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第十一章:奪われる欠片(一)

 『欠片持ち』がファンティーネを襲撃していた頃、その西にある小さな村にリアーナとダリオが訪れていた。
 リアーナは村の中央を走る道の真ん中で立ち止まり、来た道――ファンティーネの方向をじっと見つめていた。いつものように赤毛を左右二つにまとめ、大きな目をくりくりとさせている。袖口が膨らんだ半袖の上衣に胴回りが細く絞られた胴衣、ギャザーの入った長めのスカートを身に着けている。小さな身体に似合った衣装ではあるものの、肩に担ぐ巨大な槍はあまりに対照的だった。
 ダリオはその横で両手を組み、呆れたように視線を向けていた。袖のない上衣にゆったりしたズボンはともに黒であり、腰に白い帯を巻いて曲刀を左側に差している。
 槍を担いだ少女と曲刀を腰に下げた青年。この奇妙な組み合わせに村の住人は怪訝な表情で様子を窺っていた。誰も近付くものはいない。

「やっぱ、あっちかな」リアーナは視線の先を指さして言った。

「おい、またかよ! いい加減にしろよ、てめえ」ダリオは声を荒げた。

 これまでに何度か同じような言葉を聞いてきた。アンラードへ向かう道すがら、アンラードからファンティーネに向かった後、ファンティーネの手前。それ以外にも小さな方向転換は数えきれず。
 結局のところ一度として目的の少女に出会うことはなく、出会うどころかその手がかりさえ掴めていなかった。

「はっきりしないんだからしょうがないだろ。それに今度は、……なんて言うか、きっとそうだ。間違いない」

「聞き飽きたぜ。よく考えてみたら、てめえに道案内させてるのはおかしいよな」

「なんだと! じゃあ、お前なら分かるのかよ!」リアーナが怒鳴る。

「分かりゃ苦労しねーわな」

「むかー! もういい、じゃあ付いて来んな!」リアーナは言って、来た道を戻る。

「ちっ、……しゃーねえ」ダリオは呆れながらもリアーナの後に続いた。

 実際、ダリオも今回は違うという感覚があった。リアーナが指さした方向に何かある。そういった漠然とした何かを、ダリオは感じたのだった。


 リアーナは街道を東に走る。ダリオもその後に続いた。陽射しが容赦なく照りつけてくる。だがそれをものともせず、二人は人並み外れた速さで疾走する。

 しばらく進んだところで、リアーナが急に立ち止まった。槍の先端を前に突き出し、低い姿勢になる。やや上に視線を突き立てた。
 ダリオも腰の曲刀を抜き、リアーナの横に並んで構えた。同じく空中を睨みつけている。

 二人の視線の先、建物の二階の位置ほどの高さに、ソレはいた。
 いつか見た道化師。
 黒い帽子には角のようなものが二本、弧を描いて伸びており、その先端には球体が付いている。
 色とりどりの模様が描かれた衣装に身を包み、つま先が大きく反り返った木靴を履いていた。
 星や月の形をした模様が描かれた白塗りの顔に、不気味な笑顔を張り付かせている。

 道化師は二人を見下ろしている。やがて右手を腹に添え、左手を横に伸ばし、右足を左足の前に交差させて、ゆっくりとお辞儀をした。

「ようこそ。お待ちしていましたよ。ええ、待ちましたとも。待ちくたびれてしまいましたよ。いや、そうだったかな? 待っていましたか?」身体を起こし、首をかしげる。

「てめえ……」ダリオは殺気を視線に絡めて道化師を見る。

「そんな目で見ないで下さい。照れるじゃないですか。ああ、それはアナタの自由ですね。ワタシがとやかく言うことではありませんでした。どうぞご遠慮なく」ケラケラとわらう。

「おい、お前! お前があの何とかってやつをばら撒いてるのか」リアーナが怒鳴った。

「『何とか』じゃ分かりませんよ。『神の欠片』のことですか? それくらい分かります。あれ? 分かる? 分からない? どっち?」腕を組み、首を左右にカクカクと傾ける。

