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多分僕が勇者だけど彼女が怖いから黙っていようと思う 作者:花果 唯

後日談

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お父さんが帰ってきた

「うん?」

 家の前の木陰で魔法書を読んでいると、村の入り口の方から「わああ」と大きな声が聞こえてきた。
 思わず顔を上げると、おれの隣で木の棒を振り回していた双子の妹のグレイスも、不思議そうな顔で声の方向を見ていた。

「おにいちゃん、楽しそうな声がするね?」
「うん」
「なんだろ? わたし、見てくる!」

 おれよりもほんの少しだけ後に生まれた元気な妹は、言い終わるよりも前に駆け出していた。
 一緒に行くって言う暇もなかったなあ。
 走って追いかける気にはならず、読みかけていた魔法書の続きに意識を戻した。

「うーん……」

 本に集中したのだが、なにかとんでもないことがあったのか、遠くの楽しそうな声は熱を増してきた。
 今からでもそちらに向かおうかと迷ったが……やっぱり大人しくしていよう。
 妹が戻って来たら、何があったのか聞かなくても気が済むまで話すだろうし。
 いつの間にか時間が経ち、座っていた場所に陽が当たるようになっていたので陰に移動し、再び魔法書を開いた。

 難しい言葉があって先に進めず唸っていると、急におれの手から魔法書がなくなった。

「……」

 眉間に皺を寄せたまま顔を上げると、そこにおれより一つ年上のセルジュが立っていた。
 セルジュの手にはおれが持っていたはずの魔法書がある。

「何をするんだ」

 こいつはグレイスが好きで、いつも一緒にいるおれのことが気に食わないみたいだ。
 兄妹なんだから当たり前だろうと言っても突っかかって来る。
 今日も何か言いに来たのだろうか。
 手を伸ばして本を奪い返し、再び読む体勢に入るとセルジュを無視することにした。

「聞いたか? 勇者が魔王を倒したらしいぞ!」
「え?」

 何を言われても反応するつもりはなかったのだが思わず声が漏れた。
 顔を上げるとセルジュはニヤリと笑っていた。

 勇者が魔王を倒す旅に出ていたことは聞いていた。
 その勇者が、おれとグレイスの『お父さん』だってことも。

「勇者ってお前の親父なんだろ?」
「……だったらなんだよ」
「それが本当なら、魔王を倒したんだから勇者様はこの村に帰って来るよな? もし来なかったら……お前は嘘つきってことだ!」
「……」

 村の大人は皆、おれ達のお父さんは凄い勇者なんだよと声を掛けてくるけど、子供の中には信じていない奴らがいる。
 こんな村に勇者がいたなんて信じられないって。
 そんなことおれに言われたって知るか、って思う。

 ……おれだって見たこともないんだから。

「おれが嘘つきだったら、グレイスもそうだね」
「なっ!」

 お父さんが勇者かどうかなんて知らないけど、なんだか悔しいからこいつが嫌がることを言ってやった。
 おれのことを馬鹿にしたら、大好きなグレイスのことだって馬鹿にすることになるのに……セルジュが一番馬鹿だよなあ。

「グレイスはきれいで強いからいいんだよ! 本ばっか読んでる弱っちいお前とちがってな!」
「なんだそれ」

 確かにグレイスは自分より身体の大きいセルジュのことを投げ飛ばすくらいに強いし、村で一番かわいいと思う。
 でもおれはグレイスに勝てるよ?
 グレイスも普段からおれには勝てないって言っているのに。
 誰も信じないけどさ。

 話をするのが面倒になったから、本の続きを読むことにした。
 そうだ、難しいところで詰まっていたんだ。

「はっ! またそのぼろっちい本か」
「魔法書だ」

 この本はお父さんのお母さん――おれとグレイスにとってはおばあちゃんのものらしい。
 家にあったのをおれが見つけた。
 お母さんには「触らずに置いておきなさい」って叱られたけど、シェイラおばあちゃんが「あんたが使ったら、もう一人のおばあちゃんが喜ぶよ」と言ってくれて貰うことが出来た。
 何が書いてあるか全然分からなかったけど、中には魔法に必要なアイテムや竜の絵があって、それを見るとワクワクした。
 だからおれはこの本が読みたくて、字が読めるようにたくさん勉強したんだ。
 ぼろくてもおれの宝物だ。

「おにいちゃーん!!」
「グ、グレイス!」

 何かの野次馬をしに行っていたグレイスが戻って来たようだ。
 声の方に顔を向けると、スカートなのに全力疾走でこちらに向かっている。
 お母さんにみつかったら叱られるぞ。
 セルジュはグレイスを見て顔を赤くしていた。

「おにいちゃん! おとうさん、かえって来るって! なんかね、急に村に出てきた騎士さんが教えてくれたんだって!」
「へえ」

 急に現れた騎士ってなんだ?
 変な人じゃないのか?

