今年も、この季節が来てしまった。
……冬……
寒くて冷たくて
白くて明るくて
都会は色鮮やかで騒がしくて
嫌でも、あの日を思い出しちゃう…
だから……苦しくって仕方ない
ため息と一緒に消えてしまえばいいのに…
白い白い真っ白な…雪
せめて降らないことをただ祈るだけ…
淡い茶色のコートを着た佐渡麻紀は騒めく街中を人混みを掻き分けながら歩いていた。
今日は12月24日。街はクリスマスカラーに染まり、木々は冬枯れてみすぼらしい。
カップルは老若問わず幸せそうな笑顔を輝かせていたが、麻紀は一人不快な顔だった。
そんな不機嫌な顔のまま、麻紀はある煌びやかなレストランに入った。
店内は男ならスーツ、女なら清潔感漂う白くてきれいなコート。
地味な服装の麻紀は完全に浮いていた。
「お一人様ですか?」
ウェイトレスもやはり清潔感ある身なりで話し掛けてきた。
「……高島って人いますか?」
「ああ…佐渡様ですね。高島様ならあちらでお待ちです」
ウェイトレスは奥の窓際席を示した。
麻紀は一人でコーヒーを飲む髪の長いスーツ姿の男のもとによった。
「やぁ、麻紀」
麻紀に気付いたその男が小さく手を振った。
「…何よ用って」
「ハハ、相変わらず無愛想だな」
「どうでもいいでしょ!!用がないなら帰るわよ!」
麻紀が大声で言ったため、店内の視線が一斉に集まった。
「まあ、落ち着いて。とりあえず座ってくれ」
麻紀は渋々座ると男はフッと笑ってまた一口コーヒーを飲んだ。
男の名前は高島誠也。麻紀とは血の繋がりのない親子のようなものだが、まだ27歳と若く、顔もきれいなため20代前半にも見える。そのため19歳の麻紀と並んでもカップルにしか見られない。
麻紀と高島が初めて出会ったのは5年前、麻紀がまだ中学生の頃だった。
当時、麻紀の両親は喧嘩が絶えなかった。原因は麻紀の父親の不倫。しかも不倫相手には麻紀と同じ年の同じ血が流れている娘がいた。
喧嘩は荒れ、ついには離婚したが、麻紀の母親はそれでも夫を愛し、夫から愛されないことを嘆き自殺を何度も試みた。
しかし、両腕の切り傷が増えていくばかりでどうしても死にきれなかった。
苦しみから逃れたくて、麻紀の母親は麻紀の目の前で夫の不倫相手とその間に生まれた子供を刺殺した。
麻紀は、母親が恐くて逃げた。
その時、季節は冬。雪がしんしんと降り積もり、白くて冷たい街中を麻紀はひたすら走った。
走って、走って、見知らぬ街に辿り着き、帰り道もこれから行く先もわからず人の気もない路地裏にしゃがみこんで震えていた。
そこにどこからともなく現われたのが高島だった。
高島はひどく冷えた麻紀を暖かい部屋へ連れてきて温かいスープを差し出した。
麻紀は警戒してなかなか口を付けなかったが、ついには空腹に負け、何杯も飲んだ。
高島はそれ以来、自宅に麻紀を住まわせ、中学、高校にも行かせ育ててきた。
やましいこともせず本当の親のごとく育てた。
麻紀も嫌々ではあったがもはや自分に帰る場所がないことを理解して高島のもとを離れなかった。
高校を卒業して家を出るまで高島といたが、彼の性格は未だにつかめず、何故自分を保護したのかもわからなかった。服装は常にスーツだが仕事しているところなど見たことがなかった。
そんな謎が多すぎるため、麻紀は高島をいい人とは認めていなかった。
今もたびたび会うが常に警戒をしている。
「…それで何よ」
「いやいや、イブくらい二人でどうかなって思ってね」
「ふざけないで!!」
麻紀はバンと激しくテーブルをたたいた。
「誰があんたなんかと…」
高島はフッと笑う。その顔が麻紀の癪に触った。
「…あれから5年。そろそろ伝えるべきだと思ってね」
「何よ」
高島は少し俯き、語りはじめた。
「…きみの両親についてなんだが―――」
その瞬間、麻紀の体はピクッとその言葉に反応した。
「残念だが5年前、きみが逃げた直後に死んだそうだ」
麻紀の表情も体も、動かない。
「…きみが逃げたあと、きみの父親が帰ってきてしまって、きみの母親を殺してしまったそうだ。すぐに自らの過ちに気付き、その場で自殺。これがきみの知らなかったきみの両親のその後だ」
