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短編もの

おかえり人魚姫

 とある海の底には人魚達が暮らす王国がありました。その外れにある家には嫌われ者の魔法使いがいます。
 彼はかつて人間の王子様に恋をしたものの泡になってしまった人魚姫へ薬を与えた魔女の息子でした。
 人魚達の恨みは彼の母が亡くなった後も晴れず、彼もまた人魚達に嫌われていたのです。

「メジェ! あっそぼー!」

 でも彼は独りぼっちではありません。彼には親友がいました。人魚のお姫様のパール、魔女達が嫌われる原因となった人魚姫の親戚でした。
 二人の仲は家族から聞かされる昔話で、魔女に興味を持った彼女がメジェにしつこく付きまとった事が始まりです。
 酷い事を言ってくるので、ただでさえメジェは人魚が苦手です。その上、人魚姫の親類である事からメジェは最初パールに怯えておりました。
 けれどパールは人魚ですがメジェを虐めたりしません。むしろメジェが人魚達から仲間はずれにされる事をパールはおかしいと怒ってくれます。
 ちゃんと魔女は忠告したのに、その上で人魚姫は王子様を殺せず自分で泡になる事を選んだのに、メジェは何もしないのにと。
 その言葉がメジェはとても嬉しかったのです。そして二人は友達になりました。今や彼はパールを一番大事に思っているのでした。

◇◇◇◇◇

「ねえメジェ、今日大きな船が来てるんですって。見に行きましょうよ」

 人魚達は十五才になると海に居る人間達を見に行く事が許されます。その掟を破って行ってしまった事もある位、パールは人間の世界が好きでした。
 ただその件で家族と喧嘩しメジェの元へ家出した際、心配して泣いた彼からもこっぴどく怒られた為、それっきりなのですが。
 以来、彼女は毎日のようにお姉さん達から話を聞いて胸をときめかしていたのです。ようやく解禁となった彼女はとても張り切っています。
 楽しい事は一緒にしたいと思ったパールは大好きなメジェを誘います。けれどメジェは彼女の申し出を断りました。母の教えがあったのです。
 どうして、と尋ねるパールに彼は答えます。人間の世界では魔法が使えるものが居ません。だから姿を見せてはいけないのだと。

「ごめんね」
「そっか。わかったわ」
「ねえパール、お願いだから無事で帰ってきてね」

 本当のところ、メジェはパールに行ってほしくありません。人魚も人間の世界では珍しいのです。捕まったら何をされるか分かりません。
 それにもしかしたら王子様に恋をしてしまうかもと。でも姉達から聞く話に目を輝かせるパールを見ていた彼は止める事はできませんでした。
 だからその代わり彼は小指をパールへと差し出します。迷わず彼女は指を絡め返しました。そして笑顔で約束します。

「何があっても必ずメジェの所へ帰ってくるわ」

 メジェは悪い予感がしていましたが、その言葉を信じ、上へ上へと向かっていく彼女を見送ったのでした。
 その夜、海は荒れに荒れました。嵐が起きたのです。パールが戻ってきたのは次の日の朝でした。
 彼女が無事だった事にメジェは安心しました。けれど、その日から彼女は何かを考え込むようになったのです。

◇◇◇◇◇

「私、陸に上がりたい。王子様に会いたいの」

 あれから数日、様子のおかしいパールを心配し、メジェは理由を尋ねました。ならばパールは助けた王子様が気になるのだと。
 当時一番美しかった人魚姫にも負けない位、綺麗なパールならば王子様も恋をしてくれるかもしれません。
 けれどメジェは大反対です。もし人魚姫のように運悪く想いを果たせなければ、パールが泡になってしまうのですから。
 でもパールはどうしてもと言ってメジェにねだります。メジェはパールが大好きでした。彼女には幸せになってほしいのです。

「……わかった、人間になる薬を作るよ。対価は君の綺麗な声だ。
 でも君の思いが伝わらなかったら……泡になってしまうから。気をつけてね」

 だから彼はパールの願いを叶える事にしました。そうして人間となったパールは嬉しそうに地上へと旅立っていたのです。
 メジェは彼女を人魚姫にさせたくありません。喜ぶ彼女は見送るメジェの悲しそうな目には気付きませんでした。

