第十一章:奪われる欠片(六)
フォルティリア公国の首都ファンティーネ。真夏の午後の陽射しが容赦なく照り付ける中、激しい金属音が響き渡っている。
鉤型の鍔を持つ長刀を背にしたまま、別の長刀を振りかざすメイド姿の女性。
大型の弓を背負い、二振りの剣を左右の手に持って流れるような動きで斬りかかる少年。
休むことなく、時に同時に繰り出される剣戟は、そのすべてが正確にカミュに向かい、幻想的な旋律を奏でる。
それらとは別の、不定期に、時に雨のように降り注ぐ無数の剣は、そのすべてがカミュの後ろに腰を下ろしている少女に向けられ、禍々しいほどの不協和音を奏でていた。
しゃがんでいろと言われ、エリアーヌは地面に腰を落として両手で頭を抱え、目を硬く閉じて身じろぎ一つしていない。途切れることのない金属音で耳鳴りを起こす。それでもカミュが側にいるのだからと、震えることなくただ嵐が過ぎるのを待っていた。
エスメラルダはカミュの動きをつぶさに観察していた。余裕がある。放つ剣を倍にしても状況は変わらないだろう。物理的な攻撃を繰り返しても届かない。ならばと、次の一手を打とうとした時だった。
背後から衝撃音が響く。
何かがエスメラルダに放たれ、周囲に展開した剣のいくつかがそれを防いだのだった。更に無数の剣が反応した。
エスメラルダの意思とは関係なく、いくつもの剣が襲いかかる。
それらの悉くを、細身の刺突剣が弾き落としていた。
赤みを帯びた薄茶色の髪を後ろで一束に纏め、ロングコートをなびかせたセレナが立っていた。刺突剣を左手で構え、エスメラルダに視線を突き立てていた。
カミュが街に入ったのを見つけて後を追ってきた。物陰に隠れてそのやり取りを見ていたが、意を決して跳び出したのだった。
腕を組んで様子を見ていたラウラはその人物に気付くと、
「セレナじゃない。そう言えばアンタも来てたんだったわね」と笑顔を向けた。
「知り合いか?」エスメラルダは不思議そうにセレナを見た。
「ミラリアの特査官よ。隊長やってる聖剣使い」ラウラが答えた。
「ふむ、よく見ればアガティアスか。こうして合間見えるのは初めてじゃったかの」
「(セレナ、気を許すな。汝では荷が重い化け物のようだ)」刺突剣――聖剣アガティアスが言った。
「何ともはや、無礼な奴じゃな」エスメラルダは笑っている。
セレナは黙って目の前の少女を見つめている。アガティアスに言われるまでもなく、その異常さは先ほどから痛感していた。魔術らしきものを行使しているが、詠唱もなければ、剣を生み出して矢のように放つなど聞いたこともなかった。
「もしかして手を貸してくれるのか?」カミュだった。
セレナは視線を向けそうになるのを抑えた。エスメラルダから目を離すことなく、首を縦に振って答える。
「そりゃ助かる。じゃあ、オレの後ろで座り込んでいるヤツを頼めるか?」
カミュはそう言うと、カティアが囚われているところに向かって欲しいと続けた。
「クラウディアもそっちに行ってると思うから、仲良くカティアを助け出してくれないか。その後は街の外で落ち合おう」
まるで疑う様子もなく、カミュは笑顔でセレナにエリアーヌを託すと言う。
何故、とセレナは思う。だが同時に、確信に近い思いを抱いてもいた。十五年前に自分を救ってくれた人物ならば、この状況ではそうするだろうと。
セレナが一気に後退した。そしてカミュ目掛けて跳ぶ。途中エドゥアルドと斬り結び、素早くカミュの斜め後ろに身体を滑らせた。
その間、降り注ぐ剣の雨はカミュが叩き落していた。
気配に気付き、エリアーヌが顔を上げた。カミュから「そいつを案内してやってくれ」と言われて立ち上がり、カミュの背中を名残惜しそうに見つめてから後ろに向かって駆け出した。
セレナはそれを追う。後方を警戒しながらエリアーヌを目の端で捉えて付いて行く。
「行っちゃいますけど、いいんですか?」レティシアはカミュに斬りかかりながら言った。
エスメラルダは何事か考え始めた。その間も無数の剣をエリアーヌ目掛けて放っている。そのほとんどはカミュに落とされ、僅かにエリアーヌに迫った剣もセレナに弾かれていた。
やがてエスメラルダは口元に笑みを湛えると、
「なるほどの。事のついでじゃ。すべて手に入れるとするか」言って、右手を前に差し出した――。
エリアーヌは十字路を右に折れた。
セレナは後に続き、そこに至って追撃が止んだことを確認すると、アガティアスを腰の鞘に収めてエリアーヌの横に並んだ。
何処に向かっているのか尋ねると、エリアーヌはなんとなく方向がわかるだけと答えた。
しばらく進んだところでセレナはエリアーヌの前に立ちはだかった。
エリアーヌは驚いて立ち止まる。肩で息をしている。
「君は『神の欠片』を持つ者なのか?」まっすぐに視線を向けてセレナが問う。
エリアーヌは僅かに視線を落とし、頷いた。
「彼も……カミュも知っているのね?」セレナの口調が柔らかく、それでいて悲しみを帯びたものに変わる。
エリアーヌは再び頷いた。自分もそう理解していること、そしてそれをカミュに告げたことを話した。
セレナは黙って聞いていた。
周りの喧騒が増し、衛兵が数人やってきた。エリアーヌの姿を見て「赤い悪魔」と騒ぎ立てる者もいた。
セレナはそちらに注意を向けることもなく、ゆっくりと口を開いた。
「本来なら貴女をミラリアに連れて行くべきなのでしょうけれど――」苦笑とも取れる複雑な笑顔を向けて続けた。
「『頼む』と言われて了解したのだから、その信頼は裏切れないわね」
セレナはそう言うと、自分の背中に乗るよう言った。
困惑するエリアーヌを半ば強引に背負い、遠巻きに集まってきた衛兵を跳び越えた。
エリアーヌの指し示す方向へ進む。その先にはカティアが幽閉されている司法庁舎があった。
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