだが、義人は気にしない。
料理を食べながら、カグラへと話を振る。
「それにしても、魚が食べられるとは思わなかったなー。これって海の魚だろ? 近くに海があるようには見えなかったけど?」
「カーリア国を北上すれば海があるんです。その海で取れた魚が、ここ王都フォレスにも運ばれますから」
「へー、でもここまで遠いんじゃないか? 衛生面は大丈夫?」
「それは大丈夫です。水揚げされた魚をすぐに氷の魔法で冷凍するので、新鮮なまま運ばれてきます」
「この魚は塩焼きしてるけど、塩はどうしてるんだ?」
「海水を炎の魔法で煮詰めて作っています」
「すげー、使い道が生活感溢れてるけど流石魔法。便利だな」
魔法の便利さに驚きつつ、今度は皿に盛られた果物へと手を伸ばす。薄黄色の皮に、形は桃を若干細くしたように見える。皮を剥いてみれば、身も黄色だ。
「この果物は?」
「それはポポロっていって、この国だけでなく世界中で食べられている果物です」
「世界中で……そりゃすごいな。それじゃあこの果物ってどこでもポピュラーな食べ物なのか」
「ぽぴゅらー?」
「あ、一般的ってことですよー」
意味がわからず首をかしげたカグラに、優希が補足する。言葉の意味を理解したカグラは頷き、説明を続けた。
「そうですね。市民にも広く親しまれている果物です。安価で美味しく、子供のおやつにも丁度良いらしいですよ?」
「ちなみにいくら?」
「その年の相場にもよりますけど、大体一ネカです」
「ネカ? この国の通貨は円ではないのか?」
前の王の影響で円だろうと思っていた志信がアルフレッドに尋ねる。
「通貨は世界共通での。この国の中だけで使える通貨もあるが、それが円じゃ。もっとも、円よりもネカのほうが主に使われておる」
アルフレッドの言葉を聞きつつ、義人はポポロを食べてみた。
瑞々しく、柔らかい食感と程よい甘さ。味はマンゴーと桃を足して二で割ったような感じだろうか。
「甘くて美味しいねー」
同じようにポポロを食べた優希が感想を述べる。義人はそれに同意の頷きを返した。そして、ついでのように尋ねる。
「ちなみに、この国の一般市民の一日の平均収入で何個くらい買えるんだ?」
「え? えーっと……三十……五十個くらいでしょうか?」
確認の意味を込めてアルフレッドに尋ねるカグラ。アルフレッドも少し考え込む。
「そうじゃのう、五十個で五十ネカだからそのくらいじゃ」
「ふーん……ちなみに、一食あたりいくらぐらいかわかる?」
「市民の一食の金額ですか? そうですね……三ネカもかからないと思いますけど」
ふむふむと義人は頷き、テーブルの上に乗っている料理を見渡した。
「この料理全部でいくらくらいかかってるんだ?」
その質問に、アルフレッドは僅かに眉を寄せた。だが、すぐさま料理担当の者を呼んで確認する。
呼ばれた料理担当らしき中年の男性は、訝しげな顔をしながら答えた。
「材料費だけでおよそ三千ネカくらいですが……何か至らぬ点がありましたでしょうか?」
もしや口に合わなかったか、と男性は思ったが、義人は首を横に振る。
「いや、どの料理も美味しい。そうだよな、優希、志信」
「うん。こんな美味しい料理はあんまり食べたことないよ?」
「そうだな。だが……」
志信が意味ありげに義人を見る。義人はその視線を受け取ると、頷いて男性へと向き直った。そして大きく息を吸い込み、
「豪華すぎるわボケェー!!」
そう叫び、テーブルをちゃぶ台返しよろしくひっくり返そうとして―――料理が勿体無いので諦める。
叫ばれた男性は驚いたように肩を震わせ、慌てて膝をついた。
「も、申し訳ありません! ですが、新しい王を歓迎するとのことでしたので、粗末な料理では……」
「あ、いや、ちょ、軽い冗談だからそんな平身低頭されても俺が困る! いや、豪華すぎるのは冗談じゃないけど、叫ぶ必要ななかった! 王様ってことでぶっちゃけ調子に乗りました!
