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番外編-一周年-
十一月、学園祭前日の夜――。



「……誠、何ニヤニヤしてるの?」

弟の誠が、やけににやけながら夕飯を食べていた。



「別にぃ~♪」

とか言いながらも、超ご機嫌顔でハンバーグを口に入れる誠。

確かに今日は誠が大好きなハンバーグだし、機嫌が良いのはわかる。

けど、それにしたってにやけ過ぎ。

だから、にやついてる理由を訊いてみたんだけど……。





そして、翌朝も――、

「えっ!? 誠、なんでこんな朝早く起きてるのっ?」

今日は文化の日の祝日。

誠の学園祭は先週終わっているし、部活も休みのはず。

それなのに、何故あたしと同じ時間に起きてニコニコしながら朝御飯を食べているんだろう……?



「べっつにぃ~♪」

……で、昨夜よりももっとハイテンションで答える誠。

でも、明確な答えにはなっていない。



(いやいやいや! 絶対おかしいからっ!)

首を捻りつつ、とりあえずあたしも朝御飯を食べ始めるけれど……誠の機嫌がどうしてこんなにも良いのか、

やっぱりわからないのだった――。





     ◆  ◆  ◆





だけどテンションが高いのは誠だけではなかった。



「おっはよ♪ 琴美♪」



宗だ。



(ここにも超ご機嫌さんがいたっ)



いつものように駅の改札に行くと、宗がニコニコしていた。

基本的に彼はいつも笑顔だけれど、今日はいつもより五割増しの笑顔だ。



「おはよ。宗、なんかテンション高いね?」



「あったり前じゃーん! だって今日は琴美と模擬店廻りが出来るんだぜーっ?

 てか、琴美は嬉しくないの?」



「嬉しいけど、まだ何時間も先じゃない」

あたしと宗は今日、一緒に模擬店廻りをする為にクラスの模擬店に出る時間も午前中で合わせた。

だから午後にならないとお互い自由にはなれないのだ。

それなのに、今からこんなにテンションが高くなっている宗にあたしは思わず吹き出してしまった。



「それよりさ、去年の榎本さんみたいに無理矢理店番頼んで来るヤツがいても、

 絶対引き受けちゃ駄目だぞ?」

念を押すように言ってあたしの顔を覗き込む宗。



「う、うん、大丈夫…………多分」



「多分っ?」



「だ、だってぇ……なんか頼み込まれたら、つい…………」



「むー……ま、いいや。予定では上がる時間は俺の方が十五分早いから迎えに行く。

 俺を待たせてるって言えばなんとかなるだろ?」



「うん」



「去年出来なかった模擬店廻りがようやく出来るんだから、ぜってぇ誰にも邪魔させねぇっ!」

宗はそう言うと一人気合いを入れていた――。





     ◆  ◆  ◆





そうして午後十二時前――、

「琴美~♪」

メグちゃんと西山くんのカップルがあたしのクラスの模擬店にやって来た。

ちなみにうちのクラスはクレープ屋だ。



「買いに来たよー」

……と、さらに背が伸びた西山くんもあたしに手を振る。



「わー、ありがと」



メグちゃんと西山くんは相変わらず仲が良い。

チョコバナナクレープとイチゴクレープの二種類を買った後、

当たり前のように普通にお互いのクレープを食べさせ合っていた。



(……なんか新婚さんみたい)

そんな事を思いながら二人を見つめていると――、

「琴美ちゃん、交代の時間だよ」

次の店番部隊の武田くんが交代に来た。



「あれ? もうそんな時間?」



「二ノ宮と約束してるんだろ? ちょうどお客さんも途切れたし、上がりなよ」



「うん、ありがとう」

(……て、あれ? そう言えば宗の方が早く終わるから迎えに来るって言ってたのに来てない気が……)

軽く教室の中を見回しても、背伸びをして廊下の方を見ても宗の姿はない。



(これは逆に宗が捕まっちゃってるパターン?)

