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神様の螺子巻き
作:小羽 朔夜



動いた針が指し示す先


“アリスっ!アリスっ!こんなところで寝てないで。そろそろ目を覚ましなさい。”


…それは夢?これも夢?何時からだった?誰までだった?


とても素晴らしくて優しい夢を見ていた気がした。皆が何の憂いもないかのように笑い合っている。そこは全て予定調和がなされていて、今更驚くことも、気付くこともない。全ては予め決まっていることなのだから。

そう、ここは予定通りに喜び、怒り、哀しみ、楽しむ空間。全てが全て、時間通り。皆が皆、予測通り。乱すことや疑問を抱くことは許されない。


チョウワガ、ミダレテイル。
デアッタカラダ、アノトケイニ。

デアッテハ、イケナカッタ。
カカワッテハ、イケナカッタ。

スベテガ、チョウワガ、ヨテイガ、クルッテシマウ。
アノトケイニサエ、デアワナケレバヨカッタ。

ナラバ、アノトケイヲコワシテシマエ。


また、いつもと同じ朝が来てしまう。今日も私を再生せざるをえなくなる。どうせ、どこにも希望なんてない癖に。
私なんかより、もっと強く生きたいと思っている人のを巻いてあげれば良いのに。

結局ジンは数日置きに顔を見せるようになり。“明日はご飯も要らないから”と何か想像、いや妄想しながら笑っていた。何処かふっきれたように笑う彼は寧ろ無理しているかに見えて、別人のようだった。

相も変わらず他愛ない話は楽しんでいるようだけれど。もう、あの雰囲気を取り戻せないことを痛感させられた。


ソウナッタノハ、ダレノセイ?
デモ、ソモソモ、サイショカラ。マチガッテイタンダヨ。
メヲ、サマシテシマッタカラ、イケナインダヨ。

ズット、ネムッテイレバ、ヨカッタノニ。


気付かなければ良かった。
この時間がずっと続く訳がないことに。お互い、浸ってばかりもいられないことに。否応なく、時計は進み続ける。何れ程留まりたいと願っても。何れ程早く過ぎてしまいたいと思っても。一定に、同じ速度で同じ場所を廻り続ける。神がそうと定めたように。


“ねぇ、ジン”

この呼び方にもすっかり違和感がなくなってしまった。そんなに長い時を過ごしていたのだろうか。

“もう、此処には来ないで。確かに謝って貰ったけど、やっぱり赦せないから。貴方とは、今までみたいにいない方が良い。貴方といると世界が動いているのを思い知らされる。”


これが逃げだって怒ってくれても良い。きっと貴方の方がたくさん頑張ってくれてたのだもの。
だから、私から解放してあげる。貴方の枷をほどいてあげる。私はきっと囚われてた振りをして、助けてくれる誰かを待ってただけ。貴方が来てくれたことだけで十分だから。


“もし、また何処かで会えたらというくらいには好きだったかもね。じゃあ、さよなら。”

ジンは驚きもしなかった。ただ、自嘲気味に少し笑って、私の頭を軽く叩くと何も言わずに出て行った。
遅れてチェシャ猫も此方を振り返り、振り返りしながら追いかけて行った。


彼らが折角止まろうとさえしていた私の螺子を巻いてなんか行くからと、少し恨めしく思いながらも私は動いてやることに決めていた。けれど、それは彼らが去ったからじゃない。そんな理由で行けるほど伊達にひきこもってない。
相変わらず、人間は嫌いだった。傷つけなければ生きられないし、傷つかずに生きていけないから。すぐ裏切って、うわべだけで、黒いモノを抱えている自分も、周りも。
でも、そうだから何だというのだろう。確かにそう、ではある。だからといって逃げても余計に酷くなっていくだけでしかない。ならば…


知らない場所。
理解出来ない空間。
分からないこと。
久しぶりに足を踏み入れた場所はたくさんの見知らぬモノで溢れていて慣れるのには流石に時間がかかった。当然、私を知っていてぶしつけに見てくる人やあからさまに目を反らしながらも横目に窺っている人もいる。そういった輩に余裕の微笑みを見せてやると気まずそうにしていたのは少しいい気分だった。


“ねぇ鈴乃、知ってる〜?あの、三年の智仁先輩っ!かっこいいんだけど、猫連れて来てたり、しょっちゅう行方不明になったりしてるっていう噂の。なんか女の子にフラれて学校辞めたらしいよ。もったいないよねぇ、そのコ。”
“まさか、鈴ちゃう?鈴チャンか何かウチらに隠しとってもウチは驚かへんで。”
“違うでしょ、入れ替わりだもんっ。だよね、鈴っ”
“やから、怪しいんやろ〜鈴っ!お姉さんに話したってや。”
“もう、止めなさいってば二人とも。鈴乃、大丈夫?”


