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第一章:令嬢と騎士(五)

 クラウディアは石畳の大通りを足早に歩いて行く。街の中央に向かって、先を行く人たちを避けながら次々に追い越していく。
 先ほどのことを考えていた。あの時、カミュが現れなければ自分は何をしただろうか。
 クラウディアは自身がけがされることを恐れてはいない。そのこと自体に関心がないといってもいい。この身は既にカティアに捧げている。カティアのためであれば、身体が穢されようと、五体が切り刻まれようと、どうということはない。だが、いや、だからこそ、あんな男の言いなりになるわけにはいかないと考えている。
 もしそんなことになれば、カティアは悲しむ。聡明な彼女のことだ、どう取り繕っても気が付くはずだ。そうなればクラウディアの身代わりにすらなろうとするだろう。それが、許せなかった。そんなことは絶対に許せない。

 クラウディアは道の端で立ち止まった。行き交う人たちはさまざまな表情を浮かべて歩いている。クラウディアは見向きもしない。クラウディアを見やる者も、誰もいない。

 子どもの頃を思い出す。
 少女が、一つ年下の女の子に初めて会ったのは雪解け間もない頃だった。少女の父親はその女の子を『主君の娘』と紹介した。だから少女は自分の『あるじ』も同然だと思っていた。騎士に憧れていた少女は、『あるじ』を得て奮い立っていた。それでも所詮は子ども。主従の関係ではなく、友達として互いに掛け替えのない存在になっていった。
 その女の子は、快活で、聡明で、なにより優しかった。頑固なところがあったが、何事にも決して諦めることはなく、弱音など聞いたことがなかった。
 その女の子が、たった一度だけ、弱音を吐いた。少女にだけ。それが、少女にはこの上なく嬉しかった。自分だけを頼ってくれたことに心の底から喜んだ。そして力になろうとした。なんとか助けたいと思った。しかし何もできなかった。女の子が苦しむ姿をただ見ていることしか、できなかった。
 女の子は今でも苦しんでいる。いつも笑顔を絶やすことなく。弱音を吐くこともなく。

 空を見上げた。
 エリアーヌという少女のことを思う。アンラード地方(フォルティリア公国北東部)侵攻の際、帝国の正規兵でない部隊が悪逆無道な行いをしていたことが問題になった。あの少女も非道な扱いを受けていたのだろう。その後、山賊に囚われたということからも、その身の不幸は安易に想像することもはばかられる。だがそのような境遇にあってなお人間らしさを失っていない。
 カティアのことを、想う。エリアーヌと比べるのは間違っている。辿ってきた道が違うだ。そうは思いながらも、エリアーヌとカティアは本質的なところで同じなのだと感じている。だからこそあれほど気を許して道中話をしてこられたのだと、クラウディアは思っていた。
 無数の星が瞬いていた。
 こんなのは感傷だ。そう、吐き捨てる。ただ自分はカティアのために在ればよいのだと、言い聞かせた。
 再び前を向き足を進める。いつの間にか、クラウディアは走っていた。


「そう……、ごめんなさい。注意が足りなかったわ」

 そう謝ったカティアに、クラウディアは何も返すことができなかった。
 カティアは、滞在中便宜を図ってもらえるよう願い出るためにエッフェンベルク家と縁のある子爵家を訪れていた。侯爵家の人間が突然やって来たことに困惑していたが、協力は取り付けていた。
 クラウディアはその家に到着してすぐ、馬屋でのことをカティアに報告した。

「それにしても、ますます分からないわね」カティアは苦笑いをしながらそう言った。

 カミュと名乗る男の、人となりを調べる目的で一緒にいたが、飄々としてつかみ所がない。エリアーヌという少女をどうして保護したのかもよくわからない。わからない以上、今は一緒にいるべきだという結論に至った。少なくとも外見的特長は自分たちが追う人物に近いのだから。そう、カティアは考えた。
 二人は訪問先を出て酒場に向かった。

 酒場に着くと、目の前の光景を見て、クラウディアは眉をひくつかせ、カティアはくすくすと笑い出した。
 テーブルの上には二人分とはとても思えない程の料理が所狭しと並べられている。四人でも多い。少なく見積もっても十人分はある。ミラリアに近いこともあってか、トマトをベースとしたスープや魚介類をふんだんに使った料理が湯気を立てて、今着たばかりの二人を迎えた。

 カティアはエリアーヌと楽しそうに話をしながら食べている。クラウディアは黙々と食事を進めている。カミュは一人、ものすごい勢いで目の前の食べ物を片付けている。
 カミュ以外の食事が済み、三人はそれぞれ違った様子でカミュを見つめている。一人は楽しそうに、一人は驚きの表情で、一人は呆れ顔で。
 突然、周りの様子が変わった。喧騒は相変わらずであったが、何か落ち着かない。カティアとクラウディアがその雰囲気を感じ取ったとき、凛然りんぜんとした声が響き渡った。

「こちらにいらしたのね。ごきげんよう、皆さん。わたくし、ジュヌヴィエーヴ・ベルジュラックと申します」

 一人の少女がカミュたちの目の前に立ち、そう言った。喧騒が鳴り止む。カミュがスープをすする音だけが響き渡った。







(2009.09.13)
冗長な説明を一部削除しました。
第一章の他のお話で行った修正にあわせた表現の変更なども行っています。
誤字・脱字、矛盾点等々、お気づきの箇所がございましたら、ご指摘いただけますと幸いです。
また、よりよい作品作りに向けての参考とさせていただきたく考えておりますので、ご意見、ご感想もお気軽にお寄せ下さい。メッセージにて個別でも構いません。

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