嫌な予感がしたあたしは急いで宗のクラスに向かった。



すると……、

「二ノ宮くん、一緒に校内回ろう~♪」

「ソウくん、私達と行こうよー」

「二ノ宮先輩、私達と一緒に廻りませんか?」

「宗くんはこっちとー!」

「あたし達と一緒に行ってくれたら何でも好きな物奢ってあげるよー?」

案の定、宗はたくさんの女の子に囲まれていた。



(あららららら……やっぱり二人だけで模擬店廻りは無理だよね……)

あたしがテンションが上がらなかった理由は実はこれだった。



“二人だけで模擬店廻りは出来ないだろう”



なんとなくそんな気がして期待しないようにしていたのだ。



しかし――、

「ごめん、俺、彼女と“二人だけで”廻りたいから」

宗はそう言って女の子達の輪から抜け出るとあたしの方に駆け寄って来た。



(……え?)



「琴美、お待たせ~♪」



(うわわわわっ、女子の視線が痛いよ~っ)

宗と付き合い始めてもう一年――、流石に校内の女子ほとんどが宗の彼女があたしだという事を知っている。

だから、こんな風に恨めしそうな視線を投げ掛けられる事はしょっちゅうあるのだ。



「ささ、行こうぜ♪」

あたしの手を取ってすかさず繋ぐ宗。



「なかなか客が途切れなくて結局十五分オーバーだよ……でも、琴美が来てくれて良かった」



宗のクラスはサンドイッチを売っている。

昼食にもおやつにもちょうど良いからどの時間帯でも売れ行きは良いのだろう。



「多分きっと女の子に囲まれてるんじゃないのかなー? って、思ってたけど、やっぱりだったね」



「けど、ちゃんと琴美との模擬店廻りは死守しただろ?」

宗は軽くウインクをしながらにやりと笑った。



……キューン――。



不意打ちのウインクに思わずあたしの胸が小さく跳ねる。



「あれ? 顔赤いけど、どうしたんだ?」



「え……べ、別に、何でもないよっ」



「もしかして……今のウインクにときめいちゃった?」

ちょっと意地悪そうに、でも、あたしに『そうだよ』って言って欲しそうな表情を浮かべる宗。



「…………ち……、違う、もん」



「なぁ~んだ、違うのかぁ」

とか言いながら、またあたしをチラ見する宗。



「う…………と、ときめきました」

そんな彼にあたしはいつも最終的に“負け”を認めるのだった。



「素直でよろしい♪」

そして宗も満足そうな顔をした後、決まってこう言う。

「後でご褒美のチューしてあげる♪」



(ご褒美じゃなくてもするくせに)

だから、あたしも決まってこう思うのだった――。





「うちのクラスのサンドイッチ。そこのベンチで食べようぜ」

中庭に出ると、宗は繋いでいない方の手に持っていたレジ袋を出した。



「うん」



「ジャーン! BLTサンドと玉子サンド、ツナサンドにハムレタスサンド~♪」

木製のベンチに腰を下ろすと宗はレジ袋からキレイにラップに包まれたサンドイッチを出した。



「わぁ、美味しそう♪」

ロールパンに切れ込みを入れ、そこに具材が挟んであるシンプルなサンドイッチ。

ジューシーなベーコンにシャキシャキレタス、熟れたトマトにキラキラと艶やかに光るスクランブルエッグ、

マヨネーズと塩コショウで味付けしたツナ、軽い食感を出す為に薄くスライスされたハムは、

これまたシャキシャキのレタスと良く合いそうだ。



「「いただきま~す♪」」

あたしと宗はそれぞれ違うサンドイッチを手に口を開けた。



「んー、この玉子サンド、ふわっふわで美味しい♪」

もぐもぐと鮮やかな黄色い玉子サンドを頬張ると絶妙な塩加減のスクランブルエッグと

軽くて柔らかいロールパンの食感が口いっぱいに広がった。



「…………」

宗はそんなあたしの顔をじっと見つめていた。



「……どうしたの?」

ツナサンドを手にしたまま、まだ一口も食べていない宗。

あたしが顔を向けると慌ててパクついたけれど、なんか変だ。



(……?)