仲良くしてくれている彼女達にそう聞かされたのは彼が辞めてから随分経ってからだった。私は心配して貰っても曖昧に笑うことしか出来なかった。

原因を作ったということを認めるのは構わない。だけど。彼が辞めた?

私の家に来なくなったかどうかなんて分からない。でも、きっと学校に来ているのだと思っていた。学年は違っても、また何処かで会えるに違いないと。


どうして?だって、ちゃんと瓶から出れたでしょう?最後の願いを叶えてくれたんでしょう?

どんなに思っても答えてくれる人の姿はなかった。





また夜が来て、朝が来る。今日も私を再生しなければならなくなる。神様が巻いた私の螺子はヤツによって何だか加速した気はするものの、変わらずに動き続けている。
未だ私は留まることを諦めきれてはないけれど、少しは大人になった気がする。人との折り合いをつけ、自分の感情を軽くすることが出来るようになった。ちょっとは進歩したんだからと、胸を張ってみたりしてみる。

あれから。

ジンは本格的に絵を描き始めていたらしい。らしい、というのは後から本人に聞いたことなので私はよく知らないからだ。私に言わずにいたのは、フラれてショックだったからだとも言っていたが、本当のところは分からない。彼のことだから、もしかしたら真実なのかもしれない。

「別にさぁ、俺は鈴チャンが思ってるほど暇じゃないんだよ〜。でも、ご飯食べようとしたら冷蔵庫に煮干ししかなくて。それを食べようとしたら全部チェシャ猫が食べちゃうんだもん。これは鈴チャンの手料理を食べに来るしかないと思わない?」
隣でチェシャが小さく抗議するように鳴いていた。本当にこの人達はあの頃から変わらない。

「そう言って、あの時だって毎日お昼食べに来てた癖に。こうなる前のジンは好きだったのになぁ。」
「何、急に。俺の純情弄んだ癖に今更っ!?嗚呼、昔の俺が憎い…てか、どしたの、ぼんやりしちゃって。鈴チャンらしいけど。」
「そこはらしくない、じゃないのっ!?二年経ってるのに変わらないなぁってちょっと昔を思い出してただけです〜、智仁先輩?」
「うわっイヤミ?イヤミなの、それ。まだ、半年音信不通だったの怒ってたりします?しますか、そうですか…」
「だって、学校辞めてるとは思わないし、携帯も水没しちゃってるし。いつの間にか留学してるし。よく分かんない言語の手紙はいきなり届くし。」
「いやぁ、だって傷心旅行だったし。」
「返事書こうとしてたら人の家の屋根に猫共々行き倒れてるし。」
「……すみません。」
「おかげで、警察呼んじゃったじゃない。もう、どう責任とってくれるのよっ!」
「お嬢さんを僕に下さいっ!的なノリでちょっとお義父さんに挨拶してくるね〜」
「ちょ、ちょっと。チェシャ猫、この馬鹿止めるの手伝って。」
「止めてくれるなっ男にはやらねばならぬ時があるんだっ!」「あ、ハンバーグ…」
「嘘っ!何処っ!?」


あの頃の私には分からなかったことが今は少しだけ分かる気がする。
神様はどうして皆の螺子を巻くのだろう。もしかしたら、螺子を巻くことに意味はないかもしれない。私のように、今にも錆び付きそうな螺子もあるかもしれない。それでも、各々が少しでも前に進めるように優しく巻き続けるに違いない。留まることで自ら動けなくなることがないように。

ヤツが何処かの僻地から手紙と一緒に送ってきた小さな小さな螺子を無くさないようにしまってから、私はいつもの日常を送ることにした。


この話は、私自身の『何故人間は生きなければならないのか』という問から作りあげたものです。
最後の部分が言いたいがためにやたらと長くなってしまいましたが。

一先ず鈴乃が智仁に出会ってから今までの軸が書けたので、出来れば過去の空いている部分や今二人はどう生きているのかも書いていければと思っています。

ここまで読んで頂きありがとうございました。













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