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星の銀貨

作者: tismo

昔、まだ願いが叶ったころ、誰も見たことのないほどの美しい星が見えたという。

彼女が最後に見た風景、彼女が愛した世界は、どこか儚げだった。


夜の闇が支配する都市の路地裏は、世界の闇を鮮明に表していた。

腐乱するごみ、よごれた浮浪者達、喧騒がどこかから聞こえてくるのに反して、不気味なまでの静けさだった。

その少女は、静かに壁にもたれ掛かっていた。

腕も足も顔もやせ細り、目の焦点は合わず、生気は感じられない。

薄汚れたぼろきれを羽織って、ほとんど裸。

冬に近づいた、寒さを伴い始めた風を防ぎきれそうになかった。

彼女には親はいなかった。

きっと彼女を置いてどこかに消えたのだろう。

彼女は孤独に包まれていた。

それを疑問に思ってもいなかった。当然だったから。

夜の闇がいっそう深くなったころ、少女は夢を見た。

どんな夢だったのか、彼女は覚えていない。

ただ、幸せな充足を覚えている。

美しい夢だった。

楽しい夢だった。

見たことのない夢だった。

母親の暖かさを思い出した。涙が頬を伝った。

父親の頼もしさを思い出した。涙は光に照らされた。

神様の贈り物?

天使の痕跡?