「…………あー、いやー、そのー……実は、さ、このサンドイッチ……俺が作ったんだ」

あたしが不思議に思っていると宗はごくりとツナサンドを飲み込んで言った。



「え……これ四つとも?」



「うん、そう……一応、みんなで決めたレシピ通りに作ったんだけど……どうかなー? って……」



「美味しいよ!」



「ホ、ホントッ?」



「うん! 宗がこんなに料理が上手だったなんて知らなかった!」

付き合い始めて一年が経つけれど、また新たな発見だ。



「でも、これホントにレシピ通りに作っただけだよ?」



「それでもすごいよ! ほら、これも食べてみて?」

食べ掛けの玉子サンドを宗の口元に持って行く。

すると彼は躊躇する事なく、一口かじりついた。



「ん……、我ながら美味い」



「でしょ?」



「琴美、こっちも食べてみて?」

今度は宗がツナサンドをあたしの口元に持って来る。

あたしはその美味しそうな獲物にロックオンしてパクついた。



「美味し~い♪」

ツナも脂っこくなく、程良くマヨネーズと絡み合っていてコショウのアクセントもある。



「へへへ、よかった♪ 作ったのはいいけど実は自信がなかったんだ」

照れ臭そうに、でも嬉しそうに笑う宗。



(こういうトコってホントに可愛いよね)

最初はてっきりチャラ男だと思っていたけれど、実は全然そんな事なくて……、

たまにこんな風にちょっとしたサプライズを仕掛けて来てあたしがびっくりしたり喜んだりすると、

嬉しそうに笑うよね。



「ねぇ、今度は琴美がデートの時に作って来て?」

それでまたこんな風におねだりするんだよね。



「うん、いいよ。宗はどんなサンドイッチが好きなの?」



「琴美が作る物なら何でもいい♪」



(やっぱり)

宗がそう答えるのはわかっていた。

だから、ちょっとだけ意地悪を言ってみるんだ。



「じゃあ、丸ごと椎茸にする♪」



「う……っ、そ、それだけは……せめてスライスして……」



「あはは、冗談だよ♪」



「もー! 俺をからかった罰として後でいっぱいチューしてやる!」



「それ、いつもの事だから罰とか関係なくない?」



「まあまあ、なんでもいいから食べようぜ♪」

宗は誤魔化すようにあたしの口にツナサンドを突っ込んだ。



(……もう)

だからあたしもお返しに玉子サンドを宗の口に突っ込んだ。



そんな感じで、あたしと宗はお互いサンドイッチを時々食べさせ合いながら完食したのだった――。





「そう言えばさ、バスケ部の後輩のクラスがおむすびと豚汁の模擬店やってるらしいんだ。

 行ってみない?」

サンドイッチを食べ終わると、宗は一年生の校舎を指差した。



「うん、食べたい!」



「おむすびをやってるクラスと豚汁を出してるクラスは別なんだけど隣同志だから、

 協力し合ってどっちかで注文があれば出前もしてくれるんだって」



「なかなかいい商売してるね」



あたしと宗はおむすびと豚汁を出している一年生の模擬店に向かった。



そして、その途中――、

「……あれ? なぁ、琴美……あそこにいるの誠じゃないか?」

廊下を歩いていると宗が窓の外を指差した。



「え……?」

あたしもその方向に視線を移すと、確かに弟の誠がいた。



「……て、比嘉さんと一緒にいる」



「誠、今日は来るともなんとも言ってなかったのに……」



「あの二人……合宿の時から思ってたけど……なんかいい感じじゃね?」

宗はイヒヒッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。



「“いい感じ”って?」



「鈍いなぁ……つまりは誠は比嘉さんが好きで、比嘉さんも誠の事が好きって事」



「やっぱりそうなのかな?」



「琴美、わかってたの?」



「んー……昨夜、ご飯を食べてる時にね、誠がやけにご機嫌だったの。

 しかも今朝だって祝日だし、部活は休みのはずなのに、なぜかあたしより早く起きてたし」



「そりゃあ、比嘉さんに会えると思ったら嬉しくて早く目が覚めたんじゃないか?」



「なるほど」

なんとなく……なんとなくだけど誠と比嘉さんがお互いそんな風に想っているんじゃないのかな?

