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第十二章:新たなる息吹(三)

 アンジェリーヌ様が公王に決まった。
 私も嬉しかったけれど、ジェネさんが本当に嬉しそうに飛び上がっていたのが印象的だった。
 対照的にクレマン様はがっくりとうなだれて何かぶつぶつと呟いていた。周りにいた貴族の人たちも困惑していた。
 アンジェリーヌ様が正式に公王となるのは戴冠式が終わってからになるそうで、まだ先になるようだ。それでも条件は満たしたと、カミュはアンジェリーヌ様に協力すると言っていた。ただ表情は浮かないように見えたのが気になった。

 今後のことを話す流れになり、それならカティアさんもということになり、カティアさんが休んでいる部屋に行くことになった。

 カティアさんは横になっていた。私達が来たので身体を起こす。けれどやっぱり立ち上がるのはまだ無理なようで、座ったまま話をすることになった。

 広い部屋ではあるけれど、人がたくさんいるので少し狭く感じる。
 他の部屋から椅子を持ってきて、部屋の真ん中、ベッドから少し離れたところにあるテーブルの周りにアンジェリーヌ様とジェネさんと私、それにリアーナが座った。ベッドのそばにはクラウディアさんが立っていて、そのすぐ横の壁にタルナトさんがもたれ掛かるように立っていた。
 カミュはベッドとテーブルの間、双方を見渡せる位置にあの大きな剣を持って立っていた。背中にはオレストがある。そして何故かリュリュさんはカミュの隣に椅子を持ってきて座っていた。ズマナさんはやることがあると言ってどこかに出かけて行った。

 アンジェリーヌ様が話を始めた。

「まずはお礼を言わせて下さい。これが最良だとは思っていませんが、兄二人が対立している以上、暫定的にでも私が代表となるのがよいと考えています。ベルの一族を始め、皆さんの協力のおかげです」

 アンジェリーヌ様は立ち上がり、深々と頭を下げた。
 ジェネさんは目をうるうるさせている。
 今後は議会の調整などで大変だと続けたけれど、ベルの一族が総力を上げて支援するとリュリュさんが言ったので、アンジェリーヌ様も笑顔で応えていた。

「国内の問題はこちらでなんとかしなくてはなりませんが……」アンジェリーヌ様はそこまで言って、カミュを見た。

「カミュ、とお呼びしてよろしいですか?」との問いに、いいぞとだけ答えた。

「それではカミュ、率直に聞きますが、どこまで協力していただけるのでしょうか」

「人殺し以外なら大体は。『欠片持ち』の相手は例外だ」

「分かりました。では『神の欠片』の正体を掴み、帝国が何をしようとしていのかを調べていただけますか。それが世界を脅かすものなら阻止して下さい」

「ま、妥当なところだな。オレもそれはするつもりだったし」カミュはここに来て初めて笑顔を見せた。

 そう言えば、以前カミュは『神族』がどうのと言っていた。「ねえ、カミュ」思わず口に出た。
 その場にいた人たちの視線が私に集まった。
 凍り付いてしまい、言葉が続かない。

「どうかしたのか?」カミュが笑顔で言った。

「あ、えっと、……前に『神族』が関係しているかもって言っていたのを思い出して……」何とかそこまで言えた。

「ああ、エスのことだよ。昨日いただろ、銀髪で金色の目をした偉そうなやつ」続けてカミュは言う。

「『神の欠片』って名前からして『神族』の持ち物か身体の一部って感じがするんだよな。もっと抽象的な何かかもしれないけど」

 そこまで言ってから、推測で話を進めるのはよくないなと、話を打ち切った。

「『神族』とはどのような存在なのですか? ルビアレス共和国のエスメラルダ最高顧問、彼女がそうだとおっしゃるのですよね」アンジェリーヌ様が尋ねた。

「オレもよく分かってないんだよな。たぶんエスも分かってないんじゃないかな。それに、知ってることもちょっと話せない」

 カミュはそう言いつつも、寿命がとてつもなく長いこと、詠唱なしで魔術を扱うなど特殊な能力を持っていること、その能力は個人で異なることを話した。
 それに似た存在を、私は知っている。みんなも知っている。私はカミュの背中にある大きな剣を見た。

「エスはその中でも一番凄いんじゃないかな。ついでに最古参だったはずだ。オレがこっちに来たときはもう二、三百年は生きてるって言ってた気がする」カミュは話を続けていた。

「お前も――」クラウディアさんが口を開いた。

「そうなのか? 千年を生き、それほどの力を持つお前は――」

 『神族』ではないのかと。周りのすべての人の視線も、そう言っているようだった。でも――。

「オレは違うよ。長生きは別の仕掛けがあるんだ。まあ、説明するのが面倒だから言わないけど」

 カミュはそう言うと、これ以上は嫌だと言うように話題を変えた。

「ま、『神の欠片』ってのを調べるなら、やっぱりあの道化師に聞くのが手っ取り早いな。あいつ、帝国にいるんだろう?」カミュはカティアさんに笑顔を向けた。

「それはもう無理でしょう? だってトゥロは――」

「まだ生きてるよ。もしくはトゥロってのは単に兵隊で、首謀者が別にいるのかもな」

 確かにおかしかった。
 最初エスメラルダさんという人に会った時、あの道化師は殺されていた。
 でもその後カティアさんを襲った。そしてそれもエスメラルダさんに殺された。
 それにリアーナの話もある。
 不死身、なのだろうか? それとも――。

「そう言えば、クラウディアは帝国に行ってきたんだよな。何か分かったか?」

 クラウディアさんはカティアさんを見た。
 カティアさんが頷くと、一度目を伏せ、そして話し始めた。

「私が見聞きしたものは多くない。ただ、……」クラウディアさんは息を一つ吐いた。

 ゼルギウス皇帝が『欠片持ち』であると、直接会って見て間違いないと続けた。
 そしてもう一つ重要なことがあると、またカティアさんを見た。今度は目に力がこもっているように見えた。

 今、帝国は二つ、あるいは三つに分かれようとしていると。
 フェルディナント第二皇子が次期皇帝を狙っていることに加えて、ローゼマリエ第二皇女――カティアさんのお姉様がグスタ将軍を味方につけてその阻止を目論んでいるということだった。
 タルナトさんを通じてカティアさんを救い出すよう指示が出ていたらしい。

「できることなら私は姉を手伝いたい。『欠片』の力は失ってしまったけれど……」カティアさんは俯いてそう話した。

「あんなもんじゃローゼマリエの力にはなれないよ。なくなってよかったんじゃないか?」カミュは笑って続ける。

「そんじゃ、カティアの具合が良くなったらオレ達は帝国に行くか。こっちはどうする?」

 アンジェリーヌ様は少し考えてから、国内問題にまずは専念することと、そしてバンベールを早いうちに取り戻すと力強く語った。
 それについてしばらく話し合ってから解散となった。
 ユニも王宮に呼んでよいことになり、リアーナと一緒に迎えに行くことになった。

 部屋を出る瞬間、声が聞こえた。
 振り向いてみたけれど、誰も呼びかけたりはしていないようだった。きょろきょろと辺りを見回していると、リアーナが不思議そうに私を見ていた。
 気のせいだろうか。そう思い、部屋の外に向きを変えて一歩足を進めた。

 ――足が、止まる。
 ――声が、聞こえる。

 それは誰の声なのか。私は知らない。でも知っている。ずっと聞いていたはずなのだから。だから知っている。

 それは優しく響く声。
 それは哀しく沁みる声。
 それは儚く揺れる声。

 ただ救いを求める声。

 ――カミュを助けてと、願う声。





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