 グレイスはお父さんが帰ってくるのが嬉しいのか鼻息荒く興奮した様子で、収拾してきた情報を話し始めた。

 セルジュは嬉しそうに話すグレイスには何も言わない。
 さっきまでとは別人のように大人しくしている。
 そんなことをしても、おれがグレイスにセルジュはいやな奴だよって言ったら無駄になるのになあ。
 セルジュはやっぱり馬鹿だと思う。
 そんなことを考えながらグレイスのお父さん情報を聞き流した。

 おれに話し終わったグレイスは家に入り、同じようにお母さんに報告していた。
 グレイスの話を聞いたお母さんは「そう」と一言零しただけだった。

 でも、その日の夜――。
 いつもこっそり魔法書を読むため夜更かしをしているおれは、奥の方に片付けてあったお父さんの服を出して、明日洗えるように準備しているお母さんが泣いているのを見た。
 お父さんのために作ったシャツをぎゅっと握りしめて涙を零しているお母さんは嬉しそうだった。

 お母さんはおれ達の前では泣かないけど、隠れて泣いているのを何回か見たことがある。
 でも、今日は悲しくて泣いてるわけじゃないみたいだから良かった。
 おれはグレイスと違ってお父さんの情報を聞いても嬉しいとは思わず、びっくりしただけだったけど、早くお母さんのところに帰って来たらいいなと思った。



 村が騒がしくなってから十日くらい経った日だった。
 二階から階段を下りたら、誰かが母さんに抱きついていたから驚いた。
 母さんを助けなきゃって思ったけど、その人の格好を見て誰か分かった。

 勇者だ。
 そして……一度も見たことのないおれ達のお父さん。

 母さんの背中越しにお父さんと目が合った時に思ったのは、「本当だった」だ。

 本当に勇者がおれ達のお父さんだったんだ……。

 母さんや村の人達が言うことを疑っていたわけではないけど、一度も見たこともないものを信じるのは難しい。
 おれにとってお父さんとは、正直に言うと「いるのかいないのか分からない人」だった。

 でも突然お父さんは帰ってきた。
 びっくりした。
 強そうで格好良くてキラキラしていて、友達のお父さん達とは全然違う!
 ちょっとだけ、セルジュやおれを嘘つきだと言った奴らにお父さんを見せて自慢したいって思った。
「自慢したいからついて来て」なんて、そんな馬鹿なこと頼めないから無理だよね。



 今朝はお父さんがおれ達を起してくれた。
 おれは朝が苦手で……というか、夜更かししているから眠くて、いつもぼんやりしてしまう。
 ぼーっとしながら歩いていると、お父さんが抱っこしようかと言ってきた。
 恥ずかしいから嫌だよ。
 それより肩車をして欲しい。
 ロイ兄ちゃんにして貰ったことがあるけどふらふらして怖かった
 お父さんだと走っても大丈夫だろうし、きっと楽しいと思う。

 頼んでみようかなとジーっと顔を見てしまったけど止めた。
 お父さんだけど、勇者にそんなことをお願いしてはいけない気がする。

 ……なんだか『勇者様』って感じがして話し掛け辛いし。
 全然気にせずに話せるグレイスがちょっと羨ましかった。



「えっとー……二人とも、お父さんとお出かけしよう!」

 お昼ご飯を食べた後、お父さんがおれ達を誘ってきた。
 グレイスはすぐに両手を挙げて喜んだ。
 どこに行くのかも分からないのにはしゃいでいる。
 そんなグレイスを眺めていると、お父さんが「エミールもいいかな?」と聞いてきた。
 すでに行くつもりだったけど、そういえば返事をしていなかった。
 首をこくんと縦に降るとお父さんがとても嬉しそうに笑った。
 なんだか勇者っぽくない笑顔だったけど、こういう顔の時はまだ話し掛けやすいなと思った。



 村の中を歩き始めたお父さんが足を止めたのは広場だった。
 ここは昔、お父さんが村に現れた大きな魔物を倒した場所だと聞いている。

「ちょっと待ってね。すぐ来るから」
「?」

 お父さんは誰か来るのを待っている。
 知り合いでも呼んでいるのかなと思ったけれど……何故か空を見ている。
 天気でも気にしているのだろうか。

「あ、来た」
「……え?」

 何気なくお父さんの視線の先を追ったら……そこには空には存在しないはずの赤があった。
 夕焼けの空が赤いことはあるけど、こんな青空のなかにポツンと赤が浮かぶことはないはずだ。
 あれはなんだろう。
 それは段々こちらに近づいて来ているようで大きくなっていく――あっ。

「……っ!!!!」
「ああああ!! りゅ、竜だああああ!!」

 おれが『それ』の正体が分かり、息を呑んだと同時にグレイスが叫んだ。
 グレイスの言う通り、それは二枚の大きな翼を広げた炎のように真っ赤な竜だった。
 空を覆うような巨体はおれ達の真上まで来ると旋回を始めた。

「ここはちょっと狭いかな。外に出ておけばよかったなあ」
「え!?」

 お父さんの呟きに耳を疑った。
 この竜、お父さんが呼んだの!?
 ここに降りてくるつもり!?

