掌編――視線
それは、散歩と称してウォーキングに出かけたときのことだった。
美奈子はふと誰かの視線を感じて立ち止まった。車の多い道路を渡り切り、一息ついたばかりだった。
平日の昼下がりで、こんな時間に歩いているのはタオルを首に巻いた美奈子一人しかいない。車とバイクと自転車はよく通るが、じっと立ち止まってこちらを見ている人はいない。川向こうにはマンションが数軒建っているが、こちらを見ている者はいなかった。
気のせいだろう。そう思って美奈子は再び軽快に歩き出した。
公園の周辺はウォーキングルートとしてよく知られたコースだ。フェンスの向こう側は、みずみずしく伸びた竹や、青々と葉を茂らせる桜が風にあわせて歌っている。気持ちのよい風とちょうどよい木陰があるこのルートは美奈子もお気に入りだった。
フェンス沿いに歩いていた美奈子は、ふと見上げたフェンスに妙なものを見つけた。
ちょうど背丈ほどの高さの、緑色のフェンスの上部に、何かが食い込んでいた。
バスケットボールほどの大きさのそれは、すぐ隣に立っている何かの木の幹に似て、薄い地に濃い茶色の筋が何筋もついていた。
食い込んでいる、という表現がもっとも適しているだろう。フェンスの上の平たい金具のうえからその物体の一部が垂れ下がって見え、それがあたかも食い込んでいるように見えるのだ。
二十センチほど下には、隣の木と同じ種類の木の幹が、すっぱりと切られて薄い年輪が見て取れた。
ということは、この上にぶら下がっているのは、この木の一部なのだろう。
それにしても、不気味だ。伐採した時に、なぜ取り除かなかったのだろう。
食い込んでて取れなかったから、落ちるまで放置しているのだろうか。
そんなことを想像しながらもういちど見上げた美奈子は、短い悲鳴を上げた。
フェンスの上の物体の、茶色の筋に沿って開いた無数の目が、美奈子を見下ろしていた。