と、思ってはいたけれど本当にそうだったとは――。





     ◆  ◆  ◆





あたしと宗はおむすびと豚汁で腹ごしらえをした後、校庭で行われている生徒会主催の巨大迷路に行ってみた。



「一時間以内にクリア出来た人には賞品があるんだって、挑戦してみよう!」

宗はすっかりやる気満々だ。



「うん!」



あたしと宗は巨大迷路の入り口にある受付で番号札を貰い、迷路に突入した。

同時に受付にいる人物がストップウォッチを押す。

あたしと宗がゴールに辿り着いた時点でそこにいる人物からトランシーバーで受付に連絡が行き、

前後三十秒までの誤差がクリアとみなされるらしい。



二メートル程の高さがある木製の板で作られた迷路は下の部分が五十センチ程開いている。

ギブアップした場合はここから脱出出来るそうだ。



「まずは右だな」

入り口から数メートル進んだ所でさっそく分かれ道。

宗は何を根拠に判断したのかあたしの手を引いて右へ進んだ。



「なんでこっちだってわかるの?」



「んー、野生の勘?」



「え……」

(要するに適当?)



…………で、

「あは、行き止まりだー」

案の定、こうなる……と。



宗は笑っているけれど、あたしはなんとなく行き止まりに辿り着く気がしていた。

ちなみに、これはただの直感だ。



「せっかくの行き止まり……有効活用しよう♪」

宗はそう言うとニッと笑ってあたしの肩に手を置いた。



「……へ?」

(い、嫌な……予感が…………)



その予感は的中し、キスをしようと顔を近付けて来る宗。



「ちょ……しゅ、宗……」

後ずさりをするけれど行き止まりになっているから三方向を壁で塞がれている。

後の一方向は宗が塞いでいるから、つまりあたしの逃げ道はないのだ。



「逃げても無駄だよ~♪」

宗はいとも簡単にあたしを隅に追い詰めると、いつもより長いキスをした。



「……も、もう……誰かに見られたらどうするの?」



「大丈夫、大丈夫、だってここ行き止まりだし、壁の向こうにも人の気配はなかったし、

 声とか足音も聞こえなかったから♪」





そして宗は、この後も行き止まりに辿り着く度にいつもより長いキスをしたのだった。



(もしかして…………態と行き止まりの方に行ってない?)