そんなことは彼女には少しもわからない。

神様がなんなのかもわからず、天使を聞いたこともない。

ただ、大切にしたかった。

その夢は

人間じゃなかった彼女にひとつの人間らしさを残していった。



少女は目を覚ました。朝が来る前に動き出す。

彼女の日課だった。

長い間何も食べておらず、ちょっとふらついたがそれでもあの夢は足取りに今までにないような希望を与えていた。

少女には今まで自信がなかった。すれ違う人々誰もが自分とは違う存在にしか見えなかった。

誰も自分には目をくれない。いてもいなくても良いような存在。

だから、何も見なかった。彼女は他人に認識してもらえない寂しさを、何も見ないことで目を背けた。自分も他人を認識しなかった。

少女はいつも下を向いて歩いていた。

夢のおかげで

ちょっとした自信がついた。

だから、見てみようと思った。

自分の醜さから目を背けずちゃんと他を見よう、とそんな努力をしてみることにした。

前を向いて歩く。

変わるのに十分過ぎる大きな一歩だった。

夜はまだまだあけそうになかった。


表通りには人がいなかった。

しかし、建物の中には明かりが見えた。

少女には家がない。

帰りを待つ人もいない。

どこにも行けない。居れない。

少女は、やはり認識されていないことを知った。

悲しかった。

寂しかった。

涙が流れた。

悔しかった。

涙を流したくなくて、上を向いた。

不思議な光景が見えた。

光の粒が、夜を覆っていた。

満天の星だった。

初めて見た。

綺麗だった。

胸が熱くなった。

荒れた路地裏では見当たらない光だ。

頬を伝った涙を光が照らした。

不意に風が吹いた。布のたなびく音がした。涙はどこかに流れていった。


鳥肌が走った。

この感動をどこかで知っている。

最初に暖かさが自分を包んだ。ちっとも寂しくなかった。

どこからか頼もしさが教えてくれた。前に進みなさいと。

最後に感じたのは幸せな充足感だった。

少女は見守ってくれているものがあることを知った。

空から。

はるか空から見守っている。

一人じゃないのだ。


ふと

どこからか

何かが鳴り響いた。

音の鳴った方へ目を向けると、一枚のコインがあった。

銀貨。

周りに人はいない。

まるで星からの贈り物。


少女はわかっていた。

銀貨の意味。

神様も天使も知らなかったけれど

生きるための手段だけはわかっていた。

価値も知っていた。

それでも。

使う気にはならなかったから。

銀貨は布に包んで、大切そうに閉まった。

風はもう吹いていなかった。朝は近づいている。


少女は星を見ながら歩いていた。

夜はまだあけそうになかった。

ただ空の色は歩いていくにつれて、少しずつ変わっていた。

空に浮かぶ星も色合いが変えていった。

地面の色は、いつまでも一緒。

空を見ているだけで、少女には常に新鮮な気持ちがわいていた。

足取りはいまだふらついている。


風を肌に感じた。

風に流され泣き声が聞こえた。

子供の声だった。

声のほうへ向かってみると、泣いている幼い少年とその傍らに女性が倒れていた。

二人とも少女のような汚れた格好をして、痩せ細っていた。

少女は、見過ごせなかった。

幼い少年に、なにかの影が見えたからだ。

女性の手をとった。熱かった。

熱すぎるくらいだった。

少女は、何もわからなかった。

何をするべきなのか。

もう何もできないのではないか。

どうすればいいのか。

諦めや混乱や焦りが頭をかき乱した。

必死だった。

それでも絶対何とかしたかった。

忘れていることを思い出そうと何もかもを思い出した。

その末に何もなかったけど、それでも考えた。

考えて

走りだした。

少年の泣き声が大きくなるのが聞こえた。

それはいつかの少女の心の声だったのかもしれない。

何もない、そんな絶望。

向かっている場所は

自分でもよくわからなかった。

ただそこに希望があるはずだと信じていた。

朝は近づいている。

少女の向かう空にもちゃんと星が瞬いていた。


まだ着かない。

風は音を鳴らして、少女の後ろへと過ぎていった。

布が激しくはためいている。

足は止まらない。

走り続ける。

少女はわからなかった。

走る理由。

女性を見捨てなかった理由。

昨日までなら見捨てていたのか

少女には何もわからなかった。

走り続けた。前へ前へと。

答えにたどり着くその時まで。


そして、そこについた。

そこは薬屋だった。

一度通りすぎた、それだけの場所だった。

まだ店は開いていない。

少女は戸をたたいた。

礼儀なんてない、ただただ乱暴なたたき方だった。

静かな町に響く大きな音。

やがて、怒った男の店主が出てきた。

うるさい

そんな怒声に負けない大きな、必死な声で少女は叫んだ。

薬をください

泣いていた。

店主は眠気から覚め、驚いた。

汚れた少女に、その必死さに、そしてその・・・

不機嫌に、それでも丁寧に店主は少女を店に入れた。

少女は、もうたくさんのことがわかっていた。

自分のこと

少年のこと

これからのこと

高い薬を買った。女性の病気に効くことを信じて。

使ったのは銀貨。持っていた時間は短かった。不思議と後悔はしなかった。

残りのお金を銀貨を包んでいた布にくるんだ。

少女は店主に向き合った。

ありがとうございました。

礼をして、出て行こうとした。

店主は呼び止めた。少女の頭に手を乗せる。汚れているその頭に構わず。

安心しろ。その薬はお前の守りたい人を守ってくれる。

店主の言葉は、力強かった。

少女は、ぎこちなく微笑み、そしてまた走り始めた。

その笑みはどんな笑みよりも純粋な光を放っていた。

朝はもう顔を出し始めている。それでも星は全てを見守っていた。


店主は店の外に出て、薄汚れた少女の背中を眺めた。

走り去る少女の背中、その背中に翼が見えた。

やがて視界が暁につつまれた。

店主がその眩しさに目をしぼめた時

少女の姿は消えていた。

涙が頬を伝った。

店主はこの夜と朝の境目の出来事を忘れないだろう。

一生、自慢し続けるつもりだ。

天使に会えたのだ、と。


少女が、幼い少年のもとに着いた時、夜が終わりを迎えるころだった。

朝が始まりを告げる、その時まで星は待っている。

幼い少年は泣きつかれて女性の胸元で眠っていた。

少女は、少年を起こさないように女性の顔を膝に乗せた。

そして、薬の容器を女性の口につけ、ゆっくりと飲ませた。

ゆっくりゆっくり。

その薬は、静かに減っていく。

朝日は、昇っていく。

薬は空になった。


少女は、女性をゆっくり地面に戻した。

女性の顔は、穏やかになったように見える。

不思議と誰かに褒めてもらいたかった。

上りきった太陽を背に立ち上がる。

空を見上げた。

少女は寂しげに口を開いた。

もう光は見えないや。

それでも、ぎこちなく笑っていた。

風が吹いた。一筋のゆるやかな風だった。

少女は――――――

朝はもう始まっていた。良い天気になりそうだった。


少年は目が醒めた。

いつの間に眠ってしまったのだろう。

もう朝になっている。

母はどこ・・と考えたところで全てを思い出した。

慌てて回りを見渡す。

母は目の前で眠っていた。

先ほどまでとはぜんぜん違って、穏やかに。

熱ももうないようだ。いつもの暖かさだけが残っている。

安心した。少し涙が出ると同時に一つのことに気がつく。

母の胸の上にはくるまれた布切れ。

手に取ろうとすると、また一つのことに気がつく。

目の前に少女が立っていた。

太陽を背に空を見上げていた。

優雅だった。

―――――――天使?

母がよくしてくれたお話に出てくる神様の使い。

口に出す前に、少女は何かをつぶやいた。

小さくて聞き取れなかった。

一筋の風が吹いた。安心の涙はどこかに消えた。

目があった。

あのときの女の子だった。

頬と唇の端が上がっていた。

それは笑みだった。

ぎこちのない笑み。それがとても綺麗に見えた。

口が動いた。

聞こえなかった。

でも、口でわかった。

あの口の動きは――――

誰に言ったのだろう。


少女は崩れ去った。

ゆるやかな風にも耐え切れず。

限界まで走りきった。

腕も足ももう動かない。

おなかもすいた。のども渇いた。

さようなら

ありがとう

光の中で会いましょう

最後はとびっきりの笑みと共に


少女は幼い少年の痛みがわかった。

少女のたった一つの人間らしさは家族への愛。

長い間孤独だった少女にとってせっかく手に入れたこの愛を手放すことはできなかった。

そして

目の前には失いかけの少年が一人。

少女は見逃せなかった。

女性に触れた時の熱さ、あれはきっと母親の暖かさ。

店主が触れた時の逞しさ、あれはきっと父親の頼もしさ。

最後の最後で少女はたくさんのことを知った。

少年がいなければきっと少女は愛を幻想のまま終えたのだろう。

だからこそ、少女は幼い少年に一つの言葉を渡した。

――――――ありがとう。

とびっきりの笑みを最後に添えて。

少女は前に進み始めた。

大切な家族の愛を知って。

笑い方を思い出して。

少女は気づいていない。きっとこれからも気づかない。

下を向いていた頃と違って、認識してくれる人が居ることを。


上を見上げた

あの星は、たとえばあなた。

きっと見守っていて。

これからも生き続ける全ての命を。

それだけで救われる少女が居るのだから。


星が落とした銀貨

星の銀貨

それは少女が家族の愛を知るための対価

少女しか知ることのできなかった、世界でたった一つの幸せの形



この小説が正真正銘の処女作です。

グリム童話のうちこの物語が一番神秘性を帯びていました。興味を持って調べていくうちに草稿にめぐり合い、草稿を読んでいるうちに構成が思い浮かんだのでなんとなく書き上げました。

あとから読み直して気づきましたが文章がつたないですね。

これからもどんどん推敲したいと思います。

アドバイスなどがあればどうぞよろしくお願いします。

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[一言] (´・ω・`)なんて神秘的菜お話さんだぁっー!
2012/06/30 16:39 退会済み
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