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多分僕が勇者だけど彼女が怖いから黙っていようと思う 作者:花果 唯

本編

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僕が勇者かも、なんて気のせいだ

 どこまでも続く森林を上から覗くと、小さな穴が開いたように拓けた場所がある。
 そこには木製の質素な家が点在している。
 都市から離れた山間の長閑な村、ハイデだ。
 魔物の侵入を防ぐために立てられた古い塀の中で、村人五十人ほどが自給自足の生活を送っている。
 僕はその村人の一人。

 鳥や獣の鳴き声、村人の日常会話くらいしか聞こえない静かなこの村には珍しく、朝からバタバタと慌ただしい時間が流れていた。

「ああ、忙しい! そっちの準備は終わったかい!?」
「終わったぞ! あとは宿屋を磨くくらいか?」
「早くしないとお偉いさん達が着いちまうよ! ほら、急いで行くよ!」

 村人の大きな声が行き交っている。
 愚痴の様な台詞も聞こえたが、その声はどこか弾んでいて楽しそうだ。

「お祭り騒ぎだなあ」

 手伝えと言われていない僕はいつものように淡々と薪を割りながら、忙しく動きまわっている大人達を眺めた。
 普段起きないようなことが起こったから、波のない日常に退屈していた人達がはしゃいでいるのだろう。
 その様子は微笑ましい。
 いつも午前中は外に置いてある樽の上でボーッと日向ぼっこをしているおじいさんが「お偉いさんにご馳走するために狩りに出る!」と走り出し、家族に全力で止められているところを見た時は笑った。

 昨日、突如村長宛に王都から手紙が届いた。
 ここは大国テンドリルの一部だが、辺境の小村の存在は認知して貰えているのか疑わしいくらいだ。
 そんな存在があやふやだと自分達でも思っているこの村に国の紋章が入った手紙が届いたため、封を切る前からちょっとした騒ぎになった。
 初老といわれる歳になった村長が興奮しながら読んだ内容。
 それは――。

この村に勇者が現れると信託が降りたから王都から使者団を送る、というものだった。

 到着予定日として書かれていた日付は届いた日の翌日、つまり今日だ。
 手紙は早々に出されていたようだがここに届くまでに時間がかかり、前日予告になったらしい。
 田舎だから仕方ない。
 到着した後に届くとういう事後報告にならなかっただけマシだと思う。
 それから大人達は夜通し準備を始め――今に至る。

 準備は大人達がやりたいようで、僕は普段通りに生活していろと言われているのであまり関係ない。
 空気だけ楽しんでいようと思う。

 ……いや、本当は……関係は、誰よりもあるかもしれないのだけれど。

「勇者、か」

『勇者よ、聖剣と共に旅立つのです』

 何日か前、夢に女神を名乗る女の人が現れて僕にそう告げた。
 とてもスタイルのいい綺麗な女性だったので、僕って欲求不満だったのか? なんてことしか思っていなかったのだが……。
 『勇者が現れる』などという手紙が王都から届いたことで、本当なのかもしれないと少しだけ思い始めている。

 ……いや、やっぱり偶然かな。
 僕は勇者なんて柄じゃない。
 ただの地味な田舎の若者だ。

「でも……万が一、僕が勇者だったらどうしよう」

 勇者とは、平和を脅かす驚異『魔王』を倒す者。
 世界を救う者だ。
 世界中の人に愛され、敬われ、羨望を受ける存在。

 それが僕だったとしたら……。

 嬉しいとか、使命感に燃えるとかそういうものは一切ない。
 頭に浮かぶのは一つの懸念だけ。

「まあ、今はそんなことはどうでもいいか」

 ありえないことの心配をするより、今は薪割りを終わらせる方が大事だ。
 そろそろ片付けないと、お叱りが――。

「ルーク! 薪割りは終わったの!?」
「!! ア、アリア……」

 今頭の中に浮かんでいた人が目の前に表れ、思わず肩が跳ねた。
 両手を腰にあて、こちらを睨んでいるのは一つ年上で十八歳の僕の彼女、アリアだ。

 僕は子供の頃からずっとアリアに頭が上がらない。
 身長はもう頭一つ分追い越したんだけどな……。
 惚れた弱みなのか、強い言葉を投げつけられても逆らえず、いつもアリアの機嫌を伺ってしまう。

