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第十五章:それぞれの想い(二)

 バンベールの街が夕闇に包まれていく。
 緩やかな風を受けて砂塵が僅かに舞う。
 静寂の中、雲間から覗いた月がぼんやりと辺りを照らしていた。

 シルヴェーヌは息を吐いた。
 地面に、カミュとエリアーヌが消えた場所に視線を突き立て、自身の魔力を確認する。
 ヴェネディクトスが側に降り立った。
 そちらには顔を向けず、

「せっかくだし、この場にある三つは回収していきましょうか」と呟いた。

「エリアーヌはどうするのだ?」ヴェネディクトスが尋ねる。

 無感情なその声にシルヴェーヌは溜息を吐くと、

「今から連れ戻すわ。不確定要素が多すぎるから、時間を空けるわけにはいかないのよ」鋭い視線をヴェネディクトスに向けた。

 ヴェネディクトスは頷くと、アガティアスに目で合図した。
 その間に割って入るように、大狼がシルヴェーヌに近づく。

「カミュは消えた。我と貴様との契約もここまでだ」シルヴェーヌを見下ろして告げる。

「そうだったわね。あなたにとっては消化不良だったかしら。ごめんなさい」シルヴェーヌは笑顔を向けて、ありがとうと続けた。

 大狼は何も告げることなく、雲が逃げ始めた空を見上げた。月に向かい、咆哮を上げる。その身体が徐々に霞がかっていく。
 やがて大狼はその姿を消した。

「さて、私はエリアーヌを呼ぶから、貴方達はそっちをお願いね」ユニを指さし、更に続ける。

「ゲオルギオスとイオアネスはまだ無理はしないで。ひとつづつ確実にいきましょう」

 二人は頷いた。
 イオアネスは上空を見上げ、そこに浮かぶリュリュを見た。その悲しげな表情を見て息を一つ吐く。ここ最近は表情が豊かになったものだと、そう考えた時、ふと、何かが目に入った。
 リュリュの後方、藍色に染まった空に浮かぶそれは、徐々にその大きさを増していく。まっすぐに、近づいてくる。
 そこから何かがこぼれ落ちた。
 それを確認する間もなく、風を切る音とともに一羽の巨大な鳥がリュリュの後ろに現れた。

 鳥ではない。ジェネは見覚えがあった。
 長い首に大きな翼を持つ蜥蜴とかげのようなその生き物は、かつて自分たちをラディスからバンベールへ乗せて来たものだった。

 三つの影が飛び出す。
 それぞれ地面に着地すると、中央に位置する女性が声を上げた。

「長髪の男がそうだ。後の知らない連中は仲間か」セレナだった。

「カミュがいない? ジュヌヴィエーヴ、状況を!」クラウディアが叫んだ。

 エドゥアルドは身に付けたローブを脱ぎ去り、両手に剣を持って姉の下へ駆け寄った。

「ずいぶん大勢でやって来たわね」シルヴェーヌは溜息を吐いて続ける。

「予定変更ね。ひとまず時間を稼いで。聖剣はあきらめましょう」

 アガティアスが異を唱えた。

「解せんな。汝を頭数に入れれば二つ三つは回収できよう。何故あの子供にこだわる」

「特別だからだ、アガティアス。ここは引いてもらいたい」ヴェネディクトスが制した。

 アガティアスは表情を崩すことなくヴェネディクトスを見た。「まあ、よかろう」とだけ応え、シルヴェーヌを一瞥してから視線をユニに向けた。

「では、時間を稼ぐとしよう」ヴェネディクトスはそう言って、黄金の剣を振るった――。


 乱戦となった。
 前衛ではアガティアスとヴェネディクトスが、二人で数人づつの相手をしていた。
 その後方からゲオルギオスとイオアネスが魔術で援護する。リュリュやジェネの魔術もこの二人が牽制していた。

 シルヴェーヌは目を閉じて、両手を真横に延ばし詠唱を続けていた。額に汗が滲む。
 胸の前で両手を合わせた。手を握りしめ、祈るように唱う。
 意識を集中する。極限まで魔力を高めていく。
 失敗は許されない。だからと言ってのんびりともしていられない。

