傾いた時計塔
“す〜ず!ご飯食べさせて?”
…人の家に来るなり、挨拶もなしにご飯の要求をするヤツがいるだろうか。
“にゃぁ。”
ほら、チェシャ猫だって一応挨拶…(飼い主が飼い主だから、もしかしたらコイツも催促なんじゃないかと心配になってきた。)
とりあえず、どうやら餌付け癖がついてしまった、この常識が通じない生物をどうすれば良いのだろう。
“まったく…アンタって働こうって精神はないの?いつもこんな時間に来てるし。”
“ふぁほへふぁ(例えば)?”
“食べながら喋らない!例えば、例えば…電球変えるとか、買い物行ってくるとか。世の中ギブアンドテイク。働かざる者食うべからずなんですけど。”
“…成程ね〜電球は仕方ないとしても、すずチャンはお外に行けないんだ。
ラプンツェルだったっけ?髪垂らしてくれなきゃ助けには行けないよ?”
ニヤニやしながらこっちを見ているコイツに反応しない方が良いことは分かってる。でも、人間にはどうしようもない時があるものだ。
“行けるわよ、出来うる限り出たくないだけで。馬鹿にしないで。”
ほら、こんなふうに。
“そっか、それなら今から外行こうよ。ラプンツェルは自分の意志でしか外に出られないんだからさ。あ、俺は勿論ヒーローだから。王子様ね〜チェシャ猫は…従者で良いよな。出てきたかは覚えてないけど。”
そう言ってるはしからアイツのお皿は既に空になっていた。どれだけ早いんだ。
“なんで今出なきゃいけないの?囚われの身じゃなく、自分からひきこもってるんだから良いじゃない!”
“怖いだけなんじゃないの〜?すずは十分囚われてるよ。自分から出る努力をしなきゃ出られないのに。魔女はもういないんだよ?”
…止めて欲しい。穏やかに別人のように語りかけてくる口調が痛くて、泣き出してしまいたくなる。全てを投げ出したくなる。人を頼っても無駄だと幾度となく思い知らされてるのに。信じるべきでないと思うのに。
“そこまで言うなら今度、ね。午前4時に来てくれたら、一緒に出かけても良い。今の時間は嫌だから。
でも、もし遅れてきたら、貴方とは出かけられないから。”
“この前ジンって呼んでくれたのになぁ…まだ他人扱いかぁ。 え?ああ、うん。話は聞いてたから睨まないようにね〜じゃあ、明後日に家の門の前で待ってるから、逢い引きして下さいな、お姫様。”
本当はまだ怖い。人の感情が怖くて、人と逢って人と別れるのが怖い。逃げて逃げて、部屋の隅で小さくなっていたい。
でも、それじゃ駄目だから。私がラプンツェルだというならば外に出なきゃ幸せにはなれない。けれど…心がそれを拒む。
…
「すずなんて、貴方なんていなければ良かったのよ。今まで散々迷惑かけてきた癖に、被害者気取り?おかげで彼だってすっかり貴方の味方なんだもの。良い御身分ね。」
止めて。
私が。
一体何をしたっていうの?
“止めて、来ないで!どうしてまだ許してくれないのっ!?ちゃんと離れたのに、やっと落ち着いたのに。なのに、なんで…?いやぁっ!”
逃げても逃げても人の感情…憎悪や嫉妬、怨みは追い掛けてくる。夢にも現実にも、ひたすら付き纏っては脅かしてくる。そうして、陰で私が狂っていく様を見届けて、やっと満足気に微笑むに違いない。
“ちょっと、すず?どうかしたのか?顔面真っ青なんだけど。しっかりしろよ。”
“助けて、お願い。誰でも良いからっ!いつになれば平気になるのっ!?”
“だから、落ち着けって。今、そっち行くから。…ってわぁっ!?”
ガタガタガタッドテッ
転んだ音。
何が?
男の人が。
どうして?
こっちに来ようとしたから。
それは…誰?
“………ジン?”
“いってぇ!…あ、一応お助けにあがろうとだけしてみました、お姫様。”
訳が分からなかった。いつもの発作が起きたと思ったら、なんでコイツはこんなところで転んでるのだろう。やっぱりよく分からない。
“話、途中で反れちゃったけどさ、ちゃんと迎えに来るからねっ!チェシャ連れてっ!
そんなことより俺のこと、『ジン』だって〜。可愛い〜”
“いつ言ったのよ、そんなこと。知らないっ!”
“そんなっ!酷いっ!私のことなんてどうでも良いのねっ!ここまでした仲なのに。”
まったく何処がここまで、の線なんか聞いてみたいものだ。
そう言い残してヤツは既に去った後だったけど。
ラプンツェル、私と一緒に外の世界に参りましょう? |