「もうすぐ終わります!!」
「はよ!」
「はい!」

 たった二文字がこんなにも恐ろしいなんて……。
 鋭い視線に追い立てられ、急いで斧を振った。

「その調子でね。サボっちゃだめよ!」
「はい!」

 アリアは薪を割る様子を暫く見ると納得したのか家の中に入って行った。

「はあ……」

 失敗したな、そろそろ怒られると分かっていたのにのんびりしてしまった。
 アリアは怒らせると本当に怖い。
 荒神と化した姿を想像すると胃が握り潰されたように痛くなる。
 見た目はあんなに天使なのに。
 今日も二つに分けて編んだ赤い髪は綺麗だった。
 さっきは殺し屋のような眼光だったが、笑っている時は若葉のような緑の瞳が輝いて可愛い。
 とびきり美人というわけではないけれど、愛嬌があってエプロンが似合う僕の自慢の彼女――。

「一分!」
「!! はい!」

 び、びっくりした……。
 二階の窓がバンッ! と開くと、アリアが鳩時計の鳩の様に身を乗り出して現れた。
 こんな恐ろしい鳩時計はいらない……。
 恐怖の鳩時計は荒神降臨までの残り時間を告げて去った。
 一分……一分で終わらせろと?
 やばい、割らなければいけない薪はまだ山積みだ。
 仕方ない、最後の手段を使おう。

「よし」

 気合いを入れると、右手に握っていた斧をおいた。
 風の魔法で巻き上がらせると、同じく風の魔法で全ての薪を真っ二つに斬った。
 宙を舞った薪がトントンと綺麗に積み上げられていき……これではい、終了。
 あっという間、余裕で間に合った。
 でも僕はのんびり斬るのが好きなんだけどなあ。

 魔法は『どういうことをするか』を明確に意識し、それに沿った魔力消費をすることで使うことが出来る。
 意識の仕方は人それぞれだが僕の場合、今の薪割りなら『緑色の刃で斬る』『魔力はバケツ一杯分』だ。
 割とざっくりしているがこれは慣れているからで、最初は事細かに意識し、魔力消費量も正確じゃないといけない。
 魔力消費量は慣れてくると誰でも感覚で掴めるようになるのだが、最初が難しいので殆どの人が慣れるまでに挫折する。
 だから魔法を使えると言うと『根気があるのね』なんて言われたりする。

 町に出ると魔法を使える魔法使いは沢山いるが、この村では僕とごく僅かな人だけだ。
 その人達も火をつけたり水を出したりと生活で使う程度。
 僕は魔力も多いし、威力の高い攻撃魔法も使えるのだが村の人達には黙っている。
 子供の頃、練習をしていたときに怪我をしてしまった結果『使うな』と禁止されたので隠しているのだ。
 だから村の人も僕のことは、村では一番魔法を使えるけれど町の魔法使いには劣る程度だと思っているだろう。
 さっきの薪割りの風魔法は見られてしまうと驚かれた後、危ないことをするなと叱られそうだ。

「ん?」

 何やら村人が駆けていく足音と歓声のようなものが聞こえてきた。
 どうやら王都からの使者団が到着したらしい。

「終わった!?」
「わあ!?」

 歓声が聞こえた方を見ていたら視界に突如アリアが現れた。

「……何よ。終わったの?」
「はい!」

 あちらに出来ています! と綺麗に積んでおいた薪を指差した。

「おお。さすっが。よしよし、偉いねえ」

 良く出来ましたと頭を撫でてくれた。
 子供じゃないと怒りたいが、半分は褒められて嬉しい。
 ……アリア、もう少しご褒美をくれないかな。
 一瞬なら抱きしめても怒られないかな、と細い腰に手を伸ばそうとしたところで、再び『わあ!』と騒がしい声が聞こえてきた。