 魔方陣が現れた。シルヴェーヌの数歩前方。地面に描かれたそれは、淡い黄色の光を放ち始めた。
 光が溢れる。
 光の粉が、魔方陣の上に漂う。
 魔方陣の中央から、今度は闇色の柱が立ち昇った。細い線が、徐々に太くなっていく。
 光の粉が柱に引き寄せられる。闇の柱に吸い付くと、みるみる人の形を成していく。

 白い厚手のコートを纏った少女が、姿を現した。

 少女――エリアーヌは僅かに身体を浮かせ、目を閉じたまま意識を失っていた。
 魔方陣の放つ光が弱くなり、やがて魔方陣は消え去った。
 直後、エリアーヌは吊るされた糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
 無理やり意識が呼び戻され、小さく悲鳴をあげた。
 座り込んだまま、きょろきょろと辺りを見回す。

「お帰りなさい。あちらの世界はどうだった?」疲労を滲ませながらも、シルヴェーヌは笑顔を向けた。

 エリアーヌは呆然とその笑顔を見た。
 コートの胸元をぎゅっと握り締め、唇を固く結んだ。

「さて、目的は果たしたわ」言って、シルヴェーヌは詠唱を開始した。

 苦痛に耐えるように眉根を寄せる。魔力は限界に近かった。それでも戻るだけならなんとかなると、意識を集中させる。
 それに呼応して、ヴェネディクトス達もエリアーヌの周囲に集まった。

「(まずいぞ。お嬢ちゃんも連れて逃げるつもりじゃ)」オレストが叫ぶ。

 叫び声に重なるように、閃光が走った。
 遠く北門の辺りから放たれた光は、シルヴェーヌの手前、エリアーヌの間に突き刺さる。
 同時に、竜巻が起こった。周囲の者を飲み込んでいく。だがその威力では、『神族』を巻き込むことも、弾くこともできなかった。
 が、続いて二つ目の閃光が放たれた。
 更に三つ目。
 次々と閃光が放たれる。シルヴェーヌに、ヴェネディクトスに、アガティアスに、『神族』を狙った光の矢は、アガティアスのそれとは異なり、まさに光を纏った矢の如く襲い掛かった。

 シルヴェーヌ達はそれぞれ飛び退き、受け、防いでいく。

「しまった!」叫んだのはシルヴェーヌだった。

 竜巻が勢いを増す。
 『神族』にはほとんど効果のない竜巻だった。だが一人、抗う術のない少女を飲み込んだ。そのまま地面を滑るように移動する。
 行く先にはユニがいた。ユニは迷わず竜巻に飛び込むと、エリアーヌを咥えて飛び出てきた。
 目を回すエリアーヌをゆっくりと地面に下ろす。

 シルヴェーヌは閃光が放たれた方向に視線を突き立てた。
 北門付近の城壁の上に、誰かがいる。
 大型の弓を構えた、カティアだった。

 カティアは目に意識を集中してシルヴェーヌと対峙していた。
 手にした弓は、小柄な女性ほどもある大きなものだった。銀色の胴体部分は滑らかな曲線を描き、余計なものを一切そぎ落とした簡素な造りをしていた。

「(よくあの場面まで我慢しましたね。その腕前もさることながら、戦況を読むに長けている)」弓が語る。

「おだてても何も出ないわよ、ゼノ。にしても、……想像以上に消耗するわね。いろいろと」カティアは苦しそうに息を吐いた。

 クラウディアのことが頭に浮かんだ。いつもこれほどの苦痛に耐えていたのかと、改めて申し訳ない気持ちで一杯になった。

「(私を扱うのは魔術を使うのと同等です。本来魔術師ではない貴女では辛いでしょうね)」

 確かにと、カティアは頷いた。
 魔術師の真似事のようなことをしていたが、それも『欠片』があったからに過ぎない。それが無くなった今、カティアは魔術師とは呼べない。それでも魔力を扱う術は知っている。ただ弓に流し込むだけならなんとかなった。

「後は彼女次第ね」カティアは弓を構えた。

 その姿勢のまま僅かに視線を上に向ける。
 視線の先には、闇に映える赤い髪をした魔術師が、魔方陣を展開しつつあった――。






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