すいません!」
ストレス発散を込めて心の赴くままに叫んでみたが、どうやら色々と駄目だったらしい。
「何事か!?」
義人の叫び声を聞いたのか、外に待機していたミーファが扉を蹴り破る勢いで突入してくる。右手は腰の刀に伸ばされ、すぐに抜刀できるように構えていた。そして中の様子を確認して、何があったのかと目で尋ねてくる。
「えーっと、ミーファちゃん? 何でもないから」
「しかし今、ヨシト王の叫び声が」
「すんません。ぶっちゃけ調子に乗りました」
そう言いながら、義人は男性を立たせる。そして、話の続きを口にする。
「いやね、別にこんなに豪華な料理じゃなくても良いと俺は思うんですよ。一般市民は一食あたり三ネカぐらいって言うじゃないっすか。ね? だから俺達もそれくらいがいいから、明日からそうしてほしいなー、なんて。一般市民の平均収入千日分を一食で食べるなんて贅沢すぎるでしょ? 約三年分ですよ? しかもこんなには食べられないから、食べ残しのせいで罪悪感と申し訳なさとちょっぴりの切なさで死にますって、俺」
「いや、そういうわけには……王とそのお客人ですし。大体、三ネカぐらいじゃご飯一杯とおかず一品ぐらいになりますよ?」
「それにヨシト王、他の臣下の手前もありますぞ? 臣下よりも粗末な料理を食べていては、示しがつきますまい」
料理人の男性とアルフレッドにたしなめられるが、義人は首を横に振る。
「いやいや、大体俺たちみたいな若造にこんな豪華な料理を食わせるなって話だよ。まだ何もしてないんだぞ? 働かざるもの食うべからずという言葉もあるくらいだし」
いや、もう食べちゃったけどね?
もちろんそんなことは言わない。空腹は抗うことのできない、強力な敵なのだ。
しかし、アルフレッドと男性は当然納得してくれない。ならば、と義人は矛先を料理人の男性に向けた。
「それにほら、いかに安くで美味しい料理が作れるかっていうのは料理人の腕が問われるじゃないか。何の不自由もない環境よりも、多少の逆境は自分を成長させる良い機会だと思うんだ。な? やってみよう? 大丈夫、きっとできるさ。むしろやれ」
「でも……」
「王様命令」
王様として初めて行った命令が、『自分が食べる料理をもっと粗末なものにしろ』だなんて、古今東西で初ではなかろうか?
男性は口を何度かパクパクとさせると、アルフレッドに助けを求めるように顔を向ける。しかし、アルフレッドも頭痛を堪えるかのように頭を抱えていた。そして僅かな間を置いて、呻くような声を出す。
「ヨシト王……貴方は上に立つ者なのじゃから、それに伴う役割と義務をじゃな」
「そんな義務はいりません。俺の代で廃止する!」
一言で切り捨てる。アルフレッドは押し黙ると、カグラに水を向けた。
「カグラからも何とか言ってくれんか。このままでは……」
そこで敢えて言葉を切るが、それだけでカグラに伝わる。
このままでは、召喚国主制に反対している勢力に付け込まれるだろう。カグラもそれを理解している。だから、今回はアルフレッド側へと回ることにした。
「いいですか、ヨシト様。貴方のおっしゃることはわかります。そして、それは正しいことでしょう。ですが、それでは食材を提供する商人が困ることになりますよ? 彼らにも生活があるんですから」
「うっ、痛いところを……」
カグラの指摘に義人は苦い顔をする。このまま勢いで押し切れるかと思ったが、それを指摘されては不利だ。そんな義人を援護するように、志信と優希が口を開く。
「では、なるべく安く抑えるという形でどうだ? 体裁が保てる程度で、かつ安く仕上げる。その商人とて、何も食材の収入だけで生活しているわけでもないだろう。俺も料理を振舞われる側の人間だが、これほど豪華では気も引けるというものだ」