「何かあったの? うるさいわね」

 アリアがそちらの方を向いてしまったことで、引き寄せるタイミングを逃してしまった。残念。

「王都からの使者が到着したみたいだよ」
「嘔吐? 夕べ私がしたやつ?」
「もちろん違うね」

 それはお酒を飲みすぎた君の悪事だ。

 そうだ、ちょうどいい。
 聞いてみたいことがあったんだ。

「アリア。……勇者ってどう思う?」

 もし、僕が勇者だったとしたら……アリアはどう思うのか知りたい。
 でも、それをそのまま聞くのは怖いから遠回りをして探っていく。

「んー……」

 どう答えるのか緊張しながら待つ。
 アリアはどうでも良さそうな顔をしているが、一応考えてくれているようで小首を傾げていた。
 可愛いな。

「ご苦労さんって感じ」
「え?」

「だって、『魔物おりゃー!』って延々しなきゃいけないんでしょ? 拒否権なしで。気の毒よ」
「そ、そうだね」

 アリアも年頃の女の子だし、勇者に憧れたりするのかなと思っていたのだが違った。
 格好いい! なんて言葉が出てきたら僕が勇者かもしれないと話せるかも、と思ったのだが……。
 もう、思い切ってそのまま聞いてしまおうかな。
 アリアの顔色を見るとそんなに機嫌が悪いわけではない。
 普通に聞くことなら出来そうだ。

「……もし、僕が勇者だったらどうする?」
「……え?」

 恐る恐る聞いてみると、言い終わった瞬間にアリアの眉間の皺が深くなった。
 あ、やばい。

「そんなの……困る。勇者って旅立つんでしょ? 一緒にいられなくなるじゃない……」
「……アリア!」

 怒っているのかと冷や汗が流れたけれど、それは僕が居なくなったら寂しいってことなんだね!?
 さっきは機を逃してしまったけれど、今度はそんなことは気にせず抱きしめたい。
 手を広げたところで、真っ直ぐ僕を見据えたアリアが言った。

「誰が薪割んの? 誰が狩りすんの? 誰が私の嘔吐処理すんの?」
「あ、うん……そうだね」

 僕はソッと広げた手を閉じた。
 薄々分かっていたんだけどね……夢見ることって大事だと思うから……。

「居なくなるみたいなこと冗談でも言わないで! ルークは勇者なんかやっている暇ないの!」
「はい」

 ……やっぱり。
 僕が勇者だなんて、アリアは喜ぶはずがないと思っていた。
 女神の夢を見て朝目覚めた瞬間に思ったことは『アリア、怒りそう』だった。

「今日は兎肉食べたい」
「! じゃあ狩ってくる!」

 兎肉はアリアの好物だ。
 食べたら機嫌が良くなる。
 手堅い機嫌回復の手段を与えて貰えるのは有り難い。
 頑張って狩らなければ!
 薪割りが終わったら特にすることはない。
 何か手伝うことがあれば言われるが……今日は大丈夫かな?

「すぐに行ってきていいでしょうか!」
「許す。いってらっしゃい!」
「いってきます! いっぱい獲ってくるから!」
「頑張るがよい!」

 畑仕事をするというアリアに見送られ、狩りへと出発した。
 よし、もういらないって言われるぐらい沢山狩ってこよう!



 薪割りをしていたアリアの家から村の外へ向かう。
 見慣れた景色は変わらないが、やっぱり村の空気がいつもとは違う。
 耳を澄ませば賑やかな声が微かに聞こえてくるし、どこか落ち着かない。
 特に騒がしいのは宿屋の辺りだった。

「あ、宿屋。綺麗になってる」

 こんな村に泊まりに来る旅人も居ないので、普段は閉まっていて手入れもあまりされていない建物なのだが、今は精一杯磨かれていた。
 頑張っていた大人達が間に合わせたようだ。
 夜通し働いたお母さん達は今頃寝ているかもしれないな、お疲れ様。

