挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。

箱庭短編集

赤い毒薬

作者:鯨野
 口のきけない少女の作る毒薬は赤い色をしていた。そして、他のどの毒師のものよりも上質だった。
 少女の毒薬は目の飛び出るような値段で売られていたが、未来への投資と考えれば決して高くはなかった。これしきの金で邪魔な人間を誰にも知られずに排除することが出来るのなら安いものだ。
 何度も訪れるうちに少女は私のことを覚えて、顔を見ると微笑むようになった。そのうち、私へ優先的に毒を回してくれるようにもなった。作るのに手間がかかるのか、いつも数えるほどしかない毒薬を、多分ほとんど私が買い上げていたのだろう。
 邪魔な人間が増えるにつれ毒薬は足りなくなり、私は少女に何度も追加して注文した。少女はその度に笑って引き受けてくれた。私が注文する毒は加速度的に増えて行った。
 いつもすまないね、と声を掛けると恥ずかしげに俯く顔が、とても可愛らしかった。


 少女の葬儀は雨の中で行われた。
 遺体は布に包まれているので、もう姿を見ることは出来ない。櫓の上に遺体の包みをのせて火を点けるのだが、雨のせいで手間取っているようだった。
 輪の中心から外れたところで葬儀を見ていた私の元に、一人の少年が駆け寄ってきた。
「あんた、あいつの客だった人だろう」
 少年はぶっきらぼうに言う。どこか敵意すら感じられ、私は少々たじろぎながら頷いた。
 そうかよ、と少年は舌打ちして、それきり黙りこむ。意図が読めずに私も黙りこむ。
 たっぷり数分間の沈黙の後、少年はポケットを探って小さな壜を一つ取り出した。見覚えのある、どろりとくすんだ赤の液体で満たされた壜を私に差し出し、少年は吐き捨てるように言った。
「あんたに渡せって、あいつが」
 受け取った壜は少年の体温が移ってか、ほんのり温かい。
「あいつが最後に作った」
 少年が呟くと同時に、櫓に火の手が上がった。雨のせいで勢いのない炎が舐めるように櫓を焦がしていく。
 少年はじっと櫓を見つめた。
「知ってたか?」
 何が、と私が問う前に少年は続ける。
「あいつの毒はあいつの血を精製して作ってたんだ。一壜作るのに血はその何十倍も要るんだ」
 一息に言い切って、少年は私を睨みつける。黒い瞳に宿る鋭い敵意と悲しみが私を貫く。
 少年はしばらくそうして私を睨んでいたが、櫓の方で声が上がり始めると、きつい視線は不意にそれた。少年は勢い良く燃え出した櫓を見て目を細める。
「あいつ、あんたのことが好きだったんだよ」
 それだけ言い残して、少年は櫓の周りに集まる人の輪の中へと戻っていった。
 櫓はすでに雨など関係がないくらいに勢い付いた炎に包まれている。少女に火が燃え移ると同時に、周りを囲む人々が低い声で鎮魂歌を歌い始める。この歌と炎に乗って、少女の魂は天に運ばれるのだ。
 私は手の中の壜を見て、それから目を閉じた。少女の笑顔が目蓋の裏に浮かんで、消えた。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