それでも、あたしと宗はギリギリ一時間以内に迷路を抜ける事が出来、

出口で賞品を受け取った。



「あそこで休憩しよう」

出口のすぐそばではドリンクを出している模擬店があった。

その周りにはいくつかテーブル席もある。



「うん」



ちょうど喉が渇いていたあたし達はそこで貰った賞品を開けてみた。



「お、文房具セットだ」



「あたしの方はハンドタオルだった」



「けど、どっちも百均のだな。俺のは亜理紗にやろっと」

宗が貰った消しゴムと鉛筆セットは可愛らしいウサギのキャラクターが描かれていた。

流石に男子高生は使えない。



「そういえば、亜理紗ちゃん来年小学校に上がるんじゃない?」



「うん、そうそう。今から入学式に着て行く服とかランドセルとか勉強机とか、

 どんなのにしようかって悩んでるよ。

 後はそろそろ補助輪なしで自転車に乗れるようにって練習してる」



「あたしは運動神経ないから、なかなか補助輪取れなかったなぁー」



「俺はイギリスにいた頃に友達みんなで誰が一番早く乗れるようになるかって競争したりしてたな」



「宗は何番だったの?」



「もちろん、一番♪ 夜、庭で何回もすっ転びながら特訓してたから♪」



「あはは、やっぱり♪ ところで、この後だけどメグちゃんと西山くん、うちのクラスに来てくれたんだよ。

 だからお返しに買いに行こうよ」



「藤村さん達のクラスって何の模擬店やってんの?」



「ドーナツ屋って言ってたよ」



「お、じゃあ、おやつにちょうどいいかも♪」



「でしょ♪」



あたしと宗はメグちゃんと西山くんのクラス・二年九組の教室に向かった――。





「メグちゃんと西山くん、いないっぽい?」

メグちゃん達の模擬店に行くと、たくさんの人がドーナツを買いに来ていた。

人だかりでレジカウンターに二人がいるのかどうかもわからない。



「カウンターの奥にいるよ」

すると、宗が誰かに手を振りながら言った。



「てか、誰に手を振ってるの?」



「西山」

背が高い宗は人だかりから頭一つ出ている。

それで西山くんに気が付いたのだろう。



「スカイツリー同士で交信してるんだね」



「スカイツリーって……」

宗は苦笑いしているけれど、衣替えの度に制服のズボンの裾をお母さんに直して貰っているのは、

どこの誰やら……。





メグちゃん達のドーナツ屋でおやつを買ったあたしと宗は屋上へ出た。



「青空~っ♪」

何処までも続く青い青い空を見上げて宗が大きく伸びをする。



「合宿の時にも思ったけど、宗って青空を見るとテンション高くなるよね?」

彼は実にわかりやすい。

雨の日は窓の外を見つめながら、いつ止むのかと溜め息を吐く。

晴れた日は青空に向かって満面の笑みをこぼす。



「だって太陽ってさ、すっげぇパワーくれるじゃん?」

そう言ってあたしにも満面の笑みを向けた宗。



「確かに燦々と輝いてる太陽と抜けるような青い空は見てると元気になるよね」



「だろ~?」

宗はそう言いながらチョコドーナツに噛り付いた。

続いてあたしもシナモンシュガーのドーナツを一口食べる。



「青い空は宗のパワースポットなんだね」



「そそ。でも、俺の一番のパワースポットは別のところにあるんだ」



「……どこ?」



「知りたい?」



「うん!」

だって、宗の事なら何でも知りたいよ。



(宗の一番のパワースポットってどこだろう?)



「ここに決まってるだろ」

……と、宗は不意にあたしの唇にキスを落とした。



「しゅ、宗っ!?」



「俺の一番のパワースポット、いっただきぃ~♪」



「またそんな事言って……」



「ホントだもん♪」



「……もう」



「美味しかった♪」

チョコドーナツの最後の一口を口に入れた宗はまた満面の笑みを浮かべた。



(それ……ドーナツが美味しかったの? それとも……)

