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星のこども

作者: NOOB

 アブラゼミ達の激しい輪唱で、私は目を覚ましました。時計の針はちょうど8時。

下の階からお母さんの声が聴こえてきます。


「咲ー?もう朝ごはんできてるわよ!早く降りてきなさい!」


「はーい」


私は寝癖で曲がった髪の毛を掻き毟りながら、騒音とも呼べる声に従って階段を下りてゆきます

季節はもう夏です。アブラゼミとお母さん、二つの声の大合唱に、私の朝は始まるのです。


 私はお母さんの作る朝ごはんが好きです。美味しい白米、それにスクランブルエッグやウインナーは、私の朝には欠かせません。

だけどその美味しさの七割ぐらいは、きっと母の愛情でできています。


「今日は学校お昼で終わりでしょう?お母さん帰るの夜になるから、晩御飯はちょっと遅くなるかもね」


「うん、わかった」


「咲もあんまり帰るの遅くなっちゃダメよ?」


「わかってるって、それじゃ、いってきまーす」


私は朝ごはんを済ませると、勢いよく玄関から飛び出しました。夏の日光が私の顔を照り付けます。


 ここ十数年間、夏の気温は年々下がっているそうです。それでもやっぱり夏は暑く、学校までの通学路を二十分もかけて通学する私は、教室へ着く頃には汗びっしょりになっています。

だけどその暑さは決して不快なものではなく、むしろ気持ちが良いものです。

私の街はとても静かですから、鳥の鳴き声や川のせせらぎ、もちろんアブラゼミの鳴き声までとても鮮明に聴こえます。建物はあらゆる所に仰々しく建っていて、それは人が入るためというよりかは、むしろ外からその壮観さを眺めるために設計されたのではないかと思うほどです。

街には電車という乗り物がありますが、利用する人間はほとんどいません。皆、車を使うのです。

といっても、その車も頻繁に見るものではありません。

祖母から聞いた話によると、昔は車が街のあらゆる場所を走り回っていたそうです。街の隅から隅まで車だらけ。なんだか少し窮屈そうです。

私は車から出るあの騒音とガスが嫌いです、静かな街を少し汚された気がして。

それでもやっぱり便利ですから、私も大人になれば車が必要な時がくるのでしょう。

ただ、今の健康な私には、まだあの乗り物には乗る必要がなさそうです。

二十分かけて校門にたどり着くと、先生が元気よく私に挨拶を投げかけてきます。


「橘、おはよう!」


「おはようございます、先生」


毎朝このやり取りをするのですから、少しはぞんざいな対応をしてしまっても、仕方がないことだと思うのですが、私はどうしても先生の挨拶にしっかりと返事をしてしまいます。

先生も、そんな私の気持ちを知っているかのように、毎朝屈託ない笑顔で挨拶をしてくるのです。

そんな先生を、私はまた裏切ることが出来ず、今日もまた「良い子」の私は校門をくぐっていくのです。


 私は時折、鳥になる夢を見ます。というのも、別に、私には鳥になる願望があるとか、そういう話ではありません。

私が鳥になるとき、そのとき私は、いつも俯瞰しているのです。何を?私をです。

友達と楽しく笑っている私、親と旅行に出かけている私、海で一人座って何かを見つめている私・・・。

そんな私を、私という鳥が俯瞰しているのです。

意味について考えたことはありません。心理学の学者さんにイメージを見せれば、きっと納得のいくような回答が貰えるでしょう。あなたが俯瞰している「私」はあなたの深層心理です。とか、そういう答えです。では俯瞰している私自身は?

鳥になっているときの私は自分を眺めていますが、私の意識はそこにはないのです。

私の意識はもっと遠いところに、何千キロも何万キロも遠く離れた場所にある。そんな気がするのです・・・。

その鳥の夢は、時と場所に関係なく私の前に現れます。例えば、教室の中でも。


「こら!橘!おきなさい!」


「痛っ!」


先生に拳骨をくらい強引に私の遊覧飛行は幕を閉じました。どうやら授業中に眠ってしまったようです。

教室のみんなは私の方を向いてにやけ顔をしています。眠っている人間がいたら先生の拳骨を食らうまで見守る、というのが私のクラスの風習なのです。

先生は授業中に寝ている生徒を見逃したりはしません。なにせ私のクラスは生徒がたったの8人しかいないのですから、見逃しようがありません。

私は現在高校生ですが、クラス全員の名前は小学校の時から知っています。

親友なんてものではありません、もはや家族のような存在なのです。


「えー、という風に、母親は子供の幸せを願うものです。」


「昔の人たちは、子供をたくさん産みました。子沢山は良いこと。しかしそれは本当でしょうか?昔のアフリカでは、子供の死亡率がとても高いです。それは何故か。高木、分かるか?」


「・・・食べ物がないから?」


先生は私たち8人にとても熱心な授業をしてくれます。私は先生が好きです。

それは恋愛的にとかそういう意味ではなく、先生のような大人が好きという意味です。

私たちは、お金にも食料にも飢えることのない生活をしています。どれだけ浪費を続けても、尽きることのない「物」があるのです。

だから、中には働かない大人もいます。

浪費するだけで、社会に貢献しない大人たちです。母と離婚した父がそうでした。朝ふらっとどこかへ行ったかと思えば、夜になると酔っ払って家に帰ってくるのです。私はそんな父が嫌いでした。