「わあ……派手だなあ」

 宿屋の前には煌びやかな馬車が止まっていた。
 使者団が乗ってきた馬車だろう。
 こんなに綺麗で高級そうな馬車でやって来て賊に襲われなかったのだろうか。
 いや、襲われる危険性は承知しているけど、これで来なければいけなかった?
 例えば『勇者様のお迎え』だから、とか?
 本当のところはどうなのかは分からないが、こういうものを目の当たりにすると少し『勇者』というものにも興味が沸いてしまう。

「……ちょっとだけ覗いていこうかな」

 通り過ぎようかと思っていたが足を止めた。
 使者団を一目拝んでから狩りに行こう。
 馬車にはもう誰も乗っておらず、馬もどこかで休ませているのかいなかった。
 使者の人達は宿の中にいるのかと入り口を見ていると、中から話をしながら数人が出てきた。
 見知らぬ顔、村人ではない。
 この人達が使者なのだろう。
 白で纏めた上品な服装……ああ、聖職者が着る服だ。

「わあ、目立つ人がいる」

 使者の中で目を惹く人物が二人いた。
 一人は背が高い黒髪の美丈夫で騎士。
 こちらは白の服ではない紺色の騎士服だ。
 腰の剣といい、佇まいが格好良い。
 話には参加せずに後ろに控えている。

 もう一人は僕と同じ年頃の少女。
 聖職者の服装と似ているが一人だけ造りが違うものを着ている。
 お腹が見えていて、下はヒラヒラのスカートで……どことなく踊り子っぽい。
 背は低く小柄だが、出るところが凄く出ていてスタイルがいい。
 腰まである水色の髪を金の紐で緩く纏めている。
 うーん、あまり聖職者らしくないね?
 都会では聖職者もお洒落をするのだろうか。

 よし、そろそろ狩りに出掛けよう。
 使者を見ることが出来て満足だ。
 ご機嫌取りのために出るのに、手ぶらで帰ったらどうなるか分からない。
 多分獲るまで帰ってくるなって言われるんだろうな……。

「あの!」
「?」

 歩き出していたところを聞き覚えのない女の子の声に呼び止められた。
 声の方を向くと、今見ていた踊り子っぽい聖職者の少女がこちらに駆け寄ってきていた。
 彼女は目の前で立ち止まると大きな翡翠色の目を見開き、僕を凝視していた。

「あの、何か?」
「綺麗……」
「?」

 凄く目が合っているが……何が?
 視線の感じからすると、恐らく僕の顔を見て言っているのだけど……おかしいな。
 僕は十歳くらいからアリアに「素顔を晒すな」と言われ、今も隠している。
 唐草色の手ぬぐいを顔に巻いて後ろで括り、目だけ出ている状態だ。

 アリアが言うには、僕は女子に見せると面倒が起こる質の悪い顔をしているらしい。
 両親は整った顔をしていたし、そんなに酷くないと思うんだけどなあ。
 まあ、別に顔が悪いことは気にしていない。
 別に隠していようが出していようがどちらでもいいから、アリアの機嫌が良くなる方を選んでいるだけだ。

 でも、見せていない顔じゃないとすると、この人は僕の何を綺麗だと言っているんだ?
 あ、髪か?
 顔を隠すために前髪も長いからあまりいい髪型とは言えないけど、色だけは父譲りの綺麗な金だと思う。

「もしかして、あなたが勇……」
「!? 失礼します」
「え? あの!」

 嫌な予感がしてすぐにその場を離れた。
 呼び止める声が聞こえるが無視だ。
 勇者と言いかけていたような気がしたけど……気のせいじゃないよね……多分。

「……何故だ?」

 どうして分かったのだろう……って僕は勇者じゃない。
 夢は偶然ってことで。
 あー忙しい、兎肉を獲ってこなければいけないから忙しいなあ。
 少女を振り切るように、村の外へと歩みを進めた。



「聖女殿。あの少年がどうかされました?」
「いえ……」
+注意+
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