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善よ得であれ、悪よ損であれ。

作者:哲学の悪霊
ただ当たり前のことを繰り返しているだけです。
 また、今日も人が死ぬ。


 世界が善を守れないから。世界が悪を守るから。


 すべての人間を救えなんて大それたことを言うつもりはない。


 でも、救える命だったものが救えないのは全くの赤の他人でも悲しい。


 だが、一方でそれだけだ


 赤の他人の死なんてだれもなにも言わなくなったらすぐ忘れる。


 だから、彼らを死に追いやった人も忘れるだろう。


 もしかしたら忘れないかもしれない。でも忘れることはできる。


 なぜか。


 簡単な話だ。


 そっちの方が得だからだ。


 嫌なことはさっさと忘れて楽しいことを考えたらいい。


 どうせ、誰もがすぐ忘れるのだから。


 いじめにせよ、不始末にせよ。


 忘れれば、痛みとしては残らないのである。


 人は常に損得を考えて生きるものだ。


 性善説も性悪説も間違っている。


 人は常に得になるように動くものだ。


 仮にこの世界に物語のような悲惨な事態が訪れたどうなるだろう 


 食べ物はなくなり、住む家もなくなり、みんな数が少なくなる


 当然、無法地帯と化して争いが始まるだろう。


 それを悪と言い切るのは簡単だ。だが、彼らは悪を成したいからしているわけではない。


 そのような中でも、人々を助ける善行をする人が居る。


 それを善とたたえるのも簡単だ。だが、彼らも実際は善を成したいからしているわけではない


 どちらも彼らにとってはそちらのほうが得だからだ。


 どちらが得になるか、損になるか、状況によって変わるだけだ。


 誰かに何かを禁止したいのならば、それが損であることを認識させよ


 誰かに何かを勧めたいのであれば、それが得であることを認識させよ


 当たり前だと思う人もいるかもしれない。


 だが、心のどこかで思ってはいないだろうか?


 善は時として、損となり、悪は時として、得となる。


 損をしてまで善を成したい人は多くない。


 得であることの誘惑に勝って悪に走る人もまた少なくない。


 いじめにせよ、不始末にせよ。


 結局のところなくならないのはそちらの方が得だからだ。


 それがたとえ、どれほどの犠牲を生み出そうとも、


 無力な自分には祈ることしかできない。


 だから祈ろう。


 幸福を生み出すものが善となり、得であるものと人々に認識されるように。

 犠牲を生み出すものが悪となり、損であるものと人々に認識されるように。


 善よ得であれ、悪よ損であれ

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