「うん、わたしも申し訳なく思っちゃうよ。だから、もっと控え目がいいなー」
二人の援護に、義人は続ける。
「それにほら、節約したら浮いた金を他のところに回せるだろ? この国の財政は逼迫しているらしいし、少しでも節約するに越したことはないはずだ」
その意見に、アルフレッドは僅かに興味を惹かれた。
「ほう、それで浮いたお金はどこに回すおつもりか?」
ここで自分と懐と答えてみたくなったが、そんな笑えない冗談は捻り潰して、義人は薄く笑う。
「さてねぇ。生憎と俺はこの国の現状を知らないから、どこに使うかはまだ考えてない。だけど、そういう金は然るべきところに使うべきだろ? カグラ、そもそも国の財源はどうやって集めてるんだ? やっぱり税収か?」
「はい。市民に税を課し、それで国の財源を賄っています」
「ここ数年の税率は?」
そこで、僅かにカグラの表情が曇る。
義人はその表情に嫌な予感がしたが、傍にあったオレンジジュースのようなものと一緒に飲み干す。
「その……七割です」
「ぶふぅーーー!」
思わず、ジュースを噴き出してしまった。だが、それを気にせず詰め寄るように文句を放つ。
「ちょ、七割は高すぎだろ! 前の王は何やってたんだ!?」
かつて江戸時代に行われていた年貢では、場所によって異なるが五公五民(五割を納め、残った五割が農民のもの)が一般的とされていた。四公六民は善政と呼ばれ、反対に六公四民などはかなり厳しいものといえる。そして、七割ということは七公三民。
義人はもう一度高すぎだろ、と呟いて、それほど高い税を取って国の運営が厳しいということに深い疑問を覚えた。
「……なんだ、この国ってそんなに貧しいのか? そこまで他国に劣ってるのか? いや、俺
の感覚とこの世界の人間の感覚が違うのか?」
「いえ、たしかに他国に比べて多少劣っている部分はありますが、大きな差があるわけではないです。それに、百年前までは税率が五割だったという記録も残っています」
ちなみに、七公三民とは最も厳しい税率である。これ以上上げれば生活が成り立たないほどで、かつての日本では百姓一揆などが起こるレベルだ。かの有名な天草の乱も、この七公三民という高い税率が原因の一つとされている。
俺だったら絶対反乱を起こすな、と義人は暗い笑いを漏らすが、すぐさま頭を切り替えた。
まさに搾取と言える現状。それなのに国の財源はギリギリ。なら、話は簡単だ。
「ったく、面倒くせえ。最初の仕事は腐ったリンゴを探すことかよ」
税金を横領している者がいるのだろう。それも複数。
アルフレッドをして愚王と言わしめる前王の下、私腹を肥やすために動いていたに違いない。
どこの世界でも税金を横領する人間がいるのは変わらないらしい。
どうやって見つけ出すか、と考えたところで、義人はふと苦笑した。
何のことはない。土を踏んで数時間しか経ってないこの国を、どう運営するか本気で考えてしまった自分をおかしく思っただけだ。
「何はともあれ、やっぱり贅沢は敵じゃないか」
その一言で、料理担当の男性を納得させる。
そして、そんな義人を興味深そうにアルフレッドが見つめていた。
食事も終わり、疲れで眠気を感じた義人は寝室へと向かってベッドに転がる。
優希と志信は別の部屋に案内され、同じように眠ろうとしているだろう。
「さて、起きたら元の世界に戻ってますように、と」
欠伸を一つ噛み殺し、願うように呟く。
頭は無理だと理解しているが、願わずにはいられない。そして、それと同時にこれから先のことを考えて僅かに笑う。
「ま、長くても三年あれば帰れるんだ……それまで、王様をやってみるのもいいかもな」
元の世界に戻りたいという願望と、王という存在を演じる非日常に惹かれる本能。
それらのせめぎ合いに苦笑を一つ落として、義人の意識は眠りの淵へと落ちた。