その辺の事をいまいちはっきり言ってくれない宗はズルイ。



でも……あたしもはっきりと訊く事はしないのだけれど――。





屋上でドーナツを食べた後――、



あたしと宗は美術部が展示会を開いている美術室に向かった。



「うあぁ……湘南の夕焼けだー……」

宗はあたしが描いた油絵を見て言った。



「え……どうしてこれが湘南だってわかったの?」

そう――、あたしが描いた絵は夕焼けに染まる湘南の海だったのだ。



「体育館の中にいてもさ、夕焼けってわかるんだ……オレンジ色に染まるんだよ。体育館の中がさ。

 それで、気が付いたら水平線の向こうに沈む夕陽がさっきまで真っ青だった海まで

 オレンジ色に染めてるのが見えるんだ……合宿中、夕方になるとそれが楽しみだった」



「そっか……」

宗もあたしと同じ夕焼けに染まる海を見ていた。

きっと練習に集中しているから夕焼けなんかに気が付かないだろうと思っていたけれど、

ふと目にした夕焼けが作り上げる海辺の風景に宗は密かにパワーを貰っていたのかもしれない。



「てか、今年はこの一点だけ?」

宗が不思議そうな顔をする。



「う、うん」

それもそのはず。

去年は二点の絵を出品していた。

けれど、今年はある理由で一点しか出品出来なかったのだ。



「琴美のことだからもう一点くらい出展してるかと思ってたけど」



「……えへへ、今年はちょっと…………」

あたしは適当に笑って誤魔化したのだった――。





     ◆  ◆  ◆





――翌日。



学園祭二日目の今日は例のコンテストだ。

去年、あたしが全校三位になった“アレ”だ。



あたしのメイクは去年同様、秋川先輩がやってくれた。

もちろんアピールタイムでは眼鏡を外された。

でも、去年と違うのは今年はウィッグを着けなくても十分に巻き髪が出来ると言う事と、

宗と二人で手を繋いでランウェイを歩く事だ。



今年の女子一位は美術部の秋川先輩。

顔はもとより、柔らかそうな雰囲気だけど男子達を挑発して翻弄させつつ、まったく本性を見せない……、

まさに小悪魔的な存在が大きなポイントになった。



二位はスラリとした長身にクリッとした大きな瞳が印象的な比嘉さん。



そして三位はあたし。



(…………なんでだろう? なんでまた、あたしが三位?)

そもそもこのコンテストの最終選考に残っている事自体が不思議なくらいだ……。



ちなみに男子の一位はもちろん宗。

二位は高杉くん、三位はあたしの知らない一年生の男子だった。





     ◆  ◆  ◆





放課後――。



「去年は思いっきりビンタされたよなー」

帰る途中に立ち寄ったファーストフード店で宗はにやりと笑った。



「あ、あれは……宗がいきなりキスしたから……っ」



「でも、いきなりビンタはなー?」

一年も前の事を今さらのように意地悪く蒸し返す宗。



「…………」

(うぅー、宗ってばー……)



「ははっ、そんな顔すんなよ、琴美。はい、これ」

宗は笑いながらあたしの目の前にプレゼント用のリボンが付いたセレクトショップの紙袋を置いた。



「今日で琴美と付き合って一年」



「え……宗も用意してくれてたの?」



「うん? “宗も”って?」



「あたしも今日の為に作って来た物があるの」



「もしかして、クッキーッ?」

身を乗り出す宗。



「あはは、違うよー。クッキーだと食べたらなくなっちゃうから、つまんないでしょ?」

あたしはカバンの中から昨夜ラッピングしたプレゼントを出して宗の目の前に置いた。



お互いラッピングを解き、中身を出してみる。



「わぁっ、可愛いっ」

宗があたしにプレゼントしてくれたのはクリーム色の作業用エプロンだった。

たくさんポケットがあって胸のところに筆やペンを差しておけるようになっているし、

丈も長めだから絵を描く時も制服が汚れなくて良い。

今使っているエプロンよりも使い勝手が良さそうだ。



「おっ、翡翠だっ」

そして、あたしが宗にプレゼントした物は翡翠のストラップ。

出会った時に宗がくれたストラップと同じ様に翡翠とシルバーパーツで作ったオリジナルだ。

夏休み明けからデザインを考え始めて部活の時に少しずつシルバーパーツを作ったり、

デートの待ち合わせ前に天然石を売っている雑貨屋に立ち寄ってみたりと、

我ながら渾身の力作である。



「さすが琴美! こんなのが作れるなんてすごいよ!」



「えへへ、ありがと。実はそれ……あたしのもお揃いで作っちゃった♪」

携帯を出して、昨夜付けたばかりのアクアマリンのストラップを見せる。



「おっ? 色違い? こっちの石はなんて言うんだ?」



「アクアマリン。あたしの誕生石なんだよ」



「へぇ……て、もしかして……これを作ってたから美術部の方の展示品が一点だけになったとか?」



「……う、うん、実は」



「ありがとうっ、琴美! 大好き!」

するとテンションがMAXになった宗がテーブル越しにあたしに抱きついて来た。



「ちょ……っ、宗、ここお店の中っ」



「うん、知ってる♪」

そう返事をした宗は体を離すと――、

「マジで好き」

耳元に囁いてあたしの頬にキスをした。



「……っ!?」

あまりに突然の事で驚き、頬とは言え、あたしは人前でキスされた事を怒る事さえ忘れていた。



そんなあたしの反応に――、

「琴美、顔真っ赤だぁ♪ 可愛い~♪」

宗はニコニコしながら目の前で頬杖をついていたのだった――。
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