だから、働く大人というのは私にとって、とても尊敬できる人たちなのです。サービス業をやっている母も、そんな尊敬する大人の一人なのです。

先生の授業は続きます。


「そう、食料がすくない。つまり子供が育てられない環境だからだ。」


「それでもやはり、母親達は子供を産むわけだ。」


「もちろん、母親も殺すために産んでいるわけではなかろう。子供と母親に罪はない。」


「しかし、本当に子供のことを思うとはどういうことか、しっかりと君達には考えてほしい。」


クラスの皆は黙って授業を聞いていました。特に、私の隣の席の美和ちゃんの目は、どこか真剣な眼差しでした。性教育の話になったりすると大抵思春期の子供たちは茶化したりするそうですが、私のクラスではそんなことは起こりません。私はこの8人の、そういうところが好きだったりします。

学校が終わると私たちは皆でお昼ご飯を食べます。そこで私たちは歌を歌ったりもします。例えば、たった8人しかしらない、私たちの校歌なんかを。


 お昼で学校は終わりですから、私たちはお昼から、大人たちと同様に街で遊び始めます。私たち一行のお気に入りの場所は、街のはずれにあるスタジアムの廃墟です。

廃虚。つまりもう使われていません。街のビル同様、この場所も壮観な造りをしています。

ふと、芝生の上に寝転がると、太陽の光が私を包み込みます。すると、どこかから声が聴こえてくる気がするのです。

しかし、その声に身体を起こしても、その声の出処はつかめません。

私は思うのです。これは、かつてこのスタジアムにいた人たちの声の、残響ではないかと。

スタジアムの席の数はざっと見るだけで何万人も座れる気がします、4万とか5万とか、それぐらいです。

だけど、このスタジアムを使う人は、もういません。これほどの量の席に座るほどの人間は、この街にはもういないのです。

しかし、このスタジアムが持つ熱気や歓声は、今でも残っているのではないでしょうか。夏の爽やかな風が、私にそれを運んでくるのです。

日も暮れて、スタジアムを去るとき、私の背中にスタジアムの声が聴こえた気がしました。

「一人にしないで」という、悲しい声が。


 午後7時半、私は駆け足で家へと向かっていました。もう少しゲームセンターで遊んでいたかったのですが、朝に母からもらった、早く帰ってきなさいという言葉を思い出し、ゲームセンターを飛び出してきたのです。すでに太陽は沈みきっており、暗い夜道を足元に気をつけながら走ります。

私の街には街灯がありません。もっと厳密にいうと、街灯の明かりがありません。

夜は屋内でゆっくり過ごすのが普通ですから、当たり前といえば当たり前なのですが。昔はこの街灯や街のビル群全てに明かりが灯っていたというのですから、驚きです。

そんな景色をいつか見てみたいものですが、多分無理でしょう。だけど、この街には街灯に変わってもうひとつ光るものがあります。私たちの頭上に広がる、無数の星たちです。

夜になると、皆、空を見上げます。昼には無邪気に遊んでいた大人たちも、夜になると、何故か皆星空を眺めるのです。

そんな大人たちの目は、皆どこか寂しそうで、私もこんな目になるのかな、と将来が不安になったりもします。


家に帰ると、お母さんが庭に立っていました。


「遅れてごめんなさい!」


「あら、おかえり」


ただいま、と言おうとして、私はその言葉を喉奥に引っ込めました。

息切れしながら膝に手をついている私の耳に、違和感が残ったのです。

その素っ気無い返事に私が顔を上げると、お母さんは、食い入るように星を見上げていました。

つられて私も空を見ると、そこには綺麗な景色が広がっていました。

星星の間を細い糸が次々と縫うように飛び交っているのです。いくつもの流れ星が、天の川を横断していきます。

そのとき私は、朝のニュースで、今夜流星群がやってくるというようなこと言っていたのを思い出しました。

母も私も、その流星群にしばらく魅せられ、立ち尽くしてました。


「綺麗ねえ」


その声にはどこか悲しい響きがありました。

私は、うん。と答える以外に何も言うことはありませんでした。

そして、私は流れ星にお願いをしました。ずっとお母さんと一緒にいられますように、ずっと笑っていられますように。

それと、幸せに死ねますように、と。


庭に置いてあるラジオが流れ始めたのは、そのすぐ後でした。


「皆様、いかがお過ごしでしょうか。現在、我々は宇宙船NOAHから放送しております。転送速度の計算では、この音声は地球では夏ごろに届いていることかと思います。

良いニュースがあります。我々人類の計画した地球型惑星移住プロジェクトが、先月をもって全ての工程を終了し、計画は完了となりました。

脱出ロケットの最後の打ち上げが50年前、それから長い期間を要しましたが、遂に我々は新たな星にたどり着きました。これにて移住計画は終了となります。これからは新たな星で私たちは暮らすのです」


「地球に残ることを選択された皆様にもお知らせがあります。現在の我々の研究で、地球に接近している巨大隕石の衝突時期が、およそ50年後ということが判明いたしました。地球に残っている研究員、または市民のみなさまは、引き続き隕石の観測、記録の送信を続けるよう、よろしくお願いいたします。


それでは、良い一日を。」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 鳥になる夢を見るというのが印象的でした。鳥になって旅立つというわけではなく、俯瞰視点で自分を見つめたいというのは面白い感性だと思います。更に意識が遠く離れた場所にあるという感覚は、最後の宇…
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