 「風が強いから下がっておこう」というお父さんの言う通りに広場の端によると、本当に赤い竜は降りてきた。
 竜が羽ばたく度に吹き飛ばされてしまいそうな突風が起きているが、お父さんは何食わぬ顔でおれ達を支えていた。
 暫くして地に足をつけた竜が、グルルルと喉を鳴らしながらこちらに顔を向けた。
 食べられてしまいそうで、おれとグレイスは思わずお父さんの後ろに隠れた。

「火竜だよ。僕の友達だ」
「火竜!?」

 何でもないことのように話すお父さんの言葉に、おれはひっくり返ってしまいそうになった。
 だって火竜は……!

 おれはいつも持ち歩いているおばあちゃんの魔法書を取り出し、後ろの方の一ページを開くとお父さんに見せた。

「この三百六十五頁! 神獣火竜! これだよね!?」
「これ、母さんの魔法書だよね? ……本当だ。火竜が載ってる。それ、結構読んだけど気づかなかったよ。エミールは凄いね」

 そんなことを言って恐る恐るおれの頭を撫でてくるけど、凄いのはお父さんだから!
 神獣だよ!?

「おとうさん、竜とおともだちなんてすごいね!」
「あと海竜もいるよ。凄く可愛いから。今度会いに行こう」
「やったー!」
「か、海竜まで……?」

 海竜は火竜の次の頁に載っている。
 再び両手を挙げて飛び跳ねているグレイスの隣で、おれは倒れそうになってしまった。
 本の中にしかいないと思っていたものが……ずっと憧れていたものが目の前にいるなんて……。
 嬉しいはずなのに、驚きすぎてぽかんと口をあけることしか出来ない。

「うわ……竜だ……。勇者が竜を呼んだんだ……すげー!!」

 後ろから聞こえた声に振り返ると、セルジュが村の人達と一緒に竜を見ていた。
 その目は見開かれていて、驚きと憧れでキラキラしている。

「……はは」
「おにいちゃん?」
「なんでもないよ」

 竜を連れてきたのはおれじゃないのに、なんだかともて誇らしくなってしまった。
 お父さんを自慢したいと思っていたけど……出来ちゃったなあ。
 嘘つきだと言われてモヤモヤしていたものがスッキリした。

「エミール、竜は怖くない? 大丈夫?」

 グレイスみたいにはしゃがないおれを見て、お父さんは心配になったようだ。
 怖いどころか……凄く嬉しい……やっと実感が湧いてきた。
 竜だ……お父さん凄い!

「かっこいい!」

 大きく頷くと、お父さんはまた嬉しそうに笑った。

「じゃあ、二人とも行くよ。火竜に乗せて行って貰うから」
「わたし、火竜に乗れるの!?」
「ええ!?」

 竜に乗っても大丈夫なのだろうか、怒られない!?
 魔法書には竜は神様にも従わないと書いていた。
 ここまで来てくれたことだけでも凄いのに、乗ったりしたら無礼だと暴れないだろうか。

 すぐに竜の元へ駆け出して行ったグレイスを見ながら、おれは動けずにいた。
 グレイスの後を追って歩き出していたお父さんだったが、立ち止まっているおれに気がつくと戻って来た。

「エミール?」
「……火竜、乗ったら怒らない?」
「大丈夫だよ。友達だって言っただろう? 万が一暴れても僕が抑えるから」
「え……抑えるなんて、そんなの無理だよ」
「出来るよ。一度戦って勝っているし。だから心配しないで、おいで?」
「か、勝ってる?」

 火竜に?
 絶対嘘だと思うけど、魔王は倒していることは本当みたいだから……え、本当に?

「い、行こう!」

 お父さんはおろおろしながらおれの手を掴み、火竜の方に歩き始めた。
 どうして不安そうにこちらを見ているのか分からないけど、それよりもおれはお父さんの手が大きくて固くて、ガサガサしていてびっくりした。
 剣を握っていたからかな?
 岩に掴まれているみたいで、手が当たるところが痛い。
 お父さんも大変だったんだろうなあ。
 勇者の旅って、どんなことが起こったんだろう。
 ……今度聞いてみようかな。

 火竜の元に辿り着くと、お父さんはおれとグレイスを抱えて火竜の背中に飛び乗った。
 驚いている内に火竜の広い背中に降ろされた。
 皮膚は硬いけれど火竜の呼吸に合わせて動いているから立っているのが難しい。

「二人とも! 風の魔法で壁はつくるけど、飛んでる間は危ないから! お父さんのところにいてくれるかなっ!?」

 お父さんは火竜の背中に腰を下ろし、物凄く緊張した様子で両手を広げていた。
 え、そこに飛び込めってこと……?
 ……なんておれが顔を顰めている間にグレイスはお父さんにくっついていた。
 軽く胡座をかいて座るお父さんの右足の上に座り、ちゃっかり左側は空けている。
 そんな気遣いいらなかったんだけど……。
 グレイスが飛びついて行ったことで、緩い顔であたふたしていたお父さんがおれを見た。
 腕を広げたままで固まっている。
 ……なんでそんなに緊張してるんだ?

 おれが行かないと進まないようだから、恥ずかしいのを我慢して空いている左側に座ると、お父さんは何故か顔を押さえて俯いていた。

「かわっ……いいっ……」

 え? 何?
 どこに行くか聞いていないけれど、早く行こうよ。
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