言葉が出てこなかった。なんとなく嫌な予感はしていた。高校の帰り、何度も家の前に来たけれど中から人の気配はなかった。
だから、もしかして…とはいつも思っていた。
でも、信じたくはなかった。いつか自分がずっと大人になったら“涙の再会”みたいなことを望んでいた。
それを真正面から否定されて、どうしたらいいのかわからなくなった。
固まる麻紀をみて、高島は懐の内ポケットから一枚の便箋を取り出した。
「これは、きみの母親がまだ生きているうちに書いたきみ宛ての手紙だ」
高島はテーブルを滑らせるようにその手紙を麻紀に渡した。
麻紀は、虚ろな目で静かに手紙を読んだ。
書かれている文字はどれも見慣れた母の字だった。
麻紀へ
これを読んでいるということは私はもういないのでしょう。
あなたにはせめて人並みの普通の家庭で育てて普通の幸せを感じさせてあげたかった。
その気持ちは確かです。しかし、あなたを深く傷つけてしまって最低な母親です。
本当に、ごめんなさい。それでも私はあなたをずっと愛しています。
こんな私のところに生まれてきてありがとう。
こんな私が言うのはおかしいかもしれませんが、どうかあなたは幸せになってください。
それだけが私の最後の望みです。
最後に、ちゃんと一人で起きれるようになるのよ。ちゃんと学校にも仕事にも遅刻しないで忘れ物もしないで行くのよ。
もうあなたもいつまでも子供じゃないんだからちゃんと自分のことはしっかりなさいね。
それじゃあね。麻紀。
佐渡麻美より
麻紀は、精一杯涙を堪えた。もう、母はいない。だから強くならなくては。
手紙をそっと折り畳んでポケットの中に入れた。
数時間、無言はつづいた。レストランがおわろうとした頃。
高島はすっかり冷めたコーヒーを飲み干し、麻紀を外へ誘った。
外は先程より寒さを増していた。
時刻は12時前。もう少しでクリスマス。キリストの誕生日。
街は少しおとなしくなり、カップルが3・4組うろつく程度。
街の中心の大きなクリスマスツリーもただ静かにもの寂しげにイルミネーションを光らせていた。
時間が12時を回ったとき、小さな白くて冷たい結晶が街に一つ二つとおりてきた。
麻紀がクリスマスツリーを眺めていると、雪がふわふわと降ってきた。
雪はツリーのイルミネーションの光を受けてきれいに輝いた。
その中で、一際輝く大きな光の結晶がクリスマスツリーの根元に落ちた。
地に触れた瞬間、光はさらに大きく輝き、ある形に変わった。
麻紀がその眩しさから目を開けると、そこに死んだはずの母がいた。
麻紀は何がなんだかわからないまま、母のもとに駆け寄った。
「お母さん!?」
麻紀は母に抱きついた。しかし、温かさは感じない。よく見れば微かに光り、微かに透けている。
「お母さん…!」
母は、何も言わずにっこりと笑顔で娘の頭を撫でた。
麻紀は我慢していた感情を解き放ち、透き通った母の胸に大粒の涙を流した。
母は、麻紀をぎゅっと抱き締め、すべて受けとめた。
雪は依然降り積もり、寒さは増していくが麻紀は寒くはなかった。
街は白く染まり、時刻が1時を回ると母はゆっくりと消えていった。
麻紀は泣き止み、消えていく母に手を振った。
少しは、冬を好きになれそうだよ。
麻紀が振り返ると高島がフッとほほえんでいた。
「あまり、強がるな。たまには泣くのもいいだろう?」
「そうだね。最高のクリスマスプレゼントだったよ。ありがとう」
「フッ、きみにそう言われたのは初めてだね」
麻紀はくすっと笑った。
「そうね」
「それじゃあ僕はもう行くとしよう。少し目をつぶっていてくれないか」
麻紀は言われたとおりに目をつぶった。
「まだ?」
数分して麻紀が目を開けると、そこに高島はおらず、ある一枚のカードが雪のなかに埋まっていた。
ピエロの格好をしたジョーカーのカードがおかれていた……。
麻紀はそれを拾い上げ、大事に、大事にしまった。
冬はもう、嫌いじゃないよ。
もう、つらくないよ。
また笑って生きられそうだよ。
ありがとうお母さん。
ありがとう、高島
ううん。
ありがとう、若い私の父さん。
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