◇◇◇◇◇

 パールが人間の世界へ向かって、一月が経ちました。メジェは大きな水釜を覗き込んでいます。そこには楽しそうなパールが映っていました。
 彼女は口がきけない身でありましたが、どうにか王子様に気に入られたようです。声は聞こえませんが王子様とは随分親しげです。
 これなら大丈夫だとメジェは微笑みました。けれどその目からはポロポロ涙が落ちていきます。けれど嗚咽はありません。メジェは話せないのです。

 メジェが彼女に渡した薬は人魚姫に与えたものとは違いました。もしパールが王子様と思いが通じなくても彼女は泡になりません。
 彼女さえ望めばいつでも美しい声の人魚として海に戻ってこれる薬をメジェは作ったのです。その代償は彼の声とメジェが泡になってしまう事です。
 メジェは魔法使いです。人魚のような美しい声は持っていません。だから声だけでは足りなかったのです。でも良いのです。
 これならばかつての人魚姫のよう、ナイフを手に悩む事はありません。愛する人の為ならば命を惜しまない気持ちを彼はわかっていました。
 パールの事がメジェは大好きでした。彼女が幸せならば、独りぼっちになっても、泡になっても、どんなに泣いたとしても彼は幸せなのです。

『ただいま、メジェ』

 開く事の無いドアを見て、メジェはその場に泣き崩れました。涙が涸れるまで流した後、彼はまた一人での日々を過ごし始めたのです。

◇◇◇◇◇

「ただいま、メジェ!」

 だから更に数日後、彼は思わず開け放たれたドアを閉じました。外からなんで閉めるの?!と戸惑いの声が聞こえてきます。彼は混乱していました。
 さっき見たパールはきっと幻なのでしょう。そうでなければ人魚の彼女がいるのに泡になっていない自分に説明が付かないとメジェは思います。
 きっと開いたらこの声も姿も消えてしまうと考えたメジェはドアが開ける事ができませんでした。外からの声がだんだん聞こえなくなります。
 やはり夢だったのだとがっかりしながらメジェは押さえていたドアから離れました。するとどうでしょう、勢いよくドアが開いたではありませんか。

「人の顔を見るなり追い出すって……そんなに怒ってたの?」

 また閉め出される前にパールが彼の家へ入り込みます。驚くメジェは固まっていました。我儘言ってごめんねとパールはメジェの頬に手を添えます。
 メジェはそれまでたくさんたくさん泣いていました。けれど目の前のパールが本物である事にメジェは再び泣き出してしまいました。
 突然メジェが涙を流した事にびっくりしていたパールですが、次第に彼が声を出していない事に気付きます。尋ねる彼女にメジェは身振で伝えます。
 それから悟ったパールは王子への想いなど更々ないとメジェへ説明し始めました。困惑するメジェへパールは申し訳なさそうに言いました。

「私、幼い頃、掟破って海上に行った事あったでしょ。
 あの時も王子様を助けてたのよ。二回も溺れてたらさすがに心配になって。
 だから大丈夫かどうか確認しに行きたかったの。
 それだけだったのに……まさかこんな事になるなんて」

 人魚に戻れた時点でおかしいとわかっていたのに。メジェは何も後悔していない事を伝えましたがパールは嘆いたままです。
 ただメジェは不思議に思いました。彼女に渡した魔法の薬は好きな人がいないと効かないのです。なのに彼女は王子様が好きではないと。
 彼女が好きな人と結ばれなければ泡になる。想いが通じ合えば自分の声は戻ってくる。その事実と共にメジェはパールへ再び伝えます。
 ならばパールが真っ赤になりました。少し悩んだ様子を見せたものの、パールはメジェへ告げます。今度はメジェの頬が赤くなりました。

「私が好きなのはメジェよ、ずっと昔から大好きよ」
「……僕もパールの事が好きです!」

 メジェが慌てふためきながら返しました。自分の声が戻っている事に気付いてメジェが更に赤面し始めます。二人とも知らぬ間に笑顔でした。
 もう誰も泡になる事はありません。声を失う事も二度とないでしょう。可哀想な人魚も魔法使いもいないのです。頬を緩め、メジェは言いました。

「パール、おかえり」

 こうして結ばれた人魚姫と魔法使いは夫婦となって、いつまでもいつまでも幸せに暮らしたのでした。めでたしめでたし。
お付き合い頂き、ありがとうございました。

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