「……変な奴だな。で、どうなんだよ」リアーナは槍を構えたまま言った。

「何がですか?」首を左に傾けたまま止まった。

「お前がばら撒いたのかって話だ!」

「ばら撒く? そんなもったいないことなんてしませんよ。ワタシは配っているのですよ。必要な人に、必要なだけ」

 あなた方もそうですよと、道化師は首を再びカクカクと動かしながら言った。

「ふざけ――」リアーナが何か言おうとした時、

「おい、てめえ。俺のことは覚えてるかよ」ダリオが低く問いかけた。

「もちろんですとも。ワタシこう見えて記憶力はいいんです。それで、お名前はなんでしたかね?」

 ダリオは今にも飛びかかろうとする。

「ああそうそう、母親が滅多刺しにされたことが悔しくて、父親を裂き殺した少年でしたね。ご立派に成長されて、ご両親も天国でさぞお喜びでしょう。ああ、父親は地獄でしょうかね」

 ダリオは飛びかかっていた。曲刀を道化師の首めがけて振り下ろす。が、鈍い音を響かせて、それは見えない何かに防がれた。
 ダリオは着地して、一跳びで後ろに下がった。

「おやおや、いきなり何を――」

 道化師の言葉を遮るように、炎をまとった槍の切っ先が空気を斬り裂く。
 道化師は空中を滑るように移動してかわす。真横を槍が駆け抜け、続けてリアーナの小さな身体が通り過ぎた。

 移動した先にダリオが迫った。
 道化師はまたも宙を滑る。音をさせることなく、流れるように。
 ダリオが着地すると、リアーナが叫んだ。

「ちょっとどいてろ!」

 リアーナは手にした槍――ゲオルギオスを振るう。その先端の炎が大きく揺らめいた。
 炎が渦を巻き、螺旋を描きながら道化師に迫る。炎が道化師を包んだ。その身体に絡みつき、大きな火の玉となって燃え盛る。
 が、火の玉の中から、ケラケラと嗤い声が聞こえてきた。
 
 リアーナが飛んだ。火の玉の中心めがけて槍をまっすぐに突き立てた。
 槍は火の玉を貫いた。火の玉だけを、貫いて、リアーナはその中に潜り込む。そこで槍を大きく振るうと、火の玉は消え去った。リアーナはそのまま着地する。いつの間にか地に降り立った道化師を、ダリオとともに驚きの眼差しで見つめている。

「さすが聖剣ですね。とても熱くて死んでしまうかと思いましたよ」道化師は涼しい顔でそう言った。

「てめえ、何モンだ……」ダリオが呟く。答えを期待している訳ではなかった。

「トゥロと申します。トゥロ・ジャック・フィールドです。恐らく間違いありません。多分そういう名前にしたはずです。あれ?」嗤いながら続ける。

「魔術師です。ただのね。奇術師かも知れません。もしかすると。以後、お見知り置きを」言ってさきほどと同じようにお辞儀をした。

「魔術師……。そうか、よっ!」ダリオは言いながら、襲いかかった。

 魔術師ならば、まず詠唱をさせないことだ。事前に魔術防壁は展開していたようであるが、自分とリアーナの攻撃を受けて消滅しているはずだ。ならばと、ダリオは曲刀を振るう。それを――。

 鈍い音を立てて、ダリオの曲刀が防がれた。曲刀はトゥロの顔の前、空中で止まっている。
 ダリオは力の限り押し込んだ。だがびくともしない。次の瞬間、ダリオの胸元から血が吹き出した。
 ダリオはとっさに後退する。左手で胸を押さえ、剣を持った右手を前に突き出して、トゥロに視線を絡める。

「バカな……。風、だと?」

 ダリオの胸を切り裂いたのは刃に変わった空気の塊だった。風の魔術。扱う者の多い、最も一般的な攻撃魔術の一つ。だがその威力は高位の魔術師のそれに匹敵するものだった。
 ダリオの攻撃を防いだのは魔術防壁に間違いない。最初に攻撃を防がれたものと同じだった。
 トゥロは変わらず笑みを湛えている。その口から、何ら言葉を